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113.水晶

 獰猛な魔物であり、魔族の大陸ラグナロクにしか生息していない三つ首の犬ケルベロス。

 額にガーネットで出来た紅い角を生やした鼠のような妖精のカーバンクル。

 珍しい生物ばかりが檻に押し込められ、悲鳴を上げていた。檻は総司たちが入れられていた牢と同じ魔力封じの作用があるようで、格子に体当たりしたり噛み付いて壊そうとしている。

 更に悲惨なのは魔法がなくても檻を破壊出来そうな力の強い生物だ。彼らは檻の底に設置された枷に手足を拘束された上に甲の部分に杭を打たれ、身動き一つ出来ない状態にされていた。

 皆薄汚れており、衰弱しきって鳴き声すら上げられないものもいた。


「う……っ!」


 かつては人間に飼われていたオリーヴにとって、吐き気を催すほどの恐ろしい光景だった。足が震え、目眩を起こして倒れそうになる体を総司が後ろから支える。


「オリーヴ君、辛かったら外出てていいんですよ?」

「いや、平気だ。ありがとう……」


 だが、声は恐怖と動揺で震えている。もしかしたら、自分もこんな風にされていたのかもしれない。そう考えると、胸の奥がどんどん冷えていった。

 使用人がその姿を見て、掠れた声で語り出す。


「グレイシア様はこうして気に入った生物をある程度愛でたあとは、こうしてこの部屋に閉じ込めるようになりました。死んでしまったものもいます。哀れんで逃がしてやろうとすれば何故逃がしたのかと激昂されました」


 次第にその血色の悪い唇は吊り上がっていき、自嘲気味な笑みを形成していった。


「ははは……所詮、グレイシア様にとっては彼らは単なるコレクションに過ぎなかったのですよ。家族の一員だと言っておきながら、彼らの心を理解しようともしなかった……」


 止むことのない咆哮を受けながら使用人は固く目を瞑った。それは共犯者の身でありながら、一方的に主を糾弾することへの罪の意識の重さに耐えるためだった。

 オリーヴが彼に言うべき言葉を探していると、総司が小さめの檻を持ってきた。

 その中には薄茶の毛並みの黄金猫が三匹詰め込まれていた。その内、二匹はまだ生まれてからさほど経っていないであろう小さな猫だった。

 仔猫が檻の上に乗って何度も鳴いている。どうやら、彼らが拐われた母親と兄弟のようだ。オリーヴの表情も明るさを取り戻す。

 幸いなことに、三匹共怪我はないようで元気な様子だった。


「良かった……本当に良かった……!」

「お二方、早くここから去りましょう。ソウジさんは役所の人間だったと聞きます。でしたら、お早く魔物生態調査課にこのことを……」

「これはどういうことなの!?」


 使用人の言葉を遮ったヒステリックな声。隠し部屋の入口にはシャルロッテが立っていた。怒りからか、顔は薄闇でも分かるほどに真っ赤に染まり、鞭を持つ手は小刻みに震えている。

 臆せずに主を見詰める使用人にシャルロッテは睨み、憤怒を纏った低い声で問いかけた。


「お前には、そこにいるケット・シーとウトガルド人の餌やりだけを頼んだはずよ。そいつらを出して、この部屋に連れて来いだなんて一言も言っていないわ……」


 いや、脱獄したのは総司が牢を壊したからだ。とは流石に空気的に言えないなとオリーヴは沈黙した。

 シャルロッテとしては牢を出たことよりも、この部屋の存在を知られたことの方が痛手だと思えた。ここで使用人を庇っても大して意味はないような気がした。

 もう彼は完全にハーチェス家に反旗を翻した。未練などないはずだ。

 その証拠に、使用人は一切の動揺も見せなかった。


「シャルロッテ様、もうあなた方の馬鹿げた行為も、ここまでにするべきです。これ以上、一族の名に泥を塗るのは……」

「黙りなさい! お前こそ何のつもり!? 親が病気で金が必要だったお前を雇ったのは、この私よ!?」

「あなたへの感謝の意は忘れていません。ですから、私はあなた方の生み出した闇を彼らに暴いてもらおうとここに連れてきました!」


 狂ったように捲し立てるシャルロッテだが、使用人も負けじと叫ぶ。

 相対する二人の叫びに一匹の魔物が鳴くのを止めて、急に静かになる。怒りや悔しみ、憎悪に染まった眼球がぎょろり、とシャルロッテの方を向いた。

 だが、それにシャルロッテが気付くことはなかった。オリーヴですら感知出来なかった。他の生物から放たれる殺気や怒気に紛れてしまったからだ。

 その静かすぎる殺気は隣の檻にいた透明な羽根を持つ鳥を怯えさせていた。


「……もういいわ。お前のような恩知らずには何を言っても無駄のようね。来なさい」


 シャルロッテが鞭で床を叩くと、彼女の後ろから数人の兵士が現れた。全員、剣を抜いていた。

 何を彼らに命じようとしているか。それを察したオリーヴが忌々しげに舌を打つ。


「不正を暴こうとする人間は誰であろうと殺す気か……」

「殺すのは、そこの恩知らずだけよ。あなたたちは二度と逃げられないように手足を片方ずつ斬り落とすだけにしてあげる。私もフラットみたいな金だけの男には飽きたの。ケット・シーも人間の時の姿は可愛いみたいだし、グレイシアが見捨てても私が面倒を見るわ」

