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38.劔族



 ミーミル村の様子がおかしいとヘリオドールが気付いたのは、しばらく村の中を歩いてからの事だ。何度も周囲を見回して首を捻る。杖を握る手の力も強まり、同じく違和感を覚えているのか目を細めるオボロに意見を求めるように声を掛ける。


「あんた、この村の事知ってるんでしょ。昔からこんな感じなの?」

「いや、ここに住む人間……が特殊って事以外は普通の村のはずだよ。こんな場所じゃなかったと思うけど」


 村は異常な程の静寂に包まれていた。無邪気に遊び回る子供はおろか、大人の姿すら見当たらない。全員家に入っているのか、それともどこかへ行ってしまっているのか。

 それだけならまだいい。どこからか感じる奇妙な気配と視線。体だけでなく、心の奥底まで覗かれているような感覚にヘリオドールは鳥肌を立たせた。堪らず子犬二匹を抱え、疲れ切って眠るニールを頭に乗せた総司にぴたりとくっつく。


「寒いんですか、ヘリオドールさん?」

「違うわよ。総司君気付かないの? すっごく見られてる感じがするのが」

「僕達と友達になりたいのかもしれません。これだけいらっしゃるようなら友達百人すぐ作れますよ」

「……ああ、そう」


 ポジティブ全開な発言にヘリオドールは気が抜かれるのを感じた。が、あまりにも何とも思っていなさそうな顔と斜め上をぶっちぎる言葉が逆に嫌悪感を紛らわしてくれる。もしかしたら気を遣ってわざと言ったのかも、と部下の優しさに感動する魔女に子犬が「キャン!」と可愛らしい声で鳴いた。自分の場所が取られると勘違いした事による威嚇であった。

 ヘリオドール程ではなくても周りからの気配を感じ取っていたオボロは、先頭を歩くフェイの背中を睨むように見詰めた。どこか怯えの色を窺わせる彼女の後ろ姿。オボロが口を開く前にフェイの隣を歩く少女が問い掛ける。


「どういう事だ、フェイ嬢。村の連中の気が全く感じられないぜ」

「も、申し訳ありません」

「怒っちゃいないさ。ただ、久しぶりに帰ってきたって言うのにお前以外と会えないのは寂しいんだよ」


 アイオライトは曖昧な笑みを顔に貼り付け、息を深くついた。今の言葉は本心か、それとも。不気味な空気に慣れてきたヘリオドールはオボロの肩を掴んだ。突然の不意討ちに青年から上がる悲鳴。


「ギャアッ」

「この村に住む人達ってどんな種族なのよ。私全然話読めない……」

「気張り詰めてる時にちょっかい出すんじゃないよ君は! ソウジを少しは見習って……」

「総司君も『僕も教えて欲しいです』って言いたそうにしてるじゃないの」

「……仕方ないなあ」


 総司が不思議そうにヘリオドールを見ている事に対する仕方ない、である。どうして僕の考えてる事分かったんですかな顔をしていた。

 別に少年の思考を読んだのではなく、ヘリオドールがただ適当に言っただけだろう。そうすればオボロが渋々ながらも答えてくれると知っての事だ。

 まさか総司をダシに使うとは上司として大きく成長した。これは敬意を表して喋らなければならないだろう。一応、文句を言った後にちゃんと説明はするつもりだったが。


「……このミーミル村に住んでいるのは『つるぎ族』だよ」

「劔族……あの劔族!?」


 大きな反応を示したヘリオドールの声の大きさに苦笑するのは前方の村長二人組だ。気恥ずかしそうに顔を赤くするフェイに、「気にすんな」とアイオライトが宥める。

 一方、総司は無反応だった。オーバーな反応を見せた上司とは対照に清々しいまでのノーリアクション。もう少し「何それ?」と首を傾げる程度の動作は欲しかった。

 興味の欠片もないのでは。そんな予感にオボロと静まり返ったヘリオドールが息を飲んでいると、ついに彼がその口を開く。


「ヘリオドールさんのおかげですごいのは分かりましたけど、どのようにすごいかを説明してもらえると……」

「あっ、良かった。興味あるわよ総司君。ほら、オボロ説明してあげて」

「してあげてって君もあまり分からないんじゃないの?」


 あれほどの大袈裟な反応を見せたのにも関わらず、説明を全て丸投げにしたヘリオドール。そう、彼女は劔族の名と大きな特徴を知っていても、詳細な情報は持ち合わせていなかったのである。

