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122.初心者の過ち

 その日の夕方、総司からクォーツとの話を聞いたアイオライトは苦笑した。


「そんじゃ、今度の『試食会』にクォーツ王子は来ないってか」

「気が向いたら行くって言ってましたけど、彼の性格を考えると多分難しいと思います」


 クエストの書類に目を通しながらの総司の言葉に、アイオライトが肩を竦める。あのクォーツが総司の友人だったのは、この人生の中で一、二を争うくらいの驚きだった。

 しかし、だからと言って大きなことがない限り、アスガルドには訪れないだろう。


「あの王子様はな、噂によるとクリスタロス陛下の怒りに触れてウトガルドに住むように言い渡されたって話なんだよ」

「あまりの馬鹿さ加減に呆れてですか?」

「違うよ……」


 総司が誰かをここまで罵る光景も中々見ないだろう。それもこの国の王族に対して。

 確かにアイオライトと共にハーチェス邸に向かう途中で見た彼は、王族には到底見えない性格だった。友人として古くからの付き合いらしい総司から「馬鹿」と称されても納得だ。

 だが、それは恐らくクォーツがウトガルドに渡ったあとに形成された性格だ。そう感じたのはレヴェリーとかいうオーディンの使者を交えての、クリスタロスとの会話を聞いた時だった。

 あの時、クォーツが露にした顔は、総司やアイオライトに見せた年相応の少年らしさを含んでいなかった。代わりに父親への強い怒りと諦めが見え隠れしていた。


「エイプリル・トリディレインを知ってるか?」

「確か王妃様だった人ですよね。名前ぐらいなら聞いたことがあります」

「……エイプリル様は十年前に病気でお亡くなりになられた。で、その直後だ。王子がウトガルドに放り投げられたってのは」


 決して無関係な話ではないだろう。エイプリルは聡明な女性でクリスタロスに深く愛され、国民からも親しまれていた。

 そんな彼女の死。そこから残された父と息子の関係が拗れていったと囁かれている。


「そういえば」


 総司が書類を捲る手を止め、記憶を掘り起こすように宙を見詰めながら口を開く。


「前に一度だけご両親について話してくれたことがあるんです。お母さんの方は病気で小さな頃に死んでしまったけど、大好きだったと言っていていました。お父さんは遠くで働いていると」

「父親については特にどう思ってるかは言わなかったのか?」

「分からん、と言ってました」

「分からないねえ」


 人間なんて生きていれば、親子関係の拗れが付き物だ。それが王族であっても。

 他人の家庭事情にむやみやたらと首を突っ込みたがる性分でもない。この話題はここで切り上げよう。アイオライトがそう思った時、クエスト課に銀髪の男が入ってきた。


 課の女性職員が一斉に彼の方へ視線を向け、彼の声を聞いた女性冒険者もざわつき、職員エリアを覗き込もうと必死だ。その気配を感じ取ったのか、男は「うっ」と顔をしかめる。


「何なんだ、一体……」

「皆ジークフリートさんと親しくなりたいんですよ」

「俺はそんなこと望んでいないぞ」

「おい、聞いたかソウジ? こいつ今、世界中のモテない男を敵に回したぜ……」


 何の躊躇いも見せずに言い切ったジークフリートに、アイオライトは戦慄した。この男は妖精さんや精霊さんと戯れていれば、それで幸せなのである。


「で? 女の敵、男の怨敵がクエスト課に何の用だよ」

「課じゃなくてソウジにだ。お前、料理や菓子作り得意だったよな?」

「はい?」

「いや、得意ってほどじゃじゃなくてもいい。せめて、物を切ったり湯を茹でたりが出来るだけでもいいんだ」


 ハードルがすごく下がった。母親のお手伝いをするお子様レベルである。


「よく暇な時に作ってます、けど」

「よし、ソウジ悪いんだが、明日もこっちに来てもらってもいいか? 給料はその分割増にするように言っておくから」

「別にいいですけど……何か?」

「三日後の試食会のことでな」


 試食会。年に一度、ウルドの農家と役所の妖精・精霊保護研究部が共同で開く催しだ。ウルドで栽培した野菜や果物を調理し、訪れた人々に食べてもらうのである。

 美味しい作物は大地がもたらす恵みであり、その大地を豊かにしているのは精霊たち。それを多くの人に知ってもらうのが目的だ。

 エルフを始めとする森と共に共存する種族と違い、純血の人間などは環境問題に対して危機感が希薄な者が多い。精霊を棲まわせるため、穢れた土地に浄化魔法を施すなどの活動も続けているが、一番必要なのはそれらを行う人の手だ。

