三話
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「五月蝿いって!」
「でもでも! いっぱい来た! いっぱいぃぃぃぃぃ!」
「分かってるっつってるだろうが! このっ!」
俺は今……。
渓谷を疾走しています。
背中合わせにサリーをしばりつけているので、速度の制限があるんですけどね。
それでも、今できる限りの速度で走ってます。
「きゃぁぁぁぁぁ! 衝撃波! 衝撃波!」
「分かってるって!」
降り注ぐ衝撃波を掻い潜りながら、走ってます。
マンティコアって言う、翼の生えたライオンのようなモンスターから逃げる為に……。
きゃぁぁぁぁぁぁぁ!
いっぱいいるぅぅぅぅぅぅぅ!
「また来たぁぁぁぁぁぁ! 左! 左に避けてぇぇぇぇぇ!」
そおい!
「違っ! そっち右ぃぃぃぃ! 私から見て左!」
「分かるかぁぁぁぁぁ!」
若造ぉぉぉぉぉ!
【はい!】
若造の展開させた障壁で、マンティコアが口からはなった衝撃波をはじく。
「昨日から、何でこんなにモンスターに遭遇するのぉぉぉぉぉ!」
「仕方ないだろうがぁぁぁぁぁぁ!」
自分の前方に降ってきた衝撃波二発を、ギリギリで回避しながら俺はサリーに叫ぶ。
「レイはどれだけ運が悪いのよぉぉぉぉぉ!」
それは、ごめんなさぁぁぁぁぁい!
多分、天下無双に不幸ですぅぅぅぅぅ!
ちくしょぉぉぉぉぉ!
やってらんね~……。
「必死で登った岩山の先が、モンスターの巣なんて……。有り得ないってぇぇぇぇぇ!」
「お前を背負って登ったのも! 戦ってるのも! 俺ぇぇぇぇぇぇ!」
「それは、ありがとぉぉぉぉぉ! でも! こんなの嫌ぁぁぁぁぁ!」
俺も嫌じゃい!
おおおおお!
マジでか!?
目の前が、落石によりふさがっていた。
左右は絶壁、後ろからはマンティコアって言うAランクモンスターの群れ……。
やるしかないか……。
『気を抜くな。まだ、体のコントロールが不十分じゃ』
分かってる。
サリーを降ろすか?
いや……。
衝撃波に巻き込まれたら、洒落にならん。
【能力が制限されますが、仕方ありませんね】
ああ……。
若造、魔力はマンティコアから吸収できる。
障壁を遠慮なく使ってくれ。
【了解です!】
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ! 行き止まり! どうするの?」
「しっかり掴まっていてくれ……」
「まさか!?」
「俺を信じろ……」
俺が振り向いたので、サリーも行き止まりである事を認識した。
「……分かった! お願いね!」
二本の剣を出した俺を、肩越しに見たサリーは覚悟を決めてくれたらしい。
「おう!」
目の前に迫る、百体をこえるモンスターに向かって走り出す。
幾つもの破裂音が発生した。
衝撃波の魔力核を剣で突く事で消滅させながら、モンスターに斬りかかる。
「グオン!」
「キャウウン!」
制限のかかった俺の方が、マンティコア達よりも移動速度は落ちるが、攻撃を避けながらコアを貫き切り裂いていく。
ちぃ!
ちょっとキツイ!
距離を置くと、あいての衝撃波でこちらの衝撃波が出しにくくなる。
その上で、接近戦もサリーに怪我させないように、紙一重で避ける事が出来ない。
一撃でも食らったら、ヤバいってのに!
遠隔の衝撃波を障壁で防ぎ、接近戦で斬る……。
『これがベストじゃろうが、中々骨が折れるのぉ』
くっ!
俺は自分の体の反応の悪さに、正直歯痒くなってきた。
敵の攻撃なんてほとんど止まって見えるし、これから何をしてくるかも予想できる。
それに体が反応しない。
多分、自分の中でギアを上げる事は出来るだろうが、それだと多分サリーが耐えられない。
しかし、今の俺はBランク程度の実力じゃないのか?
師匠の剣技で、対応できてるけど……。
判断を間違えたか?
『いや……。あのまま、お嬢ちゃんを放置すれば襲われておったじゃろう』
【魔力! 魔力を下さい!】
おっと!
