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158.地上への帰還

 スルト山が徐々に大きくなっていくように見える。違う、灰色のドラゴンとスルト山の距離が縮まっているのだ。


 懐かしさと不安が入り交じる中、ニールは近付く赤に染まる山を瞳に映していたが、突然体をびくんっと震わせた。ニールと密着状態にある総司が異変に気付く。


「どうしましたか、ニール君?」

「な、何か感じない?」

「いえ、特に」


 即答した総司にニールは混乱する。魔力を一切持たない察知できていないのだろう。

 こんなにも強力な魔力の持ち主がこちらへ接近していることに――。


 痛みこそないが、その巨体を揺らすほどの衝撃が灰色のドラゴンに襲いかかったのは、ニールが何者かの気配に気付いた直後だった。口にくわえられた総司とニールにも強い揺れがもたらされる。


「揺れますね」

「うわあああああ!」


 ドラゴンが攻撃されているのだろうか。リリスたちが助けにきてくれたのかもしれないと、ニールは慌てながらも目を輝かせる。

 しかし、灰色のドラゴンの目の前に現れたのは、リリスでなければ、他の職員でもなかった。


「灰の鱗を持つ竜よ、その男を離せ。ついでに男にしがみついている子竜もだ。そんなにべったりくっついて……羨ましい」


 誰。ニールの感想はその一言に尽きる。

 漆黒の闇を思わせる黒のドレスと、紅蓮の炎を思わせる赤の髪。強い意志を感じさせる石榴色の双眸。

 呼吸を忘れて見入ってしまうほどの美女であるが、彼女からだ。彼女からニールが感じた魔力が滲み出ている。


 美女の口振りからして、どうやら味方ではあるらしい。


「あの人は……久しぶりにお会いしましたね」


 総司がぼんやりとした様子で呟く。


「ソウジお兄ちゃん、あのお姉さん知ってるの?」

「お友達です」

「照れなくていいぞ、ソウジ」


 美女が口を開く。ドラゴンに投げかけた凛とした声とは真逆の、甘く妖艶な声だった。


 美女は自分の胸に手を当て、誇らしげに語った。


「私はお前の将来の嫁だ!」


 自らの妄想を。


 ニールにも嫁発言が美女の思い込みによるものだとはすぐに分かった。総司が「勝手に決められてますね」と呟いたからだ。


 しかし、誰が誰の嫁であろうと、どうでもいいと思っている存在がいた。灰色のドラゴンが翼を羽ばたかせ、美女へ体を叩き付けようとする。


「ほ、本当に藤原だった……」


 この様子を地上から双眼鏡で窺っていたクォーツはわけが分からなくなっていた。

 魔王と親友が知り合いだったのはいい。よくはないが、それはよしとしよう。

 しかし、魔王が親友の花嫁とはどういうことだ? 

 いや、そもそも、どうして親友はドラゴンにくわえられている?


 クォーツの思考のキャパシティーは限界を迎えようとしていた。


 クォーツの横では「やっちまった」とでも言いたげな顔をして額に手を当てているヘルがいる。現在、ヘルはあのレイラの姿を彼女を慕う魔族たちには何があっても見せられないと考えている。


