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132.漆黒に燃ゆる悪意

 レヴェリーの手を総司は払い除けることもせず、その鮮血の色を宿した瞳をじっと見詰めていた。まるで彼女を受け入れようとしているようだった。

 鉄の臭いがこびりつくレヴェリーの指が首に触れた。その時だった。


「藤原!?」


 狂気を孕んだ静寂が破られる。二人が視線を向ければ、やや離れた場所に妖精を手に乗せた少年が立っていた。

 血相を変えてこちらに駆け寄ってくる少年を一瞥したあと、レヴェリーは最後まで抵抗しようとしなかった総司に微笑みかけた。その瞳は元の愛らしい桃色に戻っている。


「あんまりにも無表情だからちょっと驚かせたくなりました。ごめんなさい、ソウジ君」

「いえ……初対面の人に首を絞められそうになる体験なんて初めてだったので流石に驚きました」

「ふふ……」


 総司が指がほんの僅かに触れた首を何度も擦る。その様子をレヴェリーは愉しげに眺めていた。

 一方、二人のやり取りを不快そうに見ていたのは妖精を連れた少年、いやクォーツの方だった。悪びれもしないレヴェリーに敵意を剥き出しにして激昂する。


「冗談のつもりだったとでも言う気か? 俺はこの馬鹿者と違って、そこまで鈍くないぞ」

「冗談、じゃなかったら……私を斬りますか? ねえ、クォーツ王子?」

「……貴様はオーディンからの使者であり、俺と同じ身分の人間だ。個人的にはここで貴様を斬りたいが、そんなことを仕出かせば国同士の衝突は避けられん」

「自分の欲求より国の平和を優先出来る方ですね、あなたは。……あなたの父親と違って」


 女の言葉はクリスタロスへの遠回しの侮辱であり、クォーツに対する挑発だった。クォーツの掌の上で妖精がレヴェリーを怯えと怒りを混ぜた目で睨んだ。

 クォーツはそれに気付くと、息を小さくついてから総司の方を向いた。


「藤原、行くぞ」

「行くってどこにですか?」

「試食会に決まっているだろうが! 貴様が来いと言うからわざわざイベントを蹴って来てやったというのに、その言い方は何だ!?」

「……あのレヴェリーさんって人は斎籐君のお知り合いですか?」


 数秒前まではレヴェリーがいた場所に視線を向けながら総司が尋ねる。その様子にクォーツは眉をひそめた。傍目から見れば総司はいつも通りの無表情だが、十年も近くにいれば気付けるものもある。


「あの女はオーディンからの使者だ。しかも、オーディンの国王ロードナイト・レルアバトの娘らしい」

「あら、それじゃあお姫様だったんですね」

「……本当に娘ならば、な」

「?」

「俺はあの女を信用していない。貴様もそうだろう、藤原」

「わあ、こんなところにいたんですね、捜したんですよ」


 クォーツの話を一切無視して総司が妖精に気付いて話しかけ、曲がった羽を見て首を傾げた。


「どうしたんですか、この羽」

「ち、違うぞ藤原。俺はやってないぞ冤罪だ」

「分かっています。でも、君が女性に嫌悪感を示すところなんて初めて見ました」

「む……」

「君と付き合いたいって言ってた女の子が実は僕狙いだった時も、女の子は恨まないで僕を藁人形で呪おうとしたじゃないですか」

「ヒッ」


 何故、そのことを知っている。消し去りたい黒歴史を発掘されてクォーツの全身から冷や汗が流れていく。

 幸せの絶頂から突き落とされたショックが理不尽な怒りに変わり、藁人形を製作した小学生六年生の秋。人形に向かって思い切り釘を打ち付けたあと、罪悪感で二、三日眠れなくなった日々が蘇る。


「だ、だが、あれは結局貴様には被害は来なかっただろう。髪の毛とか体の一部を入れなかったせいもあるだろうが……だからノーカンだ、ノーカン!」

「来ないのは当然です。僕が急遽製作した藁人形とすり替えておいたんですから」

「ファ―――――――ッッ!? 何故作った!?」


 今、明かされる衝撃の事実にクォーツが驚き過ぎて腰を抜かした。


「ただ取り上げるだけじゃ君の怒りが溜まっていくだけだと思いましてね。ちゃんと君の髪の毛を混ぜておきましたよ」

「しかも、ガチっぽいの作りやがった! だから次の日のテストで15点取ったのか!!」

「呪いの力を過信しちゃ駄目ですよ。あれはただ君の頭がわる……どうしました、妖精さん?」


 さりげなく暴言を吐こうとしていた総司に妖精が声をかける。と言っても、妖精の言葉が分からないクォーツは必死そうな表情で、妖精が口を動かす様を見ていることしか出来なかったが。

 対して総司は何の反応も見せないので、どんな話をされているのか見当もつかない。


「おい、妖精は何と言ったのだ?」

「……あの人はとても危険。怒り、恨み、悲しみ、妬み。全ての感情を飲み込み、自分の力へと変えてしまった哀れな生き物。言うならば生者を道連れにしようとする死人そのもの。きっと、この世に存在してはいけない人。近付かない方がいい」


