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106,ラインの黄金猫

 ラインの黄金猫。それはアスガルドに生息する猫の中でも、非常に稀少とされる種だ。薄茶の毛並みに金色の瞳を持つが、同じような外見の猫は他にもいる。黄金猫が何故、貴重な存在になったかと言えば、それは彼らの体質が大きく由来していた。

 黄金猫は死ぬと、その死体が変質して名前通り黄金と化すのだ。さらに金鉱で発掘出来るものよりも質がずっと高く、かつては市場では高額で黄金猫の亡骸が売買されていた。

 そう、全ての原因は人間の行いによるものだった。元々、黄金猫は妖精国フレイヤに多く生息していたが、次々と乱獲されていき、数が激減してしまったのである。

 雄であれば捕獲後に毒を飲まされ、雌であれば狭い檻の中で産めなくなるまで子を産ませ続ける。その子たちは雄は成体になるまで成長してから毒殺し、雌は母親と同じ道を歩まされることとなる。


 事態を重くみたフレイヤは乱獲者を捕らえた。中には国ぐるみで黄金猫の狩りを行っているケースもあった。その国はつい数年前までは貧困に陥っていた傾国だったが、次々と質の良い黄金が採れる金脈を掘り当てて巨万の富を得たとされていた。

 ……調べてみればタネは簡単なものだった。黄金猫の死体を金鉱で採れた金だと偽っていたのだ。その情報がアスガルド中に流されれば、フレイヤを中心とした各国は件の国を徹底的に批難した。もっとも、フレイヤ以外の国は黄金猫の扱いに関してはさほど感心はなかった。件の国は黄金の産出によって国力を強めていき、周りの国に相手側が明らかに不利となる条約を無理矢理結びつけていたのだ。それにより、前々から敵対心を抱いていた国々にとって、黄金猫の虐殺は窮地に追い込むための朗報に過ぎなかった。

 さらに国民からも怒りの声は上がった。豊かになったと言っても、それは城の人間や貴族ばかりで平民には、おこぼれすら行き届いていなかったのである。上の人間ばかりが肥え太り、国民の間では餓死や疫病が蔓延する現状に加え、黄金の正体も暴かれた国に希望はどこにもなかった。


 結局、他国からの支援を受けた平民、兵士によるクーデターが発生し、当時の王族は滅ぼされた。空席となった王の座には、クーデターを指揮していた者が座ることとなった。

 しかし、頭がすげ替わったとしても国政は良好にはならず、数十年後には国そのものが滅びる。一国の滅亡のきっかけとなった黄金猫は、滅びの猫と異称を付けられた。

 猫はただ人間の欲望のために仲間を次々と喪った被害者である。まるで故意に災いをもたらしたような呼び名に嫌悪する人々も多く、今となってその二つ名を使う者はほとんどいないが。


「……という歴史がある猫でね」


 黄金猫の知識が全くなかった総司に一通り説明したあと、オリーヴは黄金猫を両手で優しく抱え持った。他の猫たちも仔猫が気になるようで、視線をオリーヴの掌へと注ぐ。

 口をへの字にして、みゃうみゃう鳴く仔猫を見ているのはアイオライトだ。その様子に総司が声をかける。


「アイオライトさんも触ってみたいんですか?」

「そうだけど、そうじゃなくて……何でこいつがここにいるんだろうなって……」

「猫はどこにでもいるものですよ」

「ソウジ君、このラインの黄金猫は乱獲によって個体が激減したあとは、フレイヤとフレイヤの姉妹国であるフレイの保護対象にある」


 よって、アスガルドでは黄金猫を捕獲、飼育することは禁じられている。つい最近まで鎖国状態にあったフレイヤも、この件に関しては各国に強く周知していた。黄金猫に手を出せば国が滅びる。忌まわしき過去から生まれた迷信も現実になりかねないと各国も従った。魔法に長けたハイエルフばかりが集うフレイヤの怒りに触れれば、自然の守り手である精霊を全て奪われ、国中が不毛の大地となる恐れがあったのだ。

 妖精国に守られた黄金猫、それもこんな小さな仔猫がこんな場所にいるなんて考えにくい。疑惑の目が総司に注がれる。


「ソウジ君、疑いたくはないんだがね。この黄金猫を一体どこで……」

「僕にも分かりません。いつから鞄の中に潜り込んでいたんでしょうか」

「お、おい、ソウジを疑ってんのかよ! こいつは……」


 ミイ、と可愛らしいながらも叫ぶように黄金猫がオリーヴに向かって何度も鳴く。それは総司を庇っているようにも聞こえる。

 オリーヴは総司を一瞥してから、猫の姿に戻った。ケット・シーは猫の妖精だ。元の姿に戻れば、猫の言語も理解出来る。

 仔猫はにゃあにゃあ鳴き続け、オリーヴは何度も頷いた。その顔はみるみるうちに険しくなっていく。


「……ソウジ君、疑ってすまなかった。君は本当に関係ないようだ」

「だから言っただろ!」

「まあまあ、アイオライトさん。僕、何もされてませんから」


 自分のことのように激昂する少女を総司がやんわりとした口調で宥める。そんな二人にオリーヴはもう一度謝った。表情を曇らせたまま。


「オリーヴさん?」

「……君の疑いは晴れた。だが、少し厄介な出来事が起こっているようでね」


 人間の姿になってから、オリーヴは仔猫の小さな頭を撫でた。


「黄金猫の子はね、独り立ちするまでは母親と父親と行動を共にする。母親は子育てを、父親は外敵から家族を守る役割を持つ。……どうやら、この子の母親や兄弟は人間に捕まったらしい。父親が別の敵と戦っている最中にね」

