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127.気になるらしい

「母上! 父上! これを見てください!」


 そう言って二人に見せたのは野に咲く花で作られた冠だった。城で働くメイドの子供からもらったものだ。

 王子にこんな粗末な物を渡すなとメイドは怒っていたが、自分にはそれが全く粗末には見えなかった。自分のために作ってくれたというだけで、とても尊いものに見えた。

 頭に被った花冠を見て母は小さく笑い、父は力強く頷いた。


「とても似合ってるわよ」

「お前も将来はそんなものよりも重みがあり、価値もある冠を被ることとなる。今の内に訓練しておくのは悪くないぞ」

「く、訓練?」

「あなた、こういう時は素直に似合ってると言うものよ。まだ子供なのに難しいことを考えさせちゃ駄目」

「ふむ……それもそうか」


 母に指摘され、父は軽く咳払いをしたあとぎこちないながらも笑みを見せてくれた。


「よく似合ってるぞ……」

「はい、ありがとうございます!」


 あの頃は王子や王族というものが何なのかよく分かっていなかった。とりあえず両親はとても偉い存在で、その子供である自分も将来は同じような人になるということは理解していた。

 だが、偉いことはあまり嬉しいことではなかった。他の子供たちと遊べないし、父と母以外の大人にはどこかよそよそしくされた。皆、王子だからという理由だけで自分を避けていく。

 こっそりと街に出て子供たちと遊び、あとで見付かれば何故か自分ではなく、その子供たちが大人に責められていた。


 どうしてなのかと聞けば、母はほんの少し悲しそうな顔をした。普通の子供のように生きられないのも嫌だったが、母のそういう表情を見るのはもっと嫌だった。

 だから、普通の子供のように生きるのは駄目なのだと自分に言い聞かせることにした。母と父を困らせて嫌われてしまったら、もう誰にも愛されないと知っていたから。


 我慢した。寂しくても耐えた。その内、自分がどういう立場の人間なのかもはっきりと理解もした。


「エイプリル王妃……どうしてこんなことに……」

「まだ幼いクォーツ王子を遺して亡くなられてしまった……」

「不治の病だったとはいえ、早すぎるではないか……」


 痩せ細り、青ざめた母が黒い棺の中へ収められていく。

 母は病で死んだ。涙は流れなかった。いや、流せなかった。肉親が亡くなったとはいえ、泣きじゃくっていては王子として示しがつかないと城の者に言われたからだ。


「私と来て欲しい場所がある」


 父にそう言われて部屋から連れ出されたのは真夜中だった。母が亡くなってから初めて父に声をかけられた気がした。父は母が棺に入る直前までずっと側にいたから。

 向かったのは城の地下室だった。ユグドラシル城の下には罪人を閉じ込める牢獄があるとは聞いていたが、そちらとはまた違う場所のようだ。

 冷たい空気に身震いを起こす。


「父上、ここは一体何なのですか……」

「時折、エイプリルが作ってくれたパイはとても美味しかった」

「……父上?」

「私の誕生日の時、お前は厨房の者を困らせながらもクッキーを焼いてくれた。砂糖と塩を間違えたようで食えたものではなかった。食えたものではなかったが……美味しかったとエイプリルと笑いながら食べた」


 父の抑揚のない虚ろな声が薄暗い地下に響き渡る。恐ろしい、と肉親に対して抱くべきではない感情が生まれていく。


「私とお前……そして、エイプリル……またこの三人で笑い合う日が来ると私は信じている。それを叶えるためなら、私は生命を授かりし全ての者に与えられた死という終焉をも克服してみせる」

