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24.高校生とオーガと幼女

今回はどこで切っても中途半端だったので、少し長めになってます。

 ティターニア姫を迎えるための準備が整った役所inウルド支部。その応接室は二人の職員によって床や壁だけでなく天井まで綺麗にされていた。


 完璧だった。負のオーラを漂わせながら涙を流す魔女の姿さえなければ。


「うっ……ぐすっ……酷いわ……こんな事ってあるのかしら……」


 隅で膝を抱えて啜り泣くヘリオドールの姿に、その場にいた護衛兵やオベロンと共に先にウルドに来ていたフレイヤのエルフ兵は困惑していた。あの黒髪の少年と共に掃除をしていた時は、少年に的確な指示を送る姿はクールで仕事が出来る大人の女性という印象を与えた。

 だが、掃除が終了してから用具を片付けに二人が退室してから約十分後。なんという事でしょう。ヘリオドールは、呪われてるの?と言いたくなるような暗黒のオーラを放ちながら何故か一人で戻ってきた。少年が離れている隙に、口説いてみようかと目論んでいた兵も声が掛けにくい状況である。

 要らない。こんな劇的改造ビフォーアフターなんていらない。


「ヘリオドール? 一体どうしちゃったのかしらぁ?」


 そんな闇堕ち寸前の黄金の淑女に話し掛ける猛者現れる。今日も今日とて胸元が大きく開いて見えてはいけないものが見えてしまいそうな服を来たサキュバスのハーフ、リリスであった。彼女は妖艶な笑みを浮かべながら膝を抱えて泣くヘリオドールを優しく抱き締めた。


 むにゅり。リリスの巨乳とヘリオドールのそれなりに膨らんだ胸が合わさると、兵の視線は一斉にそこに集中した。


「うぅ……リリスゥ~……」

「涙は女の子を綺麗に見せるアイテムだけど、そんな顔中を濡らす程泣くものじゃないわ。ソウジちゃんと何かあったの?」

「う、うん……うああああああああああ!!」


 密着していた体を少し離してリリスがヘリオドールに優しい眼差しを送る。すると、ヘリオドールは獣のような雄叫びを上げながら涙じゃくりながら、眼前の豊満な胸に顔を埋めた。


 その光景にノルンとフレイヤの両国の兵がテンションが上がり、「おおっ」と叫ぶ。美女とおっぱいの絡み合いにただの男と成り下がった集団に冷めた視線を送りながら、オボロは妙な雰囲気を漂わせる二人の前にしゃがんだ。


「で、ソウジが何したって?」

「そ、そうじ……」

「うん、ソウジは分かるよ」

「掃除が終わったら一緒にご飯食べに行くつもりだったのに……」

「あ、そっちなの?」


 話噛み合わねぇ。そして、つまんねぇ。オボロは無意識の内に寒いギャグの片棒を担いでしまった自分を悲しく思った。


「そしたら、総司君ったら酷いのよ!? 『今日はこの後は一人で街を歩こうと思います。ヘリオドールさんはお姫様の護衛をしていてください』って言ったのよ!!」

「あ、あー……」

「今日は祭だっていうのに! 総司君には日頃頑張ってもらってるから欲しいものとか食べたいものとかたくさん買ってあげようと思ったのに!!」

「君はソウジのお母さんか」

「いつでも私と一緒にいたのに、今日初めて拒絶されちゃった私の気持ちなんてあんたに分かるわけないじゃない!!」


 どうやら相当ショックだったらしい。確かに総司は常に無表情で生きている。あの顔で来ないでください的な事を言われたらオボロも傷付く。が、あの少年が何も考えずに一番世話になっているはずのヘリオドールを邪険にするとは思えなかった。


「ヘリオドール、ソウジには何か理由が……」

「おい、お前達聞きたい事が……うっ」


 応接室に入ってきたのはジークフリートだった。リリスの巨乳に埋もれて号泣するヘリオドール。慈愛に満ちた微笑みでヘリオドールの髪を優しく撫でるリリス。顔を赤らめて前屈みになっている二つの国の兵。


(これはひどい……)


 ジークフリートはドアを閉めてさっさと逃げ出したい気持ちになったが、逃げるなと目で訴えるオボロのために何とか踏み留まった。その事に感謝しながら、オボロは立ち上がるとジークフリートに耳打ちした。


「ソウジのヘリオドール離れがついに始まったんだよ」

「何だそれ? というよりソウジならブロ……あ、いや、そんな事よりお前達の中でティターニア姫が遅れてやって来るって話を聞いている奴はいないか?」

「……何それ」


 涙をピタリと止めて仕事モードに切り替わったヘリオドールの訝しげな声に、応接室内の空気が一変する。その反応に聞かなくても分かると悟ったジークフリートは「だよな」と呟いた。

