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121.映画鑑賞部

 映画鑑賞部。それは「部活なんてやってられるか! 俺は帰宅部になるぞ! でも、何か部活に入らないと内申点に響いちゃうし……」な生徒向けの部である。別名・最後の砦。

 週に三回、視聴覚室に集まって映画を観て感想を書くだけの活動である。

 だが、それ故に皆あまり来ない。とりあえず入るだけ入って、視聴覚室でひっそりと活動が行われていることすら知らない生徒もいる。

 顧問も好きに映画観て勝手に感想書いて、という適当なスタンスで放課後は基本的に職員室から動こうとしない。

 生徒も顧問もやる気のない部活。


「藤原、今日は爺のお気に入りのDVDを見るぞ」

「薄暗くてよく分かりませんけど、タイトルは?」

「××××××××」


 なので、こういう輩が出てくる。

 クォーツが卑猥なタイトルを述べながら総司に見せ付けた表紙には、黒い拘束具に装着した女性が喘いでいた。

 総司はディスクをセットしようとするクォーツの手を叩き落とすと、他のディスクをセットした。この場合、責めるべきは主役の女優でもハードな性癖を持った爺でもない。映画ですらないただのAVを持参した馬鹿だ。

 スクリーンにはいくつかの番宣が映し出されたあと、大量の侍が登場した。

 浅葱色の羽織袴の集団が現れた瞬間、ふて腐れていたクォーツが急に元気になった。


「おおっ! 新撰組だな!」

「斎藤君、新撰組好きですよね。この前はコスプレまでしてたし……」

「コスプレ言うな!! 俺は貴様の服装に驚きだ。せっかく向こうの世界に行くのだから、いつもと違う格好……というより、制服以外を着ろ!!」


 クォーツが知る限り、総司が制服と体育の時のジャージ以外の姿でいるところなどまず見たことがない。一緒に遊びに行くとしてもクォーツが90年代のアイドルのような金色、もしくは銀色に光る衣装で来て、総司は黒い制服でやって来る。

 そのため、かつてのアイドルが現代にタイムスリップして、素質のある少年をスカウトするという設定のドラマ撮影が行われているのでは……と怪しまれたこともあった。いや、これに関してはクォーツにも多大なる責任があるのだが。


「向こうで泊まりになった時のための着替えはちゃんと持っているのか?」

「ヘリオドールさんの部屋に泊まった時は、一応着替えて寝ましたよ」

「ヘアッ!?」


 クォーツは奇声を上げたあと、総司の両肩を掴んだ。


「ヘリオドールって魔女だよな?」

「……? はい」

「昔話に出てくるような白髪で皺だらけで人間を食べてしまうような恐ろしい形相の老婆だろう?」

「髪はピンク色で若いですし、甘いものが大好きで若い人です。あと、昔話って言われると魔女じゃなくて山姥を連想してしまいます」

「ウワアアアアアアア」


 クォーツが絶叫しながらテーブルをちゃぶ台返しの要領で引っくり返そうとする。だが、生憎テーブルは床に固定されているタイプのため、びくとも動かない。クォーツはそっとテーブルから手を離した。

 ぽたっ。床に雫が零れ落ちた。

 俯いたクォーツの顔から零れたものだった。

 それは赤かった。


「ウワアアアアアアア!!」


 再び叫びながら勢いよく顔を上げたクォーツの鼻からは血が流れていた。しかも左右の穴から。友人の顔を見た瞬間、一瞬だけ肩を小さく跳ね上げた総司の心中いかなるものか。


「どういうことだ! どういうことだ!! お泊まりってどういうことだ!!」

「斎藤君、ティッシュで鼻詰めた方が」

「それどころではなあああああああい!!」


 クォーツは総司が差し出したポケットティッシュをスクリーンに向かってぶん投げた。ちょうど悪役が「お主も悪よのぅ」とほくそ笑んでいるシーンだった。

 ティッシュを回収しようとした総司の両肩をクォーツが掴む。


「狡いではないか藤原!! 貴様、そのヘリオドールとやらに手作りのご飯をアーンって食べさせてもらったり、二人で泡風呂に入って背中を洗いっこしたり、女性用の二人で寝るには少し狭いベッドにくっつき合って寝たのだろう!?」

「すごい。君の話、一から十まで全部フィクションじゃないですか」


 ご飯は役所の食堂で働くおばちゃんからの差し入れだし、風呂はウトガルドに帰ってから入ったし、寝袋でスヤァ……である。これが現実。ノンフィクションの威力。

 しかし、クォーツの頭の暴走は止まらない。目からは涙を流しながら更に総司に詰め寄る。


「どうせ食事を食べ終わったあとはポッキーでも用意してポッキーゲームをして、負けた方は勝った方にキスをしなければならないとかいう罰ゲームを設けたのではないのか答えろ藤原ァァァァア」

