表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/167

146.シンデレラハウス

 とにもかくにも総司を捜さなければならない。先ほどの世界同様、童話がモチーフとなっている空間だとするなら、今回はシンデレラだ。

 とするなら、総司は平民の役ということになる。


「この城にはいないってことになるわね……」


 それは確実だ。だが、問題はそこから先のことだ。

 女王が権力フル活用で捜しているのに見付からない総司を、果たしてヘリオドールたちが見付けられるか、だ。


「バイト君、何かこう……共鳴とかしたりして、居場所分かったりしないの?」

「僕も超能力者じゃないので。とりあえず一旦、外に出てみましょう」

「うん……」


 確かにこうして悩んでいても始まらない。ヘリオドールはバイト君の提案に頷いた。


「……それにしても」


 歩きながらヘリオドールは思った。

 超ご都合主義な世界だな! と。


「城だっていうのに見回りの兵が一人もいないし……」


 しかも、至るところに「出口はこっち」と言わんばかりに矢印な立て札がある。RPGの序盤のダンジョンだってここまで優しくはない。

 罠の可能性もあるが、どうせ出口が分からないのだ。一か八かで信じて、矢印に素直に従ってみる。


 すると、いつの間に城の裏口に出てしまっていた。


「城の警備ガバガバじゃないの……」

「童話の世界なんてこんなものです。それより、外に出たようなら早く町に出て藤原君を捜してみましょう」

「はいはい」


 突っ込んだら負けなんだなぁと悟りの境地に至りながら、ヘリオドールは駆け出すバイト君の後に続いた。

 町はウルド中心部そのままの情景が広がっている。だが、やはり総司は知らないはずの、今はもう閉店した店や取り壊しになった家がいくつもあった。


「……ねえ、この世界って私の記憶も元になってたりするの?」

「藤原君の夢は藤原君の記憶が材料のはずです」

「だって、あの店もあの家もずっと前に取り壊されたのよ? 総司君が知ってるはずは……」


 ヘリオドールの言葉が途切れる。彼女の視線の先には一軒の民家。その家の表札には藤原、としっかり書いてあった。


「思いっきり住んでる……」

「中に入ってみますか? 藤原君はシンデレラの役だから、もしかしたらお母さんやお姉さんに虐められてるかもしれません」

「うげっ」


 ヘリオドールは顔をしかめた。

 そう、シンデレラは女が怖くなる童話の上位に立つ物語である。フィクションとはいえ、総司がヘリオドールの知る人物から陰湿ないじめを受ける光景を見たら地味にショックだ。

