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123.おうちに行こう

おひさー。

 部屋に奇妙なものが棲みついた。どうしたらいいか分からず、放置するしかなかった。さっき帰ってみたら大変なことになってて慌てて飛び出してきた。

 自分よりもそういうのに詳しそうな人物に調べてもらいたい。

 慌てふためくヘリオドールから何とか聞き出した様々な情報を繋ぎ合わせると、どうやらそういう話になるらしい。パニック状態の上司からの供述を事細かにメモに纏めた総司は納得するように頷いて、白羽の矢が立った人物へ視線を向けた。


「というわけでジークフリートさん」

「拒否権を発動する」


 ジークフリートが近くにあった書類の束で顔を隠した。それを総司が「アンチ拒否権で拒否権コマンドを無効化にします」と言って、書類を勢いよく投げ捨てる。非常に精神年齢の低いやり取りである。

 ならば、強引に脱出するのみだ。駆け出したジークフリートが窓から飛び降りようとすると、足に何かががっしりとしがみついた。

 号泣するヘリオドールだった。かつては魔王軍相手に勇敢に戦った元戦士が「ウワアァ」と上擦った悲鳴を上げた。


「何でよジークフリート! あんた私に何かあったら相談に乗ってくれるって言ったじゃない~~~~~!!」

「言ってない! そんなこと俺は一言も言ってないぞ! それはお前の脳内に住んでいる優しい俺が勝手に言ったことだ!」


 実は言うと「そんなこと言ったような言わなかったような」的な記憶なのだが、敢えてそこには触れない。あの魔巣にまた向かって死ねと言うのか。酷いぞ老人虐待だ。


「離せぇぇぇぇぇ!!」

「あんたが頷いてくれるまで離してあげない!!」

「ヘリオドールさん、落ち着いてください。ジークフリートさんが困っています」


 しばらく傍観していた総司がようやくヘリオドールを宥めに入る。ヘリオドールも部下の前であることを思い出したのか、ジークフリートの足から離れて涙を拭った。

 解放された老人は死んだ目で仕事を再開し始めたアイオライトの元へ避難していた。


「総司君……私もうどうしたらいいか……」

「弱気になるなんてヘリオドールさんらしくないですよ」


 項垂れるヘリオドールへ語りかける総司の声はどこか優しい。


「正体が分からないなら分からないうちに燃やせばいいじゃないですか」

「ちょ……お前それは駄目だろ!!」

「何いきなり最終手段に出ようとしてんだ!?」


 総司のあまりにも大雑把な解決法にジークフリートとアイオライトからツッコミが入る。

 考えようによって適当でしか提案にヘリオドールも赤く腫れた目で少年を睨み付けた、


「そんなの一番最初に試したわよ! 最大火力で!」

「あら、試して駄目だったんですか。それじゃあジークフリートさんに頼るしかないですね」

「そうでしょ!?」

「というわけでジークフリートさん。もう一度ヘリオドールさんにしがみつかれてください」

「何だ、この展開!? お前たち絶対に事前に打ち合わせしてただろ!?」


 ヘリオドールに近寄られ、後退りをしながらジークフリートが首を横に振りまくる。

 同僚の叫びを聞きながらアイオライトは思った。総司って時々対応が驚くほど雑になるよなぁ、と。


「あ、あの……ジークフリート課長!」


 この惨状の中に響く天使の声。元凶を連れてきたフィリアが挙手をした。


「私も行きますから課長も来てください! お願いします!」

「フィリア!?」

「フィリアちゃん!」


 敵は身内にいた。何だかんだで部下には甘いジークフリートは更に顔色を悪くし、思わぬ援軍にヘリオドールは明るい笑みを浮かべた。

 彼らの正反対の反応にフィリアは少々たじろきつつ、発言の真意の説明を始める。


「えっと……実は魔女さんのお家ってどんな場所なんだろって気になってまして……」

「あ、それでヘリオドールさんの自宅に行ってみたいんですね」

「全然関係ない理由ですみません……」

「いいわよフィリアちゃん! 味方が一人増えただけでも嬉しいわ!」


 感極まったヘリオドールがフィリアに抱き付く。

 ジークフリートが助けを求めるようにアイオライトへ視線を向けるも、ものすごい勢いで逸らされた。他のクエスト課の職員も気まずい表情で無視を決め込んでいる。

 味方がいない。万事休すか。


「ジークフリートさん、僕も行かせてください」


 呆然とするジークフリートの肩を優しく叩いた者。それは総司だった。

 ヘリオドールをけしかけた責任を感じているのだろうか。なんて清らかな心を持った少年だ。ジークフリートは彼の思いに胸を打たれた気分だった。


「何だか楽しそうなので」

「お前単に面白がっているだけだろ!!」


 前言撤回。この少年が一番タチが悪かった。




「きゃー! ジークフリートさんよ!」

「今日も凛々しくて素敵だわぁ……」


 町行く女性が銀髪の美青年へ恋慕の視線を向ける。慣れているとは言え、好きでもない異性に言い寄られるのは気が重い。ジークフリートは控えめな笑みで手を振ると、足早に寮へ向かった。

