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154.死の山

新しい章スタートです。

「忠告するにしても、あのやり方はよくないだろう。肝が冷えたではないか」

「済まない。まさか一国の王子がこんな場所に来ているとは思わなくてな」


 とある村の宿屋の一室で行われる会話。

 一人はその秀麗な顔立ちを呆れで歪めている少年、もう一人は赤い髪と瞳に黒いドレス姿の絶世の美女だった。


「改めて無礼を詫びよう。クォーツ王子」

「しかし、貴様が噂に聞く魔王か……」


 少年の名はクォーツ・トリディレイン。ノルンの王子。

 美女の名はレイラ。魔族の大陸ラグナロクに聳える魔王城の主であり、二代目の魔王である。


 王子と魔王。有り得ない組み合わせの二人が何の変哲のない宿屋の部屋にいる。これはまた有り得ない光景である。


「だが、魔王が来たというのに、この村は随分と貴様たちを歓迎していたな」


 クォーツが驚くのも無理はなかった。ここの村にいるのは人間ばかりだ。なのに、レイラを一目見て魔王だと認識した上で、彼女に親しみを持っていた。


 かつて世界を滅ぼしかけた人物の名を冠するというのに。


「それはレイラ様が村の救世主だからです」


 そう語るのはレイラの後ろに控えていた灰色の髪のメイドだ。彼女はヘル。レイラの配下であり、冥府の牢獄ニヴルヘイムの管理者である。


 彼女の言う通り、レイラがこの村の人々から好意的な感情を向けられているのは、彼女が村を救ったからである。

 と言っても、深刻な日照りに苦しんでいたところに、優秀な魔族の魔術師を派遣させただけであるが。

 本当はレイラ自ら行くつもりだったが、自然現象を制御するのが恐ろしいくらい下手くそな主をヘルが半ギレで止めたのだ。あなたが行けば村が消滅する、と。


 配下のファインプレーにより、村には恵みの雨が降り注いで日照りは無事に解消された。もし、レイラが雨を降らせようものなら、雨が降りすぎて大洪水が起きていたただろう。


 それでも、雨を降らせた魔術師が「これがレイラ様の望みです」と、彼女に感謝の意が向くように仕向けたおかげで、村人からのレイラに対する好感度は上がった。確かに水不足で作物が採れずに困っている村を助けたいと言い出したのは、他ならぬレイラなのだが。


「貴様、魔王なのにポンコツなのだな。ものすごい美人なのに残念だ……」

「レイラ様! この男ニヴルヘイムにぶちこみましょう!」


 自分のことに棚を上げたクォーツの発言に、ヘルは苛立たしげにポンコツ王子を睨み付ける。自分はレイラを多少荒く扱ってもいいが、他の者に馬鹿にされるのは我慢ならない。そんな複雑な心境であった。


「やめろ、ヘル。この者はノルンの王子だ。そんなことをするよりも聞くことがある」

「そうですね……」


 魔王の器は大きい。レイラに諭されてヘルはため息をついた。


「クォーツ王子。お前は何故スルト山に入ろうとしていた?」


 スルト山。オーディン、ノルン、フレイヤなど多くの大国が存在する大陸の最北端に位置する山だ。

 灼熱の木と呼ばれる特殊な性質を持つ植物が唯一生息する地であり、それらの葉色によって山は常に燃えるような赤に包まれている。

 その見た目から炎熱の山とも呼ばれていた。


 しかし、いつしかこの山には大量の魔物が棲み着み、入り込んだ人間を容赦なく殺し喰らうようになった。

 今では死の山と薄暗い異名が名付けられるようになった。


 そんな場所に単身で足を踏み込むなど自殺行為に近い。

 レイラはたまたま入って行こうとしたクォーツを止めた。


 この村はスルト山から近い場所にあり、事態を読み込めずにいるクォーツに事情を説明するためにもここに連れてきたのである。


「単なる観光だ。……と言っても騙されてくれないのだろう?」

「死んでもいいというなら騙されてやろう。大きな目的もなしに人間があんな場所を訪れる理由などない。それを隠したいのなら隠せばいい。だが、できれば本当の目的を教えてもらいたい。私は救える命なら人間でも救っておきたいからな」

