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128.焚き付ける

 別の本屋でも、どこか鬼気迫る表情でお菓子コーナーに立つ可憐なエルフの姿が一人。

 これじゃないあれじゃないと悩みながら一冊一冊ページ捲る光景に、店員が何らかのアドバイスを与えるべく近付こうとする。


「ああ、すまない。あの子のことは気にしないでくれ」


 それをやんわり止めたのは銀髪の美青年だった。あのエルフにお似合いの容姿の持ち主である。


「お客さん、あの子の彼氏ですか?」


 と、店員もつい勘繰ってしまう。あの少女と二人で街に出る度に必ずこんな質問をされる。

 青年は苦笑気味に笑いながら顔の前で手を横に振った。


「まさか。単なる上司と部下の関係だ。そもそも俺とあの子とでは歳が違いすぎる。そういう対象で彼女を見たことすらない」

「ほう。そうすると、あのエルフさんにはちゃんとしたお相手がいるんですな?」

「片思いだけどな」


 彼らとフィリアの距離はそんなに離れていないのだが、今のフィリアには二人の会話など全く耳に入っていなかった。


(パイ……美味しいパイの作り方……!)


 ヘリオドールとフィリア。二人の乙女が躍起になってレシピ本を読みまくるのには、れっきとした理由がある。


 事の発端は昨日。試食会の打ち合わせに参加する職員や農家の人間が集まった時のことであった。


「えっ、何これ!?」


 ヘリオドールの素頓狂な声。

 食堂で打ち合わせは行われたのだが、テーブルには試食会で調理される野菜や果物が載せられていた。が、食堂の職員ですら見たことのない作物ばかりだった。


 まずはキャベツほどの大きさをした浅葱色の花の蕾のような物体。それに熱湯を少量垂らすと花びらの部分がたちまち赤く色付き、一分もしないうちに咲いてしまった。

 これは花びらが食べる部分らしい。かじってみると表面はパリッとした食感で、トマトのような味をしていた。


 それから鬼灯と酷似した植物。これらは赤、青、黄など様々な色をしていたが、職員たちをさらに驚かせたのは、切り込みを入れて中を開いた時だった。

 実と同色でありながら、半透明の小さな玉が出てきた。まるで宝石のようなそれを口に含み、噛むと玉は簡単に潰れて甘い汁が飛び出してくる。


 他にも見たことのない食材ばかりだ。珍しさにざわつく中で、フィリアが総司に小さな声で話しかける。


「これ……前にパラケルススに行った時、エリクシア様に食べさせてもらったものばかりですね」

「そうみたいですね。あの人たちはパラケルススで作ってるんでしょうか?」

「ん? あんたらこれがパラケルスス原産って知ってんのかい?」


 総司とフィリアの後ろを通りかかった農家の一人が感心したように言う。エリクシア云々という部分は聞かれていないらしく、フィリアは安堵のため息をつく。パラケルススに行ったことを知られてはいけない気がしたのだ。


「まあ、原産って言っても俺達にも本当かは分からねぇんだ。妖精にも聞けないしな」

「どういうことですか?」


 何か含みのある発言をした農家にフィリアが首を傾げた。


「ここにある珍しい野菜だの果物は、全部元は妖精が育てていたものを研究して品種改良したもんなんだよ」

「えっ、この子らそんなことしてたの?」


 ヘリオドールも話に加わってきた。彼女の頭の上に乗っている妖精はどうだ、と言わんばかりに鼻を鳴らしていた。


「ただ、人間が作るとなると結構大変なんだよ。あげる水は水の精霊ウンディーネに浄化してもらった上等なものだけ。土も土の精霊ノームが手入れしたやつじゃなきゃ芽も出さねぇ」

「うわっ、そりゃ大変ね」

「ウルドつーか、ノルンで作んのはちと大変な作業だ。何度か諦めようかとも思ったぜ」

「でも、結局諦めなかったんですね」

「へへ……どうしても完成させたくてなぁ。いざ出来てみれば味もよし。妖精たちにゃ感謝してるよ。こいつらがいなかったらこんな美味いもん作れなかった」


 農家の屈託のない笑顔を向けられ、妖精はヘリオドールのとんがり帽子の中に隠れてしまった。どうやら照れているようだ。

 農家の人間は皆おおらかな性格の持ち主だった。だからこそ、自然と人間が本当の意味で共存出来ないものかと悩んでもいる。

 森で育ったヘリオドールやフィリアにとっても決して他人事ではない話だ。明後日の試食会を成功させ、一人でも多くの人間に自然の尊さを感じてもらいたい。

 そのため、精霊の助けがなければ育てることが不可能である―――ここにある作物は今回の試食会ではかなり重要視されてくる。いくら美味でもっと食べたいという声があっても、作れないと意味がない。


