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15.少年と魔王

「参ったな……」


 本当に参った。二代目魔王であるレイラは深く溜め息をついた。


 かつての魔王と勇者との戦いで暗黒竜と恐れられ、多くの人間達を虐殺して最期は勇者の仲間に殺されたニーズヘッグ。死して魂のみの存在となった後は、悪しき魂の監獄である死者の国ニヴルヘイムに収監されていた。それがレイラが新たな魔王になったと看守から聞くなり脱獄した。

 あの竜はまだ魔王による世界侵略を諦めていなかったのだ。魔王支持派の魔族を何とか抑えて戦いを避けようと模索するレイラの気持ちなど知らず。


 脱獄後、ニヴルヘイムの統括者でレイラの側近でもあるヘルに魔力を追わせたものの、ノルン国でそれも途絶えてしまった。戦争の事しか頭にないニーズヘッグなどレイラにとって不要の存在。だが、いつまでも野放しにしておいて人間達に捕らえられるのは良くない。捕まる事そのものは構わないが、ニーズヘッグが余計な事を言ってそれが戦いの引き金になる可能性もある。


 そうなる前に見付け出さなくては。そのためにレイラはヘルと共にノルンにやって来たのだが、現在彼女は途方に暮れていた。


「ヘル……一体どこに……!?」


 ノルンの首都ユグドラシルを囲む三都市の内の一つ、ウルド。その中心部は昼間になった途端、大勢の人間で溢れ返った。皆、昼食を求めて街を練り歩く。まさに人の波だ。

 魔族の住まう地域では考えられない光景にレイラとヘルは圧倒され、やがてはぐれてしまった。ヘルと違ってレイラは魔力で相手の居場所を捜し出す能力を持っていない。

 しかも、ヘルは魔族の中でもトップレベルの魔力を有してはいるが、生まれつき身体が弱く長時間の移動が出来ない。死者の国の女王と呼ばれる彼女が、二十年前の戦いに参加しなかった理由である。

 今回の捜索もレイラ一人で行くつもりだったのだが、「ご迷惑はおかけしません」と食い下がられて同行を許可した。結果、こうなってしまった。


(ヘル……こんな事ならやはり残してくるべきだった……)


 ヘルはレイラが魔王になってから多忙の日々を送っていた。ニヴルヘイムでは死者の管理に追われ、レイラの住まう魔王城では右も左も分からないレイラの世話をし続けていた。ここ最近はニーズヘッグの追跡も任せてしまっていた。相当無理をさせていたはずで、何度も休めとレイラは命じたものの、ヘルは堅い表情で首を横に振るだけだった。


『私はあなたが全ての魔族に平穏を与えてくれると信じています。レイラ様のために私は自らの命を燃やすと決めました』


 かつての血で血を洗うような戦争を止められなかった事をヘルは悔いていた。平和を願う主の手足となると誓っていた。

 そんな事、とレイラは唇を噛み締める。再び人間達へ戦いを挑むために、一部の魔族が魔王になるのに相応しい者を捜し求め自分に白羽の矢が立った時、レイラは皮肉な話だと思いながらも彼らの提案を受け入れた。自らが魔王になり、その魔族達を制御しようと考えたのだ。


 しかし、現実は非情なものだった。彼らがレイラに魔王として期待していたのはその力のみで、レイラの言葉に耳を傾ける者は誰もいなかった。魔王に仇なす人間に死を。魔族こそがこの世界の頂点に立つ。口を開けばそればかりだった。


