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103.不法侵入者

「帰れ! 今すぐ帰れ!! プリン代置いて帰れや!!」


 プリンの恨みはあまりにも大きかった。冷蔵庫に収納していたあらゆる物を薙ぎ倒して出て来たマフユに向かって秋が叫ぶ。何せ、秋が仕事帰りにデパートで買ってきたオシャレ度が高い上等品。一個五百円であり、コンビニやスーパーで売っている百数十円のプリンとは違うのだ。

 それを不法侵入してきた不審者に食われてしまった。もうこれは怒るしかない。女性めいた顔の作りをしているので、一人暮らしの女性には嬉しい来訪者だろうが、秋にとっては招かざる客だ。マイスプーンでプリンを平然と食べている青年からプリンのカップを取り上げようとするが、俊敏な動きで秋の手は宙を掴むだけで終わった。


「はいはい、これ食べて落ち着いてくださいよ。ロキ君大好きでしょ?」

「納豆じゃねーか!! 俺が嫌いな食い物だよ!!」


 マフユが差し出してきた納豆のパックを、秋は受け取ると冷蔵庫にしまった。嫁が大好きな納豆に罪はない。悪いのは勝手に人のおやつを貪り、嫌いだと分かっているくせに納豆をわざと押し付けようとした神様である。

 ついでに床に散乱している他の食材も片付け始める秋を無視して、マフユは勝手にチューハイ缶を開けて飲み始めた。どこまでも自由。しかも、ピンポイントで秋の物に手をつけていく知能犯。

 というより、まだ夕方にもなっていないのにアルコールを堂々と摂取する蛮行。この神が統括するこの世界の行き着く先に一抹の不安を覚える。


「お酒はやっぱり美味しいなー! この間、検査に引っかかって禁酒って言われてたんですけど、たまにはいいですよね!」

「検査って何だ!? 本当にプリン代とチューハイ代置いて帰れ!!」

「僕は客人ですよ、もっと労らなきゃ!」

「俺はこの家の人間だぞ、もっと遠慮しやがれ!!」


 彼らの主張はどこまでも正反対であった。交わる兆しは全くと言っていいほど見られない。

 酒は好きだが、まだ明るい時間からアルコールの匂いを嗅ぐのは好きではない。顔をしかめながら秋は整理を終えた冷蔵庫を閉めた。


「それで何しに来たんだよ。プリンと酒のためだけじゃないんだろ」

「プリン引っ張りますなぁ」

「食い物の恨み嘗めてんのか」


 親の仇を見るような目で凄まれた程度でマフユが止まるなら、とっくに止まっている。プリンをつまみにしてチューハイを味わっていた神は自分の携帯を秋へ放り投げた。

 画面には『熟ジョファン』を名乗る者からのメールが表示されていた。明らかに秋のことが書かれている。


「熟ジョって何だ……」

「魔法熟女ジョセフィーヌの略ですよ。そんなのも知らないなんてロキ君世間知らずだなー」

「誤解されかねない略称やめろよ! 厳密には間違っちゃいねえけど!」

「というわけで僕は君を邪魔し……助けに来たんですけどね、早い話が愛華ちゃんに聞くのが一番手っ取り早い気もするんですよ。それが出来ないから君はいつまで経っても総司君にも頭が上がらない、と!」


 マフユが人差し指をくい、と動かすと秋の手の中にあった携帯が勝手に動き出し、大きく弧を描いて持ち主の手元に戻った。

 おかえりー、と携帯の帰還を喜びながらマフユは台所から出ていき、愛華の本棚へと向かった。そして、床に散乱している単行本を見るなり、秋を鼻で笑う。


「ロキ君って自分の奥さんが欲しがってる本が何かも知らないんですかー? やっだあ、カッコ悪い」


 煽りスキルMAXのマフユは、まるで新人OLを虐め倒すお局様のような陰湿な雰囲気を纏っていた。ふわふわなファー付きの扇子が似合いそうですらある。

 そんな酒臭い神に秋は無言で一冊の漫画を拾い上げた。タイトル『消しゴム彼氏』第二巻。

 ヒロインとヒーローがワルツを踊っている表紙。金髪のヒーローの顔の半分は磨り減ったように消失していた。消しゴムであるヒーローが使用されたため、こんな発禁すれすれの表紙になったと推測される。

 三巻、四巻と消しゴム彼氏の身体はどんどん欠けていき、五巻の表紙ではついに右の足首だけとなってしまった。

 更に六巻からは足の小指を残して消滅してしまった消しゴム彼氏を再生するために、ヒロインが消しゴム工場で働き始める。映画化も決定しており、来年の春に公開予定の空前ヒットの話題作。


「魔法熟女といい、これといい何でこんなわけわかんねえのが人気あるのか、三行で答えろ神」

「女の子、可愛い、正義。ですかね!」


 さすがは神様。愛華コレクションの中で怪作賞を受賞した(審査員・秋)消しゴム彼氏を突き付けられても崩れぬ余裕。彼から余裕を奪い去るのは難易度の高い任務であると、秋はこの時確信した。

