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138.可愛くなれる!

 総司が倒れたこと――よりもそれを見ていた二名の悲鳴により、食堂はざわついた。

 周りからの奇異の視線を無視してヘリオドールは総司を抱き起こす。脈はあるし心臓は動いている。死んでいるわけではなく、本当にただ眠っているだけだ。


「総司君? 総司君!?」


 問題は全く目覚めようとしないことだ。ヘリオドールが大きめの声で何度も名前を呼び、頬を叩くも反応らしい反応は返って来ない。

 叩く力が足りないのだろうか。混乱した頭でヘリオドールは一瞬だけ思った。総司が起きない理由がそんなものではないとはちゃんと分かっていたが。

 だが、現実逃避したくなる程度には、この状況はヘリオドールに大きなショックを与えていたのだ。


(落ち着いて、落ち着いて。どうして総司君が倒れたかを考えるのよ……!)


 部下の危機に立ち上がるのが上司。ヘリオドールは総司の直前までの行動を思い返してみた。

 そして、床に広がる毒々しい色の液体を見る。


(絶対あれだ!!)


 もはや確信に近い。

 ヘリオドールと同じ考えに至っていたオボロは薬の説明書を読んでいた。が、難しそうに眉間に皺を寄せる。


「おかしいな。これにはやっぱり即効性はないはずなんだけど……」

「え? 総司君が眠っちゃったの薬のせいじゃないってこと?」

「うん。ソウジは薬の使い方を間違えてなんかなかったんだ。そうすると、別の原因が……」


 紅茶以外に心当たりなんてない。ヘリオドールは総司の寝顔を眺めながら思考を巡らせた。

 ぽんっ、と脳裏に役所の最高権力者の顔が浮かんだ。その人物の名を声に出す。


「所長……そうよ、あいつよ」

「所長?」

「あいつも総司君と同じ店で薬買ってたじゃない! もしかしたら何か知ってるかも……」

「そうだね。じゃあ、ちょっと行ってみ……」

「ソウジく―――――ん!?」


 野太い声で総司を呼ぶ声が聞こえたのはその時だった。野次馬の群れから彼らを押し退けて鑑定課のオーガが現れる。


「ソ、ソウジ君!? どうしただ!?」

「私たちもよく分からなくて……でも、紅茶を飲んだら倒れちゃったの」

「紅茶!? 色がヤバいけど、これ毒じゃないだ!?」


 ブロッドは床の紅茶を見て顔を引き攣らせた。

 その反応を見て、オボロはよく総司はこんな物を飲めたなと感心した。そんな場合ではないとは分かっていたが。


「私たちは所長のところに行ってくるから、ブロッド君は総司君を医務室に運んでて!」

「しょ、所長? ソウジ君所長に何かされただ!?」

「いいから早く!」

「はい!」


 ヘリオドールの剣幕の凄さに、ブロッドは考えるのを止めて総司を抱き抱える。

 ヘリオドールとオボロも食堂を出て行き、残された職員たちの間では一つの話が爆発的な勢いで広まりつつあった。


「所長……前からソウジが気に入らないとは言ってたけど、ついに事を起こしたな」

「まだあんな若い男の子に酷いわね……」


 総司が倒れた原因は所長。その情報が確定したものとして、彼らの脳に刻み込まれる。

 そして、たった今食堂にやって来た人物の耳にも、話は入った。入ってしまった。

 瞬間、空腹と疲労も相成って『彼女』の機嫌は恐ろしい速度で急降下し始める。


「おい……ソウジがどうしたって?」

「ん? あ、アイオライト課長。大変なんですよ、あのウトガルドから来た男の子が……」

「知ってる。で、あのクソジジイはソウジに何したんだよ……!」


 食堂内の空気が凍り付く。

 何故ならそこには件の少年に恋をしているクエスト課の課長が、憤怒の表情で仁王立ちしていたからである。





「所長!」


 一方。その頃、ヘリオドールとオボロは所長室を訪れるも部屋主の姿はどこにも見当たらなかった。


「こんな時にどこ行ってんのよ、あいつ! 女のところに行ってんじゃないでしょうね!?」

「………………」

「オボロ?」


 舌打ちをしてから部屋を出ていこうとするヘリオドールだが、オボロが本棚を見て動こうとしない。


「いや、前に所長の部屋には隠し部屋があるって話を聞いたことがあって……」

「ふーん……」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「うおりゃあああああ!!」


 数秒の沈黙のあと、ヘリオドールは杖から電撃を放ち、本棚を破壊した。


「ちょっとおぉぉぉぉぉっ!? だからって壊すのは流石にアウトだろ!!」

「知らないわよ。私謎解き苦手だもの……」


 笑みを浮かべるヘリオドールには何故か哀愁が漂っている。

