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Mr.NO-GOOD´  作者: 慎之介
第八章:魔界と運命編
97/106

五話

「速い! 速~い!」


お前! 能天気でいいね~!


うおっと!


今、森の中で枝を飛び移りながら移動しています。


木の下に伸びている、けもの道には五匹のモンスター。


後ろの枝には、俺と同じように枝を飛び移ってきている三匹のモンスター。


八匹共、ものっそい必死に追いかけてきてるぅぅぅぅぅぅ!


諦めろよ!


お前等は、どれだけ俺を食べたいんだよ!


面倒だから、駆け抜けようと思っただけないに!


そんなに必死に追いかけてくるなよ!


馬鹿か?


うお!


森が終わった!


「今日もいい天気~」


お前いいなぁぁぁぁ!


枝から空へ飛び出した俺は、空中で反転し衝撃波を放つ。


快晴の空……確かに今日もいい天気だ。


『もう少し状況を考えんか、アホの子』


誰がアホの子だ!


あれ?


森を抜けた先は……。


崖でしたぁぁぁぁぁぁぁ!!


嘘ぉぉぉぉぉ!


ベギッと大きな音を出して、俺の脚の骨が折れる。


焦って空中を蹴った角度が、よくなかった。


二人なの忘れてたぁぁぁぁぁ!!


「きゃぁぁぁぁ!」


サリーは、何でちょっと楽しそうなの?


思いっきり崖を落下してるんだよ?


アホなの?


キャァァァァァァァァァ!!


下! 下ぁぁぁぁぁぁぁ!!


落下しながら俺は、背中ではなく腹部を崖下へと向けた。


【よかったですね。河原ですよ】


お前最近酷いな!


ゴツゴツした、岩場だらけの河原じゃね~か!


水なんてチョロッとしか無いじゃね~か!


【もし、腕とかもげたら復元しますよ】


何で重症前提なんだよ!


『お嬢ちゃんに、怪我をさせるわけにはいかんじゃろう?』


分かってますよぉぉぉぉぉぉ!


事故の瞬間とかって、スローモーションに見えるんだよね~。


地面ってか岩についた左手を、尖った岩が突き破って、腕が粘土の様にぐにゃりと曲がる。


砂利に突き刺さった右腕も、真っ赤に染まってます。


頭だけは守ったけど……。


多分、両足も凄い事になってると思うんだ~。


あ~あ……。


やってらんね~……。


****


いだだだだだだ!


「大丈夫? 私から見えないんだけど……」


見ない方が、いいと思うな~。


凄惨な事故現場みたいになってるから……。


『いちいち、魔力を無駄遣いさせるな』


好きでやってるわけじゃない!


痛い~!


早く治して~。


【ふ~……。何気に、私の紋章がある左腕千切れてたんですけど?】


それどころか、両手足がえらい事になってるわ!


黙ってろ! ボケ!


「はぁはぁ……」


「もう大丈夫?」


「ああ……。婆さんがいる村って、この崖の先か?」


「うん! じゃあ、頑張って登ってみようか!」


「お前な~……」


「歌ってあげるから! ね?」


御褒美で歌ってたの?


「さあ! 元気出して行こ~!」


こんなノリで、五メートルの崖を登り始めた。


俺の背中で、楽しそうに歌うサリー。


本当は気が付いていた。


気が付いていたんだ……。


でも、楽しくてさ……。


情けないけど、嫌な事に気づかないふりをしてた。


本当にこうだったらいいな……。


なんて、弱い俺は思ってしまっていた。


本当は気が付いているのに。


俺は女が絡むとロク事にならない。


本当に、最低だ。


****


村についた俺達は、村人に情報を聞きババァの居場所を割り出した。


薬草の調合販売を行っている、老婆の占いがよく当る。


これだけで、十分だ。


村はずれの、薬と書かれているらしい看板のかかった店の前についた。


ここに妖怪ババァが居るんだろうな……。


うん?


サリーが扉の前で震えてる?


まあ、怖いか……。


「怖いのか?」


「うん……」


「大丈夫だと思うがな」


「うん……。えへへっ、情けないね」


「そうでもないさ。まあ、心の準備が出来たら入ればいい」


「うん……」


うおう!?


