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102.スノウ・ホワイト殿下

 ジークフリートは行けない。だから、アイオライトと一緒に。そんな流れに動きつつある展開に、アイオライトはのそのそとテーブルの下から出てきた。

 ジークフリートが仕事で忙しいだなんて嘘だ。今日は特に問題もないので、時間通りに帰ると言っていた。なので休憩時間も丸々使えるとあって、彼を食堂に連れてきたのである。

 狼狽えたアイオライトが何かを口走ろうとする前に、ジークフリートはチラシを少年に返しながら言った。


「駄目か? こいつも案外猫好きだから楽しめると思うぞ」

「アイオライトさん、猫好きだったんですか?」


 総司から話を振られて、アイオライトはピシッと背筋を伸ばした。アタシって猫好きだったか? 猫より犬派だった気もするが、とりあえず頷いておこう。

 せっかくお膳立てをしてやったのにスムーズにことが進まず、ジークフリートがハラハラしていると、総司は残像が見えるほどのスピードで頷くアイオライトを見ながら言った。


「猫、可愛いですよね。仔猫も可愛いですけど、ちょっとぶすってした表情の猫も愛着があって」

「お、おう……!」


 すぐ側に猫好きがいると分かった途端、猫の愛らしさを語り出す総司に、アイオライトは慌てて同意した。

 天使かな。そう思っている少女に、目の前にいるのが仲間だと分かると饒舌になるのがオタクであると、ジークフリートは黙っておこうと決めた。

 ふと壁の時計に目を向ければ休憩時間終了まで、あと一分。ジークフリートは席を立ち上がった。


「行くぞ、アイオライト。お前も課に戻れ」

「わ、分かってる」


 いそいそと廊下へと向かう二人。アイオライトの名前を呼んだのは総司だった。振り向けば、少年は控えめに手を振っている。


「アイオライトさん、また後で」

「ま……また後で!」


 恋人同士のようなやり取りにアイオライトは、ぼふんと顔を赤くしながら笑顔で手を振り返した。

 廊下に出てからしばらく歩いた所で、ジークフリートはアイオライトにこれでもかというくらい背中を叩かれた。「ウワアアアアアア」と奇声めいた声を上げて。こっちがウワアアアアアアだと、ジークフリートは繰り出される張り手を振り払った。

 よっぽど嬉しかったのか、アイオライトは少し涙ぐんでいた。過剰な反応にちょっと引く。


「ジークフリートお前すごいじゃん! アタシ初めてお前が頼れると思ったぜ!!」

「はははは、初めてか。クエスト課が修羅場の時に俺は何度もパシりに使われたのに初めてか……ふざけんな!!」


 衝撃の事実にジークフリートがキレた。美形が怒ると迫力があるものだが、その程度で臆するアイオライトではない。更に今は総司とのデートに漕ぎ着けたことで、幸福の絶頂へ登り詰めようとしている所だ。顔だけのジジイの文句など小声にしか聞こえないだろう。

 幸せそうなオーラを放ち続けるアイオライトに、ジークフリートも怒りが削がれる。そこでハッとした様子で、口を開く。


「でも……ソウジの欲しい物はまだ聞いてなかったな……」

「あっ!」


 アイオライトが幸福の絶頂から一転、絶望の崖から突き落とされた。


「ジーク、ジークフリート! 頼む!!」

「あとはお前が何とかして聞いてみろ! ここでまた戻って聞いたら絶対怪しまれるだろう!?」


 話がどんどん脱線してしまい、当初の話題はすっかり消滅してしまったものの、二人のフラグ立てには貢献出来た。頼まれた手前、少し申し訳ないという気持ちはあるが、あとはご本人たちで何とかしろ。

 アイオライトもジークフリートのおかげで約束を取り付けられたので、しつこくは頼めない。やがて、萎んだ風船のように静かに息をついた。


「頑張ってみるよ……けど、駄目だったらまた相談に乗ってくれるよな?」

「暇だったらな」


 これが二十年前に世界を救った勇者の聖剣。事情を知らぬ者には何かの間違いとしか思えないであろう。

 苦笑しつつ先を歩くジークフリートを追いかけず、アイオライトはその場にしゃがみこんだ。


「落ち着け落ち着け、アイオライト。いつも通りかるーいノリで何か欲しいもんあるか? って聞くだけだって……そんな難しいことじゃないだろー……」

「アイオライト課長?」


 ぶつぶつと呟きながらふらついた足取りで前へ進むアイオライトに、心配そうに声をかけたのはオウルだった。

 相談に行く前よりも症状が悪化の一途を辿っている。ジークフリートはどんなアドバイスをしたのだろうかと、オウルは動揺を隠せず、その小さな背中を労わるように撫でた。


「どうしたんですか? 辛いことでもあったんですか……?」

「いや、辛いことは今の所ないんだけど、いつこの天国のような気分が地獄に変わるかと思うと全身が震えて……」

「て、天国!? そんな顔で今、天国なんですか?」


 天国どころか地獄行きが既に決定した顔だ。オウルはますますアイオライトが心配になって深く聞いてみようとするも、上司は唸り声を上げて課のある方向に歩き出してしまった。こういったことは他人が無闇に詮索していいものでもない。

 オウルは食堂で何があったんだと、彼らが先ほどまでいた場所へ視線を向けた。



『総司! あいつが欲しがっている本って本当にこれで合ってんのか!?』


 一方、食堂では総司が携帯からの父親の困惑混じりの怒声をフライドポテトを食べながら聞いていた。その様子を見守っていたのは食堂の調理師だった。少年が耳に当てている黒い物体が魔力を使用しない通信器具だとは以前、ヘリオドールから聞かされていたが、大分切迫した状況のようで、相手の声が調理師にまで少し聞こえてくる。

