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32.扉の妖精



 人質を取り、ティターニアとバイドンを得ようとしていた漆黒の魔手の残党の足掻きは謎の男によって阻止された。ウトガルドにおける男の戦闘服であるダークスーツに身を包んだ乱入者が黒革靴をかつん、かつん、と響かせて歩んでいく。

 多くの視線を引き付けるその頭部。真新しい白銀の兜で覆われたその中から聞こえて来るくぐもった無駄にいい声。


(要らない……その頭に付いてる部分要らない……)


 人質の命が脅かされなくなった直後であるのに関わらず、空気が凍り付く。ウトガルドの衣服に詳しいヘリオドールでなくても、兜男の格好がダサい事をアスガルドの住人は本能的に気付いていた。ダサいなんてものではない。

 もし、向こうの世界であんな格好でこんなに人が集まっている場所を歩いていたら確実に呼び止められる。職質だ。この世界だからこそ許される戦慄のファッションであった。

 危機一髪の所を救われた人質だった女性が複雑そうに顔を背けた。助けてくれた事には感謝はすれど、声からして相当の美形かと期待してしまったのだ。わくわくしたら蓋を開けてみたらこの有り様。女のピンチを救うのはイケメンとは限らない。


「ひ、いいいいい……何だあいつ……」


 漆黒の魔手側は別な意味で恐怖を覚えていた。ただし、こちらの方が深刻度は上だ。兜男のとち狂ったファッションセンスに畏怖するなど馬鹿馬鹿しい内容ではなく、彼の『力』に恐怖を抱いた。


「……あの薔薇はあいつの魔法によるものなのか?」

「だ、だったらどうして奴から全く魔力を感じないんだよ……っ」


 漆黒の魔手のメンバーが使用するナイフはバイドンにより、闇属性の加護を受けている。そのため、金属を容易く切り裂く程の切れ味を持ち、刃はあらゆる魔法を拒絶する力を秘めている。その闇の力を秘めたナイフを『魔法』で薔薇に変化させるとなると、バイドン以上の魔力を必要とする。

 だが、兜男からは魔力を全く感じられない。あの総司という少年と同じように。魔法に見せ掛けた別な方法でナイフを薔薇に変えたのか、魔力を表に出さないように制御しているのか。後者ならばそう出来るだけの魔力を持った、相当な実力者である事に繋がる。


(こいつは……まさか本当に……)


 格好がヤバくて怖い。無茶苦茶強そうで怖い。二つの恐怖が入り混じる中で、ジークフリートはこちらへ歩いてくる不審人物から目を離せずにいた。

 昔聞いた事のある声だ。忘れない。忘れるはずがない。彼が本気で動けば間違いなくこの世界を手に入れていたのは魔王である。そう言われる程の力を持つ、魔王の次に恐れられていた魔族。気紛れを起こして勇者側について最期まで勇者を護り続けていたとされていた。

 魔王との戦いで死んだと言われていたが、その死体は誰も見ていない。だから彼を慕う者達が未だに諦め切れずに捜し続けている。この酷い格好をしている彼がそうであるとしたら。思わぬ事態に混乱し過ぎてジークフリートは思考が纏まらずにいた。


「あの」


 数々の疑問が犇めき合う広場でただ一人、兜に話し掛ける猛者がいた。青狸ロボットのアニメに出てくるガキ大将にも勝るとも劣らない歌唱力を披露した少年だ。


「何してるの?」


 ヘリオドールを始めとした総司を知る面々が耳を疑った。あの誰に対しても、悪者に対しても敬語を使う総司が敬語を使っていない。


「総司君、そいつと、知り合い、なの?」

「多分僕の父です。海外出張に行ってたのに迷い込んだんですかね……父さん、帰りの飛行機乗り間違えてこっちに来たの?」

「え!?」

「ちげえよ」


 白目を剥かんばかりに驚くヘリオドールに即座に否定したのは話題の中心人物だ。


「俺はこのガキが持ってきた扉の妖精だ」

「扉?」


 そして、おかしな事を言い出した。こんなのが妖精だったら世も末だ。ウトガルドで職質された時にこんな戯れ言をほざいたら確実に連行ルートである。


「あ、そういえば僕今日こっちに来る時にうちの物置にあった扉持ってきてたんです」

「あ、ライネルの店に取り付けてくれた扉の事だ!」

「扉!? あんた今日私がウトガルドに迎えに行った時、鞄以外に何も持ってなかったでしょ!? そんな大荷物どこにあったの!?」

「鞄に入れてました。万が一という時のためにって……」


 平然とした様子で説明する総司の横で兜男が天を仰いだ。彼の胸中は誰にも理解出来まい。ただ、予期せぬ子供の暴走に「あちゃーやっちゃったか」と怒るに怒れない親の反応に酷似していた。ここだけの話、兜男の妖精は『妖精の涙』の女主人から扉が店の物になっている経緯を聞いている。