何!?


サリーが抱きついて来たぁぁぁぁぁぁ!


こいつ結構胸あるな! チクショォォォォォ!


「ごめんね。少しだけ、勇気を頂戴」


お……おおう!


鼓動が! 脈拍が急上昇する!


血圧! 血圧がぁぁぁぁぁぁ!


お……押し倒していいのか!?


【いや、駄目でしょう】


『空気を読む以前の問題じゃ。ここは、優しく頑張れと言うシーンじゃろうが?』


えっ? そうなの!?


押し倒すシーンじゃないの?


【どう考えればそうなるんですか? そう言った事は、もっと仲良くなってお付き合いをしてからじゃないですか?】


この! クソ優等生が!


『若造が正しい。経験もないお前が、こんな場所で押し倒して上手くいくはずがないじゃろうが』


確かに!


『分かったか? クソチェリー?』


ちょ! クソジジィ!


お前酷い!


「ありがとう……。うん! もう大丈夫!」


あ……。


馬鹿共と喋ってる間に、幸せの時間が……。


****


扉をあけると、怪しい薬が陳列された店の奥に妖怪がいた。


「いらっしゃい。待っていましたよ、サリー」


妖怪ババァは優しく笑って、カウンターの中から出てきた。


「イザベラ様……」


「大丈夫ですよ」


ババァのその言葉で、涙を浮かべたサリーが駆け寄って、イザベラに抱きつく。


「ごめんなさい……。ごめんなさい……」


「大きくなりましたね、サリー」


妖怪ババァは、サリーの頭を優しく撫でている。


う~ん……。


【優しい方じゃないですか】


『喋り方から、気品を感じるのぉ』


ひっひっひっ……って笑わね~な。


『お前は、最低じゃ』


だって、見た目妖怪に見えるもん!


「さあ、サリー。時間があまり無いのでしょう? 奥で話をしましょうか?」


「はい……先生」


「そこの方? お手数ですが、店の前にそこの閉店の札を下げて頂けますか?」


うん?


これか?


「はい。それです。あら?」


何?


「そう言う事ですか……。貴方様も奥へいらして下さい」


何?


何が分かったの?


****


俺が外に札をかけて店内の奥へと向かうと、テーブルに紅茶と甘そうな菓子が用意されていた。


俺の隣の位置に座っているサリーは、まだ落ち着かない様子だ。


「サリー、大丈夫です。全て分かっています。貴方がここに来た理由も」


おお……。


ババァすげ~。


メリッサとその母親も、こんな感じだったな……。


あれ?


もしかして、こいつらってアカシックレコードを読めるのか?


『かも知れんな』


「先生! 邪悪な力が!」


おううう!


ビックリした!


いきなり大きな声出すな!


「分かっています。過去何度も訪れた邪悪の襲来……。竜神様からのご神託も……」


「はい……。邪悪の動きや力は、靄がかかったように正確には掴めません」


「私もそうです。未来が正確に見えないんです!」


「ええ……。ただ、竜神様は力を集めよとしか……」


「先生! 力って何でしょうか? 何故、私達だけにこの未来が?」


「そうした事にも、意図があるのでしょう。神の御意志は私にも分かりません」


う~ん……。


このババァ。


【何か、色々な情報を持ってそうですね……】


顔の割に、中身がまともなキャラだ!


【そこですか……】


「私は何をすればいいのでしょうか?」


「自ずと分かります。未来とはそういうものです」


「はい……」


****


一応の話が終わると、妖怪ババァが笑顔で立ち上がる。


「さあ、今日はごちそうを作りますよ。手伝ってくれますね?」


「はい!」


「貴方は、お風呂の準備を頼めるかしら?」


俺か……。


「ああ……」


う~ん……。


料理って俺がした方がよくね?


【さっきから、サリーさんの謝る声しか聞こえませんね】


井戸からの水を桶で持って戻った俺の鼻に、何かが焦げた臭いが届く。


そして、皿の割れる音が連続して聞こえてくる。


間違いなく、サリーは料理が下手だろう。


その日の夕食は、豪勢な料理と……食えるかどうか分からない、真っ黒な料理が並んだ。


これ、絶対こっちがサリーの作った料理だ!


