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166.警告

めっちゃ久しいですね。

 外に出た時には、空は葡萄色に染まっていた。いくつもの星が散らばり、鮮やかな橙色を帯びた地平線の向こうに太陽がゆっくりと沈んでいく最中だった。

 そして、スルト山には異変が起きていた。山に生えていた灼熱の木が全て枯れ落ちていたのである。それはまるで役目を終えて眠りに就こうする姿にも似ている。山を覆っていた熱は消え失せ、涼しげな風が総司達の頬を労わるかのように優しく撫でた。


「それで? その娘をどうするつもりですか?」


 少女を抱きかかえる総司にそう尋ねたのはヘルだった。その顔には呆れの色が浮かんでいる。呆れの対象は総司ではなく、レイラだった。あの少女が現れた瞬間、大きな動揺を見せたかと思えば、総司と少女を血の涙を流しながら睨み付けているのだ。控えめに言っても、見ていてしんどい光景である。

 一方、総司は「藤原、犯罪に走ったらいかんぞ」と発言したクォーツの脛を蹴り上げながら、うーんと思考を巡らせていた。


「どうしましょうね。とりあえず役所に連れて帰りますか」


 そして、数秒後に責任感を全力で放棄した答えを導き出したのであった。隣で聞いていたクォーツの表情はあまりよろしくない。


「藤原ぁ……これがウトガルドだったら逮捕まっしぐらだ」

「だって、この子どこかで会った気がしまして」

「捨てろ」

「「えっ」」


 物騒すぎる発言をしたのはレイラだった。隣で聞いていたヘルの表情が死んでいく。


「その娘を今すぐ捨てたほうがいいぞ、ソウジ。そんな愛らしい顔をして密かにお前の唇を狙っているかもしれない」

「子供相手にみっともないですよ、レイラ様」

「騙されるな、ヘル。この娘は……」

「へっくち!」


 緊迫した雰囲気の中、可愛らしいくしゃみが夕闇に響き渡る。ニールが小さな鼻を押さえていた。


「風邪ですかね、ニール君。さっきまで寒いところにいましたから」

「そうかなぁ……」

「それか、誰かがニール君を噂しているのかもしれません」

「何でオイラを噂をしたらくしゃみが出るの?……んー、でも、役所の皆がオイラ達を心配してくれてるのかな?」


 無邪気に微笑みながら言うニールを、総司は瞬きすることなく数秒間見詰めた。親友の微細な変化に気付いたクォーツが眉をひそめる。気付いたのはレイラも同じだ。あの時、ニールと別れることに躊躇いを見せなかった総司の言葉が脳裏に蘇る。


「ソウ……」

『そうね……もうすぐで夜の時間になってしまうわ。その前に帰らないといけないわね』


 総司が着けていたブレスレットが輝きを放ち、ぱぁんと弾ける。宙に散らばった灰色の石は地面に落ちることなく、空高く舞い上がっていく。

 やがて、大きな光へと姿を変え、光は巨大な灰色のドラゴン――――ヒルダの本来の姿となった。

 ヒルダはゆっくりと下降していき、ニールへと視線を向けた。


『こんなところまで来てしまったのは私の責任だわ。だから、私があなたたちを役所まで送り届けて上げる』

「ヒルダお姉ちゃん、いいの?」

『そのくらいさせて欲しいくらいよ。あのサキュバスのハーフにも謝っておかないと』


 ニールを焔神の守護者として、この山に残らせるつもりだったのでは。おどけた口調でニールに言うヒルダに困惑したのはレイラだ。ヒルダもそれを分かっていたように、『魔王と話したいことがあるの。少し離れてもらっていいかしら?』とニールと総司を遠ざけた。


