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17.惨劇

今回の総司はエグいです。

 漂う酒の臭いに店員は一瞬顔をしかめた後、すぐに接客用の笑みを顔に貼り付けた。


「いらっしゃいませ。空いている席に……」

「いいぜ、俺らはこの親子と同じテーブルで。いいよなぁ、美人さん?」


 店員の前を素通りして、まだ幼い息子と食事をしていた女性のテーブル席に、息子を無理矢理どかして座る。女性が子供の名前を叫びながら立ち上がろうとする。額に切り傷が刻まれた男がニヤニヤ笑いながら、彼女の細い右肩を掴んだ。左肩は丸坊主の男が掴む。切り傷男と同じ、笑みを浮かべていた。


 店内の雰囲気が不穏なものとなる。


「私の子供に何をするんですか! 離して!」

「何言ってんだよ、せっかく俺らが来てやったってのになぁ」

「そうそう。俺達アンタらのボディーガードになってやろうかなぁ~って話してたんだぜ?」

「報酬は要らねぇよ。ただ、アンタが色々してくれた……ぶほぉっ!」


 ペシン、と乾いた音が店内に響き渡り、男達の笑い声も止まる。女の右肩を掴んでいた切り傷男の頬へ、目を吊り上げた息子が丸めたメニュー表を投げ付けた。


「お母さんを離せ! 早く店から出ていけ!!」

「ああ? 俺達も客なんだぜぇ? 帰れだなんてひでぇ事言うじゃねぇか」


 背中に巨大な斧を背負った男が子供の手首を掴み、引き寄せる。それを見ていたレイラは立ち上がろうとする。彼女に口を開いたのは若い店員だった。


「ストップ! 彼らに近付いてはいけません」

「何を言っているんだ! あのような下衆な輩を放っておくつもりか!?」

「彼らはこの辺では有名な冒険者なんです。普段から乱暴な性格をしているんですが、酒を飲むとああなって手が付けられなくなってしまうんです。止めようとしてもみんな返り討ちに遭ってしまいまして……」


 嫌がる母親の体をまさぐり、母親を必死に助けようとする子供をテーブルに押さえ付ける男達をレイラは睨み付けた。彼女から迸る魔力の気配を察知し、ヘルはレイラの両肩を掴んだ。ここで主が怒りに任せて魔法を使えば、その膨大な魔力が放出されてしまう。それによって正体がばれてしまう可能性もあった。ヘルも彼らに憤りを覚えているが、魔法を使うわけにはいかなかった。


「離して! 息子を離しなさい!」

「おっ、この母ちゃん中々胸でかいじゃねぇか。揉めばもっと大きくなるんじゃねぇの? ギャハハハハハ」

「お母さん……!」


 斧男がじたばたと動く子供の顔を観察する。そして、舌なめずりをした。


「坊主にゃ興味ねぇけど、てめぇみたいなまぁまぁ綺麗な顔してる奴は変態に売れば高値で買い取ってもらえそうだからなぁ……」

「いや……やめて……」


 二人の男に押さえられて身動きの取れない母親が、目に涙を浮かべながら首を横に振る。


「ヘル離せ! 私はあのような奴らが許せない!」

「お気持ちは分かりますが、ここで魔法を使えば……」

「だが、何もしなかったらあの親子はどうなるか分かっているのか!? ソウジ、ヘルを押さえ……」


 レイラとヘルはそこで気付いた。メニュー表をのんびり眺めていた少年の姿がないと。



「あのー」


 そして、緊迫する店内に谺する間の抜けた声。いつの間にか総司は男達が陣取るテーブルの前に来ていた。

 右手に明らかに、明らかに人間が口を付けてはいけないような色をした飲み物入りのグラスを持って。


「随分と酔っているようですが、大丈夫ですか?」

「ああ? 何だテメェ……」


 斧男が子供から手を離して総司の前に立つ。2メートル以上あるその男の前ではそれなりに背が高い総司も随分小柄に見える。

 余計な邪魔が入ったと苛立ちながら、斧男は総司の胸ぐらを掴もうとする。


 直後、斧男は驚愕で顔を歪めた。総司にその手を掴まれたからだ。掴まれた事に驚いたのではない。掴まれた手が全く動かないのだ。一回り小さい少年に凄まじい力で押さえられていた。