「僕らが食べたのはクッキーです」

「クッキーだと!? もうそれは完全に口移しの領域ではないか!!」

「斎藤君、口から涎は出てるし汗は掻きまくってるわで顔が大変なことになってます」

「裏切り者ォォォォォ!! もうこうなったら切腹だ―!!」


 映画鑑賞どころではない。片方だけが一方的に盛り上がる口論は終わる兆しを見せなう。

 そして、視聴覚室のドアは突然開いた。


「ちょっと男子ー!? うるさいんだけど!!」


 入ってきたのは短い髪を文字通り逆立てた2メートル超えのマッチョの女子だった。視聴覚室の隣は茶道部の部室である。

 縦にも横にも広い女子の登場にクォーツは静かになった。スクリーンでは悪役が新撰組に斬られていた。


「んもぅ、今度うるさくしたら先生に言い付けるからね」

「すみませんでした。ほら、斎藤君も」

「ウィッス」


 クォーツは碗を手で握り砕きながら頬を膨らませるバケモ……女子に先ほどとは別種の汗を掻きつつ、何とか謝った。

 女子が「まったくもう!」と言いながら隣の部室へ帰っていく。ズシン、ズシンという地響きは彼女の足音のようだ。

 総司が静かにドアを閉める。


「すまん、藤原……俺、ちょっと興奮していた……」

「お碗みたいにならないように、うるさくするのはやめましょう。僕はまだ死ぬつもりはありません」

「うん……」


 クォーツは青ざめた表情で頷くと、隅に投げ捨てた総司のポケットティッシュを回収した。

 そして、様々な液体で汚れた顔をそれで拭った。


「しかし、ヘリオドールとやらと貴様は仲がいいのだな。普通は同じ職場だからといって泊まりはしないだろう」

「ヘリオドールさんに泊まって欲しいと言われたんです」

「え、ちょっとやだ。貴様やっぱりヘリオドールと何かあったのではないか?」

「ありません。それに泊まった理由も新しい環境じゃ眠れないからついていて欲しいってことでしたから」


 まだ少し鼻血を垂らすクォーツの追及に、総司はあっさり否定した。


「ヘリオドールさんの家が爆発して、寮に急遽お引越したんですよ」

「ば……くはつ……?」


 鼻にティッシュを詰めたクォーツが鳩が豆鉄砲喰らったような顔をした。


「よりにもよって貴様をスカウトしたり家を爆発させたり……何だかそのヘリオドールとやらがすごく気になってきたぞ」

「だったら今度の土曜日会いに行きませんか? 僕、バイトの日なので……」

「うーむ……それは少し難しいかもしれんな」


 総司の提案に、クォーツは首を横に振った。

 その返答に総司が思い出したように言う。


「そういえば斎藤君って王子様だったんですよね。やっぱり王子様が役所に行くのは色々と都合が悪いんですか?」

「いや、そうではない」


 クォーツがもう一度首を横に振る。


「俺が今やってるネトゲのイベントも土曜にやる」


 この男、異世界ではれっきとした王子である。

 総司も慣れたもので、特に文句を言うことはない。ただ、付け加えるように言ってみる。


「役所の方でも年に一度のイベントがあるそうなので誘ってみたんですが……まあ、気が向いたらどうぞ」

「気が向いたらだ。俺もネトゲに命を燃やしている」


 きっぱりと言い放ったあと、クォーツは鼻の穴からティッシュを取ってからため息をついた。


「貴様はノルンの王族の話を聞いたことがあるか?」

「ないですよ。ユグドラシル城なんて僕たちにはほとんど関わりがないですから」

「そうか……」

「そういえば、僕は君をいつまでも斎藤君と呼んでいますけど、今のままでいいんですか? それともクォーツって……」


 総司が言い終わるよりも先に、クォーツが「今のままでいい」と答える。

 その黒色の瞳は何かを思い出したように翳りを見せ、それを悟られないように項垂れた。


「俺はその名で呼ばれることを嫌っていてな。いや、国民たちにそう呼ばれるのは仕方のないことだと分かっているのだ。だがな、貴様が俺の正体を知っても態度をまったく変えず、クォーツと呼ばなかったことが俺は……」

「斎藤君、床に垂れた君の血を拭いておかないと、あとで見付かった時に面倒なことになりますよ」

「俺の血痕を巡って女子たちが争っても困るからな」


  真面目な表情で語ろうとしても、このザマだ。

Q.茶道部の女子の見た目はどんな感じですか?


A.総司「瞬獄殺使いそうな感じです」


クォーツ(すごく分かりやすい)

マフユ・秋((どうしてそんな化け物が高校に……))

ヘリオドール(あれ? 女子って話だったわよね……?)

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