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161.埋まらない

 ヒルダから聞いた話をどうやってクォーツに説明しようか。レイラは腕を組んで悩んだ。

 黒竜を皆殺しにしようとすべく、魔物の大群を放ったのは人間だった。その事実は彼から事前に聞いていた話を彷彿させた。


 オーディンとバルドルの者たちがスルト山で何らかの研究を行っていた。それも二十年前に。ヒルダによると、多くの黒竜が殺されたのも同じ二十年前。

 二つの出来事は強い結び付きがあるように思えてならないのだ。決して無関係には思えなかった。恐らく、クォーツが知りたがっていた真相の一つであるだろう。


 だが、それを今、伝えるべきかとレイラは思案した。クォーツの言葉に偽りはない。それは分かっているのだが、彼にはまだ隠していることがあるような気がしてならなかった。


(まず、クォーツがどうやって研究の日記を見付けたかだ)


 クォーツは幼少期に、ある男の日記を偶然読んだことにより、研究が行われたことを知った。ところが、その男については一切語ろうとしなかった。

 それにあの時の彼はどこか苦しげな表情を浮かべていた。


 もしかしたら、日記の持ち主とはクォーツと深い関わりがある。もしくは親しい仲にある人物なのではないか。そうだとするなら、クォーツは恐らくスルト山で何が起きたかを知れば、どんな反応をするか想像するのは容易い。