左右から襲ってくる爪と牙を避け、背後に障壁を展開させる。
ゾーンに入ると、サリーへ気を回せない……。
入らないぎりぎりまでに抑えて、集中するんだ。
体を、自分のイメージに合わせて操縦するんだ。
サリーに、影響が無いギリギリの距離を掴め。
最小の動きで、最大の効果を……。
「凄い……。レイはこんな世界を見ていたのね」
徐々に俺の動きが洗練されていく。
敵の爪の長さや、風圧……地面で跳ね返った小石の位置まで、手に取る様に分かる。
その中で、剣をどう振るえばいいか……どう動けばいいかがイメージできる。
そのイメージに体を合わせる。
一センチのずれを五ミリに……。
五ミリのずれを一ミリに……。
限りなくゼロへと近づける事で、自身の戦闘力を引き上げていく。
力でも、速度でもなく、魔力でもない。
純粋な戦闘力を高めていく。
これが、師匠から教えて貰った強敵を倒す技。
自身がBランクだとしても、AランクやSランクを撃破する力。
うん!?
マンティコア達が三十体をきった所で、敵が一か所に集まり、衝撃波を集中させてきやがった。
逃げ場のない、衝撃波の壁が迫ってくる。
障壁展開中は魔力核をつけないし、障壁でまともに受けるのは得策じゃない。
くっそ!
モンスターが連携なんてするなよな!
俺は、空中へ飛び上がった。
想像通り、俺に向けて地上から衝撃波の集中砲火をするつもりだ。
追撃か? 後方からも、二匹飛び上がってきてる。
「大気に遍く燃え上がる力よ……」
呪文らしきものが聞こえると同時に、俺の背中から強力な魔力……。
ふん……。
信じてみるか……。
【そうですね】
なら、作戦は簡単だ! 行くぞ! 若造!
【はい!】
「フレイムロンド!」
サリーが放った熱風の波が、後方から向かってきていた二体を燃え上がらせた。
よし!
俺は空中を蹴り、衝撃波の放たれた方向へ真っ直ぐ向かっていく!
「ちょ! きゃぁぁぁぁぁぁ!」
俺の身体から斜めに展開された障壁で、左右の衝撃波をいなし、正面からきた衝撃波の核を突いて消滅させる。
『いまじゃ!』
<ツインファルコン>!
双剣で発生させた十字の衝撃波は、重なる事で回転を始め二本の竜巻を発生させた。
絡みつくようにマンティコア達へ迫る二本の凶暴な竜巻は、全てを巻き込み、敵を塵へと変えた。
「ふ~……」
「凄い! 凄い! 凄ぉぉぉぉぉぉい!」
俺が地面に降り立ったと同時に、背中から騒ぐ声が聞こえる。
五月蝿い……。
結構ギリギリだったんだって!
「ねえ! レイの大陸の人って、みんなそんなに強いの?」
テンション高いよ……。
「まあ、それなりに強いよ……」
「この大陸の竜人族は自分達が最強だって威張ってるけど、世界は広いのね~!」
「そうだな……。じゃあ、降りて……」
「何言ってるのよ……。周り絶壁じゃない……」
ほほ~う……。
また、俺に担いで登れと?
『仕方あるまい。お嬢ちゃんが登るのを待っていたら、日が沈んでしまう』
ですよね~。
****
仕方なく、俺はそのまま絶壁を登り始めた。
「いい眺め~」
お前能天気でいいなぁぁぁぁ!
こっちは、大変だよ!
そう言えば……。
「あのさ~?」
「な~に?」
「竜人族って、みんなAランクの実力があるの?」
「Aランク?」
ああ……ここだとランクが無いんだった。
「お前と同等の、力や魔力があるのか?」
「ああ! 無いよ」
えっ?
さっき、竜人族が一番強いって言ってなかった?
「私よりも強い人は、二十人くらいかな~。同等の人も十人くらいはいるけど……」
なるほど……。
ちっ!
こいつエリートかよ。
死ねばいいのに……。
「レイの大陸では、ランク分けされてるの?」
「そうだよ……」
「何? 自分で聞いて機嫌を悪くするなんて、よくないよ!?」
「そうか……」
「も~! 私と同等の人は王国では、一万人の中で五十人くらいかな。隣の国にも三十人くらいはいるらしいけど」
一万人?
竜人族って数は多いのか?
「隣の国も竜人ばっかりなのか?」
「違うよ。私の国は竜人だけだけど、隣の国には獣人や人間も多いの。人口もうちの倍はいるしね」
『これだけ強い種族ならば、数を増やしていてもおかしくあるまい』
まあ、そうだよな。
「私の国にいる将軍と、一番の剣士ならレイともいい勝負が出来ると思うな~」
「その二人だけか?」
「うん! だって、レイ強いんだもん! でも、その二人はうちの国でも別格に強いの!」
将軍に、一番の剣士か……。
クソ食らえじゃい!