「政治に興味なかったり、自国の野菜奴じゃなくても食べれるなら何でもいいって奴もいるものね。そういう連中には有効かも。自然が駄目になったら作れない作物を出すのは」

「自国の野菜じゃなくてもかあ……そういう奴らがいんのは辛いねえ」


 ヘリオドールの言葉に農家は苦みを含んだ笑みを見せた。

 悪いことを言ってしまったと決まりの悪そうな顔をするヘリオドールに気付いて、すぐにその表情を消したが。


 とまあ、少しばかり重い空気も流れたりしたが、打ち合わせは始まった。当日のスケジュールの説明の他、出される料理を作ってみたりもした。野菜はこのために持ってきていたのだ。

 講師は農家だ。作り方は簡単なわりに非常に美味で、特に食堂の職員を驚かせた。


『料理は時間や手間をかけなくても美味しいものが作れる』


 という講師の発言にも妙な説得力があった。


 そして、使い終わった食器や調理器具も洗い終わり、皆がぞろぞろと帰っていく。総司はオボロがまだ役所に残っていると知ると、住民課へと向かった。

 最近オボロはウトガルドの世界情勢や政治に興味があるらしく、総司が新聞を届けている。ついでに総司にウトガルドの文字も教えてもらっているようだ。

 総司やヘリオドールが二つの世界を行き来する時に使う鍵には、異世界の言語を瞬時に翻訳出来る機能が備わっている。それを一時的に借りれば文字の勉強などしなくてもいいのだが、『家に帰ってもやることないし勉強でもするよ』が本人談だ。

 オボロは頭の回転は早い。既に日本語で使用される平仮名と片仮名は習得している。ヘリオドールはむしろ英語の方が簡単だと思っていたが、彼には日本語が向いているようだ。漢字を見ても魔法陣のようで面白いと末恐ろしいコメントを残していた。


(私なんて一人で日本語マスターしたってのに……)

(私もソウジさんに向こうの世界の言葉教えてもらおうかな……)


 ヘリオドールとフィリアがオボロに羨望と僅かながら嫉妬を抱いていると、ふくよかな体系をした農家の女性がにやにやしながら近付いてきた。


「お嬢さんたち、どちらがあの男の子のイイ人なの?」

「私は違うわよ!」

「私も違います!」


 顔を赤らめて否定してから、ヘリオドールとフィリアは互いを見つめ合ってから内心安心した。肯定されなくてよかったと。

 女性はそんな二人の顔を見て、くすくすと笑った。


「分かりやすいわね、二人とも」

「分かりやすいのはフィリアちゃんだけ! この子なんて総司君に一目惚れしたんだから!」

「ヘリオドールさんだってソウジさんが他の人といるとちょっと嫌そうな顔してます!」

「あ、あらあら、落ち着いて」


 予想以上に白熱した言い合いが始まり、そこで女性も制止の声をかける。

 他人の恋愛ごとに首を突っ込むのは楽しいものだが、限度は考えなくてはならない。自分のせいでこの二人の仲にヒビが入るのはよろしくない。


「そうね。どっちもあの子の彼女ではないのね」

「そうよ!」

「そうです!」


 しかし、息は素晴らしいまでにぴったりである。女性は吹き出しそうになった。


「からかってごめんなさい。お詫びにいいこと教えてあげる」

「いいこと? 何それ?」

「かつてエイプリル王妃は試食会に参加して焼いたパイをクリスタロス王に食べさせたことがあったの。クリスタロス王は大層喜んだそうよ」

「ふむふむ」

「以来、試食会で手作りパイを好きな人に食べさせると想いが実るって話が……ん?」


 女性が言い終わる前にすごいスピードでヘリオドールとフィリアが食堂から出て行った。

 えっ? と困惑する女性に、ヘリオドールが妖精がいるため遠くから眺めることしか出来なかった男が慌てた表情で駆け寄ってきた。


「あの二人を焚き付けるのはやめてくれ! 何仕出かすか分からないんだから!」

「ジ、ジークフリートさん?」


 ジークフリートの杞憂は見事的中する。

 翌日、ヘリオドールとフィリアは昼休みになると本屋に向かい、仕事が終わったあとも本屋に向かった。パイの作り方を求めて。


 果たして彼女たちは美味しいパイを作れたのか。

 それは試食会当日に明らかとなる。

ヘリオ「オボロって根は真面目キャラなんだろうけど、この話の男って根底は真面目だけどアレな奴ばかりじゃない。あんたを筆頭に」

総司「僕、多分あまり真面目じゃないです」

ヘリオ「あー……」

総司「あれ、否定されない」

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