 かつてはマイホームがあったヘリオドールだが、ダイナミック清掃により今は跡地が残るのみ。現在は役所の職員専用の寮に住んでいた。

 そのヘリオドールはと言えば、三人も家に来ると言うことで軽く掃除をしたいと先に帰ってしまっていた。俺も帰ろうかな、とジークフリートは思いながら、声を枯らして結婚してと絶叫する女性の肉食獣のような目つきに胃を痛めた。

 そして、そんなモテたくないのにモテる男を眺めていた総司が一言。


「どうしたら結婚してと言われるようになるんですかね」

「えっ」


 その呟きを隣で聞いていたフィリアは直球過ぎる内容に頬を赤らめたあと、すぐに青ざめた。


「ソウジさんには言って欲しい女の人がいるんですか……?」

「いえ、僕ではなく友人が『何で俺は女子にちやほやされるのにパンダ止まりなのだ』ってハンカチ噛みながら悔しがってまして。彼、多少のことに目を瞑れば顔も性格もいいんですけど……」

「うーん……」


 会ったことのない総司の友人とジークフリートを比較するのは非常に難しい。

 だが、アスガルドにはいないパンダというのがどんな生き物かは分かる。前に総司が向こうの世界の図鑑を持ってきた時に見せてくれたのだ。

 確か白黒の熊だ。何だか愛嬌があって可愛いと感じた動物だった。

 つまり、友人とやらは男ではなくパンダ扱いされるのが不服らしい。


「で、でも私はパンダ好きです! その人にそう伝えてください!」

「フィリアさんにそう言われたら彼もきっと喜ぶと思います。ありがとうございます。僕もパンダ好きです」

「お前らパンダはいいから俺を助けてくれ!」


 二人がパンダで盛り上がっている間にも、ジークフリートは屋根から飛び降りて来た女性からの攻撃という名の抱擁を必死に避けていた。


「ジークフリートさんもそろそろ身を固めれば皆さんも身を引いてくれるのでは?」

「俺も前それいいなと思ったんだが、裏切ったって勝手に逆上して刺されるかもってリリスに忠告された」

「愛とは狂気と紙一重なんですね」

「他人事のように言っているが、お前もちゃんと覚えておけよ」


 複数の異性から想いを寄せられているのを気付いていないような風の少年に、こいつは得な性格をしているな……とジークフリートは遠い目をした。

 そして、二人の会話を聞いていたフィリアは、何故か思い詰めた表情で自らの両手を見下ろしていた。

 総司の言う通り愛とは狂気である。





「随分遅かったじゃない。もう少し早く来ても良かったのに待ちくたびれたわよ」


 数分後、辿り着いた寮の一室の前ではヘリオドールが待っていた。が、様子がおかしい。


「ヘリオドールさん息切れしてませんか? 汗も掻いてるし」

「お前片付けにどれだけ体力消耗しているんだ……」

「何のことかしら? ほや、早く入って!」


 ヘリオドールが三人を部屋に招き入れる。そこはかつてのマイホームとは違い、草木が生い茂ることのない普通に人間が暮らしていそうな空間が広がっていた。


「わあ……ちゃんと片付いている部屋ですね」

「ふ、ふふん。仕事が出来る女はプライベートでもちゃんとしてるのよ、フィリアちゃん」


 室内を見回すフィリアに自慢げに話すヘリオドールの声は上擦っていた。明らかに動揺している。

 しかし、綺麗に整頓されているのは本当である。窓際に観葉植物がいくつか置かれているぐらいで、以前のようなジャングル化の兆候は見られない。


「それで? 問題の生物は一体どこにいるんだ?」

「あ、それならこっちに……」

「きゃあああああ! ソウジさーん!」


 フィリアの悲痛な悲鳴が響き渡る。

 まさかヘリオドールの恐れる謎の生物の餌食になってしまったとでも言うのか。あの総司が。

 焦燥感に駆られながらも、ジークフリートが少年が立っていた場所へ視線を向ける。


 そこはちょうどクローゼットの前であった。その扉は大きく開け放たれ、中からは大量の衣服が雪崩のように溢れ出している。

 魔女のトレードマークのローブだけでなく下着まで。とりあえず、ある物を全て突っ込んだはいいものの、クローゼットが耐え切れなくなって吐き出したと思われる。

 総司はヘリオドールの服の山の下敷きになったようで、彼の手が服の合間から姿を覗かせた。


「……ヘリオドール」

「……慌てて片付けたらこんなことになりました! ごめんなさい!」


 ヘリオドールは誠意のこもった謝罪をした。

というわけで三巻目が来月発売するようです。

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