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130.優しい手

118話に出ていた人ですね。

一ヶ月前の話ですから忘れてしまっても仕方ないというか、むしろ申し訳ございませんでした。

もっと早いスパンでこの辺りまで更新してればよかったですな。

「……どちらさまですか?」


 妖精が飛んでいった方向を見詰めたあと、総司はレヴェリーへと向き直った。その声色には小さな困惑が含まれている。彼女とは面識がないということになる。

 レヴェリーは総司の言葉に我に返ったかのように目を見開いた。そうして、人形を思わせる無表情を可憐な笑みへと切り替えた。


「ああ……すみません。人違いだったようです。私こそ周りの景色に夢中になっていて、前をよく見ていませんでした」

「そうでしたか……」


 総司の手に掴まり、レヴェリーが立ち上がった。

 周囲の人々は二人に構うことなく歩き続けている。立ち上がったばかりだというのにレヴェリーは後ろから走ってきた男と接触してバランスを崩してしまう。


「危ない危ない」


 総司が何とか彼女の体を支えて転ぶのを阻止した。


「ありがとうございます。この街には今日来たばかりであまり慣れていないんです……」

「どこかに行こうとしてました? 僕の分かる範囲であれば道を教えますよ」

「本当に? でも、私方向音痴だから迷子になりそうで……あ、そうだわ」


 レヴェリーは何か思い付いたらしく、申し訳なさそうにしながらも笑顔で総司へと両手を合わせた。お願い、のポーズだ。


「私とその場所までついてきてもらえませんか?」

「……ええと」

「あとでちゃんとお礼しますから。ね?」

「……ちょっと待っててください」


 総司は携帯電話を取り出して誰かに連絡を取ろうとした。だが、すぐに閉じてしまった。

 レヴェリーは目を丸くして首を傾げた。


「誰かに連絡、するんじゃなかったんですか?」

「いえ、充電切れになってしま……」


 総司はそこで言葉を止め、レヴェリーへと視線を向けた。

 今は役に立ちそうにない携帯電話をちらつかせて。


「『これ』、何か分かるんですか?」

「……ケイタイ、というものでしょう? 見たこと、ありますよ」

「……そうでしたか。友達に連絡すること出来そうにないので、あなたの道案内を優先しますね」

「あら、いいんですか?」

「まあ、何とかなりますよ。お名前、いいですか? 僕は総司っていいます」

「ソウジ君……いい名前ですね。私はレヴェリーと言います。オーディンという国からやって来ました」


 レヴェリーは穏やかに笑んで自己紹介をした。





 どうしてあんな恐ろしいモノがこんなところにいるのだろう。妖精は恐怖で動かなくなりそうになる体を叱咤してウルドの町を駆けていた。

 目指す先は役所。あそこにはヘリオドールを始めとした強い力を持った者がたくさん集う。

 “あれ”には何人も束になって迫ったとしても敵わないかもしれない。だが、何もしないよりはマシだ。早くしなければ、総司が“あれ”に殺されてしまうかもしれない。


「ハァッ……ハァッ……」


 やはりフレイヤと違って、この地は穢れが存在しているらしい。飛ぶ速度を少し上げただけで息切れを起こしてしまう。それでも休んでいる暇はない。早く総司を助けてくれる人を連れてこないと。


「おお、妖精だ!」

「!」


 その思いを踏みにじるかのように、通りかかった魔術師に体を掴まれる。逃がさないためか、まるで握り潰すかのような力だ。全身に激痛が走り、息も出来なくなる。


「………っ! ………っ!」

「へえ、随分苦しんでるけどいいのかぁ? このままじゃ死んじまいそうだぜ?」

「妖精の干物は粉末にすりゃ治癒効果の持つ薬になる。死んだところで何も困らねえよ。何より生きてると魔法を使われて厄介だ」


 魔術師は連れの男に説明したあと、更に手に力を込めた。

 殺される。そう思った瞬間、妖精の頭の中は真っ白になり、黄金色の瞳からは一筋の涙が流れた。


「何をしている」


 低い声と共に誰かの手が魔術師の腕を掴む。それは妖精を握り潰そうとしていた握力よりも強く、反射的に魔術師は妖精を手離してしまった。

 解放されたものの、羽が曲がってしまい飛ぶことも出来ず落下していく妖精を掬う手。痛みと酸欠で朦朧としながら妖精が見上げた先にいたのは、手の主だった。浅葱色の特徴的な羽織を着た