エリート共、全員死ね!
【また、そんな事を】
評価されてる天才なんて、みんないなくなればいいんだ!
『止めんか』
はっは~! 死んでしまえ~!
「レイの国には、レイより凄い人っていた?」
凄い人か……。
セシルさんにアルスもそうだな……。
カーラやメアリー達もそうだし……。
よく考えると、俺の周りって天才だらけだな。
嫌になってくる。
「いっぱいいるから、数えられん」
「嘘! そんなにいっぱい……。その人達って、この大陸に呼べないかな?」
モンスターに海流……。
「無理だろうな」
「そう……仕方ないか」
「そう言えば、宮廷巫女って大事な職業じゃないのか? 何日もいなくて大丈夫か?」
「うん! 宮廷巫女って一人じゃないの。二十人いるのよ。私はその中の一人だし、王に進言をする代表でもないしね」
代表か……。
「今から行く婆さんは代表だったのか?」
「うん! 間違いや意見が分かれた時の為に、巫女は三グループに分かれてるんだけど、その一つの代表をされていたの!」
う~ん……。
あれ?
もしかして……。
「巫女の中で、お前より魔力が強い奴っているのか?」
「えっ……う……うん」
顔は見えないが、どんな顔をしてるんだろうな。
「それよりさ! レイはイザベラ様に会った後どうするの?」
話しをそらしたか……。
「特に考えてない……」
「ふ~ん……。何かあるのね?」
こいつ……。
『勘というレベルではないな。お前同様に、嘘を見抜いておるな』
おいおい……。
じゃあ、初めて会った時の嘘も。
【悟られている可能性は、十分ありますね】
巻き込みたくないんだがな……。
【そういう雰囲気も、汲み取っている可能性が】
「もし……もしね!」
「なんだよ?」
「全部終わったら、私と旅とかしてみない?」
「旅?」
「そう! 私は城の中しか知らないから、色々な場所を旅するのが夢なの!」
「何で俺と?」
「だって! 心強いじゃない!」
旅か……。
目的もなく只自由な旅……。
「ああ……。それもいいかもな……」
「うん……」
もしかしたら、俺のその嘘にもサリーは気が付いたのかも知れない。
それ以上は、何も言わなくなった。
悪いな、エリートさん。
俺には、そんな先の未来は無いんだよ……。
****
その日は、森の小川を見つけてその横で眠る事にした。
相変わらず、サリーは食事を済ませるとすぐに眠る。
ガキ……でも無いかもな。
【これが、彼女の逃避方法だったかも知れませんね】
辛い現実からの逃避か……。
逃げたところで、所詮そこは現実じゃないと思うがな。
【残念ですが、人は皆強いわけではありません】
「うう……すみません……すみません……」
うなされるサリーの頭を撫でる。
昨日も同じ事をしていて気が付いたが、サリーには髪に隠れたハゲ……傷跡が多い。
昨日は、昔から暴れて自分で怪我したのかと思ってたが……。
『これは、一方的な暴力の痕じゃろうな。それも、慈悲の無い』
よく見ると、腕や足にも傷跡が多い……。
『才能とは、嫉妬の対象になりやすい。お前は、実際に手を出さないだけマシじゃな』
俺自身が、才能も地位もないんだ。
手の出しようがないだろうが……。
【自分よりも地位が下で、才能に恵まれた者ですか……】
巫女ってくらいだから、女性ばっかりで陰湿そうだよな。
【その才能を伸ばし、育てるという人は少ないのでしょうか?】
『教育する側ではなく、自身が同じ職務を行う現役であれば、難しいじゃろうな』
才能があって虐められるか……。
俺には想像もつかないけどな……。
『お前への虐めは、落ちこぼれに対してじゃったからな』
イザベラってババァだけは、優しかったとかなのかな?
【そうでしょうね】
「行かないで……」
サリーは涙を流して、俺の服の袖を必死に掴んできた。
天才なら、反抗すれば良かったんじゃないのか?
何をそんなに苦しんでるんだ?
