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118.オーディン

 オーディンは魔王に対抗する各国を纏め上げ、指揮を取った大国だ。

 オーディンは当時、妖精国フレイヤとほぼ同レベルの魔法技術を有していたバルドル国と様々な武具の開発に当たった。そして、相手から受ける魔法のダメージを軽減する防具や、魔族や魔物に絶大な効果を持つ剣を作り上げた。

 それにより戦局は魔王側の劣勢という状況にまで傾けることに成功し、魔王城まで人類側の要である勇者を導くことが出来た。勿論、対魔族の武具を装備していたとしても、中身はただの魔力もさほどない人間である。向こうも次々と倒れていったが、こちらも戦死者は続出した。

 オーディンの兵士たちは勇者がもたらすであろう人類側の勝利を絶対のものにするため、命を捨てて常に最前線に立ち続けた。その勇敢かつ狂気じみた戦いぶりは各国だけでなく、魔王側からも恐れられた。

 オーディンは戦後からはますます強い力を付けるようになる。以前から経済的にも安定しており裕福な国だったが、戦争時に高い魔法技術と戦闘力を見せつけたことから各国からの信頼と畏怖を集めることとなった。

 今やオーディンはアスガルド最大の国家と称されるようになっていった。だが、各国にとって幸運だったのは、オーディンがあらゆる意味での力は持っていても、驕りは持たなかったことだろう。戦争の影響により貧困に陥った小国に手を差し伸べ、他国に対して不平等な条約を持ちかけることは決してなかった。

 友愛なる戦士の国。オーディンはそう呼ばれるようになっていった。


「クォーツ王子? まだ今の時期はお戻りにならないはずでは……」

「話を聞いたのでな。入るぞ」


 扉の前に立つ見張りの兵士に一言告げてからクォーツが王の間に入る。そこには既にユグドラシル城の重役が勢揃い、という状態だった。国の政治を支える大臣から軍を率いる部隊長まで。

 彼らはクォーツの姿にぎょっとした反応を見せ、更にクォーツについてきたアイオライトにも気付いて驚愕していた。

 だが、そんな面々は無視してクォーツは二人の人物を見やった。

 一人は王座に腰かける黒髪に顎鬚を蓄えた壮年の男。クリスタロス・トリディレイン——クォーツの実の父親であり、この国の最高権力者だ。

 そして、もう一人は王座の前に跪く見知らぬ女性。常盤色の髪を揺らしながらこちらへ振り向いた彼女の瞳は柔らかな薄紅色だった。その儚げな美しさにクォーツは一瞬見入られてしまったが、すぐに我に返り口を開く。


「あなたが……オーディンから送られて来た使者か?」

「はい、クォーツ王子。私はレヴェリー・レルアバトと申します」


 鈴が鳴るような愛らしい声。女性から告げられた名前にクォーツは眉をひそめる。

 レルアバト。オーディンの国王ロードナイト・レルアバトと同じ姓だ。

 クォーツの疑問を察したレヴェリーが苦笑しながら付け加える。


「私はあなたと同じ。王の子供です」

「無駄話はよい、レヴェリー」


 レヴェリーを諌めた声の持ち主はクリスタロスだった。色素の薄い灰色の瞳を細め、乱入者である息子を見詰める。研ぎ澄まされた一振りの刃のような眼光だ。アイオライトですら息が詰まるような威圧感だった。

