150.アップルパイ
祝150話!
次は目指せ200話です。
鏡は大破した。周囲に砕けた鏡の破片が飛び散り、一際大きなそれには茫然自失のティターニアの姿が映されていた。
ティターニアの全身は小刻みに震え、やがて立っていられなくもなってその場に座り込んだ。
「そんな……私……どうすれば……」
か細い声で呟きながらティターニアは両手で顔を覆った。端から見れば愛用していた鏡を何者かに破壊され、嘆く哀れな姫だ。
実際には喋る鏡破壊事件の実行犯であり、同情の余地は一ミリもない。早い話が自業自得というものだ。
「姫様……自分で鏡壊しといて、すごいショック受けちゃってる……」
「情緒不安定なんですかね」
ドン引きのヘリオドールと冷静に分析しようとするバイト君。
ティターニアには二人の存在が分かるようだ。次の瞬間、「敵襲ですわ!!」と振り向かれた。
「私たち敵じゃないし、襲おうともしてないわよ!!」
「ほ、本当に!? アーデルハイト様とお母様にこのことを言わないでくれますの!?」
「? このことって?」
「これですわ」
ティターニアは鏡の破片を手にした。
「この鏡は王家に代々伝わる秘宝……何千年も生きた賢者の魂が宿っているとされ、どんな問いにも答えてくれるすごい力を秘めているのですわ」
「えっ……姫様はその賢者様の答えに逆ギレして秘宝壊したの?」
「事故ですわ」
声を震わせるヘリオドールに、ティターニアは真顔で答えた。
この姫様、何でもかんでも事故と言っておけばイケると思っている節があるのではなかろうか。
しかし、世の中そう上手くはいかないのである。ティターニアの母親と叔母がそんな理由で納得するくらいチョロい性格なら、彼女もこれほどまでに焦ってはいないのだ。
「鏡を壊したことが二人にばれたら……」
「ば、ばれたら?」
「私、カタストロフィ・アタックを喰らうことになりますわ」
「そんなプロレス技みたいなの喰らうの!?」
とりあえずまともに受けたら死にそうな技名である。
総司と関わりのある王族の方々は大体おかしい。あの王子といい。
この世界、総司ではなくてティターニアに危機が迫っていた。涙目の姫にしがみつかれてヘリオドールは悲鳴を上げた。
「ギャー!」
「お願いですわー! 私を助けて欲しいのですわ!」
「ええええええええええええ!? 私が!?」
まさか、バラッバラになった鏡を魔法で元通りにしろとでも言うのか。
無理やと必死に首を横に振る魔女に、ティターニアはぐっと親指を立てた。片目をウィンクして。
「危ない目に遭わせるつもりも、無茶なことをさせるつもりもありませんわ。あなたにはただ一緒に森の奥にある鏡職人とところに来て欲しいだけですわ」
「鏡職人……そっか、これを直しに行くのね」
「正解ですわ! ぶっちゃけ、使わなかったら普通の鏡と変わらないし、新しいのを買ってきてすり替えるだけでもいい気がしますけど、さすがに後ろめたさが半端ないのでやめときますわ」
「ちょっとぉ! この姫様脳筋化進みすぎィ!!」
妖精国の未来はどっちだ。
「で、でも、そのぐらいなら協力してあげるわ」
今のところ、総司に関する情報が一切ないのだ。ならば、恐らくはこの白雪姫の世界のキーであるはずのティターニアと、行動をともにするしかない。
現時点で白雪姫要素がほとんどないのが気になるが。
少なくとも、鏡が壊れるというイベントはなかったはずだ。しかも、その理由が質問者と回答者との意見のぶつかり合いである。
とりあえず、味方ができたことにティターニアはアクアマリンの瞳を輝かせた。
「やったぁ! ありがとうですわ!」
「はは……」
嬉しそうに微笑む姿はどこからどう見ても、可憐な美少女。中身は残念な脳筋ハイエルフ。
現実世界でのティターニアとあまり変わりがないような気がする。残念な魔女こそヘリオドールは乾いた笑いを浮かべた。
「よっしゃ! そうとなれば準備ですわ! 今すぐキッチンにレッツゴーですわ」
「へ? 腹ごしらえでもするの?」
「いいえ。これからアップルパイを作らなきゃいけませんの」
何でも、その鏡職人は大の林檎好きで、特にアップルパイが大好物らしい。だから、アップルパイを持って行くと料金を割引にしてくれるそうだ。
「国宝級の鏡となると、べらぼうにお金を取られそうなので、アップルパイを持参した方がいいのですわ」
「国宝級だからこそアップルパイで割引させちゃいけないと思うんだけど……」
「ささっ、細かいことは置いといてキッチンに急ぐのですわ!」
料理しやすいようにか、エリクシア祭の時のようにティターニアが髪をポニーテールにする。その間、ヘリオドールはバイト君に耳打ちしていた。
「林檎って……ちょっと白雪姫っぽくなってきたんじゃない?」
「でも、もうお話が崩壊しまくっていますね。これ、配役的にお姫様のあの人が林檎を食べるんじゃないでしょうか?」
「総司君の作り出す童話の世界はツッコんでも無駄って分かってるけど、全部受け入れちゃったら精神崩壊起こしそう」
「アップルパイ作り頑張るのですわー!」
そう意気込むティターニアの表情は明るい。目的を忘れ、アップルパイ作りに興奮しているようだ。
それを見たヘリオドールは手を横に振った。
「それにあの姫様、毒攻撃効かさなそう」
「そういうスキル持ってそうですね」
キッチンに到着してヘリオドールは軽く呻いた。至るところに毒々しいまでに赤い林檎が置かれており、樽の中にもぎっしり入っていたのだ。
この城では林檎が主食になってんの? と首を傾げるほどの量だった。
「さあ、作りますわよ!」
「え、ええ」
「まずは……」
「………………」
「………………」
「まずは……」という言葉を最後にティターニアが動かなくなった。
とある可能性が頭を掠め、ヘリオドールは口を開いた。
「姫様……作り方分からないの?」
「……えへっ、ですわ」
ティターニアは舌をペロッと出して笑った。それが答えだった。
「私食べてばっかりで作り方全然知らなかったの今気付きましたわ」
「えええぇ……」
「で、でも、あなたがいるから多分大丈夫ですわ。魔女ってパイ作りが得意だって聞いたことがありますわ」
「どっから聞いたのよ、そんな偏見!」
しかし、ヘリオドールがパイ作りを断ることはなかった。何故なら、近頃は総司でなくとも食べれる料理やお菓子を量産していたし、パイに至っては先日の試食会の時に作ったばかりである。
林檎が入ったパイを作ればいいのだ。余裕余裕。帽子を脱ぎ、ピンク色の髪を一つに結いながらヘリオドールはバイト君に言った。
「美味しくできたらバイト君にも分けてあげる」
「わーい」
そして、時は流れ。
黒煙が充満するキッチンにて、『ソレ』は生まれた。
引き攣った笑みを浮かべるヘリオドール。半泣きのティターニア。バイト君だけは平静を保ったままだった。
「魔女さん、これは何ですか?」
「ア、アップルパイ……」
「これはグロテスクすぎてR指定に引っかかります。モザイクをかけないと……」
「いやああああああ! 何でこうなっちゃうのよー!?」
こうして鏡職人へのプレゼントであるアップルパイ(※モザイクをかけなければならない見た目)は完成した。