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117.再会を望んで

 眠らせていた兵士を起こすと、彼らはオリーヴを見るなりひどく怯えた。仕方ないかと思いながら、オリーヴは彼らを先頭にして屋敷まで戻るように指示をした。

 兵士二人を前方に、総司とオリーヴを後方にして、その間にフラットたちを挟む形にして歩き出す。先ほどあんな目に遭ったせいか、三人は抵抗もせず身を縮めつつ移動していた。

 時折、グレイシアがこちらを振り向く。後ろから何かされるのでは、と恐れているようだった。

 ハーチェス家の屋敷は見るも無惨な姿に成り果てていた。壁に大穴が開き、瓦礫があちこちに散らばっている。

 更にフラットとシャルロッテを絶望させたのは、屋敷の中に次々と兵士が入り込み、地下に隠していた盗品や生物を運び出していることだった。これでは、もう言い逃れも出来ない。盗品は調べれば本来の持ち主がすぐに特定出来るだろうし、グレイシアのペットに関しては、そもそも捕獲が禁じられている生物もいる。それを不衛生な環境に押し込め、衰弱させていたのだから発見された時点でアウトだった。


「あいつら私の……!」


 状況を全く把握していないグレイシアがその光景を見て、目を吊り上げる。兵士はグレイシアにとっては自分たちに頭を下げるだけの格下の相手に過ぎない。そんな彼らに自分や母親のコレクションが次々と奪われていく光景が許せなかったのだ。

 走り出そうとする娘をフラットが止める。


「もう無駄だ、グレイシア。諦めろ」

「何でよ! お父さん文句言って来てよ! あれは私のペットよ!?」

「……もう俺にはその権限がないんだ」

「嘘言わないで! そんなことも出来ないならもうお父さんはお父さんじゃな……あっ!!」


 グレイシアの頬を叩いたのはシャルロッテだった。あんなに美しかった顔はこの短時間でやつれてしまい、まるで別人のようになってしまっていた。

 いつも自信満々に生きてきた母親が初めて見せる醜い顔。それを目の当たりにしてグレイシアは両親だけではなく、自分も終わりなのだと理解し、黙り込んだ。

 オリーヴのギリギリ見逃してもらえた。だが、彼女たちの地獄はここから始まるのだ。

 項垂れる三人をオリーヴはもう一瞥もすることはなかった。代わりに巨大な青い球体の中に閉じ込められているケルベロスへとオッドアイの視線を向ける。あれほど獰猛だったケルベロスも流石に静かになり始めていた。

 球体状の結界の前にいたのは、誇らしげに胸を張るアイオライトと刀を鞘に戻したクォーツだった。


「すごい……! よく殺さずにケルベロスを止められたね」

「アタシにかかればこんなもん朝飯前だ」

「いや、俺がケルベロスを引き付けていたおかげでもある。どうだ、俺を讃えろ藤原」

「ええ……?」

「えっ何だ、その反応」

「その現場を見ていないので褒めろと言われても……アイオライトさんはすごいと思います。ケルベロス君を殺さないで止めてしまうなんて」

「ほ、褒められるようなことじゃないって……」


 総司がアイオライトに拍手していると、猫耳集団がオリーヴに向かって走って来た。行方不明となったオリーヴをずっと捜していた猫の舞踏会の面々だ。

 女性を追いかけ回し、不審者扱いされていた幸猫の中年はオリーヴを抱き抱えてくるくると回った。


「あそこにいる金持ちに捕まったって聞いたぞ! 怪我はしてないか、オリーヴ!」

「あ、あの、ボクはもう……」


 未遂で終わったとはいえ、人を殺そうとした。そんなどす黒い心の持ち主が彼らといていいのだろうか。

 狼狽えるオリーヴに、幸猫は屈託のない笑みを浮かべて言った。


「安心しろ。何があったかは知らないけど、うちは色んな過去を持ってる奴の集まりだ。猫が大好きってだけしか共通点がない。お前がちょっとやそっとの悪さをしても、追い出すような奴なんかいるわけないだろ」

「そうか……そうだったね」


 メンバーもオリーヴに群がり、労るように頭を撫でる。皆、仲間の帰還を心から喜んでいた。


「ただいま」


 オリーヴがそう言うと、猫の舞踏会は口々に「おかえり」と言葉を返した。





 毛むくじゃらの灰色の毛並みの猫が「にゃーご」とあまり可愛くない鳴き声を発する。すると、猫はみるみるうちに大きくなっていき、あのケルベロスをもゆうに超える巨体へと成長していった。

