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142.防衛本能

 あら、可愛い。目が死んでるけど。

 それがヘリオドールの子供に対する第一印象だった。「可愛い」という部分は総司に似てるから、なんて贔屓目も含まれている。


 ヘリオドールの半分ほどしかない身長と、触れば柔らかそうな頬。庇護欲を掻き立てられそうな見た目だが、雰囲気は子供が纏うそれではない。


 まるで外見は子供なのに、中身は大人のような。そう考えてからヘリオドールはある推測に行き着いた。


「あんた……もしかして、総司君だったりする?」


 ここは夢の世界だ。総司がどんな姿をしていても不思議ではない。


 恐る恐る聞いてみるヘリオドールを子供はじっと見上げた。無言で。


(何かすごい悪いことしたような気分になるのはどうしてかしら……)


 普通、子供に見上げられたら「きゅん」とするものではなかろうか。こんな嘘発見器に調べられているような気持ちにならないはずだ。


「あ、ひょっとしたらあなたは外の世界からきたんですか?」


 やっと子供が子供らしい表情を見せた時だった。目を丸くして首を傾げてきた。


「外の世界から……うん、そんな感じ。入りたくて入ったわけじゃないけどね」

「なるほど。だから僕を知らないんですね」

「? あんた、総司君じゃないの?」

「僕は藤原君であって藤原君ではありません」


 きっぱりと言い放つ子供に、ヘリオドールの顔が能面と化す。思考能力が限界を迎えたためである。


 何言ってるのやら、この子供。凍り付くヘリオドールの様子に、子供はブランコに乗ったままの総司の膝をぽんと叩いた。


「この人が藤原君ですよ」

「それが……で、あんたは?」

「僕は藤原君の防衛本能みたいなものです。普段は決して現れません。藤原君が無防備になる夢の世界にだけ出てきます」


 子供の説明にヘリオドールは納得した。いや、するしかなかった。こういうことは深く考えてはいけないのだ。


 ただ、疑問なのは夢の世界で防衛本能とやらが出てくることだ。そんな危ないところなのかと辺りを見回す。


 公園の入り口から巨大な赤いドラゴンが現れた。


 周囲の空気を震わせる竜の咆哮に、ヘリオドールは絶叫した。


「ギャアアアアアア!!」


 赤い翼を広げたドラゴンはまっすぐこちらに向かってくる。

 魔法が使えないこの状況では、勝ち目はほぼゼロ%と言ってもいい。ヘリオドールは無我夢中で総司の体を揺らした。


「総司君! 逃げるわよ、総司君!?」


 ヘリオドールの呼びかけも虚しく、総司は全くの無反応だ。そうこうしている間にもドラゴンが近付いてくる。

 雄叫びを上げて迫りくる強大な魔物。もう駄目だ。ヘリオドールは総司を庇うように抱き締めながら目を閉じようとした。


 子供がその小ささからは想像できない高さまで跳躍する。ヘリオドールが止める間もなかった。


 眼前の獲物を喰らおうとするドラゴンに、子供は手にしていたモップで力強く殴りつけた。あの細い見た目とは裏腹に豪快な打撃音が響き渡る。


 ドラゴンの巨体が縦に真っ二つに割れて地面に落下する。白い雪の絨毯が鮮血で赤く染まった。


 唖然とするヘリオドールへ子供は駆け寄った。


「これが僕のお仕事です。時々大変ですけど、やりがいのある仕事だと思っています。時給が出ないのがちょっと悲しいです」

「バイト感覚でドラゴン倒すなよ」


 真顔でツッコミながらもヘリオドールは確信する。この強さとこのマイペースさは間違いなく総司の一部であると。


 それにしても、本体の総司が先ほどから反応を見せようとしない。まるで中身が空っぽになってしまったようだ。


 どこか遠くを見詰める姿に言い様のない不安を覚える。


「思い出しました。あなたは確か藤原君のバイト先の魔女さんですね。家を自分自身で爆破した……」

「いらない! 一言いらない!」

「魔女さん、藤原君に何かあったんですか?」


 子供が消えゆくドラゴンの死体を眺めながら聞いた。


