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20.一歩前進

 幼い頃に父親を病で亡くし、祖母と母と姉と暮らしていたフィリアにとって男性とは未知なる存在だった。女であるフィリアと違って、がっしりした体付きに低い声で力持ち。そんな彼らが妙に怖い存在に思えて、自分から男性に話し掛ける事はなかった。嫌というわけではない。どう接していいか分からなかったのだ。

 街を歩いていると色んな男達が笑顔で話し掛けてくる。その度にフィリアは会話の練習と思うのだが、その度に男達は母or姉の攻撃魔法によって撃退されていた。祖母に至っては山姥のような形相で投げ飛ばしていた。エルフの中でも特に美しい容姿をしているフィリアに邪な欲望を持ち、男が寄ってきていたとは本人は知らなかった。祖母と母と姉からその事を明かされた時はかなりショックだった。

 と言っても、フィリアも年頃の娘である。今の内に異性との交流の仕方を覚えないのは少しまずい。フィリアが妖精や精霊と遊んでいる間、祖母と母と姉は真剣に話し合った。


 議論の末、フィリアを役所に働かせてみようとなった。国の直属の機関なら、公私混同のない誠実な男性が多く勤めている。まずはフィリアをそこで慣れさせようという作戦だった。世間に少し疎いエルフ一家はその職場が現在爛れた状態にあると知らず、箱入り娘を巷では性の監獄と呼ばれている役所に行かせる事を決意した。フィリアも家族の思いに応えるべく、役所への就職を決めた。ちなみに最初は人と関わる事の少ない精霊研究家になるつもりだった。


 まだ若く純粋な美少女はそんな理由でウルドの役所に就職した。穢れた道に走らないため。






(いやあああああああああああああああ!!)


 そして、フィリアは現在穢れた道を爆走していた。壁に耳を当ててみればクライマックス中の男女二人。一応、就職する前に姉から英才教育を受けていたので、そう言った知識は身に付けている。しかし、それを実際に見聞きしてスルー出来る程、経験値を積んでいるわけではない。


 恐る恐るベッドの方を見れば総司は、のんびりと窓の外を眺めていた。その感情の読めない横顔を見詰めている内に、フィリアの頬は紅潮していく。

 保護研究課の職員からは「虚ろな表情をしている」と言われ、ヘリオドールからは「ジークの方が顔はいいんじゃない?」と言われたが、フィリアにとっては総司は大きな存在だった。男らしさはないものの、綺麗な顔立ち(フィリア考)。常に自分よりも他人の事を優先してくれる優しさ(フィリア考)。時折見せる不思議な強さ(フィリア考)。

 その何もかもがフィリアを惹き付ける幻想的な少年。そんな総司とどうにかなりたいわけではない。隣にいるだけで幸せな気分になるのだ。


 なのにどうしてこんな事になってしまったのだろう。その場に蹲って絶叫しそうになっていると、総司の視線がフィリアへ向けられた。


「……フィリアさん」

「は、は、はい!!」

「すみませんでした。こんな事になってしまって」

「こんな……!?」

「床じゃ冷たいですよ。こちらへどうぞ」

「ひゃい!?」


 総司に手招きされた瞬間、フィリアは奇声を上げた。もしかしたら、と保護研究課の先輩の言葉を思い出す。


『ソウジだって男だから気を付けろ』


 つまり、男だから今隣の部屋でやっているような行為にも興味がある。それが男なのだから仕方ない。フィリアも女なのだから仕方ない。

 だが、総司とそうなる事など一度も想像していなかったし、怖くて受け入れられない。いくら相手が総司でも恐怖が拭えなかった。


(どうしよう……でも言う通りにしなかったら嫌われちゃう。この宿屋に入ろうって言ったの私だし……)


 フィリアの顔から赤みが引いて逆に青ざめていく。嫌われないためにはやはり、彼に従うしかないだろう。ゆっくりゆっくり震える足でベッドに近付いて総司の隣に座る。


「? フィリアさんどこか具合が悪いんですか?」

「そ、そんな事ないです……!」

「でも顔色があまり良くないですよ。……道案内頼んですみませんでした」


 頭を下げる総司にフィリアは困惑する。今日、総司が休日出勤してきたのはアイオライトに『お使い』を頼まれたからである。彼女が欲しがっているのはウルド中心部から少し離れた街の店に売っており、総司の道案内役としてフィリアが選ばれた。


 そして、大好きな人と二人きりと内心喜んでいたフィリアを嘲笑うかのように、突然降り出した豪雨。傘を持っていなかった二人は慌てて雨宿り出来る場所を探した。

 その際、擦れ違った男から「お嬢ちゃん達あそこ入ったらどうだい?」と案内されたのがこの店である。フィリアはその男の言葉に従い、店の外装を観察している総司を半ば無理矢理引き連れて中へはいった。


 おかしいと思ったのはその直後。フロントでどの部屋にするか聞かれ、よく分からずに空室を選んだ後に店員がニヤリと笑いながら総司へこう言ったのだ。


『兄さん、淡白そうな顔しといてやる事やるんだねぇ』


 その後、鍵を借りて部屋に向かう途中に聞いてしまった喘ぎ声やベッドが軋む音にフィリアは確信した。ここが『そういう』事をする店であると。


「……雨止みませんね」


 二人並んでベッドの上に座る事数分。フィリアは落ち着きを取り戻しつつあった。総司へ一時は抱いていた恐怖心も無くなっていた。


「ソウジさん……あの……ごめんなさい……」

「はい?」

「私ソウジさんの事勝手に怖がってました……」

「……何の事か分かりませんが、今はもう僕の事怖いって思ってないなら構いませんよ」


 そう言いながら総司は少しだけ濡れてしまった鞄の中から白い物体を取り出した。それは柔らかい紙で作った人型の人形のようだった。頭部らしき丸めた部分に目と鼻と口が描かれていた。


