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21.鑑定課

 アスガルドでは数多く存在する冒険者がダンジョンに潜ったり、旅をしている最中に様々なアイテムを手に入れる事がある。それは主に鉱物や魔物の部位だ。ベテランの冒険者であるならそれらを自分の手で細工して武器や防具を作り、魔物の肉で食べられる物なら腐らない内に調理して食べてしまう。

 大抵は武具や薬品を始めとする多くのアイテムの材料を取り扱っている素材屋に売る。しかし、ここでちょっとした問題が発生する。素材屋は持ち込まれたアイテムの価値を定めて、代わりに金を冒険者に支払う。

 ところが、中には本来の値段よりも、かなりの低価格で引き取る悪徳業者も存在するのだ。そこでおかしいと気付いて換金を取り止める者もいるのだが、素材の価値に詳しくないルーキー(初心者)の冒険者や気の弱い者は泣き寝入りしてしまうケースも多い。


 そこで最近では国の直属の機関に素材の鑑定を行う部署が設置されるようになった。まず、ここで鑑定を行い、その品物の値段を取り決めて鑑定証を発行する。それから鑑定証と品物を素材屋に持ち込んで換金を行うシステムになった。


 素材屋は冒険者の持ち込む戦利品が主な収入源になっている。他の店よりも利益を出すため、鑑定証に記された値段よりも僅かに高値に設定して今後もご贔屓に、と換金を行う店も少なくない。少しでも金が多い方がいい冒険者にとっても、当たり前の値段しか寄越さない店よりも、サービスしてくれる所の方がいいからだ。


 鑑定が国の機関で行われるようになって素材屋の経営事情も随分変わった。が、その国の役所も結構苦労していたりする。冒険者が日々持ち込んでくる品物の多さに毎日悲鳴を上げているのだ。鑑定専門部署、『鑑定課』の職員のほとんどが男性なのも女性では品物が重くて運べないという事が多いからだった。





「……のはずなんだけどなぁ」

「何よ! 文句あるならさっさと言いなさい!」

「いいや、別に」


 空いている席に勝手に座っていたオボロは、少しだけ顔を引き攣らせてヘリオドールから視線を逸らした。近くの席で青い石の鑑定を行っていた職員はちらり、と手伝いに来ていた魔女へ視線を向けて、知らない振り知らない振りと作業を再開した。


 男でも苦労するような重さの岩石をいとも簡単に運ぶヘリオドールの姿がそこにはあった。


「……あっ、あんたまさか私がこれを自分の力だけで持ってると思ってるんじゃないの!? 違うから! これは魔法を使って石の重みを軽減しているだけよ!?」

「そんなに必死にならなくてもいいじゃない……でも、魔女は色んな魔法が使えて便利だね。土魔法で石の重みを減らしてるとか?」

「え? 一時的に私の腕の力を増幅してるだけよ。今の私ならあんたを片手で持ち上げてぶん投げられるんだから」


 品物一つ一つに魔法をかけるより、この方が効率がいい。女を捨てている感が半端ないのだが、これが使えるものは使い、仕事に常に全力投球のヘリオドールのやり方だ。

 半ば自棄に自慢げに説明すれば狐耳の男に可哀想な物を見るような目で見られた。嘲笑われるよりもダメージがでかい。


 デスクワーク中心の住民課と違ってこちらは力仕事も多いのだ。鑑定そのものには鑑定士の免許を持つ者しか携われないので、ヘリオドールがこの課の補助に回る時は必然的にこうして品物運びに徹する事がほとんどだった。


「君一応女なんだからもう少し軽いものを持ってもいいんじゃないかな。見ててなんか、こう不憫になってくる……」

「うっさいわね。仕事なんだから仕方ないでしょ」

「……僕は君の仕事への情熱は正直高く評価してるけどさぁ」


 だから何だとヘリオドールは持っていた岩石で微妙そうな顔をしているオボロの頭をかち割りたい衝動に駆られた。それを何とか堪えて彼に対して沸き上がっていた疑問をぶつけてみた。


「大体あんたどうしてここにいるの?」

「仕事がキリのいい所まで行ったから休憩中。たまには他の課にも顔を出そうと思っ……」


 突然目を見開いたオボロの視線の先には、ヘリオドールが持つ物よりも更に巨大な石を持った総司がいた。驚くべき怪力を発揮する総司の隣には、身長2メートル程の鬼のような恐ろしい顔付きに筋骨隆々の体を持った男がいた。『オーガ』の職員であるブロッドだ。

 総司はいつも通りの無表情なのでよく分からないが、ブロッドはその泣く子も黙るような恐ろしい顔で笑み浮かべている。談笑を楽しんでいるようだった。その光景をオボロは驚いた表情で眺めていた。