ちっ……。
『まあ、魔力は十分じゃ』
【何時でもどうぞ】
****
俺が、サリーの頭に伸ばした手から白い光があふれ出す。
あまり勝手に人の記憶に入るのは、どうかと俺も思ってるけどね。
少しだけ嫌な記憶を奥に押しやってやらないと、ストレスで死んじゃいそうだしね。
八歳で、自分を一人で育てていた父親が死亡。
町をボロボロの格好で放浪している。
空腹と寒さに震え、商店で食べ物を盗んでは警備兵から必死で逃げている。
なんで、俺の周りには両親が死んでる奴が多いんだ?
『お前が、そういう相手以外気にも止めんからじゃ』
ああ……。
栄養失調で倒れて、ついに警備兵に捕まった所でイザベラのババァに助けられたのか。
何処が優しそうなんだ!?
怪しい術で人殺しそうなくらい顔が怖いぞ? このババァ!
魔女か? 魔女なんですか!?
【見た目で、そう言う事言うの止めましょうよ】
だって!
笑い方絶対、ひっひっひっ……だぜ!?
怖いわ!
【ほら! サリーさんに凄く優しいじゃないですか!】
確かに……。
暖かいベッドに食事、綺麗な服に教育……。
全てに絶望したサリーの目に、光が戻って行く。
やるじゃん、妖怪ババァ。
しかし、二年後ババァが滅亡を予言した所から状況は変わる。
他の巫女全員の意見が一致すれば、その相手を追放できる。
力も地位もない十二歳のサリーは、ババァ以外の二人の代表に脅され無理やり賛成票を入れさせられていた。
ババァを見送る勇気さえなかった自分を悔やみ、部屋で一晩中泣いている。
精神がもたなかったんだろうな……。
【睡眠時間が大幅に増えましたね……。仕方ないと思うのですが……】
多分、このババァも分かってくれてると思うな。
『一度手に入れた人間らしい生活を手放す事など、十二の娘には出来んじゃろう』
だろうな……。
十六歳だった俺にも無理だったしな。
自立してなきゃ無理だって……。
それからも、サリーは笑った。
正確には、笑った仮面を被り生きていく。
毎日のように熱いスープを頭からかけられ、トイレのたびに水をかけられている。
何回も何回も執拗に、虐められる。
城の中で友達なんていないサリーは、魔力の研究に没頭する。
勉強している時と、眠っている時だけが安息の時間だった。
そして、窓から見る外の世界へと心を馳せる。
女の虐めってのは、陰湿極まりないな……。
【男性の虐めが肉体的なものなのに対して、女性のそれは精神的なものが多いですからね】
精神的にって言っても、因縁をつけられてそこらにある物で殴られまくってるじゃん。
毎日流血事件ですよ……。
頼る人もいない城の中で……。
笑わないと生きていけなかったのか?
その笑顔がキモイって、蹴られてるじゃん。
俺もここまでやられてたら、逃げてるよ。
『どんどん才能が伸びていく天才が疎ましいか……』
悔しかったら、それ以上に努力すればいいのに。
自分達が遊んでる時間も頑張ってる天才に、凡才が勝てるわけないじゃん。
俺なんて、悔しいから死ぬほど修練したのに……。
【人は、悪意に容易く飲まれてしまうものです。貴方は例外ですが……】
『お前は、いい意味でひねくれとるからのぉ』
どう取っても、いい意味に聞こえませんけど!?
悪口じゃね?
しかし、この竜神ってなんだ?
確かになんかの神託? が来てるな。
偽神でもなさそうだし……。
星の……世界の意思が、人に神託を?
あ~あ……。
ついに滅亡まで見えたか……。
『虐めも過激になってきておったしな……』
やっと逃げ出したか……。
なるほど、頼る相手はババァしかいないが、一度裏切ってるから会うのが怖いと?
考えすぎだよ、馬鹿。
仕方ない。
虐めの記憶だけでも、奥に押し込むか……。
****
うん!?
そんな……。
「相手の心を覗くって事は、自分の心も無防備になるって事よ。知らなかった?」
精神体となりサリーの心に居る俺の前には、同じく精神体になっているサリーが居た。
どうなってるんだ!?
「人の心を勝手に覗くなんて、サイテー」
「あ……すまない」
驚いたままの俺は、間の抜けた返事をしてしまった。
「もう! 言ってくれれば許可したのに! 次は気をつけてね?」
「あ……ああ……」
サリーの顔から笑顔が消えた。
「あ~あ、見られちゃったね。必死に、隠してたつもりなんだけどな~」
サリーの見つめる先には、光の……記憶の破片が浮かんでいる。
その中でサリーは泣いていた。
サリーは外に出た事で、無理に作った自分を演じていたのか?
