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156.居場所

 先ほどまで生肉を喰らっていたドラゴンが次なる餌を求めて迫っている。どう見てもそんな光景だった。

 一瞬呆けてしまったニールだったが、すぐに我に返って同じく上を見上げている総司に話しかける。


「ソウジお兄ちゃん、何であのドラゴンさんオイラたちに向かって口を開けてるの?」

「あの量の餌じゃ満腹にならなかったんですねぇ」

「でも、オイラ同じドラゴンだよ。ドラゴンがドラゴン食べるの?」

「共食いって言葉が存在します」

「……でもでも、ソウジお兄ちゃんってあのドラゴンさんはオイラと友達になりたいって言ってなかった?」


 どこか縋るような、焦燥感の滲む声でニールは総司に尋ねる。

 このあと何が起こるかは大体想像がつく。できれば、その想像が誤りであって欲しい。ニールの胸の中はそんな気持ちでいっぱいだった。


 だが、現実とは残酷で残忍なものである。


「まあ、こういう歪んだ形での友情も存在するということになりますかね」

「『なりますかね』じゃないよ~~~~~~~!!」


 ニールの絶叫が蒼穹に響き渡るのと、灰色のドラゴンがニールごと総司を口にくわえたのは、ほぼ同時であった。


「ぎゃあああああ!! ソウジとニールが喰われるぞー!!」

「あらあら、困ったわねぇ」

「課長ぉ!? 早くしないと本当に食べられちゃいますよ!?」


 一番頼りになるべき人物がこの状況を一番楽観視している。

 ついに恐れていた事態が起きたと大騒ぎする部下たちを他所に、リリスは空になったバケツを片付けていた。


「僕たち食べられるんでしょうか」


 喰われかけている方も暢気だった。ただし、ニールはつぶらな瞳から涙をぼろぼろ零して怯えていた。


「ピャアアアアア、助けてぇぇぇぇぇ」

「ニール君、こういう時はあまり騒がない方がいいですよ」

「だってぇ」

「下手に刺激するとドラゴンさんがこんな風に興奮してしまいます」


 総司の言う『こんな風に』とは、ドラゴンが翼を広げ羽ばたかせながら体を浮き上がらせている行動を指している。つまり出発進行目前の状態だ。


「うわああああああん!!」

「あらあら、どこに行く気なのかしら……」


 リリスはバケツを足元に置き、何もない場所からショッキングピンク色の鞭を出現させた。それを勢いよく振り上げ、ドラゴンの前脚に絡ませる。


 ドラゴンの体がぐらりとバランスを崩す。思わぬ怪力ぶりを披露するリリスに、職員が盛り上がる。


「す、すげぇ! ドラゴンに力で勝ってる!」

「あの魔法の鞭はリリス課長の愛用品だからな! あれでいつも所長は叩かれて悦んでるんだぜ!!」


 さりげなく所長の恥ずかしい一面が語られる中、ドラゴンは地面に体を叩き付けられてしまった。


「ごめんなさいね、ドラゴンちゃん。けど、その子たちはうちの大事な職員だから……」

「チ、ガウ……ニール、サ、マ……シュゴ、シャ」

「……守護者?」


 灰色のドラゴンのたどたどしい言葉にリリスが気を取られ、僅かに力を緩めた時だった。


「ニールサマ、イルベキバショ、ココデハナイ」

「な、何言ってるの? オイラがいるのはこの役所だよ」

「チガウ。ニールサマ……コクリュウ……アノカタマモル、イチゾク……」

「知らないってばぁ!!」


 別の恐怖が芽生え、ニールは小さく声を震わせた。

 今のニールにとって役所が居場所だ。それ以外は知らない。……知りたくもない。

 両親を亡くしてたった一匹で長い間彷徨って、ニーズヘッグに体を乗っ取られて、そのあとは総司によってこの役所に連れて来られた。

 ここ以外にどこに行けと言うのか。ニールは混乱した。


「スルトへ、カエル……ニールサマ……」


 ドラゴンのその言葉に総司の目が僅かに見開かれる。

 だが、口を開いて何かを言うより先にドラゴンが上を向いた。


