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31.最後の悪あがき


 魔法や魔物が存在しない世界ウトガルドにあるオタク大国日本のとある空港の前に一台のタクシーが止まる。それは例の二人組のサラリーマンの部下の方が呼び出したものだった。

 後は鬼軍曹と化した妻の待つ家へ直行するだけ。安堵と恐怖が絶妙な具合で混ざり合う部下はぎこちない笑みで、部長に先に乗り込むように手招きした。部長は「いらねえ」とあっさりと拒否した。


「へ? 遠慮なくてしなくていいですよ。部長ん家って俺の家と結構近いでしょ。送っていきますよー」

「俺は近道使って帰るから気にすんな」

「近道ったって……部長どこでもドア持ってんですか?」

「まあな」


 明らかな虚言を堂々と言える部長を改めて尊敬した瞬間だった。やはり部長は凄いと思いつつ、タクシーの運転手に発進するように伝える。家に着くまでの間、気を紛らわすための話し相手が欲しかったのだが、こうなっては仕方ない。一人で心の内にある恐怖と戦うしかないようだ。


 こうして哀れな男を乗せた一台のタクシーが空港から走り去る。十八禁サイトで入手した動画や画像を保存していたフォルダからバレた事により、出張から帰ってきて修羅場が待っている男を乗せた車。地獄行きである。身から出た錆だとしても同情すると部長は思った。明日の日曜日を経て、彼は果たして月曜日に無事な姿を見せてくれるだろうか。


(……さて、土産でも買うか)


 この空港で売っているフルーツ大福は中に果実が入っている人気商品で、妻と子供の大好物だったりする。出張先でも色々と買ってきてはいるが、家族の事を考えるとつい手が出てしまう。心の中でそう言い訳して自分の大好物を買いに行く事にする。

 その前に男子トイレに寄る。どの個室にも誰も入っておらず無人である事を確認して、一旦外に出てから扉に掌を当てる。久しぶりに使う『近道』の点検である。ここ最近は使わずに物置の中に放置していたので正常に機能するかが少し怪しい。大福を買うのはそれからでもいい。


 自宅の物置に眠っているはずの扉へと『接続』し、トイレの扉をゆっくりと開いた。その先には真っ暗で工具などが眠る空間が広がっていた。


 はずだった。




「……何だい、あんた?」


 ゴブリンの女とオーガの男が怪しい物を見る目で凝視している。その後ろでは笑顔で騒いでいるエルフの集団と、彼らに説明をしているドワーフとゴブリン。

 どうやらここは宝石店らしい。随分と古びた店内ではあるものの、中々いい品物ばかりを揃えていた。ゴブリンやドワーフなど小人族は宝石細工や鍛治に長けている。世間では馬鹿にされがちで多くは辺境の場で細々と店を開いている。


「……あ゛? どうしてこんな田舎に扉あんだよ」


 しかも、次元すら違う。呆然としていると女ゴブリンが首を傾げた。


「ここが田舎ってあんたどこに住んでんだい」

「ちょっと待て。ここどこだババア」

「ババアって失礼だねぇ。あのソウジって子と似てるくせに口が悪いよ。ここはウルド、しかも中心部だ」


 非常に聞き慣れた、家に入れば一日に何度も聞く名前が飛び出した。しかし、その名前を聞いた瞬間に全てを把握出来た。自分の性格の悪さは自覚しているので似てもらうわけにはいかないなどと思っている場合ではない。


「……その俺に似ないで丁寧な言葉遣いで礼儀正しい総司とやらは今どこにいる?」






 その頃、広場ではどよめきが起こっていた。総司の自慢の歌声を思う存分堪能したバイドンは歌が終わったと同時にその場に崩れ落ち、老婆となったハーピーは力を失って煙のように消えてしまった。

 持続時間が切れて消滅した結界に護られていた観客は唖然としながらも、総司が勝ったという事実だけは把握して盛り上がりを見せた。


「お父様どうやって倒したのですか!? 私達には何が起こったのかさっぱり……」

「歌いました」

「……私もお父様の歌を聞きたかったですわ」


 やめた方がいい。バイドンの苦しむ光景が目に焼き付いて離れないブロッドは姫君の肝の据わりぶりに戦慄した。前の二人とは比べ物にならないくらいのダメージを負ったバイドンが再び立ち上がる様子はなかった。無精髭に囲まれた口から泡を吹いて失神している。

