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10.胎動

 総司は首を横に振った。


「恩返しって僕消火器で火消した事ぐらいですよ。あと未遂とは言え君に穴開けようとしましたし」

『でも、オイラが助かったのはソウジお兄ちゃんのおかげなんだ! 何でもするから!』

「うーん」


 総司が意見を求めてこちらを見たので、ヘリオドールは口パクで「あんたが決めなさい」と言った。魔族とは言え、まだ幼いドラゴンはすっかり総司に懐いてしまっている。ここは彼がニールの処遇を決めるのが一番いい。


「じゃあ、ニールうちの役所で飼いませんか?」

「なぬっ!?」


 と思っていたら、衝撃の提案を出された。


「あんた……そりゃ善良なドラゴンは山や人里の守り神してるのもいるけど、だからってペットにするなんて聞いた事ないわよ!?」

「正確には職員です。この子をジークフリートさんの課に入れるんですよ」

「どういう事だ?」

「魔族は妖精さん精霊さんの言葉が分かるんですよね。だったら、ウルドからたくさん妖精さんと精霊さんがいなくなった理由を、ニールにまだ残っている人達に聞いてもらえばいいんじゃないでしょうか」


 確かにそれは名案だ。保護研究課の一番の悩みは妖精霊の言語が分からない事だった。人語も喋れるニールが通訳役になれば様々な事が解明される。

 土地の汚染の謎も解決出来るかもしれない。今まで独りで生きていたニールにも居場所が出来て一石二鳥だ。


(自分は何の得もしないのにねぇ)


 こんな小さなドラゴンじゃ背中に乗って飛ぶ事も出来ないだろうが、自分に慕って何かしたいと言っているのだ。もう少し考えて総司自身の利益になるような事を考えればいいのとは思うものの、ヘリオドールは口にはしなかった。初対面のヘリオドールに飲み物をあげたり、フィリアにペンを貸したり、ウトガルドの住人にしてみれば得体の知れない精霊とすぐに仲良くなって頼みを聞くような少年だ。仕方ない。


「役所でドラゴンを飼うなんて前代未聞だな。よろしくな、ニール」

『うん、オイラ頑張るよ!』

「良かったですね。これで保護研究課も言葉が分かる人が入って」

「「え」」


 その言葉を聞いた瞬間、ジークフリートとフィリアはぎぎぎと首をゆっくり動かして総司を見た。それからヘリオドールを見た。


「どういう事だヘリオドール! ソウジはうちの課に入るんじゃなかったのか!?」

「はあああああああ!? どこの誰情報よそれ! まだ総司君は全部の課回ってないのよ!」

「わ、私……ソウジさんはてっきり保護研究課に入ると思って……」


 片思いの相手が同じ課になるとずっと思っていたのか、ショックで涙ぐんでいるフィリアにヘリオドールは胸を痛めた。しかし、ここで折れてはならない。合意の上とは言え、総司を異世界に連れてきた者として。


「だ、駄目よ! 総司君はまだ全部の課に回ってないから役所がどんな場所か分かってないのよ。どこの課にするかはそれからよそれから!!」

「役所についての云々は俺とフィリアが教えればいいだろ!!」

「若い新人二人をかっ拐ってどういうつもりよ!? 課の平均年齢を下げようとしても約一名がジイさんだから全然意味ないから!!」

「俺はまだ94歳だ馬鹿野郎!!」


 総司の保護者のようなヘリオドールと、かなり総司を気に入ったらしいジークフリートの口論が続く。多く妖精や精霊が見守る中、右手を挙手したのは渦中の人物だった。


「あのー、僕一応どこで働きたいか決めてたんですけど」

「えっ、どこ」

「ヘリオドールさんがいいです」

「えっ」

「ヘリオドールさんと一緒に色んな課の手伝いをしていれば役所やこの世界の事が深く分かりそうだったので」

「……お、おう」


 総司らしい理由だった。まあ、一人で役所の中を駆け巡るのは大変だったのでちょっと嬉しいとヘリオドールは思った。思っただけで言わなかった。半泣きのフィリアに「ソウジさんと幸せになってください」と妙な誤解をされたからだ。ジークフリートには「やっぱりそういう関係か」と呆れたように言われた。

