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159.黒の希望

「ソウジ様も可哀想に……ポンコツのレイラ様に恋慕されているだけではなくて、こんなポンコツっぽい王子とも友人だなんて……」

「おい貴様ぁ!! だからさっきから積極的に喧嘩を売っていくその邪悪なスタイルなんなの!?」


 哀れみを込めて溜め息をつくヘルに、クォーツも泣きたい気分になる。彼女のこの厳しさの根源は一体どこにあるというのか。総司にいかに自分が素晴らしい人間であるかを説明してもらいたいのに、肝心の彼が例のドラゴンから全く離れようとしないのだ。

 今は気を失っているとはいえ、危険であることには変わりはない。そこで総司の側には「いざとなったら私がソウジを守る」と言ってレイラがついていた。

 ヘルとクォーツにはただ久しぶりに再会した総司とくっつくための口実だと見抜かれていたが。


「レイラさん、僕は心配いらないので、そんなに近付かなくてもいいですよ」

「いや、ドラゴンが目覚めた時、またソウジたちに危害を加えるかもしれない。お前が強い男とは知っているが、どうしても不安だ」


 大胆にも総司を背後から抱き締めているレイラの顔は総司には見えないことをいいことに、緩みに緩みきっている。まさかこんなところで会えるなんて夢にも思っていなかった。

 だから、こうして総司の体温を感じることにより、夢幻ではないと確かめているのだ。己にそう言い訳しながら、レイラは目の前にある少年にしては細いうなじに頬を擦り付ける。


「そろそろやめておかなければ、ただの犯罪者になりますよ。ソウジ様はレイラ様の妄想の産物でないことも分かったでしょう?」


 そんな主の不埒な企みさえ見抜いていたヘルが、レイラの肩をやや強めに叩く。ヘルの言葉は妙に説得力があり、「そ、そうまだな」と配下の読心術に恐れを抱きながらレイラは名残惜しげに総司を解放した。

 だが、ゼロだった距離が数センチ程度広がっただけだった。相変わらず近すぎる。

 もっと離れろやとヘルは言いたくなったが、レイラがこちらを縋りつくように見てくるので許すことにした。


 そんな主従の様子を眺めていたクォーツはどこかで見たことのあるやり取りだなと、既知感を覚えていた。

 どこかも何も自身と友人の関係と非常に酷似しているのだ。


「ですが、レイラ様の言う通りでもあります。ソウジ様とそちらの黒竜の子供はそのドラゴンによって、こんなところまで連れてこられたのでしょう? 下手に近付いてまた……」

