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164.氷と花の部屋

 レイラの放った巨大な火球によって最後の魔物が焼き尽くされ、周辺には静寂が戻った。

 レイラとヘルの攻撃によって魔物たちは骨一つ残らなかった。何故か気配が探りにくい彼らを一匹でも逃がすわけにはいかなかったからだ。

 それにヒルダとニールの、いや、全ての黒竜たちのためでもあった。敵を殲滅したレイラは掌から数本の黒い薔薇を生み出すと、空へと放つ。

 漆黒の花弁がはらはらと崩れ、風に吹かれてあちこちへ飛んでいく。

せめてもの弔いの儀であった。


 戦闘の影響を受けて、灼熱の木の多くが薙ぎ倒された。そのため、木から放たれる熱気も幾分か穏やかになり、爽やかな風がレイラの頬を撫でた。


『ありがとう……綺麗な薔薇だわ』


 ヒルダが感慨深そうに礼を言う。彼女にとっては仇討ちが果たされた瞬間でもあった。あの魔物共に殺された仲間が帰ってくることはない。

 それでも、心が穏やかになれた。


「私にできるのはこのくらいだ……時を巻き戻して、お前たちを助けに行くことなど不可能だからな……」


 どんなに優れた魔族であっても、時を操る魔法を得ることはない。あの時、自分がいたら救えたのに……と思ったことは一度や二度ではない。


「よし、それでは先に進もう。……と言いたいところだが」

「どうしたんですか、レイラさん」

「……私の気のせいならいいのだが、お前たちの距離が近いような気が」


 一抹の不安を抱えるレイラの視線の先には、総司に寄り添うように立つヘルがいた。先ほどは主であるレイラに気を遣ってか、総司には必要以上に近付こうとしなかったのに。

 どんな心境の表れだとレイラはいてもたってもいられなくなる。


「ま、まさかお前もソウジを……!?」

「違います、レイラ様」


 ヘルが心外だと言わんばかりに顔を歪ませて否定するも、魔王の妄想は止まらない。


「待ってくれ! ヘルのように清く正しく美しい女がライバルになるなんて聞いていない!」

「だから違うと言っているでしょう。ソウジ様は確かに魅力的な男性ですが、惹かれるものがありません。なんというか、私に似ていますので……」

「似てる? ソウジとお前が……」


 見た目も性格も違うような。

 目を丸くするレイラだったが、似てると言われた総司は何故かクォーツとヘルを交互に見ている。彼は刀に付着した魔物の体液を拭き取る最中で、気付いていなかったが。

 総司の言いたいことを察したのか、ヘルは早口で言った。


「断じて違います。ソウジ様になら万が一でそのような感情を持つかもしれませんが、あの馬鹿王子にそれはありません」

「結構お似合いだなと思ったんですけど」

「お守りはレイラ様だけで十分です! 何で自分から面倒ごとに首を突っ込まなければならないんですか!」

「ちょっと待て、ヘル! 私は赤子ではないからお守りの必要はないぞ! 安心してくれ!」


 理由は分からないが、とりあえずヘルが不機嫌なのは確かだ。

 何とか部下を宥めようとレイラが見当違いなフォローを入れる。


 急に騒がしくなった三人に、愛刀の手入れを終えたクォーツが、やや引き気味な様子で口を開く。


「レイラもヘルも藤原の取り合いはあとにしろ。今は山だ、山」

「ヘルゥ! やっぱりお前……」


 部下の裏切りにレイラが悲痛な声を漏らす。

 ポンコツ二人からの誤解を受け、反論する気力も失ったのはヘルだ。


(レイラ様はともかく、この男……)