「!? な、テメェ……!」

「酒の飲み過ぎはよくありません。気持ち悪くなって吐いてしまわない内に早くこれを飲んで酔いを覚ましてください」


 総司が差し出したのはあの注文をした瞬間、店員を戦慄させ厨房に悲鳴を響かせた例のミックスジュースだった。いや、最早ジュースと呼ぶ存在なのだろうか。グラスに入っていたのは赤茶色のゲル状の物体だった。吐き気を催すようなおぞましい臭気を放ちながら、ピクピクと独りでに動くそれは生物のようだった。

 総司は片手で男の手を掴んだまま、ジュースを男の口元へ順調に運んでいく。


「や、やめろ! 毒を飲ませようとするんじゃねぇ!!」

「毒ではありません。一口味見してみたらとてもまろやかな味がして美味しかったです。見た目に誤魔化されているだけです」

「ふざけんじゃねぇこの味覚音痴野……」

「さあ、遠慮せずにどうぞ」


 総司が斧男の手を離す。代わりにその場でジャンプして斧男の後頭部を掴み、壁に男の背中を叩きつけながらグラスを口へ突っ込んだ。躊躇した様子などなかった。その場を見守っていた店員が声にならない悲鳴を上げた。隣のテーブルにいた客がガタガタと恐怖で体を震わせる。


「んぐおおおぉ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!」

「お酒を飲みたい気持ちは分かりますが、ここで更に飲み過ぎると二日酔いになります! ここは我慢してジュースを飲んで体を冷やしてください!!」

「こんのクソガキ! 俺の仲間になんつー鬼畜行為を働いてやがる!!」


 目の前の惨劇に切り傷男が椅子から立ち上がり、腰に差していた剣を抜いた総司に斬りかかる。レイラが「逃げろ!」と叫ぶが、総司が後ろを振り向いた時には、既に凶刃は少年へと迫っていた。


 が、切り傷男だけでなくレイラやヘル、この店にいる者達は気付かなかった。総司がジャンプした時に、彼のズボンのポケットから小さくてカラフルな球体がポロポロと落ちていた事を。

 それらは床に落ちたと同時に、凄まじいスピードで天井付近まで跳び跳ねて行った。球体は照明の金具の部分に当たり、次は店の置物である壺に命中する。その後、勢いを殺さぬまま切り傷男の刃に全て跳ね返っていき、突然の衝撃に切り傷男は剣を離してしまった。


 そして、球体が最後に行き着いたのは切り傷男の、股間だった。


「ひぃぃぃぃぃぃぎゃいああああああああああああああ―――――――――ッッッ!!!!!!!」


 男なら最も守らなくてはならない箇所を猛攻された者の断末魔が店内に響き渡る。子供が喜びそうな小さく綺麗な色の球体は、店内の男性陣の精神にも大きなダメージを与えた。切り傷男が口から泡を吹いて倒れる。


「う゛ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぅぅぅぅぅぅ」

「あれ?」


 グラスの中身を全て摂取してしまった斧男は、顔面蒼白になりながら口を押さえてトイレへ駆け込む。


 数秒後、聞こえてくる嘔吐する声に総司は首を傾げるのだった。


「あんなに美味しいものを戻してしまうなんてよっぽど酔っていたんですかね……」

「お前味覚は正常か? つーかよ、この玉何だ?」


 客の一人が引き攣った表情で床に散らばる玉を指差す。触る気にはなれなかった。すると、総司はポケットの中から同じものを取り出した。それを床に落としてみると、総司の膝の辺りまで跳び跳ねた。


「これはスーパーボールと言ってゴムで出来たおもちゃのボールです。こんな風に弾力性があって大きく跳ね返るんですよ」

「男の股間を狙い撃ちするようなおっかねぇおもちゃがあってたまるか!!」

「いえ、たまたまポケットに入れていたのがジャンプした時に出てしまって、それがたまたまこの男の人の股間に命中してしまったようです。申し訳ない事をしてしまいました」


 ひくひくと痙攣している切り傷男に合掌した総司は、真横から飛んできた複数の風の刃、鎌鼬に気付いた。残りの一人、丸坊主男の放った魔法だ。喰らってしまえば一瞬で切り刻まれてしまう風の魔法。