 ヘリオドールさんがいいです、と言われた瞬間ときめいた事など口が裂けても言えなかった。










 臙脂色の絨毯。

 美しい装飾のされたシャンデリア。

 宝石の散りばめられた玉座。

 何もかもが美しい室内だが、窓の外を覗けば空は常に分厚い灰色の雲で覆われている。


「それでニヴルヘイムから逃げたニーズヘッグはどこへ行った?」


 いつもと変わらない景色を眺めながらそう尋ねたのは、黒いドレスを身に纏い、腰まで伸びた長く紅い髪をポニーテールにした女性だった。その表情は凛としたもので石榴色の瞳はまっすぐ前を見詰めていた。


「分かりません……私も魔力を辿って調べていましたが、ノルン国の辺りで途絶えてしまいまして……」

「そうか……」

「申し訳ありません、レイラ様。今回の件は私の責任です」


 沈痛な面持ちで膝を付こうとするメイドへ視線を向け、レイラと呼ばれた女性は緩く首を横に振った。


「ヘル、これはお前のせいではない。ニーズヘッグはニヴルヘイムから脱獄したのは、恐らく私が新たな魔王に選ばれたのを知ったからだろう。この時を待って力を蓄えていたに違いない。死者の国で二十年間ずっと……」


 ふう、と溜め息をつくとレイラは玉座に腰を置いた。王の間と呼ばれるこの部屋に入る事が許されているのは、魔王であるレイラとその直属の部下であり死者の国ニヴルヘイムの女王のヘルだけだ。こことレイラの寝室は兵士や通常のメイドは近付く事すら許されていない。


「ヨルムンガンドとフェンリルの様子はどうだ?」

「人間との戦いはまだかと騒いでおります。ニーズヘッグの件もまだ伏せた状態です」

「そうしておけ。もし行方不明と知られたらこれを口実として人間達に攻め入る可能性が高い。……私にはせっかく繋ぐ事の出来た命を自ら散らしに行く奴らが分からないな」

「……レイラ様は」


 困ったように笑うレイラにヘルが恐る恐る口を開く。


「レイラ様はやはり人間との戦いを望んでいないのですね」

「そうだ、と言えばお前は私を軽蔑するか?」

「そのような事は決してございません。私もレイラ様と同じ気持ちだからです」

「……ありがとう」


 嘘でもそう言ってくれて嬉しい。レイラはまた溜め息をついてから天井を見上げた。


「私は強大過ぎる魔力を持っていたせいで魔王に担ぎ上げられた。皮肉だと思わないか? これのせいで二十年前まではこの城の地下牢獄に監禁されていたというのに」


 誰も傷付けたくない。誰も殺したくない。そんな子供の叫びを聞く魔族はいなかった。冷たくて暗くて狭い部屋にずっと押し込められていた時の事を思い出すと、今でも体が小刻みに震え、吐き気を催す。


 ようやく出してもらえたと思えば、同じ境遇の魔族の子供達と一緒に外に連れ出された。そこで看守から言われた言葉は「魔族なら魔族らしく戦って死ね」だった。

 この時、魔王を倒すべく異世界から召喚された勇者がこちらに向かっていると初めて知らされた。レイラ達の役目はその勇者の体力を少しでも減らす事だった。いくら強い魔力を有していても子供達では勇者には勝てるはずはない。だからせめて魔王が有利になるために働いてこい。まだ幼い子供達も魔族というだけで戦争の駒になる事を強要されたのだ。


「勇者の噂は看守同士が話しているのを聞いていたから知っていた」


 身長3メートルの大男で巨大な剣でどんな敵も切り裂き、嘲笑う化物。それが看守の話していた勇者だった。

 皆震えながら勇者が来るのを待った。ある者は涙も流れなくなり、ある者は全て諦めたような瞳をしていた。


 やがて、勇者は現れた。


「美しい黒髪の人だった。そして、『彼女』は誰も傷付けなかった」


――怖がらないで。私はあなた達と戦うために来たわけじゃないの。


 閉じられた瞼の裏に、あの優しい笑顔が蘇った。

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