100.ジジイVSババア
総司はアイオライトにとって後輩兼命の恩人兼初恋の相手だ。その彼から他国に行った記念として、妖精国らしい可愛い土産をもらったとなれば、気分は有頂天にもなる。
フィリアだって火を点けると甘い花の香りが立ち込め、時間が経つにつれて炎が七色に変わる蝋燭をもらい、蕩けるような笑みを浮かべていた。経験が豊富なリリスも総司からのプレゼントとあって、満更ではなさそうに可愛らしい絵が描かれた小物入れを早速使用した。
彼女たちを覗き見てアイオライトは確信した。やはり、ライバルは多いのだと。もっと言うなら、二人のようにただ喜んでいるだけでは負けてしまう。フィリアのように女の子らしい性格でもないし、リリスのような悩殺的なボディーを持っているわけでもない(前者はともかく、後者はかなり気にしている)。
少しでも総司に振り向いて欲しい、といじらしい願望を胸に、アイオライトが思い付いた作戦は『お礼のプレゼント作戦』。そのままの作戦名だが、これ以上相応しい名前もないだろう。
総司には、ミーミル村で助けてもらってもいる。色んな感謝を込めて……と理由を付けて、彼が喜びそうなものをあげるのだ。
ただ、この作戦には唯一にして最大の欠点があった。
(あいつが欲しそうなのって何だ……!?)
総司は基本的に物をねだろうとしないし、何したい、これしたいとも言わない。最近ではこちらの世界に慣れて、一人で中心部に買い物に行って勝手に帰ってくる。
アイオライトはクエスト課の職員らが見てる中、膝から崩れ落ちた。総司を好きだ好きだと思っていても、こういう時に彼についてこれっぽっちも知らないのだと思い知らされる。
ヘリオドールに聞いてみようか。名案かと思われたそれは、アイオライトの脳内会議で提出されたが、すぐに棄却された。彼女にだけはそんなことを聞いては駄目だ。
ミーミル村での一件で総司への想いに目覚めてしまい、どうしていいか分からず相談しに行った時のヘリオドールの顔はすごかった。勇者の聖剣として数々の修羅場を潜り抜けたアイオライトですら震えるほどだった。彼女はきっと自覚していなかったのだろうが、自覚させてしまったら厄介なライバルになること間違いなし。無闇に藪をつついて蛇に出くわす真似は避けたい。
フィリア、リリスも除外。ブロッドは嘘や隠し事が出来ない素直すぎる性格だ。アイオライトから相談を受けたと、総司にポロッと話してしまう可能性が高い。オボロは適切な答えをくれそうだが、絶対に散々笑われるに決まっている。
「アイオライト課長、アイオライト課長」
「な、何だよ、オウル」
文字通り頭を抱えて思考を巡らせるアイオライトへ声をかけたのは、彼女の部下であるクエスト課の職員。オウルと呼ばれた職員は、目を丸くする上司へ暖かい笑みを向ける。妻子持ちで年配のオウルにとって、アイオライトは背伸びをしたがる娘のような印象がある。たとえ、自分より何十倍も生きている存在だとしても。
「仕事のことなら相談に乗りますよ、課長」
「……仕事じゃなくてソウジのことだよ。あいつに何かあげたいんだけど、何にしたらいいか分かんないし、誰に相談したらいいかも分かんないし」
珍しく弱気な上司に、オウルは顎に指を当てて状況を整理してみた。アイオライトは総司という少年に恋をしている。総司は女性から好かれやすいハーレム体質。だから同性相手に相談しに行くのは、抜け駆けがバレるかもしれないで無理。
そんな所だろうとオウルは苦笑いした。大正解である。
「お前は……知ってるはずもないか」
「はは……すみませんね」
「いいよ。自分で何とかして突き止めるから……」
深くため息をつく少女に、オウルの眉も八の字に下がる。どうにかして彼女の望みを叶えてやりたいが、自分は総司とは面識はあるものの、プライベートな会話は皆無だ。アイオライト以上に、彼の生態には詳しくはない。
ううん、と顎を擦っていい方法はないものかと考えていると、銀髪の男がクエスト課に顔を見せた。その瞬間の女性職員のテンションの上りようは異常だった。独身の男性職員の中には密かに舌打ちをする者もいた。
異性からの人気が異様に高い者は同性から嫌われやすい。銀髪の男、ジークフリートはその典型的なケースだ。実は本人はこのことを気にしているのだが、彼のファンが沈静化しない限りは解決しない悩みである。