 総司がいつもの敬語ではなく、「そうだね」や「どうかな」と言っているところを見ると、かなり親しい人物なのは間違いない。問題は呑気にフライドポテトをむしゃむしゃと食べながら聞いていい話なのかだ。しかも、ご丁寧に添え付けのトマトソースにちゃんと付けて。

 あの子、神がかり的に空気が読めなさそうだからなあ、と案じる調理師の不安は見事的中していた。


「多分、父さんがこれだって思ったのが明日発売のだよ。間違いないよ、多分」

『多分ってなんだよ! さては本気で聞いてねえな!?』


 大正解。流石は血の繋がった親子なだけはある。ちなみに総司がフライドポテトを食べるのをやめる気配は一切ない。それは、この話が彼にとって驚くほどどうでもいい話題だったからである。





 だが、彼の父である秋にとっては驚くほど重要な話題であった。現在、秋は自宅、それも愛華の愛読書が並べられた本棚を漁っていた。秋が好むのは身の毛がよだつようなホラー漫画、愛華が好むのは胸キュンの連続な少女漫画。あまりにも正反対の好みのため、今まで互いの本を読んだことがなかった。それを今、秋はとても後悔していた。

 どれが愛華が欲しがっている本なのか分からないのだ。総司の情報で七巻目が明日発売というのは判明している。なので、六巻まで揃っている漫画を見つけ出せば一番早い。

 本棚を二十回くらい見返して、秋は携帯に向かって叫んだ。


「おかしいだろ!? 何で全タイトル六巻までしか揃ってねえの!?」


 様々な出版社から出ている様々な少女漫画。それらは全て六巻まで揃えられていた。その事実に気付いた瞬間、秋は発狂しかけた。判別なんざとても出来ないし、この本棚を燃やしてしまいたい衝動に一瞬だけ駆られてしまった。息子に確実に殺されるのでやらないが。

 愛華の愛読漫画のタイトル十ハ作。この中から愛華が欲しがっている漫画がどれかを探し出さなくてはならない。六という数字が呪いの紋章に見え始めた秋に、見兼ねたらしい総司が進言する。


『もう、母さんに素直に聞きなよ。絶対に見つからないよ』

「駄目だ! こっそり買って喜ばせたい!!」


 拗らせすぎた回答である。そのために愛華が買い物で外出している間にこうして探しているのだ。

 嫁が喜ぶ顔が見たい男の息子は『あ』と受話器越しで何やら閃いた声を出した。


『発売日を調べてみればいいんじゃないかな』

「……それだ! やっぱりオメーは俺の息子だ!」


 必死になりすぎて、わりと簡単な特定方法すら考え付かなかった男は、これでも勤め先の会社では将来は上層部行き確実と言われている天才である。菫色の瞳を輝かせながら秋は、十八のタイトルをメモしてパソコンを立ち上げた。

 明日に発売される少女漫画の一覧を検索する。


 十八作品の内、六作品がヒット!


「ウワアアアアアアアアアアアアアアアア」


 もはや呪い。秋が絶叫しながら床を転がり始める。決して家族には見せられぬ醜態。勢いよく放り投げられた携帯から小さく聞こえてくる『父さん? 気を確かに』という総司の声。

 手の施しようがないと判断したのか、通話は向こうから静かに切られた。




「ソウジ君、なんかすごい声が聞こえて来たけど、大丈夫!?」


 電話を切った総司に調理師が血相を変えて駆け寄った。耳をつんざくような奇声を聞いて、いても立ってもいられなくなったのである。

 総司はフライドポテト摘まむ手を止めず、片手で携帯を操作していた。


「僕の父の精神が崩壊してしまいまして……」

「ヤバいじゃん! フライドポテト食べてないで現実と向き合わなきゃ!」

「はい、そのために今、何とかしようとしています」


 総司の携帯は、あるサイトを開いていた。その名も「神様は何でもお見通し」。管理人であるスノウ・ホワイト殿下が投稿者から寄せられる相談や質問に答えるという主旨のサイトだった。

 まさかの神頼み。サイトに「母親が欲しい漫画が分からなくて父親が発狂しています。助けてください」とメールを送った総司は首を傾げた。

 今度が何が起きたのかと調理師が尋ねる。

 

「どうしたの?」

「いえ、スノウ・ホワイト殿下からもう返信が……一分も経っていないのに。とりあえず、すみません、プリン注文していいですか?」


 返信直後に「分かりました! 今すぐ君のお家に行ってお父さんを助けます☆」と殿下のメールへの関心も、食堂での手作りプリンには勝てなかった。




 正気を取り戻し、プリンでも食べて心を落ち着かせようと考えていた秋に一本のメールが届く。差出人はスノウ・ホワイト殿下だった。すごい人物からのチェーンメールに、秋は真顔になりながら冷蔵庫に向かった。

 メールには極めて簡潔に「今、遊びに行きます」とだけ書かれていた。

 何となく嫌な予感がしつつ、冷蔵庫を開けようとした時だった。

 勝手に冷蔵庫が開いて中から銀髪の青年がプリンを食べながら飛び出してきた。


「こんにちはー、総司君から相談を受けて遊び……じゃなくて、君を助けに来ましたよ!」

「ギャアアアアアアア!! 俺のプリン返せえええええええええ!!」


 銀髪の青年――マフユの登場に秋の精神は再び危機を迎えていた。


二巻目発売まであと約一月でござる……


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