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16.魔王へ提案

 はぐれてしまったレイラと合流するために歩き回っている内に体調を崩し、その場から立てなくなってしまった自分を助けたのは初対面の少年だった。もし、彼に出会っていなければ今頃どうなっていたかとヘルは想像して背筋を震わせた。


 ニーズヘッグの魔力の断片を未だに発見出来ずにいる上に、レイラに迷惑は掛けないと言っておきながらこの醜態。甘味のある不思議な飲み物で喉を潤しながらも憂いの表情を見せるヘルに、少年は何やら勘違いしているようだった。


『大丈夫です。多分あなたのご主人様もあなたを捜してますよ』


 どこか覇気のない表情で感情の読めない瞳をしていたが、『あの男』に似ているとは思った。もう肉体はおろか、魂すらも存在していないであろう前魔王の配下。


 少年に彼の面影を見たのはレイラも同じだったようで、少年を一目見るなり驚愕の表情を浮かべた。そして、思うところがあったのか、礼として近くの飲食店で少年に食事を馳走する事になったのだが。




「おっ、あんたいつもヘリオドールちゃんと一緒に仕事してる奴か! 俺の店に来てくれるなんて嬉しいねぇ」

「あの可愛いエルフちゃんとはどんな関係なんだよ!? あの子が好きな奴って職場の同期って噂があるけど、それお前の事だろ!」

「リリスとかいうべっぴんさんにでっかいおっぱい押し付けられてんのに、どうでも良さそうな顔で仕事してやがって!」

「あっ、こいつだよ! この前受付の辺りでアイオライトって子をおんぶしてた奴! お前ロリコンか!?」


 店に入るなり店員やら客やらに質問攻めされる総司に、ヘルは絶句した。この少年、とんだプレイボーイらしい。少なくとも四人と関係を持っているようだ。

 レイラが初めて少年を見た時よりも驚いた表情をしている。


「お前、何股掛けているつもりだ!」

「?」

「し、しかも全員職場の同期とは……どうなってるんだ、お前の職場は!!」


 どうやら総司に何らかの幻想を抱いていたらしいレイラがショックを受けた様子で、少年に詰め寄っている。主程ではないものの、ヘルも少しダメージを負っていた。こんな色恋に興味のなさそうな顔をしていて、中身が職場の異性、それも多数に手を出す好色とは思わなかったのだ。


 そんな複雑な心境のヘルと、動揺しているレイラを哀れに思っていたらしい。黙って珈琲を飲んでいた男性の客が苦笑しながら口を開く。


「あー、気にすんな気にすんな。その坊やは誰にも興味を持っちゃいないよ。可愛い女の子とか美人さんに好かれてるだけで本人にそういう気はないんだから」

「はい、僕は恋愛は18になってからと決めているので、女の人はそういう目で見ないようにしています」

「そうか……」


 ほっと安堵の溜め息をつくレイラ。ヘルも何となく安心してから、沸き上がっていた疑問を解消すべく、その男性客に質問を投げ掛けた。


「そういえば、ソウジ様を皆さんよく知っているようですが、彼は有名な人物なのですか?」

「ああ、あいつは役所の人間だからな。最近入ってきたみたいなんだが、妙に強くて何を考えているか分からないって所が女受けしてるようなんだ」

「役所の……」


 ノルンの三都市にそれぞれ設置されており、都市の実権を握っているとされる施設であり機関だ。ヘルは空いているテーブル席に座った総司をじっ、と観察した。


(ニーズヘッグの事を何か知っているだろうか……)


 どうにかして探れないかと考えていると、総司と同じように先に座っていたレイラに座れと手招きされる。レイラは向かい側の席にいる少年が役所の人間だとは聞こえていないようだった。


「どうしましたヘルさん? まだ具合が悪いですか?」

「いいえ……」


 まさか、とヘルは体を強張らせる。総司は既に自分達の正体に気付いているのではないだろうか。分かった上で知らない振りをして近付いていたとしたら。


 確証は持てない。それに総司が困っていた自分達を助けてくれた優しさは偽りではないと信じたい。


「さあ、ソウジ。好きなものを選んでいいぞ」

「それなら、この狼の心臓とマンドラゴラと海蛇の目玉のミックスジュースっていうのをお願いします。名前からして美味しそうなので」

「て、店長ぉぉぉぉぉ!! ついに禁断のジュースを注文した猛者が現れました!!」

「ソ、ソウジ……お前はこんなグロテスクな飲み物を好むのか……?」


 もし、総司が感付いているとしたら、その時はどうすればいいだろうとヘルは思案した。総司のおぞましい注文に引きつつも、レイラは彼に好印象を持っている。主の悲しむ顔は見たくないと思いつつも、はっきりしておきたい。


