十一話
「どうしたのだ!?」
「奴です! 奴が現れました!」
「ぐう!」
部下から報告を受けた、モリガーナ帝国の将軍は苦虫を噛み潰した様に顔をゆがめる。
ベースキャンプには、それから五十件もの被害報告が届く。
「負傷者約百名、死者……約三百名」
将軍は、テントの中にある机を殴りつける。
「奴を見た者はいないのか!?」
「残念ながら」
「敵は何なんだ! 本当に、化け物なのか!?」
いえ、人間です。
「フリーガルの特殊部隊と言う可能性も、まだ残されています」
いえ、民間人です。
「ふざけるな! こんな芸当が出来る人間が、いてたまるか!」
ここにいますけど、何か?
「被害にあった位置は? 部隊編成はどうなっている?」
将軍は、ブチ切れ状態で補佐官へ質問をする。
それを冷静に対応する補佐官は、優秀なんだろうな~。
「この地点とこの地点……そして、ここの三か所です。部隊編成は、各指揮官に臨機応変に対応せよと指示してあります」
うん? 地図でもあるのかな?
「敵は三部隊……三人はいると言う事か!?」
いえ、一人です。
「いえ、ほぼ同時刻に数キロ離れた地点を襲撃されています。情報部では、別動出来る五人もしくは五部隊あると見ています」
増えた!?
「くっ! まさか、本当に例の化け物ではあるまいな?」
「閣下……。私の個人的意見で宜しいのでしょうか? 閣下の補佐官としては、現実的に敵の特殊部隊と考えるべきと……」
「個人的意見だ!」
「兵の間でも噂になっている、あの世からの化け物ですか……。アンデッド系モンスターがいる以上、完全に否定は出来ませんね」
「これでは、まともな作戦が立てられん! 情報部は何をしているのだ!」
おお……。
怒ってるね~。
『まあ、状況の理解出来ん者には不安といら立ちが募るじゃろう』
****
気配を消して、指揮官用テントの窓から中を覗き込んでいた俺は、そのまま森へと消える。
テント内を覗いて分かった、展開されている部隊の場所へ向かう。
今日狩っただけでも、三百体……。
いったい何体居るんだよ?
【相当数がいるでしょうね】
『帝国連合側の人間だけでも、五百万人はおるからな』
チマチマチマチマと……。
何年かかるんだよ!
馬鹿か!?
時間ないのに……。
やってらんね~……。
【かなりの数ですね】
人間だけで、千人はいるな。
奴らは……二百。
大きな木の枝の上から、その大隊を見下ろした俺は、すぐに行動を開始する。
死角を利用して、高速で目的の相手を狩る。
もちろん気配を消してはいるが、たまには見つかりそうになる。
その場合は仕方なく……殴ります。
仕方ないもん!
見つかったら絶対面倒なんだもん!
『分かっておる』
いた……。
中隊全員があれかよ……。
ふっ!