これ食ったら、絶対お腹の調子がえらい事になる!


絶対くだすか、吐くか、痛くなる!


最悪、全部なる!


「あの……。初めて作ったの……。嫌ならいいから……」


数年前の俺ならば、この言葉のままに食べなかっただろう!


だが! 今の俺は分かるぞ~!


絶対フラグだ!


これは、お腹がえらい事になっても、食わないといけないんだ!


ちょ! マジでか!?


【食べるんですか?】


『お前は、何時も嫌われるんじゃ。今回頑張らんでもいいじゃろう?』


え~?


折角、空気読んだ俺に……。


てか、味覚を共有してるからだろう!


お前等、ただ単に嫌なんだろう!


『そこは否めんな』


【世知辛い世の中ですね~】


誤魔化した!


今、誤魔化したな!


世知辛いって何だよ!?


食ってやる! 絶対食ってやる!


といや!


あれ?


不味くない……事もない!


辛っ! 甘っ!


苦いし酸っぱい!


【これは、キツイ……】


なんだ!? いったいこれは何を作ろうとしたんだ?


「あうう……。ごめんね。美味しくないね……」


自分の料理を一口食べたサリーが、申し訳なさそうに俯く。


「まあ、初めてだし仕方ない」


「ごめん……。先生が作った方を食べて……」


あ~あ。


お前等、覚悟決めろよ。


『ぐうう……。よし! 来い!』


【はぁ~、分かりました】


バチこ~い!


「えっ!? そんな無理しないで!」


黒焦げの料理を口の中へ投入していく俺を、サリーはオロオロと見ていた。


がああああ!


ちょ! これ!


怪物共と戦うよりキツイ!


『ぬおおおお!』


【ああああああ!】


こんちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!


****


おえっ……。


気持ち悪い……。


「レイ!? 大丈夫!?」


「ほほほっ……。本当にお優しい方だこと」


頑張った! 俺、頑張ったよぉぉぉぉぉ!


『もう、限界じゃ』


【口直しを……】


ババァの料理ぃぃぃぃぃぃぃ!


至福の時間……あれ?


ちょ、あれ?


臭い!


何これ!?


味自体は、そんなに悪くないけども!


物凄く薬草臭い!


「お腹にいい薬草を、調合しておきました」


これ料理じゃない!


料理の形をした薬だ!


ちょっと~。


勘弁してくれよ~。


「材料は残ってるか?」


「えっ?」


「食材は残ってるのかって、聞いてるんだ!」


「うん……。残ってるけど……」


俺は、台所へ走り……。


料理を作りました……。


まただ……。


また、なんやかんやで全部俺がやってる……。


「あら? 素晴らしいお味ですね」


「うん! やっぱり、レイが作る料理はおいしい!」


「料理まで出来るなんて、女性にチヤホヤされるでしょうね」


されね~よ!


殴るぞ! クソババァが!


どっちかと言えば嫌われてきたよ!


てか、暴力を振るわれてました!


****


俺が風呂に入っている間に、色々あったようでサリーがババァに泣きながら抱きついていた。


なんだかその場に居辛かった俺は、修練をするために外へ出る。


悪魔か……。


確か、魔界って異次元空間の中にいるんだよな?


