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112.光を照らす

「うーん、こっちにも何もないみたいですね」


 地下にはいくつかの部屋があったが、どれも使われていない空き部屋だった。埃臭さで総司が軽く咳き込む。


「大丈夫かい、ソウジ君?」

「この体育館倉庫的な雰囲気……昔、斎藤君が女の子に振られたショックで倉庫に立てこもったことを思い出しました。あの時、彼は切腹すると言って新聞紙で作った刀を持って先生を担任の先生を困らせて……」

「誰だ、サイトウ君」


 残る部屋はあと二つ。獣の匂いの正体はいまだに掴めていない。


「何だ、この部屋は……」

「お金持ちの部屋みたいです」


 次に入った部屋でオリーヴは眉をひそめ、総司は小さく拍手した。

 匂いはその部屋からはしなかったものの、代わりに別の物が置かれていた。

 壁には絵画が飾られ、棚には壺や小さな像がしまわれている。オリーヴには芸術品を見る目はないものの、それらが全て高額の品であると感じられた。定期的に手入れがされているようで、汚れや埃は付いていない。

 だが、どうしてこんな場所にあるのだろう。どれもこんな地下室に閉じ込めておくには勿体ない品々だ。シャルロッテのあの性格なら、己の権力を誇示するかのように人目につく場所に飾るものではないのか。


「この絵、綺麗ですね」


 悩むオリーヴをよそに総司は美術品鑑賞を満喫しているようだった。特に一番奥に飾られてある絵画が気に入ったのか、それをじっと眺めている。

 二人の男女と一匹の兎が描かれたシンプルな作品だった。銀髪に白装束、瑠璃色の瞳を持った青年と、常盤色の髪に淡い桃色の瞳の少女はどちらも美しく、少女の方は栗色の兎を抱いていた。

 オリーヴもその絵を見ると感嘆するように息をつき、絵の隅に書かれた作者のサインを確認した。


「この絵を書いたのは高名な魔術師でありながら、素晴らしい作品ばかりを生み出してきた画家だ。千年前の絵をこんなところで見られるなんて……」

「えっ、これそんなに昔の絵なんですか?」


 総司の反応にオリーヴは苦笑した。


「彼は紙や塗料に防腐の魔法を練り込んで描いていたんだ。あの兎は僕たち、妖精霊の故郷パラケルススの番人エリクシア様だよ」

「エリクシア様……そういえば兎でしたね、あの人」

「君はエリクシア様を知っているのかい?」

「僕の友達を助けてくれました」

「……じゃあ、あの青年は知っているのかな?」


 オリーヴが銀髪の青年へと指を差す。


「彼はウトガルドを守護するマフユという神でね。ボクも一度しか会ったことがないが、とても気さくな……」

「オリーヴ君?」

「……そうだ。マフユ様だ……」


 思い出した。オリーヴが瞳を大きく見開き、総司の姿を捉える。

 異世界の神であるマフユと対面したのは長く生きてきた中でも、たった一度きり。二十年前のことで、その頃から猫の舞踏会に入団していたオリーヴが、とある街に訪れた時だった。そこで偶然マフユと出会った。

