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11.少年と狐

 お母さん元気ですか?

 私ヘリオドールは元気です。毎日役所の中を全力疾走しているおかげで魔女なのに脚に筋肉がつき、後輩からかっこいいと言われました。出来れば美人と言われたかったです。


 さて、今少しだけ触れましたが、雑用係として色んな部署のお手伝いをしている私にも後輩というか部下みたいな子が出来ました。総司君という男の子です。二十年前にこのアスガルドを救った勇者と同じ異世界ウトガルドからやって来ました。

 そのせいか、色々と凄い子です。うちの所長の結界を素手で破壊しやがりました。妖精霊が見えるだけでなく、会話も出来ます。あとドラゴンを舎弟にしました。


 その総司君がウルドの役所に入ってから三週間が経ちますが、とっても助かっています。鑑定課では冒険者達が持ってきた色んなアイテムを運ぶのが私達の仕事ですが、総司君が重いものを持ってくれるのです。男が二人がかりで運ぶような巨大な石を一人で持っているのを見た時は絶句しました。

 妖精・精霊保護研究課では、ここのペットになったドラゴンと一緒に妖精霊から話を聞いて、それをジークフリート達に教えています。総司君はジークと新人のフィリアちゃんに好かれているので、行く度に勧誘されています。


総司君には向こうの世界の『学校』という施設で朝から夕方頃まで過ごした後に、こっちに来て数時間仕事をしてもらっています。 そして、週に二日間学校がない日があるので、いつもよりこの日は仕事の時間が長めです。土曜日と日曜日と言う日らしいです(向こうでは一週間に曜日というものが存在するのです)。










 ウトガルドで言う所の土曜日、雑用係の二人は住民課にいた。


「仕事前にヘリオドールさんから教えられてはいましたけど、こっちの世界には本当に色んな人がいるんですね」


 本棚の前で総司はペラペラと住民簿を捲りながらそう言った。いつもと変わらない抑揚のない声にも聞こえるが、そこには僅かな驚きが滲み出ている。

 隣で住民簿の整理を行っていたヘリオドールは得意気にふふん、と鼻を鳴らした。自分が何かをしたわけではなかったのだが、このような反応をする総司はあまり見た事がなく楽しいと思えたのだ。


「こっちの世界じゃ動物と人間の混血なんて当たり前なのよ。あんた達の世界でキャーキャー騒がれてる猫耳兎耳なんて普通よ、普通」

「そうなんですか。あ、この鳥翼族とかは鳥の翼を持ってて飛ぶ事も出来る人達でしたっけ」

「そうそう。水に濡れると下半身が魚になってしまう種族は、こっちでも人魚族って呼ばれてるけどね」


 ウルドの中心部だけでも獣人の数は非常に多い。地方から様々な夢を求めてやって来るのだ。


「獣人もその種族ごとに能力が異なっているわ。例えば狼やライオン、熊とかの獣人は生まれつき力が強いからパワー主体の冒険者に向いているの。飛行能力を持つ鳥翼族はシルフと、水の中を自在に泳げる人魚族はウンディーネと密接な繋がりを持つから魔術師や錬金術師に向いてたりとか」

「そういえばリリスさんって頭から角生えてますよね。バッファローの獣人なんですか? それか羊とか……」

「ファーストチョイスゴツいな!! ……リリスは獣人じゃなくて魔族のハーフ。ジークフリートもそうよ」


 魔族のハーフは純血の人間や獣人と比べると長命の人間だ。人間とドラゴンのハーフのジークフリートはあの見た目で90歳超えで、サキュバスとの混血のリリスなんかはもっと長く生きていると聞く。実年齢を知っているのは彼女が大のお気に入りの所長と、アイオライトぐらいだろう。

 以前リリスに年齢を聞こうとした男性職員が仮眠室に連行されて数時間後、瀕死の状態で発見された事件があった。それも全裸で。精力を吸い尽くされたらしい。女性に年齢を聞いてはならないのだと男達は震え上がっていた。