「なっ!?」
地図を指差し、作戦の説明をしていた指揮官が絶句する。
説明していた相手が、振り返った瞬間全員腐敗した死体になっているんだ。
まあ、当然の反応だよね。
残り、五十……。
邪魔な兵士を殴り飛ばしながら、目的の相手を殺していく。
いや、正確には死体へと戻していく。
相手のスペック自体は普通の人間と変わらないので、慎重に隠れながらでも時間はさほどかからない。
『恐ろしく精巧な術じゃ……』
ああ……。
これのせいで近づくまでは、全く分からないからな。
【こんな術は聞いた事ありませんね】
それを考えるのは後だ。
今は、次に向かうぞ。
【はい】
****
俺が、その存在に気が付いたのは今から一月前になる。
アストールを倒して二日後、ある部隊の戦闘を目撃した。
その部隊は、もちろんモリガーナ帝国とフリーガル連邦の奴らだ。
その中の何人かに違和感を覚えたが、戦争への加入をしたくなかった俺はその戦闘を眺めていた。
異変は両軍の共倒れでおこった。
全員が死んだはずなのに、帝国側の兵士が三人ほどムクリと起き上がったのだ。
それも、違和感を覚えた三人だった。
そして、そいつらは仲間の死体を食い始めた。
それにより、欠損した自身の体を回復させていたのだ。
俺が、三人のコアを確認し斬り捨てると、活動を停止した。
その後も、帝国兵士に化けたそいつらを何人も目撃した。
そして、予言にあったあの世からの亡者の復活であると確信したんだ。
亡者の復活後、大きな戦争……。
まだ、国境での小競り合いだが本格的な戦争行為が始まれば、大勢の人間が犠牲になるだろう。
多分、あいつ等の目的は戦火の拡大だろうが、兵士に紛れ込んで普通に生活しているだけで特別な動きを見せない。
敵の大元も分からないし、今はこうやってシラミ潰ししか方法が思いつかない。
その日も、夕暮れまでに三千の死体を片付けた。
効率が上がらない。
「どういう術なんだろうな?」
『まさか、アンデッドが普通に生活できるとは』
【特殊な方法で製造されているのでしょうかね? 元はやはり、戦争で犠牲になった兵士でしょうか?】
多分な。
全員に人間としての戸籍があるし、家庭に帰って家族サービスしてる奴までいたからな。
案外、自分が死んでる事に気がつかない奴までいるかもな?
『通常のアンデッドとは根本的に違うな……』
リッチーみたいに、生前悪魔と契約して限りなく不死に近い存在。
『ゴーストのように、死者の負の魂をコアに自然の魔力が集約したモンスター』
【ゾンビのように、故意的な術でモンスター化した者】
う~ん……。
一番ゾンビが近いけど……。
『ここまで高等な術は、考えられんな。人間では不可能に近い』
近い?
『一人二人は、かなりの魔力を使えば可能かも知れんが、これだけの人数は無理じゃな』
じゃあ、ミルフォスやアストールみたいな邪神級が相手なのかな?
『そうじゃな……。ミルフォスはそこまで術が上手くはなかった。アストールにもっと力があるならば、あるいは……』
おいおい。
あの化け物より強いって……。
俺、勝てないって……。
【それでも戦うんですよね?】
当然!
メシア殺っちまったんだ。
最低三百一人助けないと洒落にならん。
亡者をボコッて、戦争を可能な限り小さくして、悪魔殴り倒して、天使を全殺し!
先……長いな。
『天変地異はどうするのじゃ?』
それは……。
三百一人連れて、逃げる。
【それではメシアと同じでは?】
五月蝿い!
今は、どうなるか分からないんだよ!
何とかするんだよ!
何とか!
取り敢えず、百八の封印されてた化け物は倒したんだ!
次も何とかするんだよ!
『逆ギレか……。情けない』
五月蝿いよ!
今日パン食わね~ぞ?
『ぬ……ぬううう!』
【まあまあ、取り敢えず食堂に行きましょうよ】
そうだな。
腹が減った……。
****
町に入る前にマスクと服をかばんに戻した。
そして、一度ホテルに……。
またかよ……。
「あ! お疲れ様!」
は~……。
「もういいって言ってるだろ?」
「そうはいかないわよ! 金貨二枚って、私の一週間フルに働いた額なんだから!」
「じゃあ、今日で一週間だ。もういいだろ?」
「駄目よ!」
「ジュリア?」
「なに?」
「大きな声出すな。俺が恥ずかしい……」
「あ……ごめん。でも、後一週間は通うからね!」
勘弁してくれよ……。
俺が町に帰る時間が、ちょうどジュリアの昼間の仕事が終わる時間と同じらしい。
夜のバーに向かう前に、毎日十五分歌いに来る。
「いや、もういいって」
「そんなに嫌かな?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあ! 早く中に入りましょ!」
う~ん……。
【帰る時間をずらせば……】
『それは言いっこなしじゃ』
【はぁ……】
ホテルでシャワーを浴びて歌を聞き、食堂でジュリアと食事をとる。
それが、この一週間の日課になっていた。
「んふふ……」
「なんだよ?」
「今日も、気持ちよく食べるなと思って。レイの胃は四次元なの?」
「腹が減るんだ。仕方ないだろう……」
「えっと……見てて楽しいから嫌じゃないのよ?」
「そうか……」
まあ、こいつと会話してると馬鹿二人が騒がないから、いいか……。
『失礼な!』
【私達は、誰かさんと違って空気ぐらい読めます】
誰!?