 総司は「ちょっと借ります」と言って客からステーキ用のナイフを借りた。


「ひっ……!」


 不意討ちの魔法攻撃なら倒せると考えていた丸坊主男は、恐怖と絶望が混じり合った悲鳴を上げた。二人の仲間を犠牲にして大量の魔力を注いで生み出した鎌鼬は、総司を切り刻む前にナイフで切り裂かれてしまっていた。実体を持たない風魔法に武器、しかもあんな安物のナイフが通用するはずがない。

 だが、総司が素早くナイフを振り回した直後、鎌鼬は消滅してしまっていた。


「嘘、だろ……」

「酔っ払ってるからと言って無闇に魔法を使ってはいけません。待っててください。今、酔い醒ましの飲み物を……」

「いやあああああああああああそれだけはやめてぇぇぇぇぇぇぇえ――――――!!!!!!」


 命の危機を感じた丸坊主男はその場に座り込んだ。仲間の末路を目撃しているのだ。完全に戦意を喪失してしまってもおかしくはなかった。

 総司はそんな恐怖で震えている丸坊主男を見て、首を縦に振った。


「あ、酔いが覚めたようですね。良かったです」

「え……」

「すみませんが、あなた魔術師さんなんですよね。この人に回復魔法をかけてくれませんか? 僕はトイレに駆け込んだ人の介抱をしますから」


 そう言ってトイレへ向かった総司を、丸坊主男は信じられないものを見るような目で見た。あの圧倒的な実力差。恐らく彼は全く本気を出していなかった。


 酔いに任せて女子供に手を出していた自分達のような輩など、あの少年にとってはゴミのような存在のはずだった。虫けらのように殺してしまえるはずだった。


 なのに何故殺さず、一度は返り討ちにした者達を助けようとするのか。


「どうして……」

「まだ分からないのか下衆」


 総司の意図が理解出来ず呆然とする丸坊主男の前に立ったのはレイラだった。


「何故、ソウジが普段から暴れ回り皆を苦しめているお前達を見逃そうとしているのか。私には分かるぞ」

「何だと……」

「ソウジはお前達に機会を与えようとしている」

「機会?」


 訳が分からないと単語を繰り返す丸坊主男に、レイラは頷きながら嗚咽が聞こえてくるトイレへ視線を向けた。


「この店員から聞いた。お前達は冒険者になる前は、家具職人を目指していたそうじゃないか。それを途中で挫折してしまったと」

「う、うるせぇ! テメェには関係ねぇだろうが!」

「確かにソウジにも私にもないな。だが、ソウジは無関係でその辺で野垂れ死んでもいいようなお前達が放っておけないのだろう。他の者にとってはどうでもいいだろう存在のお前達に立ち直って欲しいと思っているんだ」


 丸坊主男の目が大きく見開かれる。


「だから、敢えて一度叩きのめしてから助けた。お前達三人に目を覚まして立ち上がってもらうためにな!」

「そ、そんな……あいつ……こんな俺達のために……」


 丸坊主男の瞳に涙が浮かぶ。そうして、気絶したままの切り傷男へ随分と少なくなってしまった魔力を使い、癒しの魔法をかけ始める。


「馬鹿だなぁあいつ……酒と力に溺れてどうしようもなくなっちまった俺らを助けるなんて……」


 鼻を啜りながら笑う丸坊主男に、店内が静まり変える。レイラは頬を赤らめて自らの胸を押さえていた。


「ソウジ……なんて強くて優しい男……」







 いや、あなた絶対勘違いしてる。


 レイラと丸坊主男以外の者の心が一つになった瞬間だった。ヘルも例外ではなかった。主の斜め上の解釈の仕方に涙が出そうになった。

酔っ払い共に絡まれた親子の事は次回にちゃんと入れます

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