 遠い未来、ウルドだけではなくノルン中から作物が採れなくなってしまう恐れもある。自国で採れた食べ物が食べられなくなるのはとても悲しいことだ。食生活を更に他国からの輸入に頼りきりになったとして向こうが物価を釣り上げれば、それは財政にも大きな負担となる。

 ヴェルダンディー、スクルドも日をずらして行っているこのイベントは、実はとても重要な意味を持っていた。


「料理を作るために来るはずだった食堂の職員がな、二人ほど来られなくなってしまったんだ。浮気がバレて夫婦喧嘩に発展した挙げ句に妻に肋骨を折られたとか、隠し子が四、五人発覚して修羅場中とか」

「随分過激な理由ですね」

「そういうわけで人手が足りなくなってな。保護研究課の面々も料理は出来ない連中が多いんだ。俺は他の仕事に入るし、フィリアならある程度任せても大丈夫そうだが一人じゃ大変そうだと思って捜していたんだが……お前がいたと思ってな」

「僕が参加してもいいんですか? あまり手の込んだものは作れませんよ?」

「ウルドの野菜や果物を使った簡単に作れて美味い料理、がコンセプトなんだ。そんな気を張らなくてもいい。ただ、打ち合わせとかがあるから一応明日も来てもらいたかったんだが……」


 ヘリオドールの殺傷能力を持つクッキーを人が食べられる物へと昇華させた総司の腕なら心配はないだろう。

 総司も「そういうことなら」と了承する。


「良かった……助かったぞ、総司」

「料理もお菓子も作るのは好きですから」

「……なあ、ジーク。ちょっといいか?」


 二人のほのぼのした空気にアイオライトが恐る恐る入り込む。一つの疑問が浮かんだためである。


「まさかとは思うけど、ヘリオドールも手伝わせるとか言わない……よな?」

「手伝わせるぞ」

「えっ……!?」


 クッキー事件の全貌を聞かされたことのあるアイオライトには、その決断があまりにも無謀なものに感じられた。保護研究課は上司がヘリオドールのクッキーによって生死の境を彷徨ったことをお忘れか。

 激しく動揺するアイオライトに、被害者が慌てて首を横に振る。


「あいつはアレンジするから酷いことになるだけで正確な手順そのものを教え込めば食えるものが作れるぞ」

「そうですね。ヘリオドールさんって自己流で造ろうとするから色々やらかすだけで、しっかりと掟を守れば大事には至りませんよ」


 アレンジ。自己流。それは料理初心者がやらかす最大にして最凶の悪である。こうすればもっと美味しくなる。この方が美味しい。そんな思い込みにより、何の悪気がなくても必然的にメシマズ料理を召喚してしまうのだ。

 そのことが発覚して以来、ヘリオドールも少しずつまともな料理が作れるようになっていった。


「ヘリオドールも成長したんだなあ……」

「ソウジが料理の基本的なルールを叩き込んだおかげだけどな……嘘みたいな本当の話だが、あいつ、クッキーを火の中に放り込んで焼いてたんだぞ。その方が早く焼けるし香ばしいからって……」

「ヘリオドールさんは全然大したことないですよ。僕の学校の調理実習じゃ林檎を片手で握り潰す人はいるし、片思い中の先生に食べさせる分に自分の血液を混入したり、南瓜を細かくするために屋上から投げ捨てたり……僕の友人はチキンライスを作ると言っておきながら満面の笑顔で豚ひき肉を用意しました」


 ジークフリートは思った。ソウジが毎日通う『コウコウ』とは化物の集まりではないのかと。

 アイオライトは思った。チキンライスの概念を打ち砕いた総司の友人とは恐らく馬鹿王子だと。


「……とりあえず、今日はもう仕事が終わる時間だし、そろそろ帰っていいぞ。明日、とりあえず俺と食堂に来てもらって……」

「ジークフリート課長……!」


 ジークフリートの名前を呼びながらクエスト課に入ってきたのはフィリアだった。何故か息切れをしている。


「どうしたフィリア?」

「わ、私じゃなくてヘリオドールさんが……」

「ヘリオドールが? 俺に何の用だ」

「ジークフリートォォォォォォォ!!」


 フィリアのあとに入って来たヘリオドールはひどく顔色が悪かった。


「どうしたんですか、ヘリオドールさん。今日は先に帰ったはずじゃ……」

「変なのが! 私の部屋に変なのが棲み着いてんのよ……!!」


 総司の腕に掴まりながら叫ぶヘリオドール。

 かつてのトラウマを掘り起こされたジークフリートも顔色が悪くなった。


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