「そろそろ、時間だよな。出よう」
「うん!……あ!」
俺は、二人分の料金を払うと、店を出る。
「いくらだった?」
「いいよ……」
「もう! 毎日それじゃない! これだと……」
「何?」
「通う日にちが伸びるわよ?」
「はぁ~……。全部おごりだ。もう、来るな」
「だ~め! 後! ため息も駄目よ!」
五月蝿いな……。
「おっと、もう行かないと遅刻しちゃう」
****
俺に手を振りながら、ジュリアは夜の町へと消えていく。
俺は、兵士たちが通う酒場に向かう。
聞き耳を立てて情報収集と、フリーガル側に例の死体がいないかの確認だ。
う~ん……。
やっぱり連邦側にはいないのかな?
それとも、酒を……。
いや、帝国で見たあれは酒を飲んでいた。
う~ん……。
やっぱり、もう一度帝国に潜入するかな?
『そうじゃな。しかし、あちらは……』
分かってる。検問なんかが厳しいから、普通には生活出来ない。
本当に、潜伏しないといけないよな。
まあ、いいや。
俺は、ジュリアの店に行き酒を飲む。
これも日課になり始めたな。
断ったので、ジュリアは俺のテーブルへは挨拶に回ってこない。
閉店まで酒を楽しんだ俺は、店を出る。
そして……。
気配を消して、ジュリアの後をつける。
『この変態ストーカーが!』
違うわ!
あの馬鹿坊ちゃんが来ないか、見てるだけだろうが!
あの手の類はしつこいから……。
【本当にそれだけですか~?】
当り前だ!
てか、変な事するならもう既にしてるわ! 馬鹿!
ジュリアは、今日も築六十年のボロアパートへ帰って行った。
さて、帰って修練して寝るか。
俺は、タバコに似た薬に火を付け吸引する。
ここしばらくは、発作もあまり出ない。
【まあ、原因は分かっていますからね】
『ただ、気を抜くな。根本的に回復は難しいからな……』
身も蓋もない事言うな?
普通は、嘘でも大丈夫とか回復出来るとかいうんじゃね~の?
『それは……それに向き合うお前に、失礼じゃろうが……』
【気休めでよければ、何時でも言いますよ?】
はいはい……。
うん?
俺の目の前に、紙飛行機が落ちてくる。
なんだ? 何か書いてある。
何時もありがとう?
俺は、急いで後ろを振り返る。
窓から、ジュリアが手を振っていた……。
最悪……。
何でばれたの?
何で?
【あの窓の位置から考えて、ここで火をつけるのが見えたんでしょうね】
お……おおう。
そう言えば、毎日ここで薬に火をつけてた。
ダサイな……。
あ~あ。
****
翌日会っても、ジュリアはその事を何も言わない。
そして、何時も通り歌い……笑う。
俺は、そのジュリアから与えられる温もりを拒否しきれなかった……。
理由は分かってる。
俺が欲しくて……。
欲しくて、欲しくて、欲しくて、欲しくて、欲しくて、欲しくて、欲しくて、たまらない物が目の前にあるんだ。
弱い俺は……。
弱くて、情けなくて、最低な俺はそれに手を出す事も、遠ざける事も出来ない。
世界が……運命が残酷だって事は、誰よりも知っているはずなのに……。
本当に俺は最悪だ。
****
運命の流転は、それから三日後に始まった。
流転……。
いや、予定されてた事なのかな?