 そうか、謎解きが苦手なのか。いや、まあ、だからと言って所長の部屋のものを破壊してもいい理由にはならない。


「苦手なら僕に任せなさいよ! 何で自分だけでどうにかしようとすんの!? これで違ってたら僕のせいにされ……」

「ぎゃひぃぃぃぃぃぃい!?」


 所長の悲鳴である。それは粉々になった本棚の残骸の奥から聞こえた。

 オボロが覗き込んでみると、壁のはずであるそこには空間が広まっていた。なるほど隠し部屋である。

 あ、ほんとにあったんだ……とオボロは感心すると共に、度肝を抜かれることとなる。全身に鳥肌を立たせて。


「ベッ……ド……」

「な、何じゃお前は! 住民課の生意気狐じゃな!?」


 侵入者に怒りを露にする所長はベッドの上にいた。しかもシーツも枕も布団もベビーピンクで統一されており、ふわふわレースが可愛らしい天蓋付き。

 トドメを刺すかのように所長は、ベッドと同じカラーリングのパジャマを着用していた。

 セクハラが大好きなジジイがこんなメルヘンチックな部屋でお昼寝。悪夢だった。


「うわっ、気持ち悪っ! 何で部屋のど真ん中に無茶苦茶少女趣味なベッド置いてあんのよ!」


 オボロに遅れて隠し部屋に入ってきたヘリオドールも露骨に顔をしかめた。ベッドそのものは可愛く評価が高いのだが、配置場所と使用者が大問題である。

 よく見れば棚の上には、猫やら兎やらのぬいぐるみが置かれていた。ファンシーすぎてヘリオドールとオボロの中に、生まれていた嫌悪感は憐憫へとすり変わっていった。


「所長……いくら女の子に相手にされないからってぬいぐるみに走ることはないじゃないのよ……」

「せめて同年齢の友達作りなよ。無機質系はヤバいって」

「ヤバいって何じゃ!? 頭!?」


 本棚を本ごと破壊された思いきや、隠し部屋にずかずか入っきてベッドにいちゃもんを付け始める。更にぬいぐるみを見て哀れみの眼差しを送ってくる。

 様々なことが立て続けに起こっているせいで所長も動揺しすぎて、ツッコミのキレが悪かった。突っ込むべき場所はそこではない。


「ちゅうか、この部屋がこんなに可愛いのはリリスちゃんが考えてくれたからじゃ!」


 美しくて妖艶なサキュバスのハーフ考案のベッドルーム。

 可愛いものに囲まれてると自分も可愛くなれるのよ。と、リリスからあまりためにならないことを言われながらも作ってみたのはいいが、本当にためにならなかった。

 本日の所長はリリスのせいで、二度もあらぬ疑惑を抱かれることとなった。


「フレイヤのアーデルハイトちゃんといい、何で気の強い美人は隠し部屋の発見の仕方が豪快なんじゃ……」

「何であんたは隠し部屋なんて作ってんのよ。ここでリリスと何してんのよ」

「こんな爺さんの性事情なんてどうでもいいから、紅茶のこと聞こうよ……」

「ん? 紅茶ってワシとソウジが買った薬のことかの?」


 オボロの言葉に、所長はベッドの脇のテーブルに置かれていたティーカップを手に取った。その顔はどこか残念そうである。


「ふーむ……ソウジの薬もハズレじゃったのか」

「ハズレって何が? 私たちがあんたのとこに来たのは…」

「ワシの薬もおかしいんじゃよ。説明書にはちゃんと一口飲んだらすぐに眠りに落ちると書いておるんじゃ。なのに、全然眠くならんから……む?」


 所長はそこで言葉を止めた。ヘリオドールとオボロは顔を青くしながら口を開いたまま動かないからだ。


「ど、どしたんじゃ、二人とも……」

「ひょっとして……」

「ソウジが飲んだのって……」

「詳しく! ワシにも超詳しく!!」


 焦れたように所長がせがむ。

 彼に応えるように口を開いたのはヘリオドールだった。


「あのね……総司君ぶっ倒れたのよ。薬入りの紅茶飲んだら」

「えっ」


 所長も二人が何を言わんとしているか悟ったようで硬直した。

 どうしよう。歳も性格も違う三人はこの瞬間だけは全く同じことを思った。


 廊下から「課長やめてください!」と必死に制止する声が聞こえたのは、所長が静かにティーカップをテーブルに戻した時だった。

 課長? と三人が首を傾げると、青い剣を構えた少女が怒り狂った形相で隠し部屋に飛び込んできた。


「ソウジに何しやがったんだ、所長ぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ひゃあああああああ!!」


 アイオライトは勢いよく、メルヘンチックなベッドを一刀両断にした。所長にとってこの日最大の危機が訪れた。


ティターニアだったら多分、役所殴り壊してる。

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