 マフユはマフユで床に寝転がって勝手に漫画を読み始めた。友達の家に遊びにやって来た小学生か。

 どうやら神は『海の恵美』という漫画に興味を示したらしい。あらすじは海女さんをしている六十代の主人公が、若々しいイケメンの人魚と恋に落ちるありきたりなストーリーだ。しかし、主人公の夫は実は人魚の密漁を行う悪徳漁師であり、夫は嫉妬に狂って何としてでも妻を寝取った人魚をフィリピンに売り飛ばそうとする。これは秋審査員により、腹黒賞を受賞した作品である。

 そんなゲテモノをキラキラと目から星を撒き散らしながら読み進める銀髪の青年に、秋も思わずドン引き。うわー……な視線に気付いたマフユが不服そうに眉をひそめる。


「ロキ君は元々向こうの世界の人だから、ウトガルドの人間とは感性が違うんですよねー。こればっかはどうにもならないから、慣れるしかありませんってば」

「感性が違うってだけで何もかも済ませようとするんじゃねえよ……」

「うるさいなあ。大体、君を人間に作り替えてウトガルドに定着させたのは誰だと思ってんですか。文句なんか言ってないでこっちの世界に溶け込む努力をしてくださいな」

「そんなことしてくださいって俺は頼んでねえよ。第一、あのまま死んでた方が……」


 言い終わる前に天井の板に丸く穴が開き、そこから大量の小さな雪だるまが落下する。量産型雪だるまに容赦なく押し潰された男に、青年が諭すように言う。


「そういう文句は君を助けろって僕にお願いした人に言ってくださいね。僕だって、それを叶えたせいで二日間筋肉痛になって大変だったんですよ?」

「じゃあ、そいつが誰か教えろよ。俺には知る権利があるはずだろ」

「ええっ、ないない! 何、たかがちょっと強いだけだった元魔族がキリッとした顔で『権利があるはずだ』ってマジ受けるんですけど~~~~~!」

「てめえ本当に性格悪いな!!」


 煽るのが趣味かと問い質したくなるような猛攻。それに釣られた秋にマフユは小さくため息をつく。人差し指をくい、と動かせば、雪だるまと天井の穴が一瞬で消えた。

 ふらつきながら立ち上がる秋に、瑠璃色の双眸が聞き分けのない子供に対する視線を送る。ウトガルドを統括する神として途方もない年月存在してきた彼にとっては、秋が魔族として生きてきた時間など、たかが数百年程度だ。

 見た目だけならマフユが若いが、実際には圧倒的な差がある。秋はたまにマフユが見せる見守るような、案じるような眼差しが苦手だった。普段の徹底的に人を馬鹿にした態度も困りものだが。


「愛華ちゃんと総司君を悲しませたくないなら、あの時死ねば良かったなんて言うべきじゃない。僕も君みたいなサンドバッグがないとつまんないし」

「……つーか、てめえ絶対に俺が嫌いだろ」

「うむむ、微妙ですねえ」


 ある意味厳しい答えに秋は複雑そうな表情を浮かべるも、それはマフユも同じだった。激情を必死で押さえ込み、どうにかして作り上げた笑みを顔に無造作に貼り付けているように秋には見えた。


「君が悪いわけじゃないのは分かってますよ? だから、これは僕の一方的な八つ当たり。なーんにも君が気にする必要なんてありません」

「五百円のプリン食われてスルーは出来ねえよ」

「はいはい、あとでコンビニで肉まん一個買ってあげますから」

「肉まん百円前後だろうが! もう金はいいから出てけ! 愛華帰ってきたらどうすんだ!!」

 彼女とマフユを対面させれば、恐れている事態が起こるかもしれない。そんな懸念を抱く秋に、マフユは満面の笑みを浮かべて言い放つ。


「そこはご安心を! 愛華ちゃんは、あるものを使って足止めしてありますから」






 一方、夕飯の材料を買いに行く途中だった愛華は、小さな本屋にいた。以前までは空き地だったと思うのだが、いつ出来たのか記憶にない。以前どころか、昨日もこんな建物なかったような気がするのは気のせいだろうか。

 しかも、置いてある本は今まで見たことがない珍しいものばかりだ。妙な質感の本もあれば、耳を近付けてみると呻き声が聞こえてくる本まである。


「面白い本がたくさん売ってる……総ちゃん連れてきたら喜びそう!」

「チェケラッチョ!」


 明らかに怪しげな本たちを満喫する客に、色黒のマッチョの店主は嬉しそうに叫んだ。六つに割れた腹筋を見せ付けるように彼の上半身は裸だった。

次回からは猫じゃー!(猫好き)


マフユが秋に屈折した感情を向けている理由は後に判明します。

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