 ヘルはゆっくりと口を開いた。揺さぶりを掛けるために。


「ソウジ様、お一つ質問をしてもよろしいでしょうか」

「何ですか?」

「ノルンにやって来たばかりの時に聞いたのですが、二十年前に勇者に倒されたとされる魔王が蘇ったという話は本当でしょうか……?」

「ヘル?」


 質問の内容にレイラが目を見開く。だが、ヘルは構わず、怯えているように思わせるためにやや俯き、声を震わせた。


「それもかつてよりも強い魔力を持っていると聞きます……この世界を恐怖に陥れた悪鬼が再び現れるなんて私は恐ろしくて……ソウジ様はどう思いますか?」


 レイラの魔力は本物だ。彼女が戦いを望まないのは敗北の恐怖からではなく、争いそのものの拒絶によるものだ。その気になれば、今すぐこの店にいる者達の命を一瞬で奪う事が出来る。

 総司がレイラの正体に気付いているなら、目の前にいる女が自分の生殺与奪を握っていると理解しているはずだ。この事実を改めて突き付けてみれば、多少はその表情も崩せるのでは。ヘルはそう睨んでいた。


「国を作ればいいんじゃないですかね」


 しかし、総司の表情に変化はなかった。しかも、妙な返答をされた。ヘルの意図が掴めず口を閉ざしていたレイラも流石に声を出した。


「国を……作る?」

「魔王さんって魔族の王様って事でしょう? だったら国を作るべきです」

「……ソウジ様、魔王とは世界を魔族が支配するために世界征服をする存在です。国を作る理由が分かりません」

「ただ暴力と恐怖で世界を支配するより、誰もが住みたくなるような素晴らしい国を一からこつこつ苦労しながら作り上げていく方がずっと大変だし王様らしいと思いますよ。とても難しい事ですが、その分達成感も大きいはずです」


 何故に国作り。


 この少年は魔王の存在を根本的に勘違いしているのではないだろうか。ヘルは目眩を起こしそうになった。


「待て、ソウジ」

「何でしょう」

「仮にその新しい魔王は国を作りたい、作れなくてもせめて人間達と戦いたくないと考えているとしよう。だが、その者を魔王として選んだ魔族は戦いを望んでいる。お前はどう思う?」

「その魔王さんを魔王にした人達の他に魔族はいるんですか?」

「あ、ああ。魔王を選んだ魔族はごく一部、魔力の高い者達だ。その他の大部分の魔族は彼らの搾取から逃れながら生きている。わた……新しい魔王が現れた事も知らないかもしれないな」

「なら、その人達にも聞いてみたらどうですか? 平和な魔族の国作りに協力してみないかって」


 総司の提案にレイラは困惑の表情を浮かべた。


「協力と言っても……現時点で魔王の味方は一人しかいないんだ。ほとんどの魔族は戦いを望むかもしれない。大勢いる中から十人程度の者しか同志が現れなかったとしたら……」

「最初はそれでいいと思います。認められるように頑張っていけば、少しずつ魔王さんの気持ちに共感してくれる人も増えていくのでは?」



 総司の言葉には迷いがない。思った事をそのまま言っているのだろう。あまりにも現実味のない提案だった。

 だが、レイラの瞳はその言葉を聞いていくにつれて輝きを増していった。


「……どれだけ長い時間がかかると思う? その間に魔族が暴走して人間に戦いを挑んだら全てが水の泡だぞ」

「それをしないように何とかするのも王様の仕事ですよ。あなたを支持してくれる方々と連携を取って、危なそうな人達を見張って……あ、何かすみません。あまり詳しくないのに色々でしゃばってしまいました」


 深々と頭を下げる総司にレイラは首を横に振る。どこか吹っ切れたような笑みを浮かべていた。


「いや、いいんだ。色々とためになったよ。そうだな。王というのはやる事もたくさんあるな……その者を信じてくれる同志のために弱気になってはいけない……」


 レイラが穏やかな表情でヘルを見る。その眼差しに涙ぐみながらヘルは主の名前を呼ぼうとして、ピタリと動作を止めた。


 今のレイラと総司の会話。それも最後の総司の言葉に違和感を覚えた。


(ソウジ様……先程……)


その違和感の理由に気付いたのは、乱暴にドアが開けられる音が店内に響いたと同時の事だった。


 入ってきたのは屈強な体格の三人の冒険者だった。途中で酒を飲んできたのか、全員顔を真っ赤にして口からアルコール臭のする息を吐き出していた。

次回は久しぶりに総司による無双。


ヘルの違和感についても次回解明されます。

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