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12.えげつない

「で、お前達はそのままこの部屋で喧嘩をおっ始めようとした、と」


 ヘリオドールとオボロが魔法を撃とうとした時に退室した職員は逃げたわけではなかった。彼らの攻撃を住民簿で総司が防いだ直後、アイオライトを連れて帰ってきたのだった。

 自分よりも随分と背丈の短い少女に呆れたように見上げられ、ヘリオドールは息を詰まらせる。つい暴走してしまったという自覚は大いにあった。


「ご、ごめんなさい……」


 素直に謝ると、隣で狐耳の男が馬鹿にしたような声で笑った。


「婆さんって言われたくらいでキレるなんて脳筋だねぇ。いやー、怖かった」

「お前もわざとヘリオドールを怒らせただろう? 一体どういうつもりか教えてくれ」

「さあてね。強いて言うならちょっとした八つ当たり?」


 ふい、とオボロがそっぽを向く。聞き出す事は不可能ではなさそうだが、面倒臭いと判断したアイオライトが次に視線を向けたのは住民課の課長だった。疚しい事があるのか、彼は誰とも目を合わさないままぼそぼそと話し始めた。


「実はオボロ君が一月城に出張に行ってる間、住民課はかなり忙しかったんだよ……ね。課の要の彼がいなくなるのは思ったよりダメージがでかくて……さ」

「で?」

「月に一度城に提出しなければならない書類の整理も全然終わってなかったんだ……よね」


 ちらりと課長が見たのは課長席の隣の机だった。大量の書類が積み上がっており、決して小柄とは言えない課長の背をゆうに超える高さまで到達していた。

 まさかこれを、とヘリオドールがぽかんと口を開ける。成り行きを静かに見守っていた職員も知っていたようで、驚く事はなく気まずそうな様子で自分の仕事を再開した。

 奇妙な沈黙の中、アイオライトは愛らしい笑顔で尋ねた。


「これをオボロに何日でやらせる気だったんだ?」

「二日ぐらい……だよ? オボロ君ならそれぐらい大丈夫だと思った……し」

「はあ……」

「終わるわけあるかぁ!!」


 溜め息をついたアイオライトに代わってヘリオドールが怒鳴り声を上げた。あの量の書類を全てオボロに押し付けようとしていたのだ。これはオボロではなくても、怒っていいレベルだ。

 ちょっとどころか、かなり彼に同情した。無闇に喧嘩を買ってしまった事を後悔した。あれは本当にオボロなりの八つ当たりだったようだ。社会人になって八つ当たりなんて、と思うが、これは誰でも怒りたくなる。気になって目を通してみれば、本来は課長が全て記入する重要書類だった。


「バッカ。オボロがいてもこれはお前の仕事じゃないか。ちょっとぐらい出来なかったのかよ?」

「忙しくて……ね?」

「……何度か住民課に手伝いに来てた時噂で聞いたけど、あんたこの一ヶ月で有給使いまくってユグドラシルに行って女捕まえまくってたんだって?」

「い、息抜きだ……よぉ。それに部下は上司を支えるのが当然だ……し」


 課長は誰とも視線を合わさず、ずっと目を泳がせている。自分には責任はないと主張したいらしい。課長になる前、仕事を溜め込んだまま街に出て遊び呆ける悪癖があったようだが、まだ治ってなかったようだ。本当にこの役所は人選ミスが酷い。


「もがっ!?」


 そんなおどおどした様子の中年の両頬を突如片手で掴み上げた空気の読めない人物がいた。総司だった。


「ちゃんと言いたい事があるならはっきり視線を合わせて言った方がいいですよ。そうでなければ自分の気持ちが相手に伝わる事はありません」

「もが……?」

「さあ、はっきりと大声で言いましょう。自分は何も悪くないと。上司の尻拭いをするのは部下であると」


 課長がぎょっとした顔で大声量で諭してくる総司を直視した。否定するように首を横に振りまくるが、少年の猛攻は止まらない止められない。


「人間正直になるのが一番ですよ。自分の殻に閉じ籠もったままでは何も変わりません。今こそ立ち上がる時ではありませんか」

「もがががががっ」


 課長が助けを求めるようにヘリオドールへ視線を送るが、敢えて無視をした。アイオライトも同様だ。

 廊下から他の職員が何事かと次々と見に来る。そして、課長のサボり癖を知っている職員が何となく状況を察して、何も知らない職員にそれを暴露していく。

 大量の呆れが込められた視線が課長に突き刺さっていった。


「それでは、課長……」

「すまなかったオボロ君!!」

「は!? 」


 突然頭を深く下げてきた上司にオボロは素頓狂な声を出した。


「君は何も悪くない! 悪いのはわしだ! 君なら何でも出来ると思って楽をしようと思って書類をやらないで遊びに行ってたんだよ! この通り謝る!! だからもうこんな辱しめはやめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 いつもぼそぼそと話す課長がここまで大声で叫ぶのは初めての事だった。先程の羞恥プレイがよほど堪えたのか顔は茹で蛸のように真っ赤になっていた。