ははっ……。
「は? 何それ?」
「だから! 将軍様直々に召喚状を貰ったのよ!」
ジュリアは、浮足立ち俺に召喚状を見せる。
内容は、明日の午後連邦議会で歌を歌ってほしいと言う事だった。
「ほらほら! ここにお金も払ってくれるって書いてある! それも金貨五枚よ!」
う~ん。
「これは何でだ? 何が目的なんだ?」
「それは……行ってみないと分からないけど……」
まあでも、正式な召喚状みたいだな。
『流石に、危ない事は無いのではないか?』
だといいけどな。
「それで……その……」
「何?」
「付いて来てくれないかな~……なんて」
明日の正午すぎか……。
【行くべきです!】
ああ?
【そこまで心配した状態では、戦闘に差し支えます!】
『そ……そうじゃ! 行くべきじゃ!』
何考えてるんだよ?
「駄目かな? 駄目だよね……」
うん?
あれ~?
何か震えてね? あれ~?
「実はさ……。そんな大きな舞台で歌うの初めてなんだよね……」
ああ、恐怖と緊張ってやつね。
「もしかしたら、上手くいって色々仕事が増えるかもって思うんだけど……」
「失敗を怖がっても仕方ないぞ……」
涙目のジュリアが、ハッとした顔でこちらを見ている。
「付いて行くだけだ。それ以上は、何も出来んぞ。楽器なんてまともに触った事ないんだ」
何せ、学生時代ばい菌扱いで、学園の楽器に触らせてもらえませんでしたからね~。
「うん! 全然オッケー!」
うおう!
抱きつくな!
「ふふふっ……。レイってさ」
「何?」
「仕方ないって……口癖でしょ?」
「さあな……。癖なんて自分じゃ分からん」
えっと……。
近い……。
近い近い近い!
ジュリアは俺に抱きついた状態で、俺の目をじっと見つめていた。
「貴方は何者?」
はあ?
「俺は俺だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「何でそんなに強くて……悲しい目をしてるの?」
こいつ……。
「ねえ? 辛い事は、辛いって言っていいと思うよ?」
女の勘か?
恐ろしい……。
てか、動けない……。
「ガシャ!」
うおう!
ベッドに置いてあったカバンが、ジュリアが抱きついてきた勢いで動いたらしく、床に落ちた。
ヤベ!
迷彩服が!
固まったジュリアを躱して、床の荷物を拾った。
う~ん……。
変な空気に……。
顔が真っ赤になったジュリアは、ベッドの上に正座して無言で俯いている。
俺は、カバンを抱えた状態で……。
棒立ちです!
きっと今殴られたら、テンカウントとられます!
ヤベ~よ。
ちょ! あの……ヤベ~よ。
え~と……。
このまま後一分もすれば……。
俺の胃はスパーキンッ! だね。
あ……ちょ! 待てよ!
なんでお花畑が?
立ったまま昇天しそうになってません!?
ちょ!
ヤバいって!
知らない爺さんと婆さん……あれ?
あれ、セシルさんじゃね?
二人の横で手を振ってるの……セシルさんじゃね?
マジであの世じゃね?
ヤバくね?
『ただの幻覚じゃ……。わしには見えん』
【早く何か言いましょう。時間がたてば、余計に喋り辛いですよ】
ああ~そう?
「え~……仕事の時間があるよな? 食堂行こう! うん! 行こう!」
「あ……ああ! うん! そうね! そうしましょう!」
顔が真っ赤な俺達は、ギクシャクと部屋を出る。
『不憫な』【情けない】
限界なんだって! 俺の今の限界ここなんだって!
