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14.消えた新人

 翌日。ウトガルドでは日曜日。今日も総司は一日中こちらにいる予定になっている。

 ちなみに住民課課長の怠慢によって放置されていたあの大量の書類は、総司が帰る時間が訪れた時にはあと数枚しか残っていない状態だった。精霊をアシスタントに使うという反則技を行使したらしい。全て片付けた後、やり遂げた表情を浮かべるシルフ達と無表情でガッツポーズを決める総司に、ヘリオドールは何とも言えない気持ちになった。

 それはオボロも同じだったようで、彼にしては珍しく脱力しきった表情を見せていた。興味本意で近付くからだ、と言ってやろうと思ったが、未だに総司を理解しきれていない自分が言える立場ではないので止めた。


 とりあえず二日間オボロの手伝いをさせられる予定だった総司を一日で取り戻したので文句はない。今日は午前中は住民課に寄せられた出生届と死亡届を整理し終え、昼は街に出て食べに行く事になった。総司が来てからヘリオドールの負担は随分と減った。感謝のつもりである。


 二人で行くつもりだった。


(どうしてこの子とこいつまでいるの……)


 昼時になるとレストラン街や露天街は大きな賑わいを見せる。人の波に押し流されないように正面から歩いてくる冒険者を避けつつ、ヘリオドールは部下へ視線を向けた。少年は隣を歩くエルフの少女が人にぶつかりそうになると、自分の方へ引き寄せる事で阻止していた。


「大丈夫ですか、フィリアさん?」

「は、はい、ありがとうございます」


 至近距離で尋ねられたフィリアがこくこくと頷く。抱き締められているような体勢に頬が発熱したように紅潮しているが、嫌がっている様子はない。総司も美少女を抱き締めているような体勢でいるのに、いつも通りの顔をしている。

 端から見れば恋人同士の二人にもやもやとした気分になっていると、真横から脇を突かれた。苦い顔をしたオボロがヘリオドールに肘を突き出していた。


「い、いきなり何よ……」

「早くソウジに抱き着きなよ」

「!?」


 小声での要求は非常にぶっ飛んだ内容だった。この男はまだ総司がヘリオドールを好きだと思い込んでいるのか。赤くなるのを通り越して青ざめるヘリオドールにオボロが説明を始める。


「彼は僕が君に片思いをしていると勘違いしているらしいんだよ。しかも、君も無意識に僕を想っていると思い込んでいる」

「私があんたを? 総司君目悪いのかしら……」

「ああ、悪いね。だから君は早くその誤解を解くために本命にアタックしてきて」

「やかましい!!」


 総司の勘違いも相当だが、こちらも結構深刻である。いや、オボロの方はからかうために信じている振りをしている可能性が高いが。

 ならば、先に矯正するのはこっちかと総司の方を見れば、視線が合った。今の大声が気になったのか、フィリアも不思議そうにヘリオドールとオボロを見ていた。


「喧嘩してはいけませんよ二人共。もっと仲良くしないとゴールに辿り着けません」


 よく分からない発言ではあるが、とりあえず応援しているらしい総司にからかいの色は見られなかった。本当に何とかしなければまずい。ヘリオドールは危機感を覚えた。

 そう思ったのはオボロも同じようで、話題を変えるべくフィリアへ話し掛けた。


「そういえばさ、君はどうして僕達とご飯を食べに行く事になったの?」

「私はジークフリートさんに言われて」

「あの爺さんに?」


 本人が聞いたら間違いなく怒るだろう呼び名だった。


「『いつも仕事頑張ってくれてご苦労。お小遣いあげるからソウジと一緒に美味いものでも食べて来い』ってお金も少しもらったんです」

「意外と実年齢通りの年寄り臭い人だね、あの人……」

「完全におじいちゃんと孫状態だわ……」

「後でジークフリートさんにお礼を言いに行きましょう」


 ジークフリートが総司に恋をするフィリアの応援をするのには二つ理由がある。一つは本人が世話焼きな性格で、孫のような年齢の部下の恋を叶えてあげたいから。もう一つは総司が妖精・精霊保護研究課に好感を持つように仕向けるためだ。もし、二人が結ばれたなら総司も保護研究課に流れてくる可能性がある。ヘリオドールと総司はどの課にも属していない職員だが、行きたいと志望があればいつでも課に所属出来る権限を持っていた。