それとも、これが本来の自分?
「私ね……。毎日毎日虐められて……。それでも、最後の抵抗として笑ってたの。自分の気持ちに従わないで」
サリーの顔には、再び笑顔が浮かんでいる。
しかし、それが本当の笑顔ではないとはっきりと理解した。
「そうしてるうちに、自分で本当の自分が判らなくなったの。私の中身は、空っぽになってたの。だから、この仮面を被るの」
自分の本当の心から逃げていると、こうなってしまうのか……。
涙が出そうなほど悲しい笑顔……。
「お前はいったい……」
「私? ふふっ……。多分……いえ、私自身が見ている夢みたいなものね。だから、心配しなくても起きれば忘れてるわ」
深層意識の干渉が、巫女の力を発現させたか?
さっきから、何時もサポートについてくれている若造の気配がしない。
「レイも苦しいんだね……」
記憶の破片が、サリーの物ではなく俺の物になっていた。
ここは、俺の深層意識!?
そんな馬鹿な!?
「レイは辛くない? 恨めしくない? 死にたいの? 死にたくないの?」
こいつ!
「本当は、怖いでしょ? 死にたくないでしょ? 逃げ出したいでしょ? 泣きたいでしょ?」
俺の全てが見えてるつもりかよ!?
「何で嘘をつくの? 自分自身にまで」
くっ!
「お前に! 俺の何が分かるって言……いや」
違うな。
今、サリーが言った言葉も本当だろう。
人を怨むことすら怖かったガキの頃の俺は、勝手に神様を頭の中で作って恨み事を言っていた。
人との関係を改善しようとせず、一人になれる修練に逃げ込んだ。
情けない。
人を本当に好きになる事すら、止めていた。
裏切られるのも、失うのも、受け入れて貰えないのも怖がった、俺の弱い心が放棄したんだ。
本当に情けない。
何でも分かってるつもりで、何一つ分かっていなかった……。
「そうだな……。確かに怖いし、逃げ出したいんだろう。でも……」
「でも?」
「俺は負けず嫌いなんだ。だから、死ぬまで逃げてやらねぇだけだ」
あれ?
笑ってる……。
嘘の笑顔には見えないな。
「レイは本当に強いね。的確に自分の弱みや、図星を突かれると人は怒ったりするもんだよ?」
「まあ、負けず嫌いなのに、人生ほとんど負けっぱなしだからな。多少は打たれ強くもなるさ」
「そうやって自分の弱い所も受け入れて、傾いだ心をすぐに立て直す。うん! やっぱりレイはすごいよ」
「そうでも無い」
「う~ん……。でも、泣きたいときくらい泣いてもいいと思うよ?」
「まあ、全部終わったら泣くさ。一晩中な」
「また、そうやって嘘をつく……」
「はっ……。嘘じゃね~よ」
「レイの嘘は優しさからだろうけど、見てるこっちまで辛い事だってあるんだよ?」
「買被り過ぎだ」
「あ! 私の心を覗いた罰として、全部が終わったら私と旅をしましょう! ね?」
「ああ……」
「約束!」
「ああ……約束だ」
俺は笑ってみたが、サリーは悲しそうな笑顔になっていた。
その顔は、本当にサリーの仮面だったのだろうか?
****
【……ぶですか!? 大丈夫ですか!?】
えっ!?
あ……ああ。
【どうしたんですか? ぼーっとして? 精神世界で、そういうのは危ないですよ?】
今のは……。
いや! 悪かった!
虐めの記憶を押し込んで、ここを出よう。
【はい……。あの、何かありました?】
いいや。
何も無い。
俺の精神が俺の身体に戻ると、サリーは静かに眠っていた。
巫女か……。
女ってのは、本当に恐ろしい。
俺じゃあ、女心ってのは一生理解できないんだろうな~。
いや、きっと他人の心なんて理解できるようにはなれないだろう。
良くも悪くも、それが俺だ……。
『何かあったのか?』
【それがよくわからないんです……。何秒かぼーっとしてただけなんですけど……】
安らかな眠りについているサリーの頭をなでる。
「約束……」
まったく……。
俺は、一生女にはかなわないんだろうな……。
本当に自由な旅か……。
こいつと二人なら、それも楽しいかも知れないな。
思春期みたいに自分探しの旅か……。
きっと楽しいだろうな……。
ドクンっと、俺の体が脈動する。
あ~あ……。
すぐこれだよ……。
まったく……。
やってらんね~……。