「大抵の夢の世界なら藤原君はわりと楽しんで過ごしています。だけど、今は藤原君の様子もおかしいし、いつもよりもああいう怪物さんもたくさん出てきます」

「ふうん……異常事態が起こってるってこと?」

「そうなります。今まで夢の世界に雪なんて振らなかったのに不思議です」


 ドラゴンの死体が消えると雪を汚していた血も消滅した。元の混じりけのない白が蘇った。


 薬の影響だろうか。ヘリオドールは子供に自分がここにきた理由も含めて事情を説明することにした。


「所長の薬を飲んで。ほう、それは大変ですね」


 話を聞き終わった子供の第一声はそれだった。あまり大変そうには感じられない。


 だが、もたらされた情報は謎を解くヒントにはなったようだった。


「今、ここにいる藤原君は抜け殻の状態です。中身は藤原君が求めている記憶を探しに出ているみたいです」

「探しにって……どこに?」

「それは僕にも。でも、その影響で雪も降って、すごい怪物さんもぽこぽこ出てきているんだと思います。こんなこと、初めてですよ」

「……あんたって一応総司君の一部みたいなものなんでしょ? 心当たりとかないの?」

「……心当たり」


 子供はきょろきょろと周囲を見回した。


 ぽんっと可愛らしい音が二人の背後から聞こえた。


「ん?」


 振り向くと地面に丸い穴が広がっていた。覗き込んでみるが、暗くてどこまで続いているかも見えない。


 ただ、穴からは花の香りが微かに漂っている。


「……この中から藤原君の気配がします」

「えっ、ほんとに?」

「さすがにそれぐらいなら分かります。じゃあ、ちょっと見に行ってきますね」

「ちょ、ちょっと待った!」


 躊躇なく穴の中へ飛び込もうとした子供を、ヘリオドールは後ろから押さえ込んだ。


「どうしたんですか、魔女さん?」

「総司君の抜け殻ここに置きっぱなしにしてていいの? さっきみたいなドラゴンがきたら……」


 夢の中で襲われたところで所詮は夢だ。特に問題はないだろうが、意識のない総司が魔物に襲われる光景は想像するだけでキツい。


 自分も魔法も使えない。今頼れるのは、総司の防衛本能であるこの子供だけだ。


 縋るような視線を向けるヘリオドールに対しての、子供の返答は意外なものだった。


「大丈夫ですよ。もうここには怪物さんはいません。さっき僕がやっつけたので最後です」

「そう……なの?」

「怪物さんたちの目的は多分、藤原君に記憶を思い出させないことです。だから、今頃は藤原君を追いかけているかと」

「ええええええ!? それって総司君が危ないってことじゃない! 早く助けに行ってあげなきゃ!」

「でも、怪物さんにやられる藤原君は一生見れそうにないから僕見てみたいです」

「いやいや、総司君あんたでもあるからね!?」


 防衛本能とは何なのか。このままだと、どこかで彷徨っている総司を見付けたとしても、化物に襲われるところをのんびり眺めていそうだ。ここ最近で分かったことだが、総司は身近な人物ほど雑な扱いをすることが多い。


 それが夢の世界では自身も対象になっているような気がする。この防衛本能を名乗る狂気の塊を野放しにしておくわけにはいかない。


「私も……私も行く!」

「魔女さんもですか?」

「だって、あんた確実に総司君見殺しにしそうだもん」

「殺すところまでいったらちゃんと止めます」

「襲われた時点で止めなさいよ!」


 先行き不安なこと、この上ない。ぐったりとするヘリオドールだったが、突然子供に「魔女さん、しゃがんでください」と言われた。その通りにすると、帽子を取られてしまった。


「?」


 不思議がっていると、子供は帽子に付いていた雪を丁寧に払い落とし始めた。そして、再びヘリオドールの頭に被せた。


「行きましょう」

「あ、う、うん……」


 こんな弟が欲しい。ヘリオドールは本気でそう思いながら、子供が先に落ちていった穴に身を投げ込んだ。


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