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22.使者

 魔法や魔物が存在する世界アスガルド。ではなく、魔法も魔物も存在しない世界ウトガルド。それもオタクというアレな人種が大量発生している国日本。


「……これは」


 ごく一般的な家庭。その家の一人息子は早朝から庭の物置小屋を開けて、中に仕舞われていたあるものを発見して固まっていた。朝食の準備が出来たというのに、中々戻って来ない息子を心配した母親がサンダルを履いて庭に出てくる。

 能面のような表情の高校生ぐらいの息子に対して、外見年齢二十代前半の母親。しょっちゅう姉弟と間違われているが、れっきとした親子である。


「総ちゃんどうしたの?」

「母さん……あれは何かな」


 息子が指差したのは脚立や様々な工具が積まれている奥に置かれた木製の扉だった。ノブも付いており、どこも傷付いた様子はない。壊れたから外したようには見えなかった。


「それお父さんがどこからか持ってきたみたいでね。何かに使えるかもしれないからってそのままにしてるの」

「……使えるっていうより使わないようにするために置いてるっぽいけど」

「そうなのかしらねぇ……きゃっ!」


 母親が手が物置小屋に触れた瞬間、微弱な電流が走った。


「うーん、昔から私がここに入ろうとする度に静電気がビリッと来るのよ」

「入れないなら僕か父さんが取るからいいよ。シャベルと如雨露出してここに置いとくね」

「ありがとう総ちゃん。ふふっ、総ちゃんがバイトから帰ってくる頃にはお庭に新しい苗植えておかなきゃ。今日はごちそうも作らないといけないし」

「そういえば今日父さん出張から帰ってくるんだっけ……母さん、『あれ』持って行ってもいい? バイト先で何かの役に立つかもしれないから」

「いいけど……どうやって持っていくの?」


 息子が持って行きたがってる物を見て母親は首を傾げる。あと、何に使うか分からない。


「まあ……どうにかして持って行くから大丈夫」

「そう。それじゃあご飯にしましょう! バイト前なんだからちゃんと食べていってね!」


 母親が楽しそうに鼻歌を歌いながら家の中へ戻っていく。息子はその後ろ姿を見つつ、『それ』を物置小屋の脇に置いていた鞄の中に詰め込んでいた。その光景を目撃した野良猫が驚いて逃げ、カラスが飛び去った。










ノルンから遠く離れた国『フレイヤ』。


妖精の住処と呼ばれており、人口のほとんどがエルフで占められている国だ。また、他国よりも自然に囲まれた地域が多く、そのため妖精、精霊も集まりやすく聖域『マナの地』も多数存在する。


 また、住民のほとんどが高い魔力を持ちながらも争いを好まず、二十年前の魔王対勇者の戦争時も魔王側にも人間側にも付かずに沈黙を続けてきた国である。それ以前もそれ以降も他国とは一切関わろうとしなかった謎に包まれていたフレイヤ。

 ところが、先日向こうからの使者が突然ノルンにやって来たのである。フレイヤの姫君ティターニアがノルン、それもウルドを訪れたいという旨を伝えるためだ。

 閉鎖的、排他的な国の姫のまさかの来訪宣言に、ノルンの上層部は大パニックに陥った。目的は『他国の暮らしぶりを拝見したい』という事だったが、それが建前であるとはすぐに分かった。そんな些細な理由だけでわざわざこんな妖精霊が激減し、財政難に苦しむ国に来るはずがないからだ。

 だが、これはノルンにとっては嬉しい出来事でもあった。魔法国家であるフレイヤと交流を図り、親密になれる重要なチャンスを易々と逃すわけにはいかない。疑問は残されたままだったが、ノルンはティターニア姫を歓迎する事を決定した。


 そして、それから二週間後、ウルドの役所はこの日だけは全ての業務を停止し、ティターニアの滞在地となるのだった。そのため、普段はそれなりにフリーダムな空気が流れている役所内には至る所に見張りの兵士が配置され、ピリピリとした緊張感に包まれていた。


 魔力を練り込まれて精製された特殊な鎧と兜は通常の物よりも防御力に優れ、腰に差した白銀の剣は如何なる物も切り裂く。ノルン軍の中でも有能な兵ばかりが今回の警備に駆り出されていた。


「それだけ今回のティターニア姫様の来訪が大事な事なんだけどね……」


 職員のほとんどが役所自体の立ち入りを禁止され、静まり返った職場にヘリオドールは違和感すら覚えていた。警備の兵士も近くを通り過ぎると頭を下げるものの、その鋭い眼光に思わず萎縮してしまう。無意識の内に平然とした様子で隣を歩く少年に身を寄せた。その兵士がヘリオドールのような女性がタイプで、拒絶されてショックを受けている事を本人は知らない。