「……黒竜って何? オイラはその黒竜なの?」


 灰色のドラゴンの前にちょこんと座っていたニールが怯えたような声でヘルに尋ねる。

 目を丸くするヘルに、レイラが耳打ちした。


「ヘル、この子竜は自分が何者かを知らないようだ」

「知らない……なるほど、そういうことですか」

「レイラさんたちはニール君のことを知っているんですか?」


 二人の会話に総司が割り込んだ。


「……そのニールのことは今初めて知ったばかりだが、黒竜については少しだけなら知っている。あれを見てほしい」


 レイラの柘榴色の眼差しの先にあるのは、赤い山ーースルト山がある。


「黒竜とはあの山で『何か』を守っていたドラゴンだ。その名の通り漆黒の体を持っていたとされている。……そこのニールのようにな」

「ま、待って! そんなこと言われても……オイラ何も知らないよ。お父さんもお母さんもそんなの教えてくれなかった……」


 ニールはもう今は再会することも叶わない両親の姿を脳裏に浮かべる。二匹はまだ小さかったニールをとても可愛がっていた。

 自身たちにそんな宿命が課せられているだなんて聞いたこともない。


 だが、スルト山に惹かれているのは事実だ。それは黒竜としての本能によるものなのかーー。


「……あ」

「どうしました、ニール君?」


 記憶の底に思わぬものが隠れていたことに気付き、か細い声を漏らすニールに、総司が問いかけた。


「あのね、そう言えばお父さんもお母さんも逃げてきたって、お父さんが言ってたことがある。自分たちはすべきことをしないで逃げ出したんだって……」

「すべきこと……スルト山にある『何か』を守ることか?」

「あと、もうちょっと何か言ってたと思うんだけど、覚えてないや……もう二十年前だし」

「えっ」


 力なく尻尾を揺らしながらのニールの呟きに総司が反応した。


「ニール君、ニール君。今、君いくつなんですか?」

「んとねー、多分今年で二十年歳だよ」

「うわぁ」

「……? どうした、ソウジ」


 無表情なりに驚いたリアクションをした総司をレイラとヘルが不思議そうに見やる。

 総司とは古い付き合いのクォーツには、彼が何故驚愕しているのか分かったようで、少々嫌みらしく言った。


「貴様はドラゴンの寿命が人間より遥かに長いことを知らないのか。そんな小さくとも、二、三十年生きていることなど普通だ」

「そうなんですか。じゃあ、これからはニール君じゃなくてニールさんって呼ぶべきでしょうか」

「ううん、ソウジお兄ちゃんは今までと同じでいいよ。その方がオイラ安心するから……」


 寂しげな声で言うニールの気持ちがレイラやクォーツには分かるような気がした。

 総司は自分が魔王、或いは一つの国の王子だと知っても態度を変えなかった。それがどんなに安心できたことか、きっと本人は知りもしないだろうが。


「小さな黒竜、あなたの親は今どこへ……?」

「他の魔物に殺されちゃった。お父さんもお母さんもすごく強かったけど、ものすごい数でどうしようもなかったんだね」


 だが、父も母も血まみれになり、瀕死になりながらも必死に守り抜いたものがあった。それはまだ幼すぎて戦う力もなかったニールだ。

 この世界は子竜一匹が楽に生きていけるほど、甘いものではない。それでも、こんなところでは死なせるわけにはいかない。

 ¨そんな思いで両親は残された最後の力を振り絞って、魔物たちを引き付ける囮となり、ニールを無事に逃がしてから死んだ。


 ドラゴンにとって死とは日常的なものだ。母も別れは悲しいものではないと、最後に言っていた。

 それでも、たった一匹で逃げるしかなかったニールの瞳からは涙が止まらなかった。


「……それは失礼。いらないことを聞きました」


 嫌な記憶を思い出させてしまった。ヘルは謝った。

 ニールは「ううん」と笑った。


「もう思い出しても泣かなくなったから平気だよ」

「そうするとニール君って長い間ずっと一匹だったんですね」

「うん。ソウジお兄ちゃんたちと出会ったのも、あのニーズヘッグって酷いドラゴンに変な風にされてからすぐだったから……」

「「ニーズヘッグ!?」」


 何気ないニールの言葉に仰天したのは、レイラとクォーツだ。レイラは血相を変えた様子でニールに詰め寄った。



「どういうことだ、ニール! どうしてお前の口からその名前が出てくるんだ!?」

「え、えっと、オイラそいつに体を操られてたくさん悪さしてて……」


 心も体もニーズヘッグに支配されていたとはいえ、森の妖精や精霊に酷いことをしたのは自分だ。そんな思いから声が小さくなってしまうニールだが、レイラはそれどころではない。

 長らく行方を眩ませていたあの亡霊の現在に繋がるかもしれない情報だった。レイラの後ろで黙っていたヘルの顔も緊張で引き攣っていた。


 彼女たちの動揺ぶりにクォーツが、逡巡しつつ口を開いた。


「貴様たちはニーズヘッグを探していたのか?」

「ああ、ニヴルヘイムから逃げ出して以来、行方を掴めずにいてな。何か知って……」

「知っているも何も、あれを地下牢獄に閉じ込めていたのは、ノルンだ。今は別の場所に移されているが……」

「あっ、起きた!」


 クォーツの言葉をニールの高い声が遮る。

 灰色の閉ざされていた瞼が開かれていたのだ。

 状況を確認しようとしているのか、澄んだ青い瞳で周囲を見渡している。


「あの……体痛くない……?」


 ニールがゆっくりと近付いて、ドラゴンに声をかける。

 レイラが総司を守るように前に立ち、クォーツも刀の鞘に手をかける。


『……その赤い髪の魔族、私を殺さずにいてくれたのね。ありがとう』


 総司以外の全員がドラゴンの第一声に耳を疑った。人間と子竜を強引にスルト山へ連れていこうとした苛烈さが、全くと言っていいほど感じなかったからだ。

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