「うわー、『あの』ブロッドが笑う所なんて初めて見たなぁ。いいもの見れたよ」

「あの二人私が知らない間に仲良しになってたのよね……私もちょっとびっくりしたわ」

 何せ相手はあのオーガだ。ウトガルドの人間である総司も恐ろしい外見をした彼には恐怖を抱くだろうとヘリオドールは懸念していたが、それは杞憂に終わった。


 ヘリオドールとオボロの視線に気付いたらしいブロッドが、そのごつごつと岩のように浅黒く硬い手で総司の肩を叩く。総司も気付いてブロッドと共にこちらへやって来た。


「僕に何か?」

「う、ううん、ただ仲良しだなぁって見てただけよ」

「ソウジ君には良くしてもらってんだオラ。ソウジ君優しい人だ」


 ブロッドは嬉しそうにはにかんだ。これも見た事がない顔だ。ヘリオドールとオボロは口を開いたまま顔を見合わせた。その反応に岩石を持ったまま総司は二人を交互に見た。


「どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも!」

「ブロッド君そんな性格だったっけ!?」


 ヘリオドールの叫びに、実は作業をする振りをして総司とブロッドのやり取りを観察していた職員達は、「よくぞ聞いた!」と力強く頷いた。


 ブロッド・ヒューティム。

 その魔物に近い容姿のせいで周りから恐れられているオーガの男。彼は実はその見た目に似合わず鑑定士の免許取得者で、課の中でトップクラスの目利きの職員だ。

 運ばれた数々の品物の鑑定を淡々と行う鑑定のスペシャリスト。鑑定の結果に納得がいかず、鑑定士を呼び出せと文句を言う冒険者もブロッドの姿を見れば恐怖で怖じ気付く。


『……鑑定の結果に問題でも?』

『いっ、いえ、ありませんありがとうございます』


 課の人間もブロッドには恐れを抱き、仕事以外では会話をしないというより出来ない。何とか心の距離を近付るべく気さくに話しかけようとすれば、不機嫌そうな表情で睨み付けてくる。


『なあ、ブロッド!』

『……ん?』

『ごめんなさい、何でもありません』


 通称・鑑定課の怪物モンスター。仕事の腕も怖さも超一流。逆らえば殺される。怒らせても殺される。ブロッドの出勤する日は課は常に緊張状態にあった。

 その男が自分よりもずっと小柄な少年と友情を築いていた。それだけでもかなりの衝撃なのに、素の性格が外見とあまりにもかけ離れた癒し系。


 ざわ…ざわ…


 鑑定課メンバーとヘリオドールとオボロに電流が走る。今までにない混沌とした空気が室内に満ちる中、平常運転の総司が口を開いた。


「僕もブロッド君も編み物が大好きなんで、そこから仲良くなりました」

「ソウジ君の作る編みぐるみは可愛いんだ。あと、最近は休み時間に羊毛フェルトってのもやってんだ」


 女子力の高いコミュニケーションの取り方である。


「というかソウジってブロッドの事はブロッド君呼びなの? 僕とか保護研究課の爺さんはさん付けなのに」

「ブロッド君19歳なんです」

「最初はブロッドさんって呼ばれてたけと、オラ恥ずかしいから勇気出してさん付けやめてくれって言ったんだ。そしたらブロッド君って呼んでくれるようになったんだ」


 こんなに饒舌に話すブロッドも初めてだった。鑑定課の怪物の正体はただのオトメン。その場にいた全員がそう結論付けた。

 更に極度の人見知りである事も発覚。今までの態度は単に恥ずかしがっていたと明かされると、職員達は苦笑した。思わぬ事実とそれを見抜けなかった自身に対して。


「何だよお前! 滅茶苦茶いい奴じゃん」

「今からでもいいからさ、ソウジだけじゃなくて俺とも友達になってくれないかな?」

「アタシもブロッドさんを見掛けで判断してたわ。これからは色々話し掛けてもいい?」

「う、うん! こちらこそよろしくだ!」


 職員達に囲まれる満面の笑みのブロッド。オボロは岩石を指定の場所に運んでいく総司の隣に並びながら小声で聞いた。


「まさか君こうなる事想像してた?」

「はい?」

「……まあ、いいか。それより羊毛フェルトって……」

「そういえば総司君!……って何よオボロ」

「いいや、別に」


 何故かオボロに睨まれながらも、ヘリオドールは総司に言い忘れていた事を口にした。


「今度の日曜日、役所も休みなの。でも、一応アスガルドには来て」

「何かあるんですか?」

「遠くからわざわざやって来るんだよ」


 不貞腐れた様子でオボロが総司の質問に返答する。


「妖精の国『フレイヤ』からティターニア姫がうちの国、しかもこのウルドの都市にね」


 それを聞いていたブロッドの肩が僅かに跳ねた。

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