 総司といられるだけで幸せなフィリアは、上司の真心と思惑に気付いていないだろうが。


 堅物に見えて案外強かなのは長く生きているせいかもしれない。そんなジークフリートの部下はオボロに少し不安そうな眼差しを送っていた。


「どうしたの、エルフのお嬢さん。僕が何かした?」

「えっと、オボロさんが一緒にいるのは、オボロさんもソウジさんの事を……」


 恐る恐るといった様子のフィリアの言葉に、オボロがびくりと肩を震わせる。それを目撃したヘリオドールは瞳孔を開いてオボロの胸ぐらを掴んだ。

 オボロからは総司とヘリオドールが怪しい関係とされ、総司からはオボロとヘリオドールが両片思いだと思われている。そして、フィリアは総司一筋。かなり無茶苦茶な相関図も、今のオボロの反応で全て吹き飛んだ。


「オボロ……あんた……」

「馬鹿っ! 誤解だよ誤解! 僕はそういう趣味はないよ!!」


 とんでもない勘違いをされた事と、静かに怒るヘリオドールへの恐怖にオボロは鳥肌を立てた。


「じゃあ今の反応何よ」

「住民課もソウジを欲しがってるのがバレたと思ったんだよ!」

「あ、やっぱり住民課の人達もそうなんですか……」

「……ああ、そういう事」


 オボロが変な所で変な反応をするせいで恐ろしい推測をしてしまった。ヘリオドールは住民課のエースに一言謝ってから胸ぐらを離した。


「君の方がソウジにお熱じゃないか……あんなに怖い顔初めて見たよ。心臓止まるかと思った」

「お熱じゃないわよ! というか、住民課も総司君引き抜きたいの?」

「正確には君かソウジね。うち人手が足りないんだよ。前は君を住民課に入れたいって言ってたけど、ソウジが入ってきたから彼も十分に戦力になりそうだって話が出てる」


 初耳だ。ヘリオドールは何とも言えない気持ちになった。住民課に正式に入るつもりも、ヘリオドールと仕事がしたいと言ってくれた総司を手離すつもりもない。

 それと、オボロのあの妙なリアクションが気になった。住民課が総司を欲しているとしても、彼がここにいる理由にはならない。フィリアと違って好感度を上げるためではないようだった。

 今度は何を企んでいるのかとヘリオドールはオボロに問い詰めようとした。が、彼は不機嫌そうな、けれど困り果てたような表情を浮かべた。こんなオボロなど見た事がなかった。


「オボロ?」

「……ヘリオドール、君は僕の事をどう思う?」

「え? 腹黒狐野郎かしら」


 訳も分からずヘリオドールは素直に答えた。


「いい答えだね。じゃあ、お嬢さんは?」

「え!? 私ですか!?」

「思った通り答えていいわよフィリアちゃん」

「うーん……まだ若いのに仕事が出来るすごい人、です」


 フィリアの答えを聞いたオボロは頷いた。それから唸り声を上げながら顎を数回撫でた。


「そうだよね。大体は僕を貶すか仕事面を褒めるよねぇ……何で君はあんな事を……」


 オボロは口と指の動きをピタッと止めた。


「…………………………………………………」

「どうしたのよ。そんな間抜け面しちゃって」

「……ソウジがいなくなってるんだけど」


 総司の話題で持ち切りだったというのに、何故肝心の本人がいつの間にか消えている事に気付かなかったのだろう。消えた新人。ヘリオドールはオボロと共に溜め息をついた。

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