 しかし、クォーツにとっては慣れたものらしい。顔色一つ変えずにここへ訪れた理由を話し始める。


「……〝国王陛下〟、このユグドラシル城の地下にいる暗黒竜ニーズヘッグと、漆黒の魔手バイドンをオーディンに引き渡すというのは本当か?」

「何だ、お前はそんなことを聞くために来たというのか」


 クリスタロスの少々呆れた物言い。対するクォーツも面倒臭そうに前髪を掻き分け、レヴェリーを一瞥してから問いに答える。


「ニーズヘッグはともかくバイドンまで差し出す理由がない。それを確かめるためにわざわざ来たのだ」

「バイドンまで……そうか。お前は先日のフレイヤの大臣が漆黒の魔手の残党に誘拐された件の顛末をまだ聞いていなかったか」

「フレイヤの……アーデルハイトというハイエルフのことだな。確かティターニア姫と彼女の部下によって犯人は全員捕らえられたと聞いたが」

「その犯人たちの内、一名が逃走して残りは全員何者かに殺害された」


 クォーツとアイオライトが目を見開き、重役たちも表情を曇らせる。


「取り調べを行う間もなく、彼らは牢の中で血まみれとなって死んでいた。そして、白いフードを被った人物だけがその場から消えていた。恐らく、その者が口封じのために仲間を殺害したと私は睨んでいる」

「これがオーディンがバイドンの引き渡しを要求する理由です、クォーツ王子」


 血生臭い話にも関わらず、穏やかな態度を崩さずにレヴェリーが語る。


「アーデルハイト様を誘拐した目的は、彼女と引き換えにバイドンを奪還するためです。漆黒の魔手はまだ彼を取り戻すことを諦めていないでしょう。次はこのノルンで良からぬ行動を起こすかもしれません」

「そのためにバイドンをそちらの国に移す。そういうことか?」

「ええ。警備は私たちの国の方がしっかりしていますから。それとニーズヘッグも連れていく理由もあります。アーデルハイト様は誘拐犯の一人が着けていた指輪にバルドルの紋章が刻まれていたと言っていました」


 ここからの話はまだ聞かされていなかったようだ。王の間が大きくざわつく。無反応だったのはクリスタロスのみだった。クォーツは咄嗟にアイオライトと視線を見合わせた。

 バルドルは魔法技術が優れていたがために、早い段階で魔王側に討ち滅ぼされた亡国だ。その際に彼らの研究を纏めた書や試作品である武具を奪われてしまった。そして、それは未だに見付かっていない。


「その指輪が二十年前に奪われた物だとしたら、今回の件に魔王を崇拝していた魔族が関わっている可能性は非常に高いです。近頃、ラグナロクを纏め上げているという赤い髪の新たな魔王……との関連はまだ不明ですが、初代魔王の配下であったニーズヘッグもユグドラシル城にいると知られれば、非常に厄介なこととなるでしょう」