女性版では、役所のセクシー担当のリリスが挙げられる。しかし、彼女は艶めかしさが目立つ反面、気配りが上手く、仕事はきっちりこなして女性職員の悩みの相談によく乗っていることからわりと同性からも好かれていた。
ジークフリートはリリスと違って、女性への興味もほとんどないので喪男たちの敵にはならないはずなのだが。まあ、彼らからしてみれば、モテるし選り好み状態なくせに妖精や精霊に夢中なのが気に食わないのだろう。そのスタンスが彼の部下たちにはとても好まれているのが、せめての救いか。
異性から人気がある。天然の気がある。どこかの誰かさんとの共通点を次々と浮かび上がり、オウルはハッとした。
ちょうど、アイオライトの相談に乗ってくれそうな人材ではないか。ジークフリートが他の職員たちと話し込んでいる内に、アイオライトに進言する。
「アイオライト課長、あの人はどうでしょうか」
「んあ? ジーク? あいつかあ……」
オウルからの提案にアイオライトは、古くからの友人兼同僚を注視する。確かにジークフリートは総司といることも多い。何より、真面目な性格なので、からかったり笑ったりもしないだろう。適材と言ってもいいかもしれない。
「ソウジが欲しいもの? そんなの俺が知っているわけがないだろう」
ですよねー。他には誰もいない食堂でアイオライトが吐き出した切実な悩みを、ジークフリートはあっさり撥ね飛ばした。しかも、嘲笑こそはしないものの、ルビーレッドの双眸を呆れたように細めて生温い視線を注いでくるのだ。
裏切り者。そう呟いて、アイオライトはテーブルの下に隠れた。羞恥に耐えて洗いざらい話した結果がこれだよ。
姿が見えなくなった相談者に、ジークフリートの眉間にも皺が集まる。せっかく話を聞いてやったのに、裏切り者の烙印を押されるとは納得がいかない。まるで悪さをしでかし怒られた挙げ句拗ねる妹と、妹の蛮行に頭を痛める兄の図である。しかし、実際の年齢は片方は百を間近に控えた老人で、もう片方は本人曰く剣だった頃も足せば数百歳。微笑ましいのは見た目だけだ。
いまだにテーブルの下に潜ったまま再登場の兆しを見せないアイオライトに、ジークフリートが宥めるように言葉をかける。
「ソウジも見返りなんて求めないで土産をやったんだろうから、お返しなんていらないだろう」
「…………………」
「あいつなら何を渡しても喜ぶだろうが、お返しのお返しでまた何かを渡しかねないぞ」
「…………………」
「……こんなこと友人にあまり言いたくはないんだがな。お前、恋愛をするとえらく面倒くさ……あ゛っ!?」
くどくどと老人らしく声を荒げず、淡々と説教じみた自らの意見を語っていたジークフリートが奇声を発した。アイオライトに脛を拳で殴打されたのだ。
幼女と侮るなかれ。劔族の身体能力は高いし、ただ足を踏みつけるのではなく、脛を攻撃するという戦法を選ぶ躊躇いのなさを持つ。
「お前、なあ……!」
「面倒ってことはないだろ、バーカ! ジジイ! 白髪!!」
「髪は生まれつきだ! だったらお前だって小さいだろうが!!」
「小さいって言うな! アタシはリリスみたいに胸もでかくねえよ!!」
「だから脛を殴るな!!」
年齢と反比例した低レベルの喧嘩だ。しかし、アイオライトだって大人気ないと分かっていても、怒りを覚えざるをえなかった。
劔族として生を受けてから長い月日が流れたが、今まで他人に恋愛感情を抱いたことなど一度たりともなかったのだ。某勇者には「ロキ君と仲がいいんだね」と指摘されたが、れっきとした誤解である。
某元魔王の配下なんて、どうにも伝わらない彼女への想いに絶望して泣いていた。泣いてる暇じゃねえよ、と当時は鼻で笑っていたが、今なら彼の気持ちがよく分かる。
好きで好きで、相手のために何でもしたくなる気持ちで溢れそうになる。面倒と言われても、それがどうしてなのかも理解出来ない。
恋の味がこんなにもほろ苦く甘ったるいとは。勝手に乙女モードに入り、勝手に悶絶していたアイオライトは知らなかった。黒髪の想い人が食堂に足を踏み入れたことを。
「アイオライトさん……かくれんぼですか?」
「うひゃあ!」
その少年にテーブルの下を覗き込まれ、アイオライトは甲高い悲鳴を上げた。