 それを見ていた総司が呟いた一言にヘリオドールは震撼した。


「辱しめって一体どうしたんですかね」

「あんたのえげつない羞恥プレイに決まってるでしょうが」

「? 僕はあの人が自分は悪くないって言おうとしてるのに、言えなさそうだったから促しただけですけど……急に意見が変わりましたね」

「ねえ、あんた分かっててやったの? それとも天然? どっちにしても怖いけど!!」


 平然とした表情からは故意なのか過失なのか判別出来ない。真っ向から咎めてものらりくらりと躱しそうだったあの課長には一番いい方法だったかもしれないが。しかし、やはりこの少年がたまに見せる静かな狂気は、ヘリオドールにとって恐怖以外の何物でもなかった。


 オボロも課長にこんな剣幕で謝罪されるとは思ってなかったのか、困惑した表情を浮かべながら疲れ切ったような溜め息をついた。

だが、その後、また愉しそうに笑ってみせた。


「もういいよ。あんたが自分の馬鹿さ加減を認めてくれたなら僕はそれ以上追及しない。いい物を見せてくれた彼に免じてね」


 オボロの切れ長の瞳が総司へ向けられた。


「ヘリオドールよりもずっと怖い怖い。人畜無害そうな顔をしてとんでもない事をやらかしてくれるね君」

「? ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちだよ。名前は何て言うの?」


 柔らかな口調とは裏腹に笑みは黒いものが含まれている。それは彼との付き合いがある程度長くなければ気付かない、傍目から見れば爽やかな笑顔だった。嫌な予感がしてヘリオドールは身震いをした。


「藤原総司です」

「ふぅん。何て呼べばいい?」

「皆さんからは総司って呼ばれてます」

「そ、それじゃあソウジって呼ばせてもらうよ。ヘリオドール、ちょっといいかな?」


 手招きされたヘリオドールはオボロと共に部屋の隅に移動する。そして、用件を聞こうとするよりもオボロが書類が山積みの机を指差した。


「あの書類の山は僕が始末するよ。あの狸爺さんやうちのノロマ職員だけじゃ二日でなんか終わらせられないしね」

「え? あんだけキレてたのに結局あんたがやるの?」

「僕が腹が立っていたのはあの爺さんのクズっぷりであって、仕事をもらう事そのものには腹が立ってないんだよ。あの役立たずの集まりをフォローを『仕方なく』やるのが僕の役目だからね。駄目集団を見下しながら仕事をするのは結構いい気分なんだ」


 ケラケラと笑う青年にヘリオドールは苦い表情を貼り付けた。前言撤回だ。この男に同情など出来ない。


「で、私に何の用? あんたの腹黒はアイオライトにもバレてるだろうから内緒話なんて意味ないわよ」

「いやぁ、いくら僕でも流石にあの量は一人じゃきついからね。お手伝いが欲しいわけさ」

「そんなの住民課の中から捕まえればいいじゃないの」

「あいつらに普段の業務と並行して僕の仕事を手伝えるわけないじゃない。出来たとしても遅くて話にならない。そこで」


 オボロは一拍間を置いてから言った。


「ソウジって新人貸してくれない?」

「総司君を? でも、あの子はまだ入ったばかりだし、私が手伝った方が……」

「君も慣れない新人の教育で疲れてるだろう? たまには一人でのんびりしたらいいよ。さっき喧嘩売っちゃった事へのささやかなお礼だよ」


 初対面の女性なら誰でも虜になってしまいそうな甘い声と優しげな表情も、中身が黒い人間と知っているヘリオドールには無効だった。黄金の淑女は頬を赤らめるどころか、どんどんと顔をしかめていった。


「あんた、妙な事を企んでるでしょ」

「そんな事ないよ。ただ、こっちに戻ってきた時、彼の噂を聞いて仲良くなりないって思ってたんだ」

「仲良くって……」

「……魂だけの存在とは言え、あのニーズヘッグを屈服させたらしいじゃないか」


 小声で言うオボロに目を見開く。それは役所内でも一部の人間しか知らない情報だった。


「半信半疑だったけど、君と僕の攻撃をあんなに簡単に防いだ所を見て確信したんだ。彼はただ者じゃないって」

「あんた私に喧嘩売ったのって総司君を動かしたかったから?」


 うん、とオボロは素直に頷いた。


「君と仕事がしたいって言うくらい君を気に入っているらしいじゃない。だから君が危なくなったら来ると思ってね。まさか堂々と間に入ってくるとは想像してなかったからドキッとしたけど」

「な、何言ってんのよ総司君は私の事は別に」

「ホント、いい物を見せてもらったよ。それじゃあ、そういう事でソウジは借りていくね」


 聞く耳を持たずに微笑みながら立ち去るオボロにヘリオドールは、色んな悩みを一気に脳へ流し込んだせいで頭痛に襲われた。

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