 結局、一から十まで自分が説明する必要があるらしい。かと言って友人とその上司に頼られるのは嫌ではない。わざとらしく咳をしてから声を出そうとした時である。


「劔族がどのような種族なのか。その目で見ていただくのが一番分かりやすいと思います」

「ま、こういうのは本人達の説明がいっちばん分かりやすいもんだ」


 何の悪気のないフェイと悪気のあるアイオライトの一言がオボロの説明を遮る。まさか、何だかんだで話したくてうずうずしていたとは言わず、オボロは密かに落ち込んだ。

 青年一人の心を置き去りにして総司は総司で独自の発想を語り出す。


「つるぎ族って聞きますと、僕は剣に手足が付いて夜道を徘徊するイメージがあります」

「は、徘徊って何!? どこにそんな仄暗い連想をさせる要素があるのよ!?」

「自分より強いつるぎ族を見付けるために雨の降り頻る夜を歩き続けてそうだなと……」

「今度は血生臭くなった……」


 試しにヘリオドールとオボロは総司発案のつるぎ族を想像してみた。絶対に会いたくないと即座に想像を打ち消した。

 ドン引きの二人に思うところがあったのか、総司は顔の前で手を振った。


「でも、アイオライトさんも村長さんも外見はヘリオドールさん達と同じですから多分違うと思います」

「けどなソウジ、お前の予想はあながち間違っちゃいないんだよなー」

「はい、我々の核は『劔』なので。……さて、着きました。ここが私の自宅です」


 特別豪勢な造りもされていない、他と同じ質素な見た目の家だ。総司に纏わり付いていた母犬が一鳴きしてから尻尾を振ってドアの前まで走っていく。そうして早く開けんかーいと言わんばかりに前足でドアをぺちぺちと叩く。二匹の子犬も何かを求めるように総司を見上げた。


「今、降ろしてあげますね」

「えっ! ちょっと待っ……」

「はい?」


 母犬の近くで降ろそうと考えたのか、自分よりも一歩前へ出ようとする総司にフェイが血相を変える。少年が後ろを振り向きながら、前方に出した右足で地面を踏んだ瞬間だった。


 家の周囲を紫の電流が包み込んだ。範囲外にいた四人には被害はなかったものの、総司には容赦なく紫電が襲い掛かる。時間にして十秒程。ようやく電流が消え失せたと同時にヘリオドールが動き出す。


「そ、総司君……生き……てる?」

「紫色の電気なんて初めて見ました。ファンタジーな雰囲気がしてかっこよかったですね」

「ぷわぁー、今の静電気みたいなの何!? オイラ凄くびっくりしちゃったよ!」


 総司は電撃を喰らった人間とは思えない感想を述べ、ついでに喰らったニールも特に大きなダメージは負っていない。総司が抱いている子犬は欠伸をしていた。数秒前の壮絶な光景との繋がりが見出だせない状況。

 口を開けたまま放心するフェイには、アイオライトが呆れと心配を混ぜた声を掛けた。


「フェイー、お前もすぐに解除してやれよ。何ぼーっと見てたんだ。ソウジに惚れたか?」

「そうではなくて……私も急いで止めようと思ったんですけど、あの方があまりにも普通に電流を眺めて手で触ろうと試みているのを見て逆に動揺してしまいまして……」

「でも、ニールも静電気って言うぐらいだから、見た目が派手でもそんなに威力ないのね……」

「静電気でもビリッとするから触らない方がいいですよヘリオドールさん」


 そう言って先程電流が流れた場所へ触れようとするヘリオドールを総司が止める。その隙にオボロは道端に転がっていたやや大きい石を拾い、それを思い切りフェイの自宅へと投げ付けた。