 これが猫の舞踏会の乗り物だ。帰り支度を整えたメンバーが次々と背中に乗り込む。

 最後の一人、オリーヴは総司とクォーツと話し込んでいた。アイオライトは少し離れたところで役所からやって来た職員と話し込みながら、その様子を微笑ましく眺めていた。が、やがて違和感を覚え始めていた。

 猫の舞踏会のメンバーがやけににやにやした顔でオリーヴを見守っているのだ。


「では、保護された生物は全て魔物生態調査課に、盗品はユグドラシル城に……ということで。よろしく頼む。ソウジ君、クォーツ王子」

「オリーヴ君は次はどこに行くんですか?」

「ボクの希望としてはフレイヤやフレイに行ってみたいかな。そして、もう一度この街に来たい。今度はもっとゆっくり君と話したいんだ」


 オリーヴがほんの少し甘えるような声で言う。猫の舞踏会の中からはヒューと口笛を吹く者が出て、他の者に口と鼻を押さえられていた。

 何かがおかしい。アイオライトは職員との会話そっちのけで三人のやり取りに夢中になった。


「そうですね。またウルドに遊びに来てくださいね、オリーヴ君。一緒に色んなお話をしましょう」

「ああ……」

「だが、その時はそんな男のような格好ではなく、もう少し可愛らしい服装で来たらどうだ。素材がいいというのに勿体ないではないか」


 えっ。クォーツの台詞にアイオライトが石化する。


「ボクの趣味さ。気にしないでくれ」


 オリーヴが肩を竦めて笑う。


「では、そろそろ行くとするよ」


 赤らんだ頬を隠すように二人に背を向け、オリーヴが猫の背中に乗る。

 にゃーご、と再び可愛くない鳴き声を発して巨猫が歩き出す。すると、オリーヴが総司の方を振り向いた。


「ボクはもうただの猫ではなくなってしまったけど……君になら飼われたいって思った。さよなら、ソウジ君! また会おう!」

「はい。また会いましょうね、オリーヴ君」


 アイオライトが息をしていないことに気付かず、総司は離れていく猫に向かって小さく手を振る。それを隣で見ていたクォーツが呆れたように指摘する。


「貴様、あの言葉は考えようによっては犯罪を誘発するものだぞ。あんな台詞言わせるものではない」

「変なこと言わないでください、斎藤君」

「もっとも、貴様は俺と違って妙なことは、しないだろうから心配はしておらん。……おい、聖剣幼女!」


 さりげなく恐ろしいことを仄めかしつつ、クォーツがアイオライトを呼ぶ。しかし、返事はない。固まったままだ。


「どうしたと言うのだ、幼剣」

「斎藤君……その省略の仕方は駄目です」

「? いいからさっさと正気に戻らんか。貴様も城に来なければ話にならん」

「……アタシも?」


 真剣味を帯びた声と内容にアイオライトも我に返る。

 そんな彼女にクォーツは忌々しそうに言う。


「『オーディン』から使者がやって来た。ある罪人と魔物をこちらへ引き渡せ、とな」





 その頃のウトガルドでは、とある客が今まさに帰ろうとしているところだった。


「てめえちょっと待てやゴルァァァァ!!」

「あ゛だだだだ髪引っ張らないで!! 禿げる! 禿げるから!!」


 が、あれほど帰れ帰れと言っていた家主に髪とコートの裾を掴まれ、玄関まで辿り着けない状態だった。


「愛華どこにやった!? もう八時になるし携帯も全然繋がらないし!!」

「アブドゥルさんの本屋に連れて行っただけですよ! 何も心配ないってば!!」

「アブドゥル!? お前の部下にそんなアラブっぽい名前の奴いたか!?」

「いましたよ!! ビキニパンツ一丁の色黒マッチョで全然怪しくない人ですから!!」

「ウアアアアアア!! 人の嫁を変態と二人きりにすんじゃねえよ!!」

「うおぉぉぉぉい秋君っ!?」


 秋が半泣きでキレながら一度リビングに戻り鍵と携帯を握り締めて玄関へ駆けていく。

 そして、マフユの制止を振り切って外へ飛び出した。もう自分で妻を捜しに行くらしい。

 ここで思わぬ事態が発生する。奴はあまりにも動揺していたせいか、裸足で出て行った。


「待って秋君!! 何か履かないと……せめてサンダル履かないと足の裏怪我するって!!」


 マフユもサンダルを持って慌てて飛び出す。


「愛華ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ちょっ……待っ……秋君……!!」


 妻の名前を叫びながら走る男とサンダル片手に男を追いかける青年。

 このあと、むちゃくちゃ走った。


伏兵とはこのこと。

次でクォーツがこっちにやって来た理由が明らかになり、その次のエピローグ的な話でアイオライトにご褒美があります。


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