「そうみたいだが、ソウジ君。君はどう思う?」

「どう思うと言われましても、僕にはそういう趣味は……あっ」


 総司のズボンのポケットから急に音が鳴り出す。それは所謂着メロであり、しかもコテコテの萌え系アニソンだった。

 しかし、そんな知識などウトガルド以外の世界に住む者にはない。オリーヴも、シャルロッテも聞いたことのない謎の音楽に身を強張らせる。


「お取り込みすみません。友達からの電話ですので」


 そう言って、総司はポケットから携帯を取り出して通話ボタンを押した。


「もしもし……あ、斎藤君? どうしたんですか、こんな夜に?」


 あの黒くて小さな板は通信具の一種なのだろうか。オリーヴはそう思いながら、この緊急事態にも関わらず、呑気に会話を始めた総司に脱力していた。


「えっとですね、今は悪い人の屋敷の地下にいます。牢を脱獄したり鞭で叩かれたり面白い体験をしてました」

「わ……!?」


 シャルロッテの顔が大きく歪む。その顔にオリーヴは吹き出しそうになったが、すぐに顔を引き締める。


「ちょっと今、修羅場中なので帰るには時間がかかりそうです。いえ、ちゃんと帰れるようにはしたいのは山々ですけど」

「――貴様には緊張感というのがないのか、馬鹿者め」


 その声は部屋の入口から聞こえてきた。総司が真っ先にそっちを見る。

 新たに部屋に入ってきた人物によって、シャルロッテと兵士が呼吸を忘れるほどの驚愕に陥った。

 浅葱色の羽織袴の少年の登場に驚いたのは、オリーヴも同じことだった。使用人は腰を抜かしてしまっていた。

 そして、総司も彼と同じ黒色の瞳を大きく見開いている。


「あら、斎藤君。どうして君がこんなところに」

「貴様を迎えに来た、藤原。貴様がいなければ、明日の英語の授業で先生に俺が指名された時、誰が俺を救うというのだ」


 総司と同じく携帯を耳に当てながら、尊大な態度で言い放つ少年。そんな彼も総司を困惑げに見詰めていた。

 だが、それ以上に周囲の混乱の方が勝った。突如、現れた少年と気軽に会話をしている総司に、視線が集中する。

 シャルロッテの顔からは怒りが剥ぎ取られ、代わりに恐怖が貼り付けられていた。


「ど、どういうことよ……何で、あの方がここに……」

「シャルロッテ様!」


 力なく、その場に座り込むシャルロッテに、彼女お抱えの兵士が呼びかける。

 彼らの横を小さい影が通りすぎて総司たちへと向かっていく。


「ソウジ!」

「あ、アイオライトさん」

「良かった……無事だったんだな……」


 アイオライトのつぶらな瞳に涙が浮かぶ。そして、少女の腕の中にいた黄金猫が総司の持っている檻の中に家族がいることに気付き、駆け出していく。

 涙ぐんでいる少女の姿に、少年が総司に諌めるように言う。


「藤原、この幼女は貴様や俺の何倍も生きているが、見た目は幼女だ。手を出すと犯罪者になる。悪いことは言わんから手を引け」

「誤解です」

「しかし、この鞄を漁っていたら貴様の名が記された教科書が見付かったので、まさかとは思ったが……何故、貴様はこの世界にいるのだ?」

「それは僕も聞きたいです。しかも、なんか君、こっちの世界じゃすごくVIPじゃありませんか? 皆、斎藤君を見てびっくりしてますよ」


 少年から鞄を受け取りながら総司が首を傾げて尋ねる。

 気心を許した者同士のやり取りだ。そんな二人の会話に、アイオライトとオリーヴが顔を見合わせる。


「な、なあ、ソウジ……お前、その男のこと知ってるんだよな?」

「僕の友達の斎藤君です」

「ふむ、俺が小さな頃、口裂け女に拐われそうになったところを助けてくれたのがきっかけだったか」

「違います。君が空飛ぶ円盤に吸い込まれそうになった時ですよ。多分、もしかしたら」

「そうだったか」

「うーん」

「まあ、いい。とりあえずこいつとは古くからの友達だ」


 このグダグダなやり取り。確かに友達のようだ。


「ソウジ……いいか、よく聞けよ」

「はい?」

「その男のアスガルドでの名前はクォーツ・トリディレイン。……ノルン国の王子だ」


 アイオライトの言葉に、総司が友人へと視線を向ける。斎藤……いや、クォーツはほんの少しだけバツの悪そうな顔をした。

 そんな彼に総司が口を開きかけた時だった。


「うわああああああ!!」


 金属が砕けるような音と、直後に響き渡る兵士の悲鳴。

 その音は一際大きな檻が内側から破壊されたことによるものだった。

感想でも当ててた人がいましたが、やっぱりそういうことでした。


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