 どうして魔王率いる魔族による戦争が起きている今、アスガルドにいるのか彼は教えてくれなかった。穏やかに、儚げに笑うだけだ。

 マフユの隣には黒髪の少年が立っていた。まだ五、六歳ほどの幼い少年。オリーヴが少年は誰なのかと聞くと、マフユはこう答えた。

 友達です、と。


「君はあの頃に比べたら成長して随分と大きくなった……だが、匂いまでは変わっていない」

「オリーヴ君? 何を言ってるんですか?」

「ソウジ君、覚えていないのかい? 君は二十年前にこの世界に来ていたんだ」

「ええとですね、二十年前はまだ生まれてませんよ。それにウトガルドに来るようになったのは、アルバイトをするためであって……」


 その時、閉めていたはずの扉が静かに開いた。


「!」


 オリーヴと総司が部屋の入口へと視線を向ける。ゆっくりと中へ入って来たのは、シャルロッテを食事だと呼びに来ていた使用人の男だった。

 だが、オリーヴに焦りの色はなかった。もう魔力封じの牢の中ではない。


「ソウジ君、ボクの後ろに隠れてて」

「わあ、かっこいいですねオリーヴ君」


 今度は自分が総司を助ける番だ。オリーヴは仔猫を総司に託し、彼を守るように前に立った。


「ボクも妖精なもので、魔法には自信がある。君以外には誰もいなさそうだ。もう一度ボクたちを捕まえる気ならやめた方がいい」

「……そのつもりはありませんよ」


 殺気立ったケット・シーの姿に、使用人は一瞬怯んだ様子を見せるも、ひどく落ち着いた態度だった。どこか諦感しきっているようにも思える。

 油断させるための演技か。オリーヴはどうするべきか迷った。

 すると、背後から総司に肩を叩かれた。


「この人の話を聞いてみませんか?」

「ソウジ君……」

「何か悪い人には見えませんし」


 特に理由もなく、そう言われても。オリーヴは困り顔になったが、結局は肩を竦めたあとに使用人に向き直った。


「分かった。君はボクの恩人だ。ボクは総司君の言うことを聞く義務がある」

「義務ってそんな大げさな」

「いいのさ。それで君は何しにここに来たのだろう?」

「あなた方にこの部屋について説明しに参りました」


 そこで使用人は一度言葉を止め、小さくため息をついて俯いた。次に顔を上げた時、彼の顔付きは変わっていた。

 覚悟を決めたような凛とした強い眼差しで総司とオリーヴを見る。


「説明って……ただのハーチェスさん一家のコレクションじゃないんですか?」

「いいえ。ただのコレクションであれば、上に飾ります。シャルロッテ様はそうやって他人に見せびらかしますから」

「違うなら、何だ? まさかとは思うが……ここにある物全て盗品と言うつもりかい?」


 オリーヴの言葉に使用人が首を振る。……縦に。

 それが示す答えに総司が室内の品物を何度も見渡し、オリーヴは愕然としながら声を漏らした。


「信じられない……」

「残念ながら真実です。これらは全てシャルロッテ様が良からぬ連中を雇い、他の貴族の家から奪い取った美術品です。あの方は自らが欲した物は何が何でも手に入れようとする人間ですので」

「フラットは、フラット・ハーチェスはこのことを知っているのか?」

「ええ」


 シャルロッテの暴走に気付いたフラットだったが、止めるまでには至らなかった。このことが世間に露見されればハーチェス家は破滅する。

 フラットが優先したのは正義や誇りではなく、自らの保身だった。結果的にそれがシャルロッテを更なる物欲に走らせ、グレイシアに「欲しいと思った物はどんな手を使ってでも手に入れる」という歪んだ思想を植え付けた。

 流石に盗品を堂々と飾る度胸はなかったようだ。それも気付かれたら、と考えたフラットが地下に隠すように仕向けたのかもしれないが。


「でも、どうして僕たちにそのお話を教えてくれたんですか? シャルロッテさんって人にものすごく怒られますよ」

「……何度も誰かに打ち明けようとは思っていました。僅かばかりに勇気が足りず口を開くことが出来なかったのです」


 使用人はどこかすっきりしたように笑ってみせた。今まで主たちのおぞましい行為を黙認してきたのだ。自分にも罰が与えられるとは分かっている。

 しかし、きらびやかな名家が裏では犯罪に手を染めていた。そんな事実を周囲から隠すという重圧に心は疲れてしまった。

 どす黒い闇に光を照らす時がやって来た。それだけの話だ。


「あなた方はもしや、その黄金猫の仲間を探しているのでは?」

「ああ、この屋敷のどこかにこの仔猫の家族がいるかもしれない。それに……」

「……あなたの言いたいことは分かっています。案内しましょう。猫の家族に会わせてあげます」


 使用人に案内されたのは、まだ調べていない最後の部屋だった。使用人は鍵を使って扉を開いた。他の部屋と違って、何故かこの部屋だけは施錠がされていた。

 中はただの空き部屋だったが、獣の匂いが濃くなっていた。

 ……ここだ。

 オリーヴはそう直感だ。

 使用人が何もしまわれていない本棚を横にずらすと、隠し扉が現れた。そこにも鍵を差し込む。


「……? 厳重ですね」

「この先はグレイシア様の飼われている『生物』たちがいますので」

「何? グレイシア嬢が飼っているというのは、まさか……」


 扉が使用人によって開けられる。防音のためか、やけに分厚い扉だ。

 直後、冷たい空気と共に薄闇の向こうから訪れたのは、身がすくむような獣の咆哮だった。

 使用人に続くように隠し部屋に入っていく総司とオリーヴ。


「……こういうことか」


 オリーヴは呻くように呟いた。

 部屋には大小問わず、大量の檻が置かれていた。


 そして、その中には魔物や妖精が閉じ込められ、どれも外に出ようと暴れ回っていた。

 グレイシアのペットは餌も与えられていなかったのか、痩せ細っていた。



さりげなく重要なお話がちらりと流れます。


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