****
食堂で、何かフワッとした会話をした俺達……。
なんか、何しゃべったか覚えてない。
飯の味もよくわからなかった。
【美味しかったですよ?】
『わし等はしっかり堪能した』
五月蝿いよ!
「じゃあ! 店に行くから!」
「あ……ああ!」
ジュリアが走り……あれ? 振り返った?
うん? 何でこっちに走ってくるの?
忘れ物か?
おっ……ふぅ!
「えへ……じゃあ、また後で!」
キスされた……。
俺より背の低いジュリアの、アッパー気味のキス……。
胃が……。
スパァァァァァァァキンッ!
『いちいち胃に穴をあけるな……』
鉄の味がする。
その日も情報収集を終え、夜中に窓から手を振るジュリアを見て、ホテルの部屋へ帰る。
う~ん……。
眠れまてん!
俺はその日、朝日が昇るまで木剣を振ってました。
うん!
なんかレベル上がった気がする!
日の出前に何とか眠気を覚え、ベッドに身を沈めた。
****
「レイィィィィィィ! もぉぉぉぉぉぉぉ!」
ジュリアにたたき起されました。
また、鍵かけるの忘れた……。
まあ、寝過さなくてよかった。
食堂でかなり早い昼食をとる事にしたが……。
「あの! あれ! 議会って広いのかな?」
「まあ、それなりに広いんじゃないか?」
「えと……何歌おうかな?」
「昨日、決めてるって言ってなかったか?」
「うん! そうそう……あの」
サラダだけ頼んだジュリアは、それをフォークで弄びソワソワしている。
「落ちつけ。失敗しても死ぬわけじゃないんだ」
「あ……うん……」
今度は落ち込んでません?
「大丈夫だ! だから、少しは腹に何か入れておけ。腹に力が入らないぞ?」
「うん! そうだね……うん!」
サラダと、俺から少しだけ奪ったパスタを食べたジュリアは、議会へと向かう。
もちろん、俺も後について行く。
しばらく、待合室で待たされた……。
俺たち以外にも、十人ほど呼ばれていたようだ。
また、ソワソワし始めてるな。
****
「では、次! ジュリア:リーフさん!」
「はっ! はい!」
うわお!
あれって確か、連邦の軍事総司令に将軍達……。
何? この仰々しい雰囲気は!?
半円状になった机の席に座っている軍人たちの、目の前で歌わないといけないのかよ……。
わお!
ジュリアがプルプル震えてる。
「君は誰だ?」
「只の付添人です」
「そうか……で? どうする? 何か楽器は必要か?」
「楽譜は一通りそろえてある、曲名を言えばこの楽団が演奏しよう」
「あ……あの……えと……あははっ……」
うん! 落ち着け。
「どうした? 町で評判の歌姫と聞いたが……」
ええい!
数歩後ろにいた俺は、ジュリアに近づく。
そして、ジュリアの手を強く握った。
「大丈夫だ! 何時も通り……楽しめ!」
「あ……うん!」
そして、曲名を告げたジュリアは伴奏に合わせて歌う。
本当に、楽しそうに歌うなこいつは……。
将軍達も聞き惚れてるって感じだな……。
てか……。
何か光って見えるんですけど?
錯覚?
凄い光って、神々しく見えるんだけど?
あれ~?
『この部屋に、魔力を視覚化する術が働いているようじゃ』
なるほど……。
あれ? じゃあ、別の目的あるんじゃね?
【かもしれませんね】
あれ~?
三曲ほど歌ったジュリアに、将軍達は拍手を贈ってくれた。
うん。
成功だろう。
****
金貨を受け取り、テンションの高くなったジュリアと町に向かう。
仕事用の衣装を買うそうだ……。
え?
俺も付き合うの?
女性用の服屋さんとかって、胃が痛むんですが?