 ヘルだけは違った。世迷い言、甘い考えと馬鹿にされていたレイラの言葉に耳を傾けてくれた。賛同してくれた。それだけで嬉しかったのだ。


 もし、人間に魔族として拘束されて拷問に掛けられていたら。想像してレイラは青褪める。あの弱い体が様々な苦痛を受けたら耐えられないかもしれない。


「ヘル……!」


 従者の苦しむ姿を思い浮かべ、レイラは悲痛な声で彼女の名前を呼んだ。


「レイラ様!」


 そして、背後から自分を呼ぶ女性の声が聞こえた。間違いない、この声は。レイラは歓喜で胸を高鳴らせながら振り向いた。


「ヘ……ル?」


 背後には捜していたメイドが立っているはずだった。


 だが、実際はどうだろう。ヘルは見知らぬ黒髪の少年の背におぶさっていた。レイラはその状況を困惑するよりも先に、少年の顔を見て驚愕の声を上げる。


「お前っ、まさかロ……」

「あ、あなたでしたか。こちらのメイドさんのご主人様は」


 少年は驚くレイラを他所に、ペコリと頭を下げた。その動作にレイラは我に返って口を閉ざす。


(私は一体何を考えているのだ……あの男なわけがないだろう……)


 よく見れば『あの男』に非常によく似た顔立ちをしているだけだった。本当にそれだけ。本人ではなかった。


「すまない。私の部下が世話になったようだな」

「いえ。僕も迷子になっていて放浪していたら、この人が蹲っていたので」

「申し訳ありません、レイラ様……勝手に付いてきておきながら」

「謝るな。具合は? 怪我はないか?」


 顔色はどうだろうと顔を近付けて気付く。ヘルは額に白くて長方形の布のようなものを貼り付けていた。薬草のような匂いがする。

 これは一体、と触れてみるとひんやりと冷たい。布の下に青いゼリー状の何かが付いていた。


「熱があったようなので貼らせていただきました。一時的なものだと聞いていましたが、今は大分下がっているみたいですよ」

「これは一体何だ? 心地好い冷たさを感じるが」

「冷却ジェルシートです。こんな事があろうかと持って来ていました」


 そんな道具など聞いた事がない。ノルンでは当たり前のように出回っている医療品なのだろうか。

 だが、熱を出して蹲っていたという事はやはり無理をしていたのだ。今すぐ転送魔法で城まで帰ろうかと思ったが、ヘルは普段よりも顔色がいいような気がした。


「私なら大丈夫です。この方に額に解熱作用のある布を貼ってもらい、スポーツドリンクという飲料水を飲ませてもらったら体調が普段よりも良いのです。なので、何度も下ろすように言ったのですが……」

「先程まで体調を崩していた人を、こんなに人がたくさんいる場所を歩かせるわけにはいかないと思ったんです。せめて、ヘルさんのご主人様を見付けるまではと」

「そ、そうか……」


 スポーツドリンクも聞いた事がない。ヘルが元気ならばそれで良いのだが。


「少年、ヘルはもう大丈夫だ。下ろしてやってくれないか」

「分かりました。どうぞ、ヘルさん」


 身を屈めてヘルをゆっくりと下ろすと、少年は「では」と会釈して立ち去ろうとする。レイラは慌てて引き止めた。


「待ってくれ少年!」

「はい?」

「お、お前も迷子と言っていたが、これからどうするんだ?」

「一緒に来てた人達を捜します。多分その内見付かると思います」


 そう答えてやはり立ち去ろうとする少年の腕をガシィッとレイラは掴んだ。彼はヘルを介抱してくれた恩人。きっと、自分の連れよりも先にレイラを捜していたに違いない。

 ここまでしておいて何一つ見返りを求めようとしない少年に、二十年前の記憶がふと蘇る。


 大人達の命令で死ぬ覚悟で戦おうとした魔族の子供達に優しく微笑み掛ける光輝く剣を持った黒髪の女。


――レイラちゃん、私がここに来た理由は……


「お前はヘルを助けてくれた。そのお礼がしたい」

「そんなお礼なんていりませ」

「そうしなければ私の気が済まない。頼む、させてくれ!」

「……分かりました。それじゃお願いします」


 少年が頷く。無表情なのでよく分からないが、迷惑がっている様子はない。

 ヘルは驚いた顔をしていた。レイラもなるべく人間には関わらないようにするつもりだったのだ。どうして少年を引き止めようとしているのか自分自身でも分からなかった。


「私はレイラだ。……訳あってウルドに来ている」

「レイラさんですね。僕の名前は藤原総司です」







――みんなを助けたいからなの。

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