「お待ちください、父上。一体何の……」

「着いたぞ。ここだ……」


 血のように赤い扉の前に立ち、父が鍵を開ける。引き攣れた音を上げながら扉がゆっくりと開かれていく。

 脈打つ心臓の音が聞こえる。いや、違う。これは時計が時を刻む音だ。無数に置かれた時計からカチ、コチと無機質な音が発せられている。


 そして、そこには。




「ひっ……!」


 クォーツが目を覚ますと、目の前にはうっすらとした闇が広がっていた。

 自分はまだ夢を見ているというのか。焦燥感に駆られながらも周囲を見回す。

 そこは学校の視聴覚室だった。スクリーンには小学生が墓場へ肝試しにやって来た映像が映し出されている。ここで部活動という名の映画鑑賞をしていたと思い出す。


「ふ……藤原?」


 だが、隣にいたはずの男の姿がいないことに気付き、クォーツは椅子から立ち上がるともう一人の部員を求めていた。


「どこだ、藤原!」


 照明を点けて室内を捜し回るが、その姿はどこにも見当たらない。

 あの男はいつもなら映画が終わるまでずっと視聴覚室にいる。出て行くことなどほとんどない。

 何かあったのではないかとクォーツは廊下に飛び出そうとする。


「そ……!」

「何かあったんですか、斎籐君」


 開いた扉の前に立っていたのは、ペットボトルを手にした総司だった。安堵のため息をついたあと、クォーツは自らの動揺を悟られないように笑みを顔に貼り付けた。


「ふ、ふん。今回の映画のジャンルはホラーだ。俺が寝ている内に貴様は恐れをなして逃げ出したのか。脆弱な奴め」

「この映画って一人で観ていると、首がない女の子の霊が出てきて、その人の首に自分の血を塗り付けるって噂があるんです。その様子だと出なかったみたいですね」

「えええええっ!? ちょっと何なの、ぶっ殺すよ!?」


 寝ている人間を実験体に使うとは言語道断である。この男ほど恐れという言葉が似合わない者もそうそういない。

 慌てて自分の首を確認するクォーツに総司がペットボトルを差し出す。


「せっかくだから買ってきました。実験のバイト代だと思って受け取ってください」

「こんな命懸けのバイト面接どころか志望もしてないぞ! でも、ありがとう! 喉は渇いてた!」

「そんなに騒げば喉も渇きますよ」


 お前が言うなと思いつつ、クォーツはペットボトルを開けて中身を飲み始めた。

 その様子を総司にじっと見られ、クォーツは眉をひそめた。


「俺の顔に何かついているか?」

「顔色が悪いですね。嫌な夢でも見ましたか?」

「……いや、そんなことはない」


 目ざとい奴めと内心毒付きながら、クォーツは首を横に振った。明るくなったせいでやや見えにくいものの、スクリーンにはクライマックスのシーンが映されていた。

 墓の下から現れたゾンビの大群をUFOが無数のレーザービームで駆逐している最中だった。青い空の下で。


「爽快ですね。……僕の中で映画化決定です」

「ホラーがここまで爽快になってはならんだろ。しかも、もうこれ映画ではないか」

「でも、ヘリオドールさんも面白いって言ってましたよ」

「む……」


 総司の口から飛び出したアスガルドの魔女の名。それを聞いたクォーツが素早く反応した。

 先日のように鼻血こそ出さなかったものの、やはりヘリオドールが気になるようでそわそわし始める。友人のあからさまな態度を目にした総司の眼差しに冷気が僅かに宿る。


「そんなに会いたいなら明日試食会に来ればいいじゃないですか」

「いや、しかし……明日はレアアイテム入手イベントが……」


 ネトゲに精神を蝕まれ、現実世界への興味が失せつつある若者がここに一人。


「ん? 貴様が昼飯の時に言っていた妖精に懐かれた女も確かヘリオドールだったな」

「ですね」

「貴様は何故かは分からんが、妖精の言葉が分かるのだろう? ヘリオドールの部屋に繭を作った理由は聞かなかったのか?」

「聞きましたし、妖精さんも答えてくれましたよ」


 総司は即答した。


「どんな理由なのだ? どんなことか俺も気になるのだが……」

「昨日、試食会の打ち合わせに行った時もヘリオドールさんに聞かれまくったんですけど、僕は答えることが出来ません。というより、何だか真実に伝えるのが申し訳なくて……」

「何だ何だ。まさか卑猥な理由ではないだろうな! 一人でそんな深刻な話を抱え込むなんて水臭いではないか!」

「違います」


 異様に興奮し始めたクォーツに詰め寄られても総司が怯む様子はこれっぽっちもない。

 彼の口はダイヤモンド級に堅い。良からぬ妄想をしてテンションを上げるような短絡的な高校生に敵う相手ではない。

 ちくしょうと呻くクォーツはわりと本気で悔しそうに床を蹴った。


「あ、フィリアさんってエルフの女の子も試食会には来ます。良かったですね、パンダが好きらしいですよ」

「えっ……エルフなら美人だろうから大歓迎だが、パンダ好きと言われても反応に困るぞ。俺もパンダは可愛いから好きだが」

「僕はレッサーパンダも好きです」

「パンダと言えば昼に売店で買った胡麻団子は美味かったな」


 彼らは時折、こうしてツッコミ不在のゆるふわな会話をしながら十年間友情に築いてきた。




 そして、その頃のウトガルドでは。


「うーん……これはあんまり。ていうか、私にはちょっとハードル高いわ……」


 本屋でお菓子のレシピ本を漁るヘリオドールの姿があった。

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