【はい】


亡者の、真似をして作られたんだろうな。


『そうじゃな。材料も捉えた天使だったしのぉ』


相手の性能を超えるには、それを手に入れてさらにパワーアップしてぶつけるか。


効率的だよな。


【そうですね】


最低限、ミルフォスと同等の敵か……。


【その上で、数も多いでしょうね】


ああ、あの師匠が能力に制限があったとは言え、撃退に三日近くかかったからな。


てか、師匠でさえ全滅させられなかった奴等を俺が……。


『その為の情報は、頂いたではないか』


ああ、ただ倒しただけじゃあ二万年すれば復活しちまう。


魔界ごと潰さないとな。


【そうですね】


発作の感覚も二日に一回だったり、一日に三回襲ってくる事もある。


この体も、何時までもつか全く分からなくなったな。


唯一は、戦い続ければ発作が起こり難いって事くらいか……。


『今日は発作がおこらんな……』


有難いが、逆怖いな。


「で? 婆さん、何か用か?」


「やはり、お気づきでしたか」


木の陰から出てきたのは、妖怪ババァ。


「まあ、人間の気配は分かりにくいけどな」


「貴方様にお伝えしたい事が御座います」


「なんだ? 俺が死ぬ未来でも見えたか?」


「いいえ。貴方様に、死の予言など無意味で御座いましょう。世界に仇なす、大いなる守護者様」


なるほど……。


竜神の正体が分かった。


【アカシックレコードではありませんでしたね】


「で? 竜神……世界の意思はなんだって? 計画を全部つぶした俺に、恨みごとか?」


「ほほほっ……。まさか、そのような事は御座いません。人間とて、世界の一部なのですから」


まあ、そうだろうな。


ヨルムンガンドとの戦闘は、明らかに俺に勝てる道が用意されていた。


真っ向からぶつかって、死にかけの俺が勝てるはずが無かったのに。


「千尋の谷に突き落とすってやつか? 世界の意思ってのは、どっかのクソ親ライオンか? 厳しいんだか、甘いんだか」


「竜神様は全てを平等に、中立で見ておられるのです。ですから、魔力とより強く結びついた人間である竜人にはご神託を下さいます」


人間が増長すれば、モンスターや天使で攻め込んでくる癖に、全滅しそうになると助ける。


こっちからすると、そんな身勝手たまったもんじゃない。


これだけ人を殺しておいて、助けるも何も無いだろうが……。


『世界とは、人間単体の個ではなく人間という種族全体を一つと考えておるのじゃろう』


【魂の流れ自体を完全に認識した、超越者の考えかたでしょうか?】


大量虐殺で、人間を導こうってのか?


俺より不器用じゃね~か。


死ねや、ボケ。


「じゃあ、伝言を聞こうか?」


「北の大地……。最果ての地に、主を待つ物が居るとの事です」


それが、俺の旅の終着点か。


えっ!?


ええええええ!


ババァが!


ババァの全身が!


光った!


てか、ババァが豊満ボディのお姉さんになった!


「竜神様のお力をお借りして、千の時を越えてまいりました」


いやいやいや!


「どう見ても二十代……悪く見ても三十代に見えるが?」


「ほほほ……。肉体だけの年齢でいえば、二十五歳といったところでしょうか?そんなに、驚かないで下さいませ」


びっくりするわ!


妖怪ババァから、美人の姉ちゃんって!


反則! そのバストサイズも反則!


大暴投が、いきなりストライクって!


どれだけ強力な変化球だよ!


ほとんど魔球じゃねぇぇか!


打てるか! 馬鹿!


なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!


「もうひとつは、警告という事ですが悪魔は、その気配を潜めるのが得意と言う事です」


落ち着け!


落ち着くんだ、俺!


『興奮しすぎじゃ』


【どうどうどう】


ふ~……。


うし!


「それだけか?」


「はい。これで、私の役目は終了です」


うん?


「まるで、ここで死ぬみたいな言い方だな」


「はい。十年以上前に、この日以降の未来が無い事は分かっておりました」


おいおい。


十年も前から、死ぬのが分かってたのかよ。


「私は、十分に生きました。何の未練も御座いません。お役目も終わりましたし……あの?」


妖怪ババァ改め、イザベラの目の前に立った俺は、相手の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「生憎……俺に嘘は通じない」


「嘘など……」


目線を逸らそうとする、イザベラの顔を片手で押さえる。


「私は、齢千を超えております。死に関しても教えて頂いていますし、ましてや未練など……」


「年齢なんて関係ないだろう? まあ、無理しなさんな」


イザベラは、俺の手に頬ずりをする。


「暖かい。とても暖かい手ですね」


「まあ、男は女よりも基礎体温が高いらしいからな」


「ああ……。貴方は、これまでどれほどの人の心を救ったのでしょうか……」


ああ?