 悪役が正義の味方にコテンパンにされた図だった。フードも吹き飛び、召喚に使用した指輪も粉々に砕け完敗という言葉が似合う有り様だ。一応介抱するべきか考えていると見慣れた二人がこちらへ駆け寄ってきた。ヘリオドールが驚愕の表情で総司の両肩を掴んで揺さぶる。


「ソウジ君何あの破壊魔法は!? 世界滅亡でもやらかす気なの!?」

「? 歌対決だったから歌っただけなんですけど……」

「あんた歌は世界を救うって良くいうけど! 歌は世界を滅ぼす事もあるのよ!?」


 あの無意識での結界魔法は総司による破壊ソングを本能が予知していた事によるものだと判明した。部下のミスな上司である自分が責任を持ってしっかりフォロー。

 分からない分からないと思っていた総司を少しずつ理解出来てきたという表れなのか。喜ばしい事であり、「今後も惨劇はまだまだ起こるぞ! 頑張れよ」な予感に心を震わせるヘリオドールの成長。複雑な心境に陥りながらヘリオドールは総司の頭をなでなでした。


「全く……あんたは向こうの人間でまだ子供なんだからあんまり無茶し過ぎちゃ駄目よ」

「はあ」

「そりゃ私は口うるさくて鬱陶しいかもしれないけど、私は一応総司君の上司なんだから」

「僕はヘリオドールさんを鬱陶しいだなんて一度も思った事ありませんけど……」

「おい、そこの親子。ちょっと話中断してくれ」


 反抗期の息子に手を焼く母親のようになっているヘリオドールをジークフリートが後ろに下がらせる。何で姉弟って言わないのよと憤る魔女を無視して爺がブロッドに肩車してもらっているハイエルフの少女へ視線を向けた。

 悪戯っ子の面倒を見る大人のような笑みにティターニアはアクアマリンの瞳を丸くした後、苦笑した。観念したかのように。

 ティターニアはブロッドから降りると、黄金色の光を纏った。幼い少女の体がみるみる内に美しいフレイヤの姫君へと変わっていく。ざわつく周囲。慌てふためくブロッドにティターニアは深く頭を下げた。


「ありがとうございました、ブロッド様。私の詰まらない我が儘を聞いていただいて」

「ひ、姫様……!」

「そしてお父様……いえ、ソウジ様」


 ティターニアは総司にも頭を下げ別れを惜しむように笑ってみせた。


「短い間でしたが、私のもう一人のお父様になってくれてありがとう。……私に楽しい一時を与えてくれてありがとう」

「ティアさん……お姫様だったんですね」

「ふふふ、そうですわ。フレイヤ国のティターニアと申します」


 気付いてなかったのか。ヘリオドールとジークフリートがブロッドの方を見る。

 変な勘違いされてただ? ブロッドは二人の視線に苦笑いするしかなかった。


「ボスの娘さんはお姫様だったんですか!」

「すげえや、流石ボス!!」


 突然幼女が美少女へ変わり三人の家具職人はまずは総司を褒め称えた。何が流石なのかは多分本人らも知らないだろう。


 女性の悲鳴が響いたのはその時だった。


 声がした方向に皆が視線を向ける。そこでは一人の男が怯える女性の喉元にナイフを突き付けていた。その周りでは敵意の込もった目で総司を睨み付ける男達。彼らの手の甲には黒い獣の爪の刺青が刻まれていた。