 ブチッと嫌な音が上がり、リリスの体がほんの少しふらつく。ドラゴンの前脚を拘束していた鞭が強引に引き千切られたのだ。


「まあ……この鞭結構頑丈なはずなのに」


 口ではそう言いつつ、リリスからは余裕が崩れることはない。

 ドラゴンは彼女に見向きもせずに総司たちをくわえたまま、空高く舞い上がった。その様子に、ただ見守るだけだった職員の一人が挑発的に叫ぶ。


「無駄だ! 空にはリリス課長の結界が、しかも前よりも強力なのが張って……」

「うわあああああ!! 結界が壊されたぞー!!」


 他の職員たちからは次々と悲鳴が上がった。

 ドラゴンがなんと頭突きで結界を破壊したのである。


 硬い岩石を砕き割るような音と悲鳴が、長閑のどかなはずだった牧場に谺する。


「助けて! 助けてぇ!!」


 ニールが涙声で叫ぶも、無情にもドラゴンはどこかへ向かおうとする。


「………………」


 リリスからは笑みが消え、冷たい表情だった。滅多に見ない上司の真顔に、職員たちが全身の鳥肌を立たせる。彼らにとっては本気で怒らせた時のリリスほど恐ろしいものはなかった。


「駄目よ。うちのボウヤたちはあげないわ。……黒煙よ、暗黒よ、深淵よ。汚泥の底より冒涜なる爛れた王を……」

「リリスさーん、聞こえますかー?」


 全身から凍えるような殺気を迸らせ、いかにもヤバそうな魔法の詠唱を行うリリス。足元では現れた紫色の魔法陣が不気味な光を放っている。牧場を負のオーラが包み込もうとしていた。

 そんな彼女を総司が抑揚のない声で呼びかける。


「牧場の結界を直さないと他の魔物が逃げ出すかもしれませーん」

「……それもそうねぇ」


 リリスから殺気がふっと消えた。


「ソウジちゃんの方は何とかなりそうかしらー?」

「本当に食べられそうになったら抵抗するから何とかなると思いまーす」

「あらあら、大丈夫そうね。じゃあ、行ってらっしゃーい。あ、一応鞄返しておくわぁ」

「か…課長ぉっ!?」


 総司とののんびりとした会話で、平静な戻ったリリスは役所内に帰るためのドアの近くにあった黒い鞄を魔法で浮かせると総司へと放り投げた。


「ありがとうございます、リリスさーん」

「リリスおばさん助けてぇぇぇぇぇ!!」


 正反対のテンションの一人と一匹を連れて、灰色のドラゴンが北の方角へと飛んでいく。


 リリスはとっと壊れた結界の修復を始めた。


「課長! ソウジと保護研究課のところのドラゴン連れて行かれましたよ!?」

「ソウジちゃんがあの調子だから問題ないわぁ。それに後からでも十分追いかけられるし」

「どういうことですか?」

「あの子の鞄の中に私の私物を入れておいたの。あとでそれから漂う私の気配を辿れば迎えに行けるわ」

「あの短時間にそんなことを……リリス課長咄嗟の判断グッジョブ」


 普段は男漁りに精を出しているくせに、いざという時の頼れる感が半端ない。魔物生態調査課の面々は改めてリリスを尊敬した。


 しかし、リリスはここで表情を曇らせた。


「でも、ヘリオちゃんには内緒にしててね。こんなことが知られたら私ヘリオちゃんに杖で殴られちゃうわぁ」


 その場にいた者全員が同じことを考えた。杖で殴られるぐらいで済むならいいけど、と。







 一方、その頃の魔女。


「ジークフリート! 一緒にこれやらない?」

「悪い、ヘリオドール。今から妖精に着せるための服を作りたいんだ」

「アイオライト! 今、暇?」

「アタシ、今日はこれからミーミル村に里帰りするんだ。お土産たくさん買ってくるから!」

「オボロ……」

「僕、今から二日ぶりに睡眠摂るから……」


 誘っても誘っても断られる。絶望に苛まれ、その場に座り込む。


「せっかく麻雀のやり方覚えたから皆に広めようと思ったのにぃぃぃぃぃぃ!!」


 麻雀の牌を握り締めた拳で床を叩きながらヘリオドールは叫んだ。

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