「で、妖精さんはどうして出てきたのよ……」

「ウトガルドにある扉をこのガキが勝手に持ち出しやがったから戻せって言いに来た。ガキの親父に声、口調、姿が似てるのは俺が人間に化ける時のモデルにしたからだ」

「……本当に父さんじゃないの?」

「くどいクソガキ。第一オメーの親父は普通のリーマンだろうが。こっちの世界の存在なんざ知らんぞ」


 疑問を一蹴された総司はまだ納得出来ていないらしい。顔を隠した兜を凝視している。ポキポキと指を鳴らしながら。


 兜奪う気だよ、あの子……


 そんな予感が場の空気を満たした。しかし、総司の父親をモデルにした人格を手に入れたらしい妖精はそのくらいでは動じない。逆におどけた様子で言う。


「そうかそうか。そんなに父親が恋しいか総司君。何だったら俺を父親代わりにしていいんだぞ。素敵なお父様と呼んでもらおうか」

「ヘリオドールさん、やっぱりこの人は扉の妖精さんのようです。父さんはホラー漫画とかミステリー漫画を好むクールな人です。こんな危ない事を言いません。」

「ま、まあ、そうよね……」


 総司が一歩だけ後ろに引きながら首を横に振る。表面には出さないながらも微妙に嫌がっていた。父親と酷似した妖精の口から飛び出した素敵なお父様発言にショックを受けているようだった。

 総司が嫌がるのはよっぽどの事だ。


 貴重な総司の反応が見られた事にある種の感動を覚えていると、「おい!」と怒鳴り声が聞こえた。仲間を一人縛られたまま放置された漆黒の魔手が怒っていた。凄く怒っていた!


「妖精だかそこのガキの親父かは知らねえが、さっさとこいつを縛る薔薇を消しやがれ!! いくら外そうとしてもナイフで切ろうとしてもびくともしねえんだよ!!」

「捕まえるためのもんなんだからびくともしたら駄目だろバーカ。そんなのも分かんねえのかよバーカ」

「キイイイイイイ!! スゲー格好悪い見た目のくせに腹の立つ!!」


 低レベルな挑発にあっさり乗せられたメンバー全員がナイフを構え、兜男を睨み付ける。同時にジークフリートが剣を構え、ヘリオドールがティターニアを庇うように前へと出た。


 どちらが先に動くのか。ブロッドや家具職人三人組が手に汗を握り見守る中で、兜男が空気をぶち壊すようにぱちんっと指を鳴らす。


 漆黒の魔手達の足元に亀裂が走り、暗闇の隙間から無数の黒い手が這い出てきた。それらがメンバーを捕らえようと迫る。


「ぎゃああああああああああ!!」


 闇の魔力が込められた手にナイフで斬り付けようとするが、漆黒の中に刃を埋めても手応えはまるで感じられない。宙を斬るような感覚がしたかと思えば、こちらからは触れられないそれに勢い良く掴み上げられた。

 背中を向けて逃げ出す者。腰が抜けて座り込む者。様々な反応を見せる漆黒の魔手が漆黒の手によって一人残らず捕らえられた。


 ぱちん。


 兜男がまた指を鳴らすと黒い手から黒い電撃が放たれた。闇と雷。二つの属性を持った攻撃に男達が一斉に悲鳴を発した直後、手は姿を消して彼らは地面へと倒れ込んだ。


「殺してはいねえよ。しばらくすりゃ目覚ますだろうから、さっさと捕まえろ」


 そう言って立ち去ろうとする兜の妖精、ではなくて扉の妖精。そんな彼を追う者がいた。兜男の前にジークフリートが立ちはだかる。


「この闇魔法……やっぱりお前だな? どうしてそんな情けない格好をしているんだ。情けなくて少し泣きそうだぞ」

「情けないって言うな。オメーにも電撃おみまいするぞ」

「誤魔化すな! どうして生きてるなら生きてると言わなかったんだ!? 俺やアイオライトがどれだけ悲しんだと思っている!? それにきっと彼女も……」


 すう。多くの感情を絡み合わせた声で叫ぶジークフリートだったが、それを無視して兜男の体が透けていく。兜男が総司の方へ振り向いた。


「クソガキ、あの扉はちゃんと外して元の場所へ戻しておけ。そうじゃないと扉の呪いがオメーを襲う」

「呪いって何ですか?」

「オメーの部屋にある少年漫画全部がホラー漫画に変わる」

「分かりました。ドアはこちらにいる家具職人の方々にお願いして、あれは家に戻します」


 交渉成立。兜男は総司の言葉を聞いて小声で「よし」と言うと、完全に姿を消した。からぁん、と音を立てて残された兜が地面に落ちる。

 妖精の忘れ物を見下ろしながらジークフリートはやりきれない表情で溜め息をつき、呪いから逃れるために宝石店へと走り出した総司を見詰めた。


「……妖精、か」


総司「さあさあ、昨年の冬に更新が一時ストップしてしまったため、本来なら一月程で終わるはずだった鑑定&お姫様編でしたが三月に入ったところでようやく、ようやく次回で終わります。

 この後、異世界役所は一月前に終わったバレンタインの小ネタを挟んで新たな展開を迎える事になります。

 鑑定&お姫様編のヒロインはティターニアさんでしたが、次のお話のヒロインは二名の予定。

 さて次回。ティターニアさんの恋の行方は。最近出番の無かったあの人は今。僕は果たして呪いから逃れられるのか。

 そして、作者の硝子町さんのモチベーションはどこまで持つのか。頑張ってください硝子町さん。後書きに本気に力を入れて書いている場合ではありません硝子町さん。今すぐ左手に持つ肉まんを置いてください硝子町さん。また携帯が汚れてしまいます。

 では、失礼しました!」



兜男「ノンブレスで全部言い切るなよ。父親としてちょっとこえーよ」

総司「最後の一言ネタバレです妖精さん」

兜男「何を今更……」

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