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139.原因発覚

 かつて魔王を葬った聖剣『菫青剣』の威力は絶好調であった。たった今、真っ二つにしたベッドは魔法を練り込んで作り上げた特注品だ。故に木造であるにも関わらず、鋼と同等の強度を誇る。

 それを容易く斬ったアイオライトを追いかけてきたクエスト課の職員が叫ぶ。


「やめてくださいアイオライト課長! まだ所長が悪いとは決まったわけじゃ……」

「オラァ!!」


 部下の説得も虚しく、アイオライトの猛攻は止まらない。空の青とも海の青とも表現しがたい光と共に、菫青剣から衝撃波が放たれる。

 それは使い物にならなくなったベッドの上で震える所長の頭上を通過し、後ろの壁に命中した。所長は無事だが、衝撃波をまともに喰らった壁の一部分が消失してしまった。

 隠し部屋がどんどん壊れていく。ヘリオドールとオボロは隅に退避して傍観するしかなかった。


((聖剣こえぇぇぇぇぇぇぇ!!))


 アイオライトの全身から放たれる殺気に当てられて呼吸がしづらくなる。美しい光を帯びながらも、怒りを纏う菫青剣はもはや魔剣に近い。


「アイオライトちゃん落ち着くんじゃ! ワシ、まだソウジには何もしとらん!」

「……まだ?」


 言葉の綾が今は命取りである。アイオライトの低い声が都合の悪い単語を器用に拾い上げた。

 いつもなら「まだって何だよ、所長~」と笑い飛ばすアイオライトはどこに行ってしまったのか。そこにいるのは冷徹な劔族である。


「ヘ、ヘリオドールちゃん助けて……!」

「無理無理! マジギレしたアイオライト怖すぎるもん!」

「もう駄目だ。この役所から他の職員を避難させよう。このままじゃアイオライトは所長を叩きのめすまで暴走を止めないよ」

「ぎゃあああああ! 待つのじゃ! 今月の給料大目にしてあげるからワシを見捨てないで欲しいのじゃ!!」


 オボロは既に所長を見捨てる気満々のようで、隠し部屋から逃げようとする。

 ヘリオドールも無言で彼に続こうとすると、所長室ににこやかに入って来る女性の姿があった。


「あらあら。楽しそうね、所長」

 リリスだった。彼女の背後にはやけに申し訳なさそうな表情をした黒いローブを着た女性もいる。

 所長はちょうどアイオライトに胸ぐらを掴まれている最中だった。お世辞にも楽しいとは言いがたい光景だ。


「リ、リリスちゃ~ん……ワシを助けて……」

「リリス、アタシの邪魔をすんな。このジジイには聞かなきゃなんないことがあるんだよ……」


 THE・修羅場。

 上司の豹変にクエスト課の職員も半泣きだ。ヘリオドールとオボロにもなす術なし。

 だが、リリスは強かった。その妖艶な笑みが崩れることは決してなかった。


「アイリィちゃん、それってもしかしてソウジちゃんのことかしらぁ?」

「……! 何か知ってるのか?」

「私って言うより……この人がね」


 そう言ってリリスが後ろに控えていた女性の肩を優しく叩く。女性はリリスに負けず劣らずの綺麗な顔立ちをしていたが、瞳に溜まった涙は今にも決壊しそうになっている。

 ヘリオドールも最初はアイオライトの殺気に怯えているからだと思ったのだが、所長の言葉でそうではないと知る。


「そこの美人ちゃんは……ワシとソウジが買った薬の店の店員じゃな」

「も、申し訳ありません!」


 女性は両目から涙をぼろぼろ流しながら、頭を深く下げた。

 突然の謝罪。その場にいた全員が、アイオライトですら虚を突かれた顔になる。

 リリスも困ったように眉を下げた笑みになっていた。

 困惑ばかりが満ちる室内。女性は絞り出すような声で語り始めた。






「やっぱりそうだったのね……」


 全てを洗いざらい話した後、静かに泣き崩れてしまった女性の背中をさすりながらヘリオドールは溜め息をついた。

 オボロは乾いた笑い声を上げ、先程まで暴れまくっていたアイオライトも大人しくなった。

 そして、所長はと言えば壊れたベッドの裏で膝を抱えていた。

 微妙な雰囲気が漂う室内に女性は目尻を指で拭って謝罪を続ける。


「私が薬を入れ間違えてしまったせいで、大変なことに……本当に申し訳ありませんでした!」


 総司と所長の薬をそれぞれ逆の小瓶に詰めてしまったことが全ての始まりである。

 つまり所長は無実。アイオライトは沈痛な面持ちで女性店員と共に所長に謝った。


「悪かった、所長……頭に血が昇ってしまって……」

「ええんじゃよ……アイオライトちゃんも店員さんも謝ってくれるならそれでええんじゃ……素直に謝ってくれる女の子ワシ大好きじゃから……」

「お、おう」


 どこか遠い目をしながら二人を許す所長に覇気はまるでなかった。注文した品物を間違えられた挙げ句、部屋を崩壊させられたのだ。本来なら烈火の如く怒っても許される案件であった。