「何ですか、それ?」

「てるてる坊主です。雨が降って欲しくない時に窓際に吊るすと効力を発揮するんです」

「ソウジさんの世界に存在する呪いなんですね。初めて見ました……」

「結構効くんですよ。多分、首を斬られないように皆必死なんだと思います」


 一瞬、末恐ろしいワードが聞こえた気がしたが、フィリアは聞かない事にした。黙って窓際に紐で『てるてる坊主』を吊るす総司の後ろ姿を見詰める。


 そして、総司は再びベッドに腰を下ろして鞄の中に手を突っ込んだ。その顔はほんの少しだけ真剣そうに見える。


(そういえばソウジさんの笑ったところ見た事ないなぁ……)


 笑顔どころか喜怒哀楽の一切を顔に出さない。かと言って無愛想なわけでもない。

 何か深い事情でもあるのだろうか。考えれば考える程心配になってくる。


「あ、あった……」


 そう言いながら総司が取り出したのは青色の小さな帽子だった。それも毛糸で編まれて温かそうなものだ。だが、被るには少しサイズが小さいような気がする。


「フィリアさん、これニールに渡しておいてくれませんか?」

「ニールに?」

「はい。前に僕が編み物をすると話したら何か作って欲しいとねだられまして……とりあえず帽子にしてみました」

「そうなんですか……ってえ!? 編み物!?」


 総司が編み物。初耳である。驚きながらもフィリアは渡された毛糸の帽子を見下ろした。綺麗な作りをしている。祖母も編み物が趣味でよくマフラーや手袋を編んでくれたが、同じくらい上手かもしれない。


「僕、結構こういうのも好きでやってるんです。編み物の他に羊毛フェルトにはまってます」

「ヨウモウフェルト……ですか」

「ふわふわの羊の毛を針で刺して丸めて人形とかを作るんです。例えばこんなのとか」


 総司が鞄から取り出したもの。それは掌サイズの茶色い猫と白い兎の羊毛で作った人形だった。


(可愛い……!)


 とても羊毛で作ったとは思えないぬいぐるみのような愛らしい見た目の猫と兎。それを作った総司。作者と作品から放たれる癒しの波動にフィリアは目を輝かせた。

 すると、総司は少しだけ首を傾げた後、掌の二匹をフィリアへ差し出した。


「……良かったら貰ってくれませんか?」

「いいんですか!? あ……えと、こんなに可愛いものを……」

「どうぞ。彼らもフィリアさんが持っていた方が喜ぶと思いますから」


 ふわりと軽い質感の人形がフィリアの小さな掌にそっと置かれる。この子達は宝物決定だ。愛しげに猫の頭を人差し指で撫でた。


「あの、ありがとうございます! 大切にします……!」

「いえ、喜んでもらえて僕も嬉しいです」

「そんなソウジさ……」


 人形から総司へ視線を向けたフィリアはそこで言葉を止めた。頭から湯気が出るのでは、というくらい顔が赤く染まっていく。


「ソ、ソウジさん今、今一瞬だけっ、わら、わらっ……」

「藁?」


 口をパクパクさせる美少女に総司は首を傾げるのだった。










「お前、フィリア嬢に何かしたろ? 滅茶苦茶幸せそうだったぜ、あの子」


 それはもう、とても楽しそうにアイオライトは総司の太ももをバシバシと叩いた。


 あの後、てるてる坊主が死に物狂いで頑張ったのか雨はすぐに止んだ。正確には街を覆っていた黒い雲が消滅した。それを目撃していた街の住人は魔王の攻撃かと一時騒然となった。

 そして、無事に目的の物も購入出来た総司とフィリアは役所に帰還した。巨大な鉄の塊と共に。


「助かったよ総司。今日は男共が修羅場でさ。お前くらいしか頼れる奴がいなかったんだ。こんなに重たいもん持てるのお前くらいだし」

「確かにこれはちょっと重かったかもしれません」


 総司が一人でどうにかして持ち帰ったもの。それは女性の姿をした鋼鉄の人形だった。真ん中が左右に開く仕組みになっていて、その扉からは、長い釘が空洞となっている内部に向かって突き出している。

 ちなみに人が一人入れる程度の大きさをしていた。


「まさかこっちでアイアンメイデンが見られるとは思いませんでした」

「へぇ、そっちではアイアンメイデンって言うのか。こっちじゃ血の乙女って言うんだぜ」

「なるほど。それで誰を入れるんですか?」

「ニーズヘッグ」


 総司の物騒な質問にアイオライトは即答した。


「奴を人間の姿に変えてこの中にぶち込む。中々口割らないんでねぇ」

「ニーズヘッグさん地下室にいるんでしたっけ? 魔王さんの事を聞き出してるんですか?」

「まあ、それもあるけどな。知りたいのはその事じゃあないんだ。魔王云々ってだけならすぐにユグドラシルに引き渡してる」


 アイオライトはふう、と溜め息をついた。そうして、総司を眩しそうな表情で見上げて笑った。


「お前とちょっとばかし似てる男を捜しているんだよ」

「僕と似ているんですか?」


 二十年前の戦いで多くの者が死んでいったが、『あの男』の死体と魂だけは最後まで見付からなかった。


「ああ、もうあいつは死んだとされているけど、まだ諦めきれなくてなぁー……」




 魔王軍最強の魔術師にして裏切り者である男、ロキ。


総司がこの店をラブホみたいな所か知ってたかはご想像にお任せします。

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