 総司の口から語られた妖精の言葉は、決して楽しい内容ではなかった。薄気味悪さすら覚える。

 クォーツの脳裏に浮かんだのは、先ほどまでここにいた女。


「そういえば、こやつは随分と慌てていたな。もしかしたらレヴェリーが藤原に危害を加えると思ったのか……いや、実際そうだが」

「首を絞められそうになったくらいで大げさですね。ほら、僕のことはいいから早く妖精さんの怪我を手当てしてもらいましょう。まだ捜し人も見付かっていないみたいですし」

「……捜し人?」

「十年前に試食会の会場で出会った子供を捜してるそうです。ちゃんと上手くやれてるかどうか心配みたいで」


 妖精を自分の掌に乗せながら総司が答える。しかし、妖精は総司を見上げると口を開いた。

 もう見付かったからいい。妖精の嬉しそうな表情での一言に総司は目を丸くする。

 クォーツは互いを見詰め合う友人と妖精を眺め、やがて気まずそうに視線を地面に落とした。




 中心部のとある一角に黒い鎧を纏った兵士が数人立ち、なにやら会話をしていた。ノルン軍の兵士の鎧は青みがかった銀色をしている。他国の兵であることは明らかだ。

 どうしてこんなところに、と街行く人もなるべく関わらないように黒兵を避けて歩いている。黒兵も自分らがこの街では疎まれる存在と認識していたが、特に憤りはしなかった。ただ、待ち人が現れるのを待つのみだ。

 やがて、その時は訪れた。常磐色の髪の女の姿が見えると、全員が安堵で口元を緩ませた。


「レヴェリー様、どうでしたか? この街は……」

「悪くはなかったわよ。予想外の出来事もあったけれど……」

「そうですか。では、ユグドラシル城へ戻りましょう。罪人を引き取りにいかねばなりませんぞ」

「そうね……」


 今日の風はやけに冷たい。そう思いながらレヴェリーは人差し指に髪を絡ませ、弄っていた。

 これからユグドラシル城に向かえば、漆黒の魔手のバイドンと暗黒竜ニーズヘッグの引き渡しの作業がある。難しくはないが、慎重にならなければならない。

 バイドンはいざとなったら替えが利くので何とかなる。だが、ニーズヘッグだけは絶対にオーディンに連れて帰る必要があった。今は肉体を失い、脆弱な蜥蜴に成り下がったあれでも大事な『材料』なのだから。


「お嬢さんや、お花はいらんかね?」


 レヴェリーへ一人の老婆が近付いていく。その手には彩り鮮やかな花が入った籠。どうやら花売りのようだ。

 兵士らが花売りを追い払おうとするのを止め、レヴェリーは篭から花を一輪取った。燃えるような赤い薔薇の美しさに笑みが零れる。


「じゃあ、これにしようかしら。いくら?」

「あんたは特別美しい。金などいりませんよ……」

「ふふ、ありがとう」

「フレイヤの国のアーデルハイトというハイエルフの大臣様もとても美しい方だったのぅ」


 老婆は淡い青色の花の茎を摘まみ、皺だらけの顔に笑みを作った。


「じゃが、その美しさが仇となって誘拐されたようで……可哀想に」

「私も聞いたことがあるわ。確か犯人は漆黒の魔手とかいう悪党集団で……」

「いんや、漆黒の魔手はあくまで黒幕の傀儡に過ぎんよ。それと……白いフードを纏った者が逃走したとかで」


 レヴェリーは眉をひそめた。それに構うことなく、花売りはレヴェリーの手を掴むと自分の方へ引き寄せた。

 老婆の瑠璃色の瞳が爛々と輝き、口角が吊り上がり三日月のような弧を生み出す。


「君でしょ? その白いフードの犯人って」


 次の瞬間、レヴェリーの手から黒い炎が放出され、花売りの小さな体をあっという間に飲み込む。

 しかし、それは数秒で消失してしまった。通行人や兵士が瞬きをする間に、黒い炎も花売りの姿もなくなっていた。

 今のは何だったのか。呆然とする彼らを余所に、レヴェリーは炎を放った手を見下ろした。

その手は透明な氷塊に包まれている。黒炎の威力を弱めるため、花売りが使用した魔法によるものだ。

 やはり、あの男だったかとレヴェリーは舌打ちをした。今回の計画で一番の障害である彼をやはりどうにかする必要がある。

 レヴェリーの氷浸けにされた手を見て驚愕している黒き兵士たち。彼らはレヴェリーと共にやって来たオーディンの兵士で実力もそれなりにあるが、いざとなったら盾になることぐらいしか使い道はなさそうである。


「とっととくたばってもらわないとね……老いぼれには」


 手から黒炎を出すことにより、内側から氷を溶かしながらレヴェリーはうっすらと笑った。






 そして、遠く離れた路地裏に、転移魔法によって飛んできた花売りの老婆は陽気に笑っていた。いや、陽気ではない。右手は焼け爛れ、額には脂汗が浮かんでいる。痩せ我慢、というものだった。


「くく……ははは……街中であんなヤバい魔法を撃つとかほんと、どうかしてますよ……」


 老婆の全身が白い光を帯び、銀髪の青年へと姿を変える。右手は大火傷のままだったが。

 青年――マフユは壁に凭れ、空を仰ぎ見ながら掠れた声で呟いた。


「さて……困ったことになったもんだ」


信用はしてるけど、信頼は一切していない友情。




あと、一、二話で今章も終わります。

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