 迸る紫電。石は瞬時に砕け散った。静電気のレベルではない。


「そこの毛玉は分かんないけど、ニールが平気だったのは小さくても一応はドラゴンだからでしょ。ソウジが平気だったのは……」

「だったのは?」

「……ソウジだからだよ、うん」


 考える事を放棄した者特有の投げやりな結論。目を伏せ憂いの表情を浮かべる青年にヘリオドールは頷いた。うん、この子だから仕方ないもの。深い理由なんて要らない。


 二人が醸し出す湿った雰囲気に圧倒されていたフェイだったが、アイオライトに脇腹をつつかれて「ひゃん!」と声を上げた後に我に返ったらしい。顔を蒼白にして総司へ頭を下げる。


「申し訳ございません! こちらからお呼びしたのにも関わらず危害を加えてしまいまして……」

「僕の方こそ話を聞かないですみませんでした」

「お前はそこまで謝らなくていいぜソウジ。悪いのはこんなヤバい罠を仕掛けたフェイなんだから。何も知らない奴がお前の家に訪ねて来たらどうするんだ」

「……今はその心配は必要ありません」


 フェイの声に緊張の色が混じる。まるで何かを必死に堪えるように唇を噛んだ後、彼女は総司達に下がるように言って右手を胸元に当てた。

 その刹那、フェイから放たれる魔力を纏った風が森を覆う無数の木の葉を揺らす。


「我が魂、我が思い、我が剣。護りたまえ、力無きか弱い者達を。祓いたまえ、災厄率いし醜悪なる者共を。我は夕闇色の裁きの雷撃なり。『罰雷剣ばつらいのつるぎ』」


 詠唱を終えると同時にフェイの胸元から突き出したのは一本の柄だった。それを掴み一気に引き抜くと紫色の電流を纏った刃の剣が姿を現す。

 女性には大きめな剣をフェイは軽々と持ち上げ、何かを断ち切るようにそのまま振り下ろした。パァン、と何かが壊れる音がした。


「これで大丈夫です。さあ、どうぞ」


 何かを壊した、或いは消した剣が役目を終えたかのようにフェイの手から消える。一部始終を眺めていた総司がアイオライトを静かに見下ろす。


「アイオライトさんも剣出るんですか?」

「出せるぜ。見たい?」

「見てみたいです」

「お前の剣見せてくれたら見せ」


 アイオライトの口をヘリオドールが塞いだため、最後まで続かなかった。部下にセクハラするなこの野郎と語る魔女の目。総司は何事もなかったかのように子犬を解放し、ずっと扉の前に待っていた母犬とじゃれ合う光景を観察していた。アイオライトの剣が何を意味するのかを彼が分かっているのかは不明である。知らなくてもいい事だが。

 ようやく家に入った時、一部始終を聞いていたオボロの目は死んでいた。


「おばあちゃんのセクハラなんか気にしちゃ駄目だよ」

「フェイ、後でこいつ切り刻め。みじん切、り」


 アイオライトの声が止まる。今度は口を塞がれたせいではない。居間に置かれた大量の『それ』に言葉を失ってしまったのだ。

 アイオライトだけではない。ヘリオドール、オボロまでもが、その光景に困惑し絶句する。


 『それ』は十数本にも及ぶ剣だった。両手で持たなければならないような大振りなものから、細く刺突の剣であるレイピアまで。更に片刃で後方に反り返った刀と呼ばれる種類の剣もある。

 様々な形の剣だが共通点が一つだけあった。全て刃が鮮血を思わせる紅に染まっているのだ。中には刃零れを起こし、皹が入ってしまっている剣まである。


「な、何、これ」

「村人です」


 思わず後退りするヘリオドールにフェイが弱々しい声で答える。その瞳はかつてこの村を纏めていた少女を真っ直ぐ見詰めていた。


「何とか助け出す事が出来た村人です……」



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