 この最悪の状況を誰よりも早く把握したジークフリートは、宙に描いた魔法陣から炎の剣バルムンクを出現させる。


「『漆黒の魔手』……だな?」

「へへへ……どこの組織の奴らかは知らねえが、うちのリーダーを倒したからっていい気になるんじゃねえぞ」

「リーダーって誰よ」

「しらばっくれてんじゃねえ!! そこのクソガキが妙な術使って倒したバイドン様の事だ」


 え。誰もが未だに倒れたままの総司の対戦相手(三人目)を見た。家具職人三人組とヘリオドールが昇天した無精髭の手の甲を見た。

 変な刺青が刻まれてる。漆黒の何とかという犯罪者ギルドのメンバーの証である。


「あっ」

「あっじゃねえよ! てめえら知らなかったとかアホな事を抜かすなよ!? 絶対だぞ!!」

「この髭の人偉い人だったんですね。そんな人に僕の歌を聴いてもらえるなんて……光栄です」


 「知らなかった」よりもアホな事を総司がどこか満ち足りた様子で言った。数々の勘違いに振り回されたバイドンが聞いたら号泣間違いなしだろう。


 ざわ…ざわ…


 散々な目に遭った上司を持つ『漆黒の魔手』のメンバーを集まってきた街の人々が気の毒そうに見る。嘲笑われた方がまだマシなこの仕打ち。

 女性の喉元に突き付けたナイフを持つ手が小刻みに震える。


「やめろ……そんな目で見るんじゃねえ! 泣きそうになるじゃねえか!! この女を殺されたくなかったらとっととリーダーとティターニア姫をこっちに引き渡せ!!」

「……リーダー抜きでそんなに行動力あるなら、あんたらこの髭いらないんじゃないの?」

「うるせえ!!」


 背水の陣である子分達の目は本気だった。目的を達成するためなら女性の命など簡単に奪ってしまえるはずだ。迂闊に動けばナイフがすぐに女性を襲う。


「分かりましたわ……」


 膠着状態が続くと思われた中、彼らへ向かって歩みを進めたのはティターニアだった。ヘリオドールが腕を掴んで引き止める。


「待ちなさい! あなたが行ってあいつらが人質を解放する保証はどこにもないのよ!?」

「ですが、彼らの目的は私なのでしょう? 私が行けば……」

「行く必要はありません」


 ティターニアの言葉を遮り総司は首を横に振る。


「あの人達が何なのかは分かりませんけど、『ティア』さんは行かなくていいと思います」

「お父様……」

「というわけで僕があの女の人の代わりに人質になります」

「「何言ってんだお前!!」」


 驚くべき秘策に『漆黒の魔手』だけではなく、ジークフリートも叫んだ。今この場にいる中で、最も人質にする意味が無い者が自ら人質志願を始めるなんて誰が想像しただろう。


「僕は大丈夫です。なので僕が人質になっている間にあの人達を捕まえる方法を考えてください」

「あんた人質になっている暇があったら自分であいつら倒せるでしょ。歌声でハーピーを老けさせておいて出来ないとは言わせないわよ」

「そこで淡々とやり取りしてんじゃねえよ!! いいからバイドン様ともう一人人質寄越せ! そのガキじゃないならもうこの際ティターニア姫でなくてもいいから寄越せ!!」


 さりげなく支離滅裂かつ本末転倒な発言をしながら男がナイフを人質の喉の皮膚にピタリと当てる。脅しのために少しだけ血を流させようと思った時だ。


 ぱちん。


 指を鳴らすような音が聞こえた。それと同時にナイフが一輪の黒薔薇へと変化した。夜空を覆い尽くす闇色を閉じ込めた花弁。男が思わず見入っていると、薔薇の茎が急に異常なスピードで伸び始めて男の体を数秒で縛り上げた。


「う……うわああああああ!?」


 黒薔薇が襲ったのは男だけだった。人質になっていた女性には見向きもしなかった。突然仲間に起きた異変に他のメンバーが狼狽えている一瞬を狙い、女性は総司達の元へと走った。


「魔王様と勇者殿のドンパチが終わったってのにこういうどうしようもない奴はいつになってもいるんだな」


 足音と共に広場に響く声。現れる『黒』の男。

 黒い革靴に黒いスーツに黒いネクタイ。そして、頭に被せられた白銅のフルフェイス式の兜。あまりにもアンバランスで奇妙な格好をした謎の男の乱入に、皆が凍り付いた。


「この声って……」

「ん? この声は……」


 総司とジークフリート以外の皆が。

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