「レイラさん、どうかしましたか? 難しい顔をしています」

「済まない。お前に心配をかけさせるつもりはなかった。それに私のことではなく……」

「レイラさんのことじゃなく?」

「……ソウジ、お前はクォーツから何かスルト山について聞いているか?」

「いいえ。あの人、そういう話は全然しませんから」

「そうか……」


 親友の仲らしい総司には一切話していなかったのは、彼を巻き込みたくなかったからなのか。

 ヘルは散々罵倒していたが、レイラから見たクォーツは一見単なる無鉄砲な王子に見えて、深い闇を心に抱えた少年であった。


「レイラ様、そのドラゴンから話は聞けましたか?」


 いつまでも戻ってこない主を案じたヘルが丘にやって来た。その後ろには拗ねた子供のような顔をしたクォーツもついてきている。

 レイラはん? と眉をひそめた。ヘルにはクォーツの護衛も兼ねて、村に残しておいた。

 彼らの間に流れるこの険悪な空気はなんだ。理由を尋ねようとする前に、クォーツが総司に文句を言い始めた。


「藤原! 貴様このメイドとは知り合いなのだろう!? 何とかしろ!」

「何とかって……君、ヘルさんに何をしたんですか?」

「何もしてない! 何もしていないのに、俺をいじめてくるぞ!」


 子供か。ヘルもヘルで「この男、どうして王子になんてなれたんでしょうね」と失礼なことを呟いている。相性が恐ろしく悪いのでないか、この二人。

 体調がよくなってから活発になったとは思っていたが、誰かをここまで罵るヘルは見たことがない。


 レイラは狼狽えながらクォーツに聞いた。


「お、お前本当にヘルに何もしていないだろうな? この者は可憐な見た目をしているが、怒るとある意味私より恐ろしくてな……」

「冤罪だ! 冤罪!」

「レイラ様、私は決して可憐では……」

「ヘルさんは綺麗ですよ」

「ソウジ様に褒められると本当のような気がします」

「藤原との態度の差は何!?」


 青空の下にクォーツの嘆きが虚しくこだまする。

 ソウジお兄ちゃんのお友達って面白い人だなぁと、眺めていたニールはヒルダが静かに一点を見詰めることに気付く。

 青い瞳の先にいたのはクォーツだった。


「ヒルダお姉ちゃん? クォーツお兄ちゃんがどうかしたの?」

『……あの少年はクォーツというのね』

「うん! ああ見えてノルンの王子さまなんだよ! えらいでしょ!」

『王子……』


 ヒルダの声に翳りが宿る。あんな人が将来のノルンを支える人物になるなんて、と心配されている。ニールはそう感じて、精一杯明るい声でフォローを始めた。


「い、今はあんな感じだけど、大人になったらちゃんとした王様になれるよ! 多分!」

『……そうね』


 肯定してはくれたが、やはりヒルダには元気がない。どうしたのかなとニールは心配になった。


「レイラ様、黒竜が何故いなくなったか話は聞けましたか?」

「あ、ああ。何とかな……」

「……何かありましたか?」


 主の様子を疑問に思ったヘルが聞くも、レイラは黙ったまま答えようとはしない。

 ぎこちない二人の会話にクォーツが僅かに不安そうに瞳を揺らす。


「貴様はそこのドラゴンから話を聞いたのだろう? どうして話そうとしないのだ」

「お前の言う通りだ。全て聞いた。……全て」


 レイラから逡巡の眼差しを向けられ、クォーツは息を詰まらせた。


「それは……俺には言えないことなのか」

「……そうかもしれない」

「分かった。おい、藤原」

「はい、何でしょう」

「貴様も話は聞いていただろう。どんな内容だった?」


 縋るようなクォーツの声だったが、総司の表情に変化は訪れない。

 それどころか、「僕からは教えられません」と断った。目を大きく見開く親友に総司は諭すように言った。


「それはレイラさんから聞くのが一番だと思います。僕なんかに訊いてどうするんです」

「レイラが教えてくれないから貴様に訊いているのが分からないか」

「レイラさんが君に意地悪したくて話さないわけじゃないと、君も分かっているんじゃないですか?」

「ソウジ……」


 自分を庇ってくれている。総司の淡々としていながらはっきりとした言葉に、レイラは安堵する。事情は詳しく分からないにせよ、レイラの心情を理解しているららしい。

 クォーツも親友からの指摘に、何も言えなくなってしまう。総司はヘルほどではないにしろ、クォーツに対する当たりが強くとも、大事な場面で意見を求めた時はしっかりと答えてくれる。


 自分からは答えられない。それが総司の答えならクォーツに無理強いはできなかった。

 代わりにレイラの方を向く。


「貴様が何も言わないのは藤原の言う通り、俺のためなのか?」

「そうなる。それでも知りたいと思うなら私も教えるしかないが……どうする?」

「俺は……」


 求めていた答えがすぐそこにある。それを今、本当に掴んでいいのか今更になって怖くなった。

 レイラの静かな声に促され、クォーツは決断できないまま声を漏らす。


 魔王と親友のやり取りをどう思うのか。無言で見守っていた総司の制服の袖をニールが控えめに引っ張った。


「あ、あのソウジお兄ちゃん……ちょっといい?」

「お腹でも空きましたか? 鞄の中にお菓子が入っていたと思うのでちょっと待っててください」

「藤原ぁ! 貴様ちょっと空気読まんか!!」

「違うぞ! ソウジは私たちの緊張を何とか解そうとしてくれているのだ!」


 レイラが主張するように、確かに強張っていた空気は一瞬で緩んだ。


「でも、レイラは藤原に対する信頼度がちょっと高すぎやしませんかね……」

「私もそう思います……」

「だろ!?」

「……ふんっ」


 同意されたことが嬉しくて思わず笑顔になるクォーツ。そんな彼にヘルが「やってしまった」と言わんばかりに顔を歪め、そっぽを向く。


 一方、鞄から醤油煎餅の袋を取り出していた総司の腕にニールはしがみついた。


「違うよ、ソウジお兄ちゃん!」

「それじゃあ、どうしました?」

「あのね、オイラ……スルト山に行ってみようかと思うんだ」


 ニールはどこか真剣な表情でソ総司に告げた。

 幼い黒竜の決断に真っ先に反応したのは総司でもレイラでもなく、ヒルダだった。


『待って。もうあの山には仲間なんていないのよ。魔物が跋扈する穢れた地になってしまっているのに……』

「じゃあ、ヒルダお姉ちゃんはどうしてオイラを山まで連れて行こうとしたの?」

『……スルト山で死んだ仲間たちの遺言よ。たとえ一匹だけでも純血の黒竜が生き残ることができたら、いつか山に帰って来て欲しい。そして、守護者として焔神を守れという意味のない遺言。焔神がどうなったかも分からないのに、あなたを見た瞬間、歓喜と使命感みたいなもので理性が飛んじゃったのね。ほら、ドラゴンって頭はいいくせに激情的になりやすいから』

「だったら、その約束守ろうよ! まだその神様がいるかもしれないなら、オイラ行かないと!」

「ニール君、ニール君」


 総司がニールに声をかけた。

 そして、一言。


「僕も一緒に行きます」

「やったー! ソウジお兄ちゃんも一緒だー!」

「ソウジ!?」

「藤原!?」

「実は僕もある人にスルト山に行けと言われてまして。……それに」

「それに……どうした、ソウジ?」


 一拍置いてから、総司は同行者ができて喜ぶニールを見て口を開いた。


「これで終わりかもしれませんし」


総司「斎藤君とヘルさんの溝が埋まらない」


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