「これ! これどう?」
「いいんじゃないか?」
「う~ん……」
試着室の前で、店員が出してくれた折りたたみの椅子に座った俺に、ジュリアのファッションショーが繰り広げられる。
「ねえ! これは? どう?」
「いいんじゃないか?」
「も~! さっきからそればっかり!」
だって……。
「待ってて! 次はこれ着てみるから!」
そう言えば。
あいつには、服の一つも買ってやれなかったな……。
『…………』
「彼氏さん?」
なんだ? 店員?
俺は、彼氏じゃないですよ?
「どれか一着褒めてあげると、早く済みますよ?」
なるほど!
「ねえ! これなんてどう?」
どれでも一緒じゃん……。
「ウン! ソレイイト思ウ」
「……嘘ね」
お~う?
何で?
試着室のカーテンが閉まりやがった!
『馬鹿者……』
何で?
「じゃあ! これでどう!?」
あ……。
真っ黒なドレス……。
「ああ……いいと思うぞ。うん。いいじゃないか」
「えっ……そんな顔も出来るんじゃない。よし! これに決定!」
どんな顔?
【貴方は、基本的に黒が好きですよね?】
う~ん……多分。
金貨一枚に、銀貨三枚……。
高くね!?
【女性の服とは、そういう物じゃないですか?】
「じゃあ! 何か美味しい物食べに行こうよ!」
「は?」
「何時も奢ってもらってるから、今日は私のおごり! ねっ?」
「いや、いいよ」
「駄~目!」
「お前が思ってる以上の俺は、金持ってるんだよ。だから……」
行商人といして稼いだ、金貨約二千枚。
俺、プチ成金なんだけど。
「駄目だって! いいから! ねっ?」
高級ステーキ店で、俺ががっつり食べると……。
金貨三枚分でした!
何とか払おうとするジュリアをおさえて、俺が払った。
流石に、ほとんどの金を使わせるわけにはいかん。
****
「あ~あ……。もう少し安い店にすればよかったぁ……」
「いいよ。俺、肉が好物だし」
「そうじゃなくて!」
「何回も言うが、俺は金に困ってないの」
「でも~……」
日が暮れた夜道を、二人で歩く。
ジュリアは今日、店を休むそうだ。
「ねえ? これからどうする?」
月明かりに照らされたジュリアが笑う……。
月明かり……。
――忘れて――
「悪いが、これから少し用事があるんでな」
「えっ!? そう……」
お前を不幸にしたくない……。
俺にこれ以上近づくと危険なんだよ……。
「そっか! じゃあ、私は久し振りにゆっくりお風呂に入って、眠る事にするよ!」
「ああ……」
「ねえ?」
「なんだ?」
「今、凄く悲しそうな目をしてるの……。自分で分かってる?」
「気のせいだ……」
「そうなんだ……」
ジュリアがその日、一番さびしそうな顔になる。
これでいい。
これで……。
「あのね?」
「なんだ?」
「嫌じゃなければでいいし、すぐにって事じゃないんだけど……」
「なんだよ?」
「レイの事、私は何も知らない。だから、教えてほしいな……」
「また、今度な……」
「うん……」
俺はジュリアを送り届け、ホテルに向かう。
【少しくらい、喋ってもいいのでは?】
ああ?
恋人殺して、神様に逆らって、もうすぐ死ぬって言えばいいのか?
アホらしい……。
【…………】
いいんだよこれで。
問題ない。
何も問題ないんだ。
****
翌日、一通の仕事の依頼でジュリアの運命が流転を始める。
朝一で届いたそれは、軍で歌を歌うと言う仕事の依頼だった。
さらに翌日、ジュリアの頼みを受け議会に再び出向いて見て、仕事の詳細が理解できた。
「私は、フリーガル連邦総統ゼノン:エバンスだ」
「はっ! はひ!」
「緊張するな……。余計にミスするぞ?」
「でも……。何時もテレビで見てる総統だよ?」
確かに……。
まさか、総統自ら出張ってくるとは。
「こいつは、次期総統……息子のクリス。今日から、君の上官になる予定だ……」
上官?