「ヘリオドールさん兵士の人達が苦手なんですね。鑑定課の人達には普通に接しているのに」


 兵士の前から離れてから総司がそう言った。やや意外そうな口調に聞こえたのは気のせいではないかもしれない。


「だって、私達だって軍の人間とはほとんど関わらないし……襲い掛かってくるわけじゃないって分かってても何か威圧感があって苦手なのよ」

「そうですか」

「……あんたは怖くないの?」

「何でですか?」


 「何で怖がらなきゃならないの?」と逆に聞き返されている気がして、ヘリオドールは乾いた笑い声を漏らした。そういえばこの少年は兵士達よりもずっと恐ろしい存在だった。何が恐ろしいのかと聞かれれば答えに迷ってしまうが。


 この後も総司にしがみつくように隠れて兵士の前を通過して(兵士の桃色のときめきを破壊して)、目的の応接室へ向かう。扉を開くとそこには明らかに苛ついた様子で壁に寄り掛かるオボロと、背から薄い蜻蛉の羽を生やした金髪碧眼の男がいた。頭部からは二本の触角が生えていた。


「これは……美しい魔女だ」


 男はヘリオドールを見るなりぱぁっ、と明るい表情でヘリオドールに突っ込んで行った。


「ギャアッ」


 ヘリオドールの平手打ちが男の頬を襲撃する。その華奢な体がオボロの真横の壁に叩き付けられた。

 ビシィッと亀裂の走る壁面にオボロの「ヒッ」という悲鳴。魔法によって増強していない腕の力。


「ヘリオドールさん十分強いから兵士の人なんか怖くないですよ」

「うっさいわね! 女の子を見た瞬間飛び掛かってくる変態なんてうちの所長だけで十分なの!!」


 壁にヒビが入る程の力で叩き付けられた男は羽が妙な方向に曲がり、鼻血を出した状態で爽やかな笑顔を見せた。オボロが本気で引いているとは気付いていないらしい。


「いやあ、素晴らしい! その美しさと豪腕! まさに魔女の中の魔女だ!」

「魔女に豪腕なんてワード必要ないですよ、オベロン様。っていうか、やっぱりヘリオドールと僕の仕事反対の方がいいんじゃないのかな……」

「オベ……えっ!?」


 呆れ顔のオボロの口から出た名前にヘリオドールは青ざめた。オベロン。フレイヤからやって来た使者の名だ。

 本日ヘリオドールにとってトップクラスの重要人物を投げ飛ばしてしまった。国と国との問題に成りかねない。


「しまった……!」

「いいや、気にしないでくれ美しき魔女よ!」


 焦る豪腕の魔女にオベロンは鼻血を垂れ流したまま、首を横に何度も振った。勢いが強すぎて血が周囲に飛び散る。総司が鞄からポケットティッシュを取り出してオベロンに手渡した。小さく千切って丸められたティッシュが鼻の穴に詰められた。


 VIPとは思えない悲惨な姿である。ヘリオドールとオボロは何だかとても居たたまれない気持ちになった。しかし、オベロン本人は彼らの気持ちなど全く知る気などなく、ポケットティッシュをくれた総司に握手を求めていた。


「素晴らしい! 相手を叩きのめした後に労るその気持ち! この雪のように白く、綿のように柔らかい紙! これがノルン式のおもてなしか! 素晴らしいぞハハハハハハハ!!」

「はあ」


 ハイテンションで訳の分からない事を口走る妖精国の使者の笑い声が応接室に響き渡る。オボロはヘリオドールの服を掴んだ。悲壮感に溢れていた。


「ヘリオドール、やっぱり僕と君の仕事交換しよう。僕の精神が持たない」

「はあ? 私と総司君の仕事って応接室の掃除よ。そんな地味な仕事あんた好きじゃないでしょ」


 ティターニアはこの部屋にやって来る予定にある。今からここを総司と二人で綺麗にしなければならない。プライドが高いオボロが好んでやりそうな仕事ではない。が、狐耳の男は恨めしそうにヘリオドールを睨んだ。


「終わったらお払い箱って外に摘まみ出されるんだからいいじゃない。姫もあんな性格だったらどうしよう……」

「あんたの仕事って何なのよ……」

「それは私から説明しよう!」


 オベロンが総司の両手を掴んだまま叫ぶ。とてもうるさい。


「後数時間程で我が国からティターニア姫様がやって来る! オボロ殿には我々と共に姫様の護衛をしてもらう! これは極秘任務だ!!」

「極秘なんだから静かにしろようるせぇな!!」

「だが、ヘリオドール殿! 先程のあなたの豪腕に私は感動した! あなたにも護衛についてもらいたいのだが、どうだろう!?」


 総司の手をブンブンと振り回していたオベロンは、次にヘリオドールの手を掴もうとした。その行動を予測していたヘリオドールは総司の手をぎゅ、と握った。それも両手で。


「申し訳ありません。私この子と他の仕事があるので!」


 早口でそう言い切ったヘリオドールに総司が「他の仕事って……」とまで言ったので、察しろと睨みを利かせて黙らせた。ティターニア姫に会えるチャンスだったかもしれない。だが、オボロの言う通り彼女もオベロンのような性格だったら、こちらのテンションが持たない。



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