「さあな。心どころか、命すら救ってこれなかったよ……」


「貴方様のその悲しそうな目は、ご自身を責めておいでなのですか?」


「そんな事しても……死んだ奴に謝っても、俺の罪は消えないんだよ。意味の無い事はしない主義だ」


「人が皆貴方様ほど、強く、気高く、優しければ……」


「俺は、強くも気高くも優しくも無い。弱くて、自分勝手な野郎さ」


「だからでしょう……。貴方様だからこそ、竜神様もお認めになったのです」


イザベラの両手が、いつの間にか俺の手に添えられていた。


「どうだかな。俺は、生まれてから誰かに認められた事ないと思うけどね……。それと!」


「はい?」


「俺は、レイだ。レイ:シモンズ! 貴方様なんて名前じゃない」


「レイ様」


「レイ様じゃない。只のレイでいい。俺は、年上から様やさん付けされるほど高尚な者じゃない。な?」


「貴方さ……レイの笑顔は……反則です。そんな顔を見せられて、逆らえる女性は存在しません」


イザベラの瞳からは、とても美しい水滴がこぼれ始めた。


こういうシーンでは黙ってるんだな、お前等。


『わし等は』【空気が読めます】


何それ? 食えるのか?


とても大切に思えたイザベラの顔を、自分の胸に抱きよせた。


「よく、頑張ったな」


「申し訳ございません。申し訳……ううっ」


死ぬのが怖くない奴なんて、居るはずがない。


未来が分かるってのも、辛いもんなんだろうな……。


「泣いてくれるな……。死んでから俺が、父さんに怒られる」


「はい……はい……」


俺には想像もつかないが、千年もの間いろんな事があったんだろうな。


たまには、誰かに愚痴らないとキツイだろう。


俺は、声を殺して泣くイザベラの髪を撫でる。


その泣き方は、苦しいと思うんだが……。


そこまでは、口出ししちゃいけないよな……。


てか、俺って女の子を笑わせるんじゃなくて、泣かせてばっかりだな……。


『涙を我慢しておる相手の、心の荷物まで軽くするからじゃ』


【賢者様! まだ、駄目ですって!】


変な気を回すな。


「すみません。レイのほうがずっと辛いはずなのに……」


こいつには、本当に全部見えてるんだな……。


イザベラが、真っ赤な目で俺の顔を見上げてきた。


涙はとまったみたいだな。


「もう、いいのか? 愚痴ぐらい聞いてやるぞ? 千年分」


「いいえ、今は結構です。ですが、全てが終わった後でお付き合いいただけますか?」


全てが終わってか……。


なるほど。


「ああ、何時間でも付き合ってやるよ」


「はい、約束です。ですが、その時はレイの愚痴もお聞きしたいものです」


「へっ……。三日ぐらいかかるぞ?」


「三日でも、一週間でも、一年でも……百年でもお付き合いさせていただきます」


中身まで成熟した大人の女性か……。


妖怪ババァが、こんなに魅力的な女性になるとは……。


女ってのは本当に恐ろしい。


「さて、死ななかった未来ってのも教えてくれるか?」


「レイは、何でも分かるんですね」


「いいや。頭が悪いから、何にもわかんね~よ」


「そのとぼけた様な笑顔も、レイの魅力ですね……」


「さあな」


「どの様な理由かは分かりませんが九割九分、私は今日で命が尽きます。ですが、本当に小さな可能性ですが生き延びた後は、小さな光を束ねよとご神託をうけました」


「まあ、普通に考えて悪魔に対抗できる力をかき集めろって事だよな?」


「おそらく……」


「じゃあ! 大変そうだけど頑張って!」


「いえ……九割九分……」


「俺が守る。が! かき集める方は、忙しいから知らん! だから、頑張れ!」


おう?


そんなポカーンとしなくても……。


「貴方と言う人は……」


イザベラが、全体重を俺に預けてきた。


「ここは、とても居心地がいいです」


「そうか……そりゃあ、何より」


「レイを私一人が独占したいと思うのは……罪でしょうね」


何の罪?


「何それ?」


「もう少しだけ、雰囲気を考えて下さい」


イザベラはとても優しく微笑む。


雰囲気か~……。


分かんね~!


分かんね~よ! コンチクショォォォォォ!