「捕まったって……どんな人かは分からないんですか?」

「この子はまだ幼い。人間の顔もよく覚えていないし、捕まってからは何かに乗せられたことぐらいしか分からないそうだ。それで降ろされる時に母親が一匹だけでも……と逃がしてくれたらしい」


 自分たちを捜しているであろう父親を見付け出そうと、姿を捜すも見慣れたフレイヤの森とは違う土地。周りにはエルフとは違う出で立ちの人間ばかり。

 地面をよちよちと歩く猫に気付く者などおらず、何度も踏まれそうになった。その内、歩き疲れた猫が辿り着いたのは広場のベンチ。その下に隠れて体力を回復させることにした。そこには黒髪の男が座っていたが、静かな雰囲気を漂わせていて害を加える人間ではないと感じた。

 しかし、一安心もしていられなかった。仔猫は自分たちを捕らえた人間の姿を覚えていない。だが、匂いは鮮明に記憶に残っていたのだ。

 その匂いが突然現れたことに仔猫はひどく怯えた。今度捕まってしまえば、どうすることも出来ない。必死に仔猫を逃がしてくれた母親を見れば、とても酷い目に遭うのだと分かった。

 迫り来る恐怖に仔猫はただ震え、奴らに見付かるのを待つしかなかった――はずだった。


「ソウジお兄ちゃーん!」


 聞こえてきた子供の声。直後、ベンチに軽い衝撃が走り、人間が隣に置いていた袋のような物が地面に落ちた。その中からは本物そっくりのぬいぐるみや本が飛び出した。混乱する仔猫を他所に、次は子供を叱り付ける大人の声が。恐らく子供の親だろう。


「こら! 駄目じゃないの!」

「ご、ごめんなさい!」

「いえ、気にしないでください。僕も鞄を開けっ放しにしてたのが悪いんですから」

「うちの子が本当にすみません……」

「ごめんね、お兄ちゃん! 今拾うから」


 そう言って子供は地面に散らばった物を慌てて鞄に詰め込んでいった。その子供の手は仔猫にも及ぶ。


「!」


 ぬいぐるみと勘違いしたのか、子供は仔猫まで鞄へと入れてしまった。猫も不安と驚きで硬直して全く抵抗出来なかったのだ。

 兎にも角にも、黄金猫は最大の危機から逃れたものの、脱出困難な場所へ追いやられてしまった。初めは恐怖で震えるばかりだったが、その内不思議と心地よさを感じて、いつの間にか寝に入ってしまったのだ。

 そして、気が付けば見知らぬ猫に外の世界に引っ張り出されていた。……という説明を仔猫からどうにか聞き出したオリーヴは心を痛めた。黄金猫狩りが今でも行われているということなのか。この猫の母親と兄弟が今、生きているのかすらオリーヴには分からない。雌であれば、子を孕ませるために生かすが、足がつかないようにすぐに殺してしまう可能性もある。いや、昔とは違い、密猟が見付かれば厳罰を喰らう今の時代なら、そちらのほうが都合がよいだろう。


「みゃう……」


 オリーヴの手の中で仔猫が家族を思って小さく鳴く。アイオライトも何と言っていいか分からず、口を噤む。

 そんな中、総司はもそもそと鞄から小さな缶詰は缶詰を取り出していた。息が詰まりそうな雰囲気など彼には関係ないのだ。


「そういえば、昼間に日向ぼっこしてる時にそんなことがありました。もっと早く気付いてあげればよかったんですけど」

「ソウジ、その缶詰なんだ?」

「モンプチです。僕の友達の斎藤君から美味しいから食べてみろってもらったんです」

「え……」


 アイオライトは無表情になって缶詰を見た。ラベルには随分精巧に描かれた猫の絵が描いてある。もしかしなくても、これは猫専用の餌なのでは――。

 そんな予感に心が揺れる。


「あのさ……そのサイトー君って人間、だよな?」

「彼自身も美味しそうにモンプチ食べてましたけど、僕の記憶が正しいなら僕と同じ人間のはずですよ」


 アイオライトが総司の交友関係に大きな不安を抱いた瞬間だったし、オリーヴが総司のぶれない精神力に口をあんぐりと開けたまま動かずにいる。

来週にはモンスター文庫さんのサイトで二巻の表紙がアップされればいいなあ。


モンプチのサイト猫ばっかで超可愛いんですけど……

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