「ヒルダ……」

『確かにニールには黒竜として、この地に残ってもらうつもりだったわ。でも、もうその必要はないの。どうしてかはあなたも分かっているでしょう?』

「……ああ」


 レイラの視線の先には総司の腕の中で静かに眠る常盤色の髪の少女がいた。

 ヒルダは「それにね」と言葉を続けた。


『あの人間の少年がニールのことを本心ではどう思っているか、あの目を見れば分かるもの。あの子たちを引き離すことなんて出来ないわ』

「どうして、あの黒竜の子供を山に残す必要がなくなったかは後でレイラ様に聞くとして……灰色の竜、あなたはどうするつもりですか?」

『世界中を飛んで仲間探しをしようと思うわ』


 ヘルの質問にヒルダはそう答えた。


『ニール以外にも黒竜の生き残りがいるかもしれない。だったら見付けてあげたいって思っているの。そして、いつか……いいえ、何でもないわ。ねぇ、魔王レイラ』

「何だ」

『ニールと……焔神様をお願いね』

「分かった。……焔神のほうはちょっと微妙だが」

『あら、魔王というものが嫉妬だなんてするのね』


 しんみりした空気を壊すかのように、あからさまに拗ねた表情を見せるレイラにヒルダはくすくすと笑った。






 部屋の主の甲高い叫び声と共に、室内から聞こえてきた硝子が割れた音。廊下で見張りをしていた兵士はそれを聞き取ると、血相を変えてドアを数回ノックした。


「レヴェリー様!? どうなされました、レヴェリー様!」

『うるさい! 話かけないで!』


 ドアの向こうから聞こえてくるレヴェリーの様子は、明らかにおかしかった。常に物腰柔らかな態度を決して崩さないレヴェリーが、このように感情に任せて声を荒げるのを兵士は初めて聞いた。

 しかし、このまま間抜けに突っ立っているわけにもいかない。レヴェリーはこの国の王女だ。彼女の身に何かがあれば、自分の首が飛ぶ。たとえ、『良からぬ』噂が立っていたとしても、レヴェリーはオーディンにとってかけがえのない財産なのだから。


「体調が優れないのですか? でしたら、医者をお呼びしま……」

『話しかけるなと言ったでしょ!? 殺すわよ!!』


 怒り狂った声に兵士がびくりと肩を震わせる。

 その直後、兵士の周囲を漆黒の色をした炎が現れ、「ひっ」と引き攣った悲鳴を上げる兵士を丸呑みにしようとした。


「た、たすけ……」


 兵士の命を救ったのは、黒炎が獲物を飲み込もうとするより先に兵士の全身に張られた氷の膜だった。炎と氷が互いを打ち消し合い、その場には白い煙だけが立ち込める。

 何が起こったかは定かではないが、死なずに済んだようだ。目前の死からどうにか生還した兵士は極度の恐怖と緊張から抜け出せた反動で放心状態となっていた。


 一方、レヴェリーは自室の床で膝を抱え荒々しい呼吸を繰り返していた。先ほどの音の正体なのか。傍には粉々に砕けたグラスの破片が散らばり、中に入っていたワインは床をじわじわと侵食していた。

 それらには目もくれず、レヴェリーは奥歯を強く噛み締める。


「何で………何で何で……何であいつが今頃になって出てくるの!?」


 忌ま忌ましい。忌ま忌ましい!

 床に何度も拳を叩き付ける。それでも怒りと動揺が引くことはない。


「くそっ……残りカスの分際で……!」

「残りカス扱いしてるわりには、随分と気にしてるんですねぇ」


 穏やかな青年の声。レヴェリーが顔を上げれば、窓辺には黒衣を纏う銀髪の青年が立っていた。

 以前、自分にちょっかいをかけてきたので追い払ったのだが、まだ懲りてないのか。レヴェリーは無理矢理唇で弧を描く。


「何の用でしょう、異世界の神風情が。早く自分の世界に帰ったらどうですか……?」

「先日はお世話になりました。いやぁ、君にもらった火傷がまだ良くならないんですよ。見た目は治ってるんですが、中で炎がいつまでも渦巻いてる感じがなくならなくて」

「……で、本題は?」

「レーヴァテインが不完全な形ですが、アスガルドに帰ってきました。その感想は?」

「ぶっ殺してやりたい。……以上です」


 笑顔でレヴェリーが答える。それを聞いたマフユも屈託のない笑みを浮かべる。


「わあ、予想通りの答えありがとうございます。では、それに対して僕からも一言」


 瞬間、レヴェリーの眼前に鋭いつららが突き立てられた。レヴェリーの顔から笑みが消え、無表情になる。


「当初、僕は君を救いたかった。君がその姿になったのは君の責任ではないですからね。……ただ、君がかつて愛華ちゃんとロキ君が命を懸けて守ったこの世界を、レーヴァテインが愛したこの世界を壊すなら話は別だ」


 マフユの瞳が爛々と輝く。瑠璃色の双眸が敵意を持ってレヴェリーを睨む。


「今ならまだ間に合う。戻れ、レヴェリー。進むのをやめないなら、僕は君を殺す」

「……どうやって。あなたは私とは相性が悪い。私があなたを殺せても、あなたは私を殺せないじゃない」

「殺すよ、どんな手を使っても。……また会いに来るよ。その時にまた返事を聞かせて欲しい」


 窓を閉め切っているはずの部屋に冷たい風が吹く。その風に拐われるようにマフユの姿が消える。

 残されたレヴェリーは、何も言わずただ俯くだけだった。


次回からは新章が始まります。


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