「ちなみにこの住民課にも一人獣人がいるわ。最近まで城の方に出張してたからあんたはまだ会った事ないと思うけ……」

「どうして急にそんな話になったか教えてくれるかなぁ?」


 ヘリオドールの声を遮ったのは冷たい男の声だった。課長席の方から聞こえてきたそれにヘリオドールは、住民簿を棚に戻して様子を見に行った。

 そして、すぐに状況を把握した。耳から狐の耳を生やした黒髪の男が、困り顔の課長に捲し立てていたのだ。


「お、落ち着いてオボロ君……わしも君には申し訳ないと思ってるんだよ……ね?」

「ね、じゃないよ。提出が間に合わなくなって僕に押し付けるってどういう事かな。もっと早くこうなるって事は予測出来なかったわけ? あんたここ何年いるの?」

「い、いや、でも、本当に申し訳ないとは思ってるんだよ……ね? ここは上司命令だと思って……ね? 言う事聞かないとわしも君の成績下げなくちゃならないし……ね?」


 初めは青年が課長に気に入らない事があって文句を言っているのだと思ったが、課長の言葉からしてそんな単純な話でもないようだ。ヘリオドールは青年の肩をポンと叩いて顔を覗き込んだ。


「どうしたのよオボロ。他のみんなびっくりしてるじゃないの」

「僕は課長に説明を要求しただけだよ。僕は何も悪くない」

「い、いや……わしは別にオボロ君に何も悪い事はしてない……よ?」

「本当に? さっきのオボロの話聞いてたけど、あんたこの子に無茶な事押し付けようとしてたんじゃないの?」


 全体的にこの課の職員はおっとりマイペースな人間が多い。そののんびりした性格が災いして起こったのがあの住民簿炎上事件である。彼らを纏める立場の課長もやはりマイペースなのだが、彼はそれに加えて部下にやや強引に仕事を押し付ける事が多い。

 今回、その標的にされたのは課では一番若く仕事の要領がとても良く将来を有望されている人物だった。ヘリオドールを面倒臭そうに見ている狐の獣人の青年だ。


「この課の人間じゃない君には関係ない話だ。邪魔をするんじゃない」

「私はどの課にも属していないけれど、どの課にも通じている人間なの。あんたに困っている事があれば話を聞いてあげるって言ってるのよ」

「……えらっそうに婆さんのくせにいい気になっちゃって。そんなんだからいい男にも恵まれないんだよ。一生独身かもね」


 ニヤニヤ笑いながらオボロがそう言い放ったと同時に、ヘリオドールは無言で杖を手に取った。女性にとって一番タブーな話題に触れた恐ろしさをこの後輩に教えるためである。

 課長が顔を青くして止めようとする。それに構わずヘリオドールは杖の先端に魔力を込め始めた。


 はっ、とオボロが鼻で笑う。


「図星かい? いやぁ、女性は怒らせると怖い」

「べっつに私は婆さん呼ばわりされた事に怒ってるわけじゃないわよ? ただ、目の前にいるガキに『指導』するだけだから。女に言っていい事と悪い事があるってね」

「少し激しい指導になりそうだけどね。先輩からの『暴力』から自分の身を守るためにって事で、正当防衛は認められるかな?」


 静かに淡々とした口調のヘリオドールに対し、オボロは嘲笑を浮かべながら自らの掌に青い光を灯した。「ひぃ」と課長が引き攣った悲鳴を上げても、二人は互いを睨み付けたまま視線を逸らそうとしない。静かに状況を見守っていた職員が慌てた様子で部屋から飛び出す。

 彼らを止める者は誰もいないように思われた。


「氷漬けになりなさい! 白き森に棲まう冬の女神よ。愚かな罪人を冷たき眠りへ閉じ込めたまえ――『冬の森』!!」

「はいはい落ち着いて。……罪の鎖に囚われし魂に浄化の炎を、全てを深き眠りへ導く氷の夜を照らす灯火を。蒼き焔が誘うは裁きの煉獄。解き放て『露草』」


 ヘリオドールの杖が冷気の塊が、オボロの掌から青の炎がそれぞれに向かって放たれる。


「ヘリオドールさん、この住民簿ちょっと読み方分からないから教えてくれませんか?」


 その瞬間、両者の間に割って入ったのはずっと住民簿の整理をしていた総司だった。ヘリオドールの魔法と自分が放った炎を同時に喰らってしまうとオボロが大きく目を見開く。


「しまっ……」


 ぺしっ。ぱしん。オボロの心配など杞憂であると言うように、総司は冷気の塊と炎を手にしていた住民簿で叩き落とした。ハエを叩く感覚で。

 無傷の少年と住民簿にオボロが別な意味で目をかっ開いたのを見て、ヘリオドールは遠い目をした。


「それですみません。ここなんですけど……」

「……あ、うん」


 かなり手加減して撃った魔法とは言え、あんなに簡単に消されてしまった事は魔女としてそれなりにショックだった。

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