「今この少しの時間だけで結構です。レイの時間を下さいませ。こんなお婆さんのファーストキスですが……貰って頂けますか?」


ああ……。


月明かりで照らされた、千歳の美人が目を瞑る……。


この感覚は覚えてる……。


何が何でも、死なせない……。


俺の全てをかけて……。


「んっ……。接吻とは、このように高揚するものだったのですね」


ああ、そうか。


未来が見えるってのは、色々な事を諦めて生きてきたんだな。


だから、こいつにこんなにも惹かれるのか……。


イザベラの頭を、少しだけ強く抱きしめる。


「わっ……悪い。俺は、初めてじゃないんだ……」


「ええ……、そんな事は望んでおりません。私にはこの幸せだけで、十分で御座います」


流石は、大人。


うん?


また泣いてません!?


何で!?


「……私の……私の為に生きてはくれませんか?」


そうか……。


こいつには、何でもお見通しなんだよな。


そんな上目使いで、訴えかけないでくれよ……。


決心が揺ら……いや、こいつを守れるんだ。


何の後悔もない!


さあ、笑おう。


後悔の残らないように笑うんだ。


俺には、それしか出来ない。


平和ってやつをお返しするから、勘弁な。


「ああ、頑張って生きるよ」


なんだよ?


精一杯の営業スマイルだぜ?


そんな顔しないでくれよ。


笑ってくれよ。


「レイは、嘘がお下手ですね……」


「さあな」


イザベラが、俺から離れる。


そして、俺に背を向ける。


「私には分かってしまいました。レイの心は、きっと全てが終わるまで掴まえられないのですよね?」


「さあな……」


「ならば、貴方の嘘を信じてお待ちします。待っている女が居る事は、忘れないでください」


振り向いた彼女の笑顔は、どんな名画も色あせる最高の笑顔だった。


俺は、本当に心を奪われたようだ。


本当に、俺が気を抜くとロクな事が無い……。


「ああああ!」


何?


目の前で、イザベラの胸から鮮血が飛び散る。


そんな……。


声のする方を見ると、サリーが魔力のこもった両手をイザベラに向けていた。


吹き飛ばされたイザベラが、崖から落ちる!


大地を蹴った俺は、落下するイザベラを空中で抱きかかえた。


死なせるか!


崖の下へと落下しながら、サリーの背後に真っ黒いオーラを纏った影を見る。


くそっ!


サリーから、夢の中でヒントは貰っていたのに!


俺は大馬鹿だ!


若造! ジジィ!


【復元します!】


『フィールドは張れんぞ!』


着地は何とかする!


イザベラを助けてくれればそれでいい!


急いでくれ!


【大丈夫! 間に合います!】


体の……体のギアを上げる!


「おおおおお!」


魔力で強度を上げた両足で、着地した岩からの衝撃を全て吸収する。


衝撃に耐えられなかった膝と股関節から、鈍く高い音が体中に伝わる。


ぐがああぁぁ!


衝撃を殺しての着地には成功したものの、反発する力でもう一度浮き上がってしまった。


くっ!


イザベラの体を庇うようにして、俺は背中から岩の上へ落下した。


がはっ! くそ!


若造! イザベラは?


【後、数分で復元します! 大丈夫! 助かります!】


はぁ~……。


よかった……。


くっそ!


全く魔力が読めなかった!


サリーの心のすき間にいやがったのか!


くっそ!


何で、心が無くなったって言ってたサリーに、あんな表情が出来るかに気を回せなかった?


最悪だ!


悪魔が、最初からとり憑いていたのかよ!


くっそ!


『落ち着け! イザベラは守れておる!』


ああ……。


くそ……。


『仕方ない事じゃ。自分を責めるな』


サリーは悪魔に乗っ取られないように、踏ん張ってイザベラの元へ来たのに!


『なんじゃ? お嬢ちゃんが、お前に好意を持っていたのも気が付いていたのか?』


ああ!


でも、死ぬのが分かってたから受け入れてやれなかった!


最後まで粘ってた精神が、俺とイザベラに裏切られたと思って……。


くそっ!


俺は大馬鹿野郎だ!


最悪だ!