 そして、彼の後ろから爽やかな笑顔がオベロンが入室してくる。


「大変だ! ティターニア姫を乗せた馬車が指定場所にやって来ない!!」

「え!? それってどういうっていうかあんたそれ笑顔で言う状況じゃないわよ!?」

「はいはーい、落ち着いてヘリオドール」


 ヘリオドールが怒りと焦りでオベロンに詰め寄り、リリスがそれを宥める。ざわつく兵士。そこに更に入室してきた老人は幸せそうな笑みを浮かべながら室内を見回した。


「うひょひょひょ~ティターニア姫様は来たかのぅ? わしもハイエルフを見るのは初めてでのぅ」

「そんな事言ってる場合じゃないよ所長。今大問題が起こってるかもしれないのに」

「へ?」

「むっ!? フレイヤの城の者から連絡が来た!!」


 よく分からないが、まずい状況であると判断して青ざめる所長を尻目に、オベロンは懐から小さな水晶玉を取り出した。水晶玉は淡く発光し、そこにはフレイヤにいるエルフの姿が映し出された。焦りと困惑と恐怖が混じり合った表情をしている。


「ハハハハハハ! 一体どうしたのかな!? こちらはティターニア姫が行方不明で大変だ!!」

『そのティターニア姫が何者かに拐われたのかもしれないんです!』

「ハッ!?」

「オゥフ!?」


 オベロンと所長が奇声を上げる。ヘリオドールとオボロも石のように固まってしまい、ジークフリートは慌ててオベロンから水晶玉を取り上げ、質問をぶつけた。


「どうしてそれが分かる?」

『先程地下から呻き声がするという事で調べてみましたら、姫と共に出発したはずの従者と兵士が閉じ込められていたのです』

「何者かが従者と兵士にすり変わって姫と行動を共にしている。そういう事だな。そいつらの手掛かりは何かあるか?」

『特には……ですが、従者が魔法で眠らされる直前、犯人の男の手の甲に獣の爪のような刺青が彫られているものを見たと言っています』


 獣の爪のような刺青。その言葉を聞いた瞬間、ジークフリートは目を見開いた。


「まさか『漆黒の魔手』か……!?」

「それ有名な犯罪者ギルドじゃない! そいつらにティターニア姫が誘拐されたの!?」

「えええええ!? 姫様は!? 姫様はどうなるんじゃ!?」

「姫は相当美人って聞くから、まず最初にあんたみたいな変態の玩具にでもされるんじゃないの?」


 オボロの冷静な見解に息を呑んだのは所長だけでなく、フレイヤの兵士もだった。驚愕の中にもやや興奮の色を滲ませているのは、高貴な身分の美少女が下衆集団にあんな事やこんな事をされている所を想像したからだろう。背徳感とはとてもいいものである。


 駄目だこいつら早く何とかしないと。オボロが痛む頭を押さえていると、ジークフリートに肩を掴まれた。


「確か『漆黒の魔手』のアジトはウルドの中心部の近くって話だ。姫を拐ったのが本当にあいつらなら一度アジトに帰る可能性が高い。俺とヘリオドール、兵士達で姫と『漆黒の魔手』を捜しに行く。お前はリリスとここに残れ」

「え? 僕そんな楽にしていいの?」

「リリス!」

「ジークちゃんの頼みなら仕方ないわねぇ……」


 リリスがくすりと笑って右手を掲げる。すると、手が白く発光を始め、小さなガラス玉が次々と掌に現れてゆく。ジークフリートはその一つを手に取った。


「これにはオベロンの水晶玉と同じ魔法が掛かってある。これで連絡を取り合いながら捜しに行く。リリスは交信の纏め役」

「はーい、頑張るわねぇ」

「え? で、僕は?」

「お前はあれとこれの見張り」


 ジークフリートの視線の先には自分にも責任が来ないかと震える所長と、壊れたように笑い続けるオベロン。オボロは物凄い勢いで首を横に振ったが、ジークフリートは首を縦に振った。


「頑張れ」

「うわあああああああああああ」



 トントン。金槌で釘を叩く音が宝石店『妖精の涙』に響く。嫌がらせで客達にサンドバッグ扱いされてついに力尽きた元ドア。ぼろぼろになった所は所々穴も開いていた。


 よくここまで持ったものだと感心しながらも、ブロッドは音がする入り口方向に視線を向けた。扉を失い、外の空気をガンガン取り込んでいたそこには真新しい扉が設置されていた。総司の手によって。


「うん……こんな具合でどうでしょうか」

「完璧だね~」

「完璧じゃの~」


 総司の手伝いをしていたゴブリンとドワーフも誇らしげに胸を張っている。


「ありがとうだ、ソウジ君。新しいドアを付けてくれて」

「いえ、このドア一応うちから持ってきた物なんですよ。祭が終わったら僕の知り合いの大工さんにお願いしてちゃんとしたもっと綺麗なドアを作ってもらいましょうね」

「そっかぁ……でもソウジ君」

「はい?」


 金槌をペン回しの要領で華麗に回転させている総司に、ブロッドは勇気を振り絞って聞いた。


「このドアどっから持ってきただ?」

「? ずっと鞄の中に入れてましたよ」

「えっ、どうやって?」

「ちょっと頑張って押し込んでました。ほら、だから見てください。あんなにパンパンだった鞄が今はちょっとだけスリムな体型になってます」


 肩に掛けるタイプの総司の愛用鞄は彼の言う通り、ここに来た時には「ズシ…」と重そうに膨らんでいた。しかし、今は「しょんもり…」と真っ平らになっていた。


(でも、どうベストを尽くしてもあの鞄にはドアは入らないだ……)


