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151.飯テロ

 R指定パイを紙の箱に封印し、キッチンを後にする。この暗黒物質を誰が持つか一時揉めたものの、ここは責任を取って作成者のヘリオドールがその役を引き受けた。


 ちなみにティターニアが背負う布袋の中には、散らばった鏡の破片が入っていた。賢者の怨念が袋越しにひしひしと伝わってくるようである。


「ところで姫様ちょっといい?」

「なんですの?」

「ソウジお父様って……誰?」

「私の幼なじみですわ!」


 恐る恐る尋ねたヘリオドールに、ティターニアが元気よく答える。

 夢の中での設定にすぎないと知りつつも、「羨ましいポジションじゃない」とヘリオドールは素直に思った。


「小さな頃は私とよくおままごとをしてくれましたわ。私の本当のお父様は病気で亡くなってしまったから、代わりにあの人が私のお父様になってくれて……」


 破天荒な展開続きだったのにも関わらず、ここに来てしんみりとした空気になった。反応に困るヘリオドールだったが、ティターニアは明るく笑うだけだった。


「ソウジお父様のおかげで私、ちっとも寂しくありませんでしたわ」

「そ、そう……」

「よし、何とかお母様とアーデルハイト様に見付からず城を脱出できましたわ!」


 城から抜け出したところでティターニアがガッツポーズをした。


 鬱蒼とした森の中。鏡職人の元への案内人はティターニアとなった。着いてくるのですわー、と元気よく歩いてゆく。

 その後ろ姿は妙な頼もしさを感じる。


「あれ? この分かれ道は……えーと……まあ、左でいいですわ」


 しかし、彼女の発言は非常にヘリオドールを不安にさせた。適当に道を進んでいるとしか思えない。


「ちょ……ちょっと、大丈夫なの……?」

「多分、大丈夫ですわ。行き詰まったら空を飛んで城に戻って、やり直せばOKですもの」

「根本的には何も解決してないんだけど!?」


 駄目だ、このポンコツナビゲーター。

 想像以上にアバウトだったティターニアの進み方に、ヘリオドールが戦慄している時だった。

「あれ~? もしかしたら迷子になっちゃっただ?」


 背後から聞こえた声。振り向けば、そこには見覚えのあるオーガが斧を背負って立っていた。


「ブ、ブロッドく――――ん!!」

「えっ!? どうしてオラの名前を知ってるだ!?」


 誰も信じられない腐敗した世界に差し込む一筋の光。ようやく常識人に出会えたとヘリオドールは涙ぐんだ。

 初対面でいきなり泣かれたブロッドは激しく混乱していたが。


「ご、ごめんなさいだ! オラ何かしちゃっただ!?」

「ううん、してない! ねえ、ブロッド君ってこの辺に住んでる鏡職人の家って知ってる?」

「知ってるというか、そこオラが住んでるところだ。鏡職人はオラの友達だ~」

「本当? だったら私たちをそこまで案内してくれると嬉しいんだけど……」

「いいだよ! 皆、オラについてくるだ!」


 ジーザス。ブロッドの頭の上に天使の輪っかが見えるようである。

 こうしてヘリオドールたちは、無事に鏡職人の家に辿り着くことができたのだった。

 が、ここで疑問が一つ生じた。


(ん?)