「メイド、魔王は本当に俺の友の嫁となるのか? 俺はあのポンコツ魔王とバージンロードを歩く藤原を見るのか?」

「あのソウジ様の反応を見てクォーツ王子はどう思いますか? あと、もう一度ポンコツ魔王呼ばわりすると殺しますからね」

「藤原が珍しくかなり困っているから多分違うな」

「その通りです。とりあえず、レイラ様ならあの程度のドラゴンすぐに倒せますよ」

「いや、普通には倒すな! 藤原もろとも殺るつもり!?」


 慌てるクォーツにヘルは目付きを鋭くさせる。


「何を心配しているんだか……いくらレイラ様でも流石にソウジ様を助けたあとにドラゴンを倒すに決まっているでしょう」


 言いながらヘルは主の活躍を見守るために自分用の双眼鏡を使った。

 美女は上空へと飛び上がることにより、ドラゴンの体当たりを難なくかわした。その両手は淡い緑色に輝いており、美女の周りには冷たい風が流れていた。


 恋する乙女モードに入っていた美女の表情も一変し、冷えきったものとなる。


「それにドラゴンよ。その者が私の愛する男でなくても、人間の補食を私は見逃すわけにはいかない。……沈め」


 レイラの手からサッカーボールほどの大きさをした薄緑の球体が放たれる。それは風の力を込めた塊だった。


 ドラゴンに対してあまりにも小さすぎたが、それは灰色の体に当たると硬い鱗を容易く砕き割った。


「うわわわわわ!?」

「効いているみたいですね」


 体を突き破ることはなかったものの、風の塊による衝撃は大きなものでドラゴンは耳をつんざくような悲鳴を上げた。


 そのせいで。


「ぴゃ―――――っ!?」


 ドラゴンにくわえられていた総司とニールは、宙に投げ出される形となってしまった。


「ソウジ―――――!!」

「オイラのことも心配してよ、お姉さ―――んっ!!」


 とんだ味方である。慌てて総司の元に向かおうとする美女に、総司から離ればなれになってしまったニールが絶叫した。


「えい」


 が、そのニールの体を誰かが掬うように抱き上げてくれた。総司だった。


「あれ? お兄ちゃん?」

「風が気持ちいいですね、ニール君」


 こんな時に暢気なことを言っている総司にしがみつきながら、ニールはハッとした。地上に落ちていく速度がやけにゆっくりなのだ。


 頭上を見ると、総司は黒い傘を差していた。


「もしもの時に備えて、折り畳み傘を鞄に入れていたのを忘れていました」

「もしもの時……」

「はい。もしもの時がやってきましたね。持ってて良かったです」

「傘って雨が降った時に使うんだってフィリアお姉ちゃんが言ってたよ……」

「まあまあ」


 とりあえず危機は脱した。ニールが安堵のため息をついていると、総司が後ろから美女に抱き締められた。


「怪我はないか、ソウジ? 怖い思いをさせてすまなかった」


 主に怖い思いをしたのはニールである。


「僕は傘があったので大丈夫です」

「そうか……私は怖かったぞ。お前を失ってしまうかと思った。お前を救おうとしたのに……」

「でも助けてくれてありがとうございます、レイラさん」

「私はソウジの花嫁となる女だからな!」


 総司に礼を言われて上機嫌になり、レイラがもっとくっつこうとする。リリス並みの大胆なスキンシップにニールは口をあんぐり開けた。ヘリオドールやアイオライトあたりが見たら血の涙を流しそうな光景だった。いや、リリスが見ても、恐ろしい展開になりそうだ。


(リリスおばさ……お姉さん、いないよね?)


 周囲を見回して誰もいないことを確認して安心していると、レイラがじっとニールを見ていた。


「……オイラに何か用?」

「いや、お前……まさか黒竜か?」


 その問いかけにニールはびくっと反応して、総司の胸に顔を埋める。


「どうしたんだ、黒竜。あと、羨ましいぞ、変わってくれ」

「知らない」

「んん?」

「オイラ、こくりゅうなんて知らない。こくりゅうじゃないもん……」

「…………?」


 ニールのどこか怯えた様子にレイラはそれ以上追及できず、口を閉ざす。

 前にニール、後ろにレイラをひっつけて総司が村の外に着地すると、ヘルが無言で少年から主を引き剥がした。


「な、何をする!?」

「順序が逆です! 何であなたソウジ様がまだ捕まっているのに魔法ぶちこんでいるんですか!? 自信満々にソウジ様を助けるって言った私がかなり恥ずかしい思いをしたじゃないですか!」


 メイド、マジ切れ。


「気持ちが溢れてしまって……これでは花嫁失格だな」

「それ以前にまお……ごほん、そうではなくて。ソウジ様、申し訳ありません。うちのポンコツが……」

「……あなたはヘルさんでしたよね? お久しぶりです」

 一度しか会ったことがないのに自分のことをちゃんと覚えていてくれた。何と優しい少年だ。それだけでヘルは機嫌をよくした。


「こちらこそお久しぶりです。……ソウジ様、つかぬことをお聞きしますが、あなたはあの少年とは知り合いですか?」


 ヘルの視線の先にいるのは、こちら走ってくるクォーツだ。彼の姿を確認して総司は口を開いた。


「知りません。赤の他人です」

「ああ、やはり……」

「藤原ぁぁぁぁぁ!! 殺すぞ!!」


 二人の会話を聞いていたクォーツが飛び蹴りを総司へ喰らわせようとする。しかし、総司はこれをあっさり回避して歩き始めた。


「藤原?」

「ソウジ?」


 レイラとクォーツが同時に呼ばれるも、総司が振り返ることはない。


 総司が足を止めたのは、レイラの攻撃を受けて地上に落ちた灰色のドラゴンだった。大きな傷はないものの、まともには動けないようで総司が近付くと体を起こそうとして体勢を崩してしまう。


「大丈夫ですか?」

『ヴ……』

「怒ってませんから怖がらないでください」

『ワタ、シヲ……私を、許す、のか』


 より人間に近い言葉遣いになったドラゴンにニールが反応する。


『ニール様、あなたの姿を見て我を失ってしまった。あなたが嫌がるのを無視して、私はスルト山へ連れて行こうと……』


 言い切る前にドラゴンが瞳を閉ざしてしまう。あっ、と小さく叫ぶニールに後ろからやって来たヘルが優しく言う。


「レイラ様の攻撃を受けて気を失っただけです。私が治癒魔法をかければ、後に目覚めますよ」

「うん、ありがと」


 自分たちをこんな場所まで連れてきた張本人なのに、ニールは灰色のドラゴンを憎めずにいた。

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