 総司と同じ年頃であろう少年は、妖精を労るように声をかけた。


「すまん。人間が酷いことをしたな」

「…………………」


 妖精が涙で濡れた瞳を大きく見開く。


「あ、あなたは何で……!?」


 邪魔をされた魔術師は怒るどころか、顔を蒼白にさせていた。魔術師の横行を笑って眺めていた連れの男は慌てて逃げ去り、周りにいた人々も少年の出現に足を止めて彼らを注目する。

 相方に逃げられ、絶望的な立場に立たされている魔術師に少年――クォーツがため息をつく。


「ノルンでの妖精の殺害は禁じられている。こんな街中で堂々とやろうとする馬鹿がいるとはな」

「ク、クォーツ王子! これにはわけがありましてっ」

「貴様と逃げた奴の会話を聞く限りではそこまで切迫した理由はないようだがな。妖精を殺そうとしていた貴様の顔はとても愉しそうだったぞ」


  図星だった。反論出来ずに後退りをするばかりの魔術師と、王子という高い身分を持つ少年の言葉。

 野次馬と化した通行人の敵意に満ちた目が魔術師へと向けられる。逃げるにも背後には野次馬が壁の役割を果たしているので、それも叶わない。

 打つ手なしとなった魔術師が最後の手段として、跪き赦しを乞おうとする。


「お許しください、クォーツ様! どうかお命だけは……」

「……立て。二度とこのような下劣な真似をするな。それだけで構わん」

「ほ、本当でございますか!?」

「今日、この街では食い物を食う催しがある。命がどうこうと血生臭い話をするつもりはさらさらない」


 とっと行け。クォーツがそういうと魔術師は何も言わず、野次馬の群れを無理矢理掻き分けて走り去って行った。国で定められた法を次期国王であるクォーツの前で破ろうとしたのだ。

 クォーツがここであの魔術師を赦したとしても、本人には今回の出来事が一生心に居座ることとなるだろう。もう彼はこの国にはいられないかもしれない。


(王子という身分は使い方に注意しなければならんな)


 苛立ちに任せて舌を打つ。勿論、罪を犯した自覚とそれに相当する罰も必要だとは思っている。

 だが、あの魔術師は妖精殺しそのものではなく、クォーツに咎められたことに恐怖していた。クォーツにとって決して喜ばしいものではない。

 それでは意味がないのだ。


 先日のように変装してくるべきだったと後悔しながら、掌の上で大人しく妖精を見下ろす。


「貴様も災難だったな。森に返す前に手当てをしてや……ん!?」


 妖精がハッとした顔をしてから、折れ曲がった羽で飛ぼうとする。クォーツは慌てて、もう片方の手で妖精を弱い力で掴んだ。


「待て、俺は貴様をどうにかするつもりはない! ただ、手当てをするだけで」


 害を与えるつもりはない。そう説明しようとするクォーツに、妖精が首を横に振ってから前方を指差す。

 クォーツには妖精の言葉は分からない。分からないが、何かを必死に訴えているように見える。


「な、何だ? 貴様の指が差している方向に何があるのか?」


 先ほどの威厳のある雰囲気はどこかへ吹き飛び、年相応の表情でクォーツが尋ねる。すると、妖精は勢いよく頷いて、ぺちぺちとクォーツの掌を叩いた。

 この前の黄金猫と同じ流れになっているのは気のせいだろうか。事情は知らないが、とりあえずクォーツは走り出した。


「あまり時間はかけさせるなよ! 俺も待ち人がいるのだ! 俺はこれ以上あいつに怒られたくないのだ!」


 だったら妖精に構わず、そちらを優先すればいいのだが、それが出来ないのは彼の甘さ故だ。通行人の間を潜り抜けていくクォーツに皆が呆然とする。


「クォーツ王子……ああいう性格だったのね……」

「なんか意外……」

「でも、なんか面白いな」


 クォーツが垣間見せた素の部分に人々は十人十色の反応を見せたが、さほど悪い話は聞こえてこない。

 良かった。クォーツの両手に包まれながら妖精は安心していた。

 彼が国民に慕われていることに。


 ……十年前、あんなに暗い表情を浮かべていた彼が元気でいてくれていたことに。

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