 限界という言葉が彼の鞄には存在しないのだろうか。悩むブロッドに女主人が数枚の金貨を持って来た。


「ブロッド、ついでで悪いんだけどね。祭で開いてる露店から何か美味そうなものあったら買ってきておくれよ」

「うん! あれ? ちょっとこれ多いだよ?」

「あんたとソウジちゃんの分さ。ドアのお礼だよ」

「ありがとうだ、おばちゃん……あれ? ライネルは?」


 女主人の優しさに感動していたブロッドは、いつの間にか店内に友人の姿がないことを気付いた。


「あいつは工房に引っ込んだよ。今日は元気がないんだ。せっかくお姫様がノルンに来たってのに……」

「どこか具合でも悪いだ?」

「さあねぇ。さ、さっさと買いに行って来ておくれ。早くしないと美味いもん売り切れちまうからね!」








 フレイヤの姫がこんな国にやって来る。そんな訳でテンションが爆上げの市民によって開かれた祭は大賑わいだった。品物は特別価格で売られ、露店も多く立ち並ぶ。ウルドの中心部は昼時になると、人混みで溢れるが、本日は更に凄かった。


「す、凄いだ! ソウジ君はぐれないようにするだ!」

「はい。でも、どこも楽しそうですね」

「美味しそうなものもたくさんあるだ。何にしようか迷うだ~」

「はい……おや?」

「ソウジ君!」


 総司の声色が若干変わる。そうして、突然走り出した友人をブロッドは急いで追い掛けた。こんな所ではぐれたら、祭が終わるまで再会は不可能である。


 何故か路地裏に入り込んだ総司を何とか追い掛けていると、総司の走る前方から男の怒鳴り声が聞こえた。


「このクソ女! 手こずらせやがって!」

「もう逃がさねぇぜ!!」

「……!?」


 ナイフを持った男二人。彼らが追い掛けているのは、何とまだ幼い少女だった。金髪に海色の瞳と、白ワンピースを着た美少女。一瞬、見取れてしまったブロッドだったが、そんな場合ではないと我に返る。よく事情は分からないが、暴漢に少女が襲われそうになっている。


 助けなければ。ブロッドが男の一人にタックルしようとする前に、総司が新たな動きを見せた。


 総司が隅に積み重ねられた煉瓦の山に飛び乗り、そこから大きく跳躍したのである。そして、暴漢二人を軽々と飛び越えて必死に逃げる少女を庇うようにその前に着地すると同時に、向かってきた一人に回し蹴りを喰らわせた。何が起こったか理解出来ないまま男は、総司が踏み台に使った煉瓦の山に突っ込んだ。


「何だテメェ!」

「嫌がる幼い少女を追いかけるのはロリコンとして一番してはいけない事です」

「だ、誰がロリコンだ!」


 仲間がやられた男が戸惑いながらナイフで総司に襲い掛かろうとする。が、総司はその一撃を軽く避けてから銀色に輝く刃を鷲掴みにすると、それを『握り砕いた』。


「ひいっ!?」

「自分の性癖を否定したい気持ちはよく分かります。だけど、それを隠すためにナイフで脅すなんて……」

「ゾヴジぐー―――――――ん゛!!!!!!」

「ぎゃああああああ!!」


 息を切らしながらようやく追い付いたブロッドを見た男は絶叫した。怪力の持ち主で獰猛な種族とされるオーガ。オーガはたった今、ナイフを破壊した少年に「もう少しゆっくり走って欲しいだよ!」と叫んでいる。それに対して少年が「すみません」と淡々とした様子で謝る所をみると、恐らく少年の方が格上の立場らしい。


 あのオーガを手下に置く。その事実に男は震え上がった。まさか、『自分達』以外に彼女を狙う勢力がいたなんて。


「う……うわあああああ!!」


 男が力が抜けそうになる腰で必死になって逃げ出した。その手の甲には獣の爪のような刺青が刻まれていた。総司は逃げ去る男をぼんやりと見送りながら呟く。


「そんなに自分がロリコンと知られるのが嫌だったんでしょうか」

「多分違うと思うだ……というか、ソウジ君強いだね。ナイフが……」

「いえ、そんな事はありません。……君も大丈夫でしたか?」


 総司がしゃがんで、ずっと固まっていた少女の顔を覗き込む。ブロッドは自分がいては怖がらせてしまうと、離れようとしたが、少女がずっとこちらを見上げている事を気付いた。


「……僕がどうしただ?」

「……………」

「……ん?」


 黙り込む少女を見下ろしていたブロッドはある事に気付いた。少女の頭からは二本の触角が生えている。それからふわふわな金髪と海色の瞳。


 『友人』が一度だけ話した事のあるあの人物と特徴と非常に酷似している。


「もしかしてティター……」

「ストップ!! ですわ!!」

「キャアッ!」


 幼女の回し蹴りがブロッドの脛にクリティカルヒットした。

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