「……なら、俺からも聞きたいことがある。貴様があの山にいたことだ。俺を助けるためだけに現れたわけではないはずだ」


 魔王を前にしてもクォーツに恐れの色はなかった。

 冷静さを崩さずにレイラと取引をしようとしている。同じ魔族であってもレイラに萎縮する者も少なくないのに肝が据わっているようだ、とヘルは感心していた。


 そして、レイラは頷いた。


「いいだろう。私が知る限りのスルト山の情報を全て教えよう。だから、お前も知っていることを聞かせてくれ」

「……俺は確かめに来た。あの山に何が隠されているのかを」


 クォーツは刀の柄に手の甲を擦り付ける仕草をしながら口を開いた。

「魔王、貴様はバルドルという亡国を知っているか?」

「魔法技術に優れていた国だったと聞いている。……先代の魔王が引き起こした戦いで滅んだとも」


 レイラは沈んだ表情を浮かべた。自分がやったことではないとは言え、あの二十年前の戦争によって消された国は少なくはない。

 胸に鈍い痛みを覚えるレイラに、クォーツは小声で呟いた。


「……本当に戦争によるものかは分からんがな」

「? どういう意味だ、それは」

「話を戻そう。そのバルドルという国は、現在アスガルド最大にして最強の国家と呼ばれるオーディンとは、深い結び付きがあったとされる。この二国は二十年前、スルト山で何らかの研究を行っていた」

「……研究?」


 レイラはその単語に反応した。


「俺にも何があったかは分からん。だが、その研究が行われた時期の直後だった。魔王と呼ばれる魔族が同族を引き連れ、虐殺を始めている」

「……!」

「勿論、関連性が100%あるとは思っていない。単なる偶然であるとも言える。しかし、この研究には不可解な部分があまりにも多い。研究資料は全て焼失しているだけではなく、研究に携わった人間の情報すら隠されている」

「なるほど。お前はその研究が魔王と何か関係しているのではと疑っている、というわけだな。だが、それを何故お前が知っている?」


 レイラの問いにクォーツは僅かに眉間に皺を寄せたあと、答えた。


「幼い頃、とある・・・男の日記を読んでな。そこに研究が行われていたことが書いてあった」

「……そんな情報を魔族に教えていいのか?」


 思わぬ人物の名にレイラは困惑しつつも、疑問を投げかける。この話が世界中に伝われば、人間の国々には不安と動揺が広まるだろう。


 発言者であるクォーツは表情を乱すことはなかった。


「生憎、俺は自国もオーディンも信頼してはいないのでな。それに貴様がこのことで国を揺すろうとする考えの持ち主なら、俺とこうして話していない。今頃、俺をどう利用するかを企んでいる」

「ふぅむ、それは褒められているのか?」

「俺的には褒めている。さて、俺が知る情報はこれで全てだ。次は貴様の番だぞ、レイラ」

「……そうだな。私たちもスルト山に関しては疑問点があり、それを確かめにやって来ていたところだった。ただ、お前とは違う理由だ」


 レイラは外へと視線を向けた。遠くには澄み渡った青い空を背景に赤い山がある。

 ……今のクォーツの話はもしかしたら、自分たちがここに来たことと関係しているかもしれない。ヘルとアイコンタクトを取り、互いに頷いてからレイラは口を開いた。


「かつてのスルト山には妖精や炎の精霊サラマンダーが多く棲んでいた。そして、黒い鱗を持つ黒竜こくりゅうが群れを為し、スルト山の『何か』を守っていたとされる」

「何かとはなんだ。曖昧過ぎるぞ」

「お前と同じで私も詳しいことはまるで知らない。しかし、二十年前のことだ。妖精や精霊、それに黒竜はどういうわけか姿を消してしまった。そして、獰猛な魔物が多く現れるようになったらしい。黒竜は侵入者には容赦はなかったが、命までは取らない知性の高いドラゴンだった。ただ、今は……」


 山に入れば最後、帰ってきた者はいないと呼ばれるほどの危険地帯となった。

 妖精の間でも、スルト山にだけは近付いてはならないと畏れられている。スルト山がどうして死の山と呼ばれることとなったのか、レイラはその理由が知りたかった。


「これで私も知っていることは話した。さあ、どうする?」

「俺は調べに行くぞ。やはりスルト山には何がある」

「クォーツ王子、死にたいのですか?」


 呆れた様子でヘルが言う。その挑発的な物言いにクォーツの目付きも鋭くなるが、それで恐れるようなメイドではない。

 険悪な様子の二人にレイラは肩を落とし、もう一度窓の外を見る。


「魔王か……」


 魔王の正体は分かっている。遥か昔、このアスガルドを守ってきたとされる三界神が一人、レーヴァテイン。

 もし、魔王の出現にオーディンとバルドルの『研究』が関わっているとしたら、死の山にはレーヴァテインの秘密が隠されているのかもしれない。

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