 主役二人の性別が逆転しているので、父と兄に代わっている可能性もある。が、そうだとしても知っている者だとすればやはり精神的にくるものがある。


「誰かしら……普通に似合いそうっていうか、はまり役はオボロだけど……」

「魔女さん、誰かが藤原君のお家に入りますよ」

「えっ、あれって……」


 総司と同じ制服を着た少年がやけに急いだ様子で、家へ入っていく。それは間違いなく、ノルン国の王子であり総司の親友であるクォーツだ。


「……王子が総司君の兄ってこと?」

「よっぽど急いでたんですかね、あの人ドア開けたままですよ」


 バイト君の言葉通り、玄関のドアは完全に閉め切られてはいない。いつまで経っても閉めにこないということは、そのことにすら気が付かないようだ。


「入ってみましょう」

「流石に不法侵入はまずいんじゃ……」

「大丈夫です。さっき入っていった人に怒られても、なんかあまり強そうじゃなかったから僕でも倒せそうです」

「何で暴力沙汰になること前提で話進めてるのよ!?」


 不法侵入された側なのにボコられることが確定している王子が哀れすぎる。ほろ苦い珈琲を飲んだような気分になりつつ、ヘリオドールはバイト君と共に藤原家に潜入した。

 外装こそ木造の一軒家だったのだが、中はアスガルド風の家のような構造をしていた。玄関では靴を脱ぐようになっており、廊下の奥には台所があるようだった。

 しかし、怖い。玄関の靴棚の上には人面犬の置物が置かれ、階段には一段ずつこけしが設置されている。


「総司君……心に闇でも抱えてるのかしら……」

「藤原君の心はいつでも晴天です」

「あの死んだ目で晴れ渡ってんの?」


 どう考えても濁りきった心の情景である。

 よく言えばシュール、悪く言えば心霊スポットのような家の主を捜していた時だ。「アーッ!」と悲鳴が聞こえた。二階からである。

 異変はそれだけではない。カン、カンとドミノ倒しの要領でこけしが上から順に倒れていく。

 最後の一体が倒れ、ゴトンという音が廊下に響き渡った。そのこけしはヘリオドールたちの元へと転がっていく。


 ただ無言でこけしの動向を見守っていたヘリオドールだったが、ふと妙な気配を感じて台所の方へ視線を向けてみた。

 そして、見てしまったことを後悔する。

 白い服を着た髪の長い女が包丁を持って立っていたのだ。


「ドワァァァァァ!!」

「どうして帰ろうとするんですか、魔女さん」


 絶叫しながら家から出ようとするヘリオドールのローブをバイト君が掴んで阻止した。


「この家明らかに祟られてるでしょ!!」

「そんなそんなまさか」

「どっからその余裕はくるの!?」

「それより二階に行ってみましょう。今の悲鳴が気になります」

「私はこの家そのものが気になるんだけど」


 番組で心霊スポットに潜入する芸能人もこのような思いをしているのだろうか。ヘリオドールは深く息を吐いて覚悟を決め、階段を一段一段上がっていく。

 ギシ……ギシ……と軋む音が恐怖を煽る。二階は明かりが点けられていないのか、闇に包まれている。昇り終えた先に何かが待ち構えていないかと怯えてしまう。


「そ、総司くーん……?」


 小声で呼んでみるも返事は返ってこない。悲鳴がしたのだから二階には誰かがいていいはずなのだが、人の気配が全く感じられない。


「あの叫び声は断末魔で、もう生きている人は誰もいないのかもしれませんね。あ、殺した犯人はいると思います」

「思いますじゃない!」


 サラッとバイト君がホラー感を増長させることを言う。


「ひぃぃ……」


 震える足を叱咤してどうにか二階に辿り着いたものの、やはり暗くて壁がどこにあるのかすら分からない。

 魔法が使えれば灯りが出せるのに……と思っていると、背後で何かが光った。

 振り向くとバイト君のモップの先端がぼんやりと青白く発光していた。


「これなら前が見えます」

「そのモップ多機能ねえ……」


 もはや感嘆の声しか出ない。

 しかし、貴重な光源である。ヘリオドールはモップをバイト君から借りると、懐中電灯の要領で前方を照らして進んでいく。


「でも、これもっと強く光らないの……? これはこれで何か怖いんだけど」

「ふと前を照らしていたら赤い服を着た子供が……」

「ぎゃーっ!」

「いたら藤原君もきっと喜ぶと思います」

「私は喜んでほしくないわ……あ、あそこの部屋明かりが点いてる……」


 白い光が漏れている部屋を見付け、ごくりと息を呑む。

 人面犬とドミノこけし。悲鳴に謎の女。ここまで様々なものに遭遇したのだ。ここまできたら何でもかかってこいという感じだ。


「口裂け女でもテケテケでもトイレの花子さんでもきなさいよ……もう私は何も驚かないわよ」

「花子さんはトイレにしか出ません」

「揚げ足取るんじゃないわよ!」


 ちょっとだけ元気が出た。


「さて……」

 部屋の脇に立ち、深呼吸してから思い切って部屋を覗いてみる。


 部屋の真ん中に置かれた大きめの机。総司とクォーツが椅子に座り、そこで何かを一心不乱に書いている。


「藤原、このコマの台詞はどんな感じに書くべきだ?」

「『シンデレラ! 早くしないと納豆に牛乳入れるわよ!』でいいんじゃないですかね」

「なるほど」

「斎藤君、このページはなかったことにしてもいいですか? 全年齢向けなのに、とてもいかがわしい内容になってます」

「やめてくれ藤原! そのページを掻き上げるまでに何時間かかっ……アーッ!!」


 

 二人のやり取りを眺めるヘリオドールの目は濁り切っていた。

 彼らは書いているのではない。描いているのだ。何かの原稿を。


「魔女さん、あれはコミケに出す薄い本の原稿のようです」

「んなこたぁ言わなくても分かってるわよ……」


 夢云々ではなく、普通にやってそうである。人間の業を見ているような気がしてヘリオドールは思わず目を背けてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