「この娘の言う通りだ。正直な話、ノルンに魔族の大群が攻め込まれたら国は終わる。だが、オーディンであれば話は別になる」

「そう。いざとなれば私たちの国には神槍……『グングニル』がありますから」

「グングニル?」


 アイオライトは首を傾げた。聞き覚えのない名前だ。二十年前もそんな物は出てこなかった。


「オーディンがこの二十年間、密かに作り上げてきた対魔族兵器です。……まだお見せすることは出来ませんが、その効果は保証いたします」

「……ということだ。バイドンもニーズヘッグもオーディンに移すことを決めた。この国を守るためにな」

「待て、国王陛下」


 異議を唱えたのはクォーツだった。


「だったらニーズヘッグを滅した方がいいのではないか? 今のあれは魂だけの存在だが、魔族側に渡ればバイドン以上の脅威となる。そうならない内に……」

「……お前は何も口出しをするな」


 クリスタロスの返答にクォーツは顔をしかめる。

 何かを隠している。と瞬時に気付けたのは親子故か、とクォーツは自嘲した。向こうは自分のことなど息子とは思っていないくせに、妙な部分で通じ合えるとは皮肉なものだ。

 話は聞いた。もう、ニーズヘッグとバイドンのオーディンへの移送は決定事項だ。ここでクォーツが何を言おうが揺るがない。

 何せ、その決定を下したのがこの国で一番偉い人間だからだ。


「邪魔をしたな。俺はこれで帰る」


 クォーツが踵を返し、王の間から立ち去ろうとする。

 クリスタロスが息子の背中へ声をかける。


「エイプリルには会わないのか」


 周囲の空気がピンと張り詰め、クォーツの足がピタリと止まる。

 重苦しいほどの沈黙が続いたのは数秒ほど。クォーツはようやく父親へ振り向くと、感情のこもっていない声で告げた。


「あの人をあの場所から出してくれたら会いに行く」






「総ちゃん大変なの!」


 夜道で偶然バイト帰りの息子と会った愛華はちょっぴり涙目になっていた。

 スーパーの帰りに立ち寄った不思議な本屋。そこに一時間ほど過ごしていたと思ったら、何と外に出てみれば夜になっていたのだ。

 困惑する愛華だったが、そんな彼女に更に追い撃ちをかける事態が待っていた。


「秋君が変なお爺さんに追いかけられてるみたいなの!」

「えっ」


 虚を突かれたような声を出した総司に、愛華は涙目になりながら説明した。急いで帰り道を走っていたら近所の人に呼び止められ、「藤原さんの旦那様が変な老人に追われたわよ!」と言われたことを。

 老人とはもちろんマフユである。だが、この暗い夜道に加えて異常なスピードでの追いかけっこのため、マフユの顔を確認する余裕などない。街灯の光に照らされた髪の色が白いことから老人扱いされた。

 秋は愛華の名前を叫んでいたのですぐに判明した。


「ど、どうしよう総ちゃん。警察に電話した方がいいわよね?」

「家に帰っていないようなら父さんを通報しよう」

「え、秋君通報されちゃうの?」

「大丈夫だよ。多分、母さんがいない間に近所のお爺ちゃんを誘って酒盛りしてたら、泥酔しちゃって裸足で外に飛び出しちゃった父さんをお爺ちゃんがせめてサンダルを履かせるために追いかけてるんだよ」


 当たっているようで外れている藤原探偵の名推理。

 そして、総司は父親よりの危機よりも愛華が持っている小さな袋が気になっている様子だった。

 漫画が一冊だけ入っているように見える。


「母さん、ところでその本みたいなのは……」

「あのね、私が明日買おうと思ってた本売ってたの!」

「ああっ……」


 息子の珍しいリアクションそっちのけで愛華は袋から早売りでゲットした本を取り出す。

 ムール貝、第七巻。表紙に描かれているのはムール貝のみ。内容が全く予想できない少女漫画。

 それは愛華が本屋から出ていく際にマッチョの黒人店長から勧められたものだった。この本売ってたかな? と思いながら購入したのである。


「あ、でも、読むのは明日にするから! 発売日の明日に読むの!」

「そう……」

「……総ちゃん?」

「母さん、明日父さんに何かして欲しいことある?」

「え? ないわよ?」


 一刀両断。本人が聞いたら咽び泣くだろう。

 しかし、無いものは無い。欲しいものはこうして手に入ってしまったし。


「……でも、秋君に愛してるよって言って欲しいかな……いつも言ってくれないんだもの」


 彼に愛されているという自覚もあるし、口下手な性格であることも知っている。

 それでも、たまには……と思うくらいならいいだろう。本当は、愛する彼からの言葉が漫画よりもずっと欲しいものだったりするのだ。


「あ、ごめんね。変なこと言っちゃって……」


 息子の前で惚気るなんて恥ずかしいことをしてしまった。総司も気まずくなるというのに。

 そう思って謝った愛華に、総司は「ううん」と首を横に振ってから、思わぬことを言い出した。


「母さん、それ明日父さんに言ってみて」

「え、でも、秋君怒ったりしないかな……」

「この作戦しか誰も悲しまない方法がないから」

「?」

「こっちの話です」


 時折、すれ違いによって発生する夫婦の危機。それをこうして息子が助言して回避している事実をそろそろ二人は知るべきである。

 

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