【落ち着いて下さい! もうすぐ復元完了です! 魔力を!】


ああ……。


全魔力を若造へと回していた俺は、自身の足元へ黒い霧が纏わりついている事に気がつかなかった。


【完了です】


よかった……。


イザベラ……。


なっ!?


安心してへたり込んだ瞬間、自分が霧に纏わりつかれている事に気が付いたが、遅かった。


「なんだ……これ?」


そのまま俺は、意識を遠くへ持って行かれた。


毎度ながら、後手にしか回れない……。


敵は、神に匹敵する奴らだから仕方ないけど……。


くっそ……。


急がないといけない時に……。


てか、このまま殺されるなんて洒落にならん。


頼む……。


力を……。


****


「……さい!」


ん?


人の声?


「……起きなさい!」


誰か助けが来たのか?


助かった……。


「レイ! 起きなさいってば!」


はぁ!?


えええ!?


ゆっくり目をあけると……。


ええええ!


「もう! なんて顔してるの! この子は! 早くしないと遅刻するわよ?」


お母たま?


何で生きてるの!?


てか、この部屋何!?


えっ? えっ?


なんですか? この状況は?


ジジィ? 若造?


あれ!?


紋章が二つともない!


うそぉぉぉぉぉぉぉぉ!


えっ? 夢オチ?


いやいやいや……。


落ち着け……。


ああ! そうだよ!


こっちが夢だよ!


夢に決まってる!


ゴンと音を立てて、俺の頭に鈍痛が……。


痛い!


ものっそい痛い!


「ベッドの上で、何を混乱してるの? 早く準備して、朝ご飯を食べて頂戴!」


フライパンで息子を殴るなよ!


痛いわ!


あれ?


夢で痛いってないよね……。


あれ~?


「母さん、下で用意してるからね? いい?」


そう言うと、母さんは部屋から出て行った……。


ここは二階か……。


用意って何の?


うお!


学園の制服!


懐かしぃぃぃぃぃぃい!


ああ……。


そう言えば、俺はまだ学生だったっけ……。


そうだ、早く用意をしないと。


****


俺は準備されていた学生服に着替えると、一階の洗面台で顔を洗い、歯を磨き、髪を整えた。


「おはよう。レイが寝坊とは珍しいな。まあ、まだ余裕はあるがな」


父さん……。


え~と……。


久し振り?


あれ? 昨日も一緒にご飯食べたじゃないか……。


俺は、本当に寝ぼけてるな。


「もう! だから、昨日早く寝ろっていったのよ! 今日から新学期でしょ?」


新学期……。


ああ、そうだ。


そうだった。


冬休みが終わって、今日から三学期になるんだ。


「さあ! 早く食べて! 主婦の朝は戦場なの!」


俺は、用意されていた食事を口にかきこむ。


「じゃあ……。行ってきます」


「お前……、カバンは? 本当に休みボケか?」


あ! そうだ!


部屋からカバンをとって、玄関へと向かう。


****


「あ! おはよう! レイ!」


うおおおお!


リリーナお嬢様!


俺は使用人……じゃないよな?


あれ?


「どうしたの? 早くいきましょうよ!」


「はい。お嬢様」


痛っ!


後頭部をかばんで殴られた俺は、その場にしゃがみ込む。


「朝から何の嫌みよ! 確かに、私のお父さんが将軍で、レイのお父さんの上司だけど……」


そうだ……。


使用人って、なんだ?


なんでそんな事思ったんだ?


「折角、迎えに来た幼馴染に酷い! もう、レイなんて知らない!」


「あ! ごめん! ごめんよ! リリー!」


リリー?


ああ……そう言えば、リリーって呼んでたんだ。


俺、今朝はどうしたんだろう?


本当に休みボケか?


「もう! 次にその冗談言ったら、三日は口きかないからね!」


絶交じゃないんだ。


「ごめん。ちょっと今朝からなんか寝ぼけてて」


「しっかりしてよ? レイはクラス代表の上に、生徒会役員なんだから!」


そうだっけ?


ああ……。


そうだった。


俺は、一年生で生徒会の書記になったんだった。


今朝は、本当におかしいな。


首を傾げながらも、俺は学園に向かって歩き出す。


****


「あ! レイくん! おはよう!」


ファナさん……。


一週間ぶりに会っただけのはずなのに、何でこんなに懐かしいんだ?