 舌打ちをすると、レイラが「ヘルがぐれた!」と騒いだ。

 二人を一発で黙らせられるであろう少年に助けを求めようと、ヘルは総司へ視線を向ける。


 総司は既に一人で歩き出していた。


「ソウジ! 一人で進むのはきけ……」

「大丈夫だと思います。この道で正しいみたいですし」

「む……?」


 何の躊躇もせず、さくさく先に進んでいく総司にレイラたちは顔を見合わせたあと、追いかけた。

 どうせレイラも、最奥部がどここは分からない。だったら、総司の言葉を信じてみることにしたのである。


 総司の頭の上で、ニールは昔のことを思い出していた。

 ニールを守って死んでいった両親。二匹のためにできることはなんだろう。

 父も母もスルト山から逃げ出した自分たちを責めていた。だったら、スルト山の守護者となれば両親は喜んでくれるかもしれない。


 それに今よりもっともっと強くならないと、総司の役には立てない。魔法をかけてもらえば、一時的に大人になれるが、それでは駄目だ。

 スルト山や役所の皆を守れるようになりたかった。


「オイラ、頑張るよ!」

「応援してますよ、ニール君」

「うん!」

『…………………』


 総司とニールの会話に、ヒルダが割り込むことはなかった。

 総司の本心にほんの少しだけ触れていたレイラも何も言わず、彼らを黙って見守る。


「あ、ここ入れるみたいですよ」


 総司が立ち止まり、指を指したのは巨大な岩石の目の前だった。


「ソウジ……それはお前の中にいる者がそう言っているのか?」

「はい。ここで間違いないそうですよ」


 レイラの質問に答えながら総司は鞄の中を漁り始めた。が、目当てのものがなかったようで、何も取り出さずにチャックを閉めた。


「こんなこともあろうかとロケットランチャー的な物をと思ったんですけど、流石にありませんでした」

「そんな物が貴様の鞄から出てきたら、怖いから俺はもう貴様の友達やめるからな」

「何で今日に限って持ってきてなかったんですかね」

「下がっていろ、ソウジ」


 残念そうにため息をつく総司の肩を叩き、レイラが強気な笑みを浮かべる。

 ヘルとクォーツが「あっ」という表情を見せる中、レイラはそっと岩石に触れた。


 その瞬間、岩石は砕け散ってただの砂となってしまった。


「私にかかればこんなものだ」

「わぁ、レイラさんすごい」

「ふふん、私のことをもっと愛していいぞ」

「岩を木端微塵にする現場を見せ付けられて、もっと愛せ発言はないぞ……何だ、あの魔王」


 クォーツが鳥肌の立った自分の腕をさする。


「しかし、本当に通れるのか……? ソウジに壊せと言われればいくらでも壊すが……」

「レイラさん発言が物騒ですね。あと、何か通れるそうですよ」

「む?」


 総司が地面を指差す。岩石があった場所には大穴が開いていた。

 総司とレイラ以外の皆が、単にレイラが岩石を壊すついでに穴を開けたのでは……と首を傾げるも、そうではないとすぐに分かった。

 穴の中には透明な水晶の階段が作られていたのだ。そして、それは地下へと続いているようだった。


 レイラはヒルダに尋ねた。


「ヒルダ、これは……」

『前はこんなものなかったはずよ。多分、ここに入った人間たちが作ったんでしょうね』


 その言葉にクォーツが反応する。


「人間が? まさか、それは……」

「……降りてみよう。何か分かるかもしれない」

「ほら、入りますよ斎藤君」


 一番最初にレイラが穴の中に入り、総司が後に続く。

 どこか強張った表情で、地中へと続く穴を見詰めていたクォーツの脳裏に一つの記憶が蘇る。


『母上……』


 暗く湿った空気に満ちた地下室。そこにいてはいけない人物がクォーツを待っていた。


『喜べ、クォーツ。エイプリルは……』


 父『だった』男の声を思い出し、クォーツは頭を振って階段を降り始めた。彼を窺っていたヘルもゆっくりと暗闇へと足を踏み出す。


 レイラが出した青い火の玉によって、周囲がうっすらと照らされる。

 くしゅん、とニールがくしゃみをした。


「風邪ですか、ニール君」

「ううん。何か……すごく寒くない?」

「そうだな……」


 太陽の光が届かない地中にいるといっても、寒すぎる。吐いた息が白い。真冬のような冷気が溢れていた。


 階段の果ては一つの扉に繋がっていた。地中にあるのにも関わらず、扉には青々とした蔓が絡み付き、甘い花の香りがした。


「ここが焔神がいる場所なのか? 呼び名のわりには……」


 疑問を持ちつつ、扉の取っ手を掴んで回すと簡単に開いた。


 扉が開かれた。その先に待っていた光景にレイラは息を呑む。


 辺り一面が透明な氷に覆われた空間だ。氷の床からは草木が生え、花々が可憐に咲き誇っていた。


 そして、その中央には蔓にまみれた氷の棺が静かに横たわっていた。

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