軍属になれって事か?
「ジュリアに軍に入れと?」
「君は……」
「友人のレイ……レイ:シモンズだ」
「そうか。ジュリアくんには、軍に入って欲しいわけではない」
は?
「軍人ではないが、軍と行動を共にしてほしいのだ。もちろん、安全は最優先で確保する」
いやいや、分からん。
「ジュリアさんには、戦場で歌を歌ってほしいのです。詳細は、あちらの会議室で私が説明します」
う~ん……。
「総統は忙しい身なので、ここからは私だけになります。よろしいですね?」
「では、また後ほど」
俺達の頷きをみて、総統はその場を離れた。
「もしかして、気力や戦意を向上させたりする歌を歌えって事なのか?」
「これは……。お察しの通りです」
なるほどな……。
【なんですか? それは?】
俺の大陸には、そういう戦術があったんだ。
特定の魔方陣内で歌を歌って、味方を有利にする戦場の歌姫ってやつだ。
【なるほど……。広域な、強化の術を兵士にかけるんですね?】
そうだ。
俺の国には小規模から大規模、それに男の歌手までいたよ。
ほとんどの場合、歌に魔力がこもるのが女性だから、通称は戦場の歌姫だったけどね。
「どうするんだ、ジュリア? 聞いての通りの仕事だ。賃金がよくても、割に合うかどうか微妙な仕事だぞ?」
「え……あの……レイは? どうして欲しい?」
は?
「それは、自分で決めろ。俺では責任が持てん」
「そっか……」
「どうしますか? 今なら、別の候補の方へ……」
「やります! やらせて下さい!」
危ないって……。
【止めて欲しそうでしたよ?】
俺に、その資格は無い……。
「では、こちらへどうぞ!」
クリスの誘導で会議室に入った俺達は、仕事の詳細を聞いた。
『これは凄いな……』
大気中と地脈の魔力を流用するのか……。
これなら、ジュリアに負担は少ないな……。
『うむ。それに、指向性を付けて味方の兵のみを強化できる』
それに、射程距離がこれだけあれば、ジュリアを十分逃がせるな。
【あの……】
何?
【賢者様はともかく、何故貴方までそこまで詳しいんですか?】
お前!
俺を馬鹿だと思ってただろ! 言ってみろ!
【いえ……そういうわけではなく、これはかなり高度な魔術の知識が必要な……】
言ってみろ!
『こ奴は昔から、この手の魔術やモンスターの勉強をしておったのじゃ。只の馬鹿ではない』
お前もか!
「あの……さすがに理解出来ないのでは?」
クリスまで!
俺の顔って、そんなに馬鹿そうなの?
【だから違いますって】
「いや、理解できた。兵士の全身を強化するんだろ? それも、自然の魔力を流用する事でジュリアの負荷も少ない……」
「流石! まさに……その通りです」
流石?
お前が俺の何を知ってるってんだ!?
褒め方考えろよ! 馬鹿!
『美男子嫌いは病気じゃな……』
ほっといてくれ。
あの逆立てた前髪と、後ろの小さなちょんまげが気に食わん!
【総帥も白髪ではありますが、長髪だったじゃないですか。ここの文化は、少し私達と違うんですよ】
知るか!
給金は一月金貨四十枚。
破格も破格だ。
普通に働いてる奴なんて、五~二十枚って所だからな。
「万が一すぐに戦争が終結したとしても、最低一年間はこの金額を払います」
「はぁ……」
ジュリアは現実感なく聞いてるな……。
「この条件で、仕事を引き受けてくれますか? 今の仕事もあるでしょうから……。そうですね、一週間後から勤務して頂ければ」
「はい……」
「では、この契約書にサインを。後、これは準備金です」
「ストップ!」
「何? 何かまずいの?」
「お前が決めた事に口出しはせんが、せめて契約書はサインする前に、一度目を通せ」
「あ……そうだよね。え~……」
浮足立ったジュリアを……。
もう面倒なので、担いで帰りました。
だって、何か危なっかしいんだもん。
****
それから一週間後、俺の小さな幸せの時間は終わった。
忙しくなったジュリアは、俺の部屋に来なくなった。
まあ、これでいい。
それよりも……。
【駄目ですね……】
ああ……。
帝国内に何回侵入しても、生きてるみたいな死体くらいしか見つからん。
皇帝やその娘も、只の人間にしか見えん。
あいつ等は何処から来てるんだ?