あれ~?


「もう! レイ? 朝からどうしたのよ?」


「まさか、レイくん休みの間に気が緩んだんですか?」


う~ん……。


なんだろう?


違和感があると言うか……。


「おう! レイ! 朝から両手に花とは羨ましいな!」


アルス……。


アルスは俺達を追い抜いてから、声をかけてきた。


「今学期こそ、お前に剣術で勝つからな!」


アルスは、言うだけ言って教室へ一人で走って行く。


俺は、授業でアルスに勝った事なんて……。


いや、そうだ。


俺が負けた事が無いんだ。


俺、本当にどうしたんだ?


「おお! レイ! おはよう!」


「おはようございます」


レイン会長にイサナ副会長……。


「おはようございます」


「うん? いつもの元気はどうした? 休みボケか?」


「あっ……いえ」


「しっかりして下さいね。明日からまた、放課後は会議ですからね」


「はい」


「あっ! セシルの馬鹿も、お前が引っ張ってこい! いいな!」


え~……。


なんだっけ?


あ、そうだ、サボり癖があるけど、二年のセシルさんも会計なんだよな……。


そうだ、何時もレイン会長にどやされてるんだ。


****


「ねえ! レイくん! ここ教えて~!」


「よう! レイ! 今日、帰りに遊びに行かないか?」


「レイくん、おはよう!」


俺ってクラスの人気者?


教室で席に着くと、クラス中の者達が話しかけてくる。


バラ色の学園生活?


魔法も使えない、落ちこぼれの俺が?


いや……。


そうだよ。


法術も体術も剣術に勉強も俺は、一年でトップじゃないか。


駄目だ。


今日の俺はおかしい。


余計な事考えるのは止めよう。


さてと……。


「は~い! 皆さん! 久し振り! 席について!」


予鈴と共に、ビッチ……あれ?


何言ってるんだ?


パメラ先生がクラスに入ってきた。


なんでビッチ?


いい先生なのに……。


「始業式の前に! 転校生を紹介しますね~!」


へぇ~……。


エスカレター式のこの学校に、転校生とは珍しい。


「入って。自己紹介をお願いね!」


「はい……」


先生が、黒板に転校生の名前を書く。


へ~……。


美少女……。


あれ?


何だ今の感覚は……。


胸が脈打って……痛い?


何で俺は泣きそうなんだ?


あれ?


「オリビア:プラムです。父の転勤でこの王都に来ました」


声小さいな……。


「携帯電話もない村から来た田舎者ですが……宜しくお願いします」


オリビアは、顔を真っ赤にしながら俺達に頭を下げる。


その彼女へ、クラス全員から歓迎の声と拍手が送られる。


何だろう?


彼女が気になる……。


美人だから?


何か違うな……。


「何を見惚れてるのよ!」


痛っ!


右隣の席に座っているリリーに、脛を蹴られた。


「おっ! 三角関係?」


アルス!


「違う!」


「いや……四角関係か?」


アルスの視線は、ファナさんへ向いている。


「違うって! それに、ファナさんは親父さんに彼氏作るの禁止されてるだろ?」


「まあ、そうらしいな。でも、お前がその気ならどうとでもなるだろ?」


そう言えば、アルスとも昔から腐れ縁で、仲がよかったんだったか?


「いやいや……。俺たちまだ学生じゃないか」


「何、堅い事言ってるんだよ! お前が、四角関係で困る所を俺に見せてくれよ~」


「お前な~……」


「レイ君?」


「あっ! はい!」


先生に名前を呼ばれた俺は、返事をして立ちあがる。


「席も隣だし、プラムさんの事宜しくね?」


「はい!」


そう言えば、左隣は席が空いてたんだ……。


偶然だろうか?


「あの……宜しくお願いします」


「敬語じゃなくていいよ。俺はレイ。レイ:シモンズ。宜しくね、オリビア」


「あ……よろしく。レイ」


痛い!


「何で、いきなり呼び捨てなのよ~」


「リリー! 脛に痣が出来る!」


なんだか、面倒な事になりそうな予感……。


あ~あ……。


やってらんね~……。

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