 ヘリオドールは眉間に皺を寄せて、その家を見上げた。

 何もない森の奥に聳え立っていた一軒家は、四階建ての建築物だった。


 でかくね? とヘリオドールは思った。大家族でも住んでいるのだろうか。


「ここがオラたちの家だ!」

「あ、ありがと……」

「ちょっと待ってて欲しいだ。鏡職人呼んでくるだ」


 ブロッドは相変わらず優しい。その厳つい容姿に似合わぬ朗らかな笑みを浮かべて、家の中に入っていく。

 数分後、ブロッドは一人のオーガを連れて戻ってきた。


「俺は鏡職人のライネルとだ。えーと……?」

「鏡を直してもらいにきましたわ!」

「あ、ああ……」


 満面の笑みを浮かべるティターニアに、頬を染めるライネル。こちらでも、彼女に想いを寄せる存在となっているようだ。


 純情な性格のオーガばかりねぇ、とヘリオドールが苦笑していると家からもう一人図体のでかい人物が現れた。


「ライネル~、お客様だ?」


 ブロッドだった。たった今、ライネルを連れてやって来たオーガと同一人物である。


 口をあんぐり開けるヘリオドールだったが、衝撃まだ続く。


「わあ、可愛い女の子だぁ~」

「こんなに若いお客様なんて久しぶりだ」

「ちっちゃい子供もいるだ」

「可愛いだ」

「だ」


 更にブロッドが五人出てきた。


「うぎゃああああああ!!」


 大量に出現したブロッドの分身に、ヘリオドールの絶叫が森中に響き渡る。


「どういうこと!?」

「オラたちは小人だ! ライネルのお手伝いをする代わりに住まわせてもらってるだよ~」

「小人ってあんたら私よかでかいじゃないの!!」

「七人も同じ人がいると、名前が呼びづらいですね……」

「あっ、オラのことはブロッド・(タイプ)(ワン)と呼んで欲しいだ」

「オラは(タイプ)(ツー)でよろしくだ」

「ロボットか!!」



 量産型ブロッドに罪はないのは分かっているが、ここはツッコまざるを得ない。

 ある意味前の二つの世界よりも狂気に満ちている。ヘリオドールがげんなりしていると、ティターニアが何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。


「そうですわ。アップルパイ!」

「これ、あげちゃうの? 本当に?」

「そのために作ってきたんだから当然ですわ」


 邪気のない笑みを浮かべ、邪気の漂う紙箱をヘリオドールから受け取るティターニア。

 そんな姫様からにこり、と微笑まれてライネルは照れ臭そうに頬を掻いた。たくさんいるブロッドからは「ライネル頑張るだ~」と激励する声。ティターニアが渡すプレゼントの正体を知っているだけに、ヘリオドールは真顔にしかなれないのであった。


「ライネル、でしたわね。今日はあなたのためにアップルパイを焼いてきましたの」

「お、俺のために……?」

「はい、どうぞ」


 ティターニアが箱を開ける。直後、ライネルの口から「んぐぁっ!?」と奇声が発せられた。

 つい数秒前までは薔薇色のオーラに包まれていたライネルのこめかみに一筋の汗が流れる。


「ひ、姫様……これは……」

「アップルパイですわ! ちょっと赤黒いし、鉄錆の匂いと生臭さが気になりますけど、多分美味しいと思いますの」

「そ、そうか……」


 ブロッドたちはライネルの後ろからパイを覗き込むと、一斉に家の中に避難していった。

 だが、リアル飯テロを前にライネルが逃げることはなかった。何度も深呼吸をしたあとに、なんとアップルパイを箱から取り出したのである。


 彼の次の行動を予測したヘリオドールが慌てて駆け寄ろうとする。


「やめなさい、ライネル! あんた死ぬ気!?」

「姫様! これを全部食べきったら俺と結婚してくれ!!」


 ――それがライネルの最後の言葉だった。ハイエルフの姫に恋をしたオーガは、彼女への想い以外の全てを投げ捨ててアップルパイを頬張った。

 そして、白目を剥いて倒れてしまったのである。


「あああああああ!! だから言ったのに!!」

「こ、困りましたわ! まだ鏡が……!」

「姫様ぁ!?」

 ライネルの想いはこれっぽっちも届いていなかった。浮かばれねぇ。

 自分の作った料理でつい死人が出てしまった。きっとライネルはティターニアが作ったと思ったから食べたのだろうが、実際の製作者はヘリオドールである。


「どうしよう、バイト君。もし、現実世界のライネルに悪影響が及ぶようなことがあったらっていうか、総司君も出てこないし」

「………………」

「バイト君?」


 バイト君は空を見上げたまま動かない。


「どうしたの……?」

「あのお二人に出会った時の記憶が出てきた時点で、そろそろ来るかなって思ったんですけど」

「待って、話が全然読めないわよ」

「どうやら、ここでお別れのようです」


 バイト君がヘリオドールの方を振り向きながら言う。が、ヘリオドールにはその言葉の意味を考える余裕はなかった。


 空から烏がこちらに迫ってきていた。いや、それは烏などではない。

 巨大な翼を羽ばたかせながら、漆黒のドラゴンがヘリオドールたちへと襲いかかろうとしていた。

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