 にも関わらず、菩薩のような表情の所長に普段の彼を知る面々は寒気を覚える。


「所長が壊れたわよ……」

「こっちも間違ってソウジが頼んだ薬飲んだからなあ……気の毒に」

「お互い、後でもっかい作ってもらうしかないみたいね」

「それがさあ……」


 苦笑いを口元に張り付けたオボロがヘリオドールの案を否定する。どうして、とヘリオドールが聞く前に説明し出したのはリリスだった。


「この薬、夢の内容関係なしに効き目があるのは一生の内の一回だけなのよ~」


 使用者が望む夢を細かく指定して体験させることは、その者の精神に深く干渉することを意味している。この魔法の効果を秘めた薬を何度も使ったとして、何らかの影響が及ぶ危険性はゼロではない。

 それを防ぐために一度飲んだら作用が二度と現れないように作られているのだ。

 これにより総司と所長は、それぞれ自分の見たい夢を見られなくなってしまった。所長が落ち込むのも無理はないだろう。


「……ちなみに所長はどんな夢が見たかったの?」


 何となく想像はつくが、一応ヘリオドールは聞いてみた。


「ヘリオドールちゃんとかフィリアちゃんとか……」

「え? 私とかフィリアちゃん?」

「アイオライトちゃんとかリリスちゃんとか可愛い子たちにモテモテになる夢を見たかったんじゃ……」


 やっぱりそれかい。歪みない所長の願望にヘリオドールとアイオライトはげんなりとした。

 それでも、ちょっと可哀想なので、敢えてスルーしてあげようとしていると、オボロが空気を読まずに破壊力のある一言を。


「キモ……」


 それはリリス以外の女性陣――――店員の女性ですら思ったことだが、言わずにいた感想だった。

 言うだけで言って隠し部屋から出て勝手に所長の机を漁り始めたオボロに、所長も生気を取り戻して叫ぶ。


「キモいとは何じゃあああああああああ!!」

「うわっ、急に復活した。あのまま大人しくしてもらってたほうがよかったのに……」

「男なら可愛い女の子や美人さんとラブラブになりたいじゃろうが! ハーレム作りたいじゃろうが!? お前だってそうじゃろ!?」

「えー……?」


 血走った目で訴える所長に引きつつ、オボロは暫し考え込んでから首を横に振った。


「僕は自分が好きだと思った女の子が一人いればいいかな……何人もいてもうざいし、扱いにくいし」

「きぃぃぃぃ少し顔がいいからって……ソウジと言い、どうしてこういう小僧ばかりちやほやされるんじゃ……」

「所長、オボロって顔はいいけど性格はよくないからちやほやされはないわよ」

「うるさいなあ。それにまだ諦めるのは早くない?」


 そう、所長は総司の薬を飲んでしまったが、ひょっとしたら総司も似た夢を指定しているかもしれないのだ。

 総司が倒れた原因が分かってホッとしたところで、オボロは彼がどんな夢を見たいかを知りたくてうずうずしていた。本人からは絶対に明かしてくれないし、どうやって聞き出そうかこの騒ぎになる直前まで策を練っていたのだ。

 結果的に所長がその夢を見ることになった。チャンス到来だ。


「ほら、ワンチャンあるかもしれないよ。早く寝てみなよ、所長!」

「ワンチャンって明らかに楽しんでるじゃろ!?」

「当たり前じゃん!」

「おいおい、お前本当に性格悪いな……」


 アイオライトもオボロに呆れた顔をしているが、止めようとはしない。総司の夢が知りたいからである。

 リリスもニコニコして見守っているだけだ。普段は思い切り所長を甘やかしているくせに、楽しめそうなイベントがあると所長を生贄に差し出す大胆な性格の持ち主である。


 だが、ヘリオドールだけは両手で口を押えて震えていた。彼女は聞いてしまったのだ。店員の女性から総司の指定した夢の内容を。話した女性もどこか顔色を悪くしている。


「オボロ……総司君が見たがった夢なんだけどね……」

「うん?」


  この事実を所長とオボロに伝えなければという使命感に駆られ、ヘリオドールは全てを告げた。


 その後は凄かった。アイオライトは「ひぃっ」と悲鳴を上げて耳を塞ぎ、オボロは吐き気を催してえづいた。

 リリスは「ふふふ、素敵ね」とにこやかに笑っていた。剛の者である。

 眠りに就いたらその夢を否応なしに見る予定の所長は、恐怖のあまり気絶した。総司監修の夢の世界へ旅立ってしまった。


「あ、この薬経費で落ちてるっぽい……しかも医務関係だ」


 そして、所長の机を調べていたオボロが不正な使い込みを発見したことにより、所長を起こそうとする者は誰もいなかった。


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