全く糸口が掴めん!
『巧妙な術で、隠されておるな』
幻術の類なのか?
『違うと思うが……。巧妙すぎて、術の特定が出来ん』
くそ……。
****
その日も数百の死体を狩って、部屋に戻った。
何となくつけたテレビには、勝利の凱旋の報道がされていた。
天井の開いた馬車から、ジュリアが民衆に手を振っている。
すっかり時の人だな……。
『なんじゃ? 寂しいのか?』
まさか。
これでよかったんだ。
あいつは苦労したんだ。
報われるべきだ……。
「なんだか、恥ずかしいな……」
「そうか? ん? ええ!?」
ベッドの横に、いつの間にかジュリアが座っていた。
「なっ!? 何で!?」
「へぇ~。レイでもビックリする事あるんだ?」
「いやいや……。何で?」
「鍵……また開いてたよ?」
しくじったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
てか、ちょっと気を抜きすぎたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
落ち着け!
落ち着くんだ! 俺!
「で? どうした? そんな顔を隠してまで……」
「だって! 最近忙しくて、全然会えないじゃない!」
「まあ、お互い仕事があるんだ。仕方ないだろう?」
あれ? 怒ってらっしゃる?
「今……レイの仕方ないって聞きたくない」
何だよこいつ?
勝手に来て、勝手に怒ってる?
訳が分からん。
え~と。
何か喋んなさいよ~。
「あ! そう言えば! 噂になってる、あの世からの化け物って知ってる?」
まあ、俺の事ですからね。
「ああ……」
「あれって、人間の仕業だったんだよ!」
何!?
「兵士の人が見たんだって! 何でも、迷彩服とマスクをつけた人間だったって!」
くそ……見られたか。
まあ、正体は分からないだろうが……。
「最低よね! そんな事する人は、まともじゃないわ!」
目の前に本人がいるんですが?
「あんな酷い事する人でなし……。死ねばいい……」
死ねって言われた……。
「兵士の人だって、家族や友人がいるのに……。本当にサイテー……」
既に死んでるんだから、仕方ないだろうが……。
「それって、軍の機密じゃないのか?」
「あ! そ……そうだった……」
「大丈夫だ。誰にも言ったりしないよ」
あれ? また黙ったな……。
「ねえ?」
「何?」
「私、メジャーデビュー飛び越えちゃった」
「そうだな。今じゃあ、国で一番の歌姫だ」
「えへへ~……。凄いでしょ?」
「ああ……」
「今日は久し振りのオフなの」
「そうか……」
「でね? 久し振りに二人で食事でもどうかな~……。なんて」
「いや、無理だろう」
「何で? 何か用事があるの?」
「そうじゃなくて、お前と一緒に飯なんか行ったら、民衆に取り囲まれる」
「そうだけど~……。どこか人の少ない場所で……」
「まあ、それ以前に俺はさっき飯を済ませた」
「そんな……」
「仕方ないだろうが……」
うん? ふさぎこんだ?
へこませたか? でも……。
「あああぁぁぁ! もう! いいわよ!」
おおう!
めっちゃ怒ってる!
「どうせ、レイに期待した私が悪いんでしょ!」
何を期待してたの?
「私は国で一番の歌姫よ? 何が不満なのよ!」
俺、一言でも不満を漏らしたか?
「何時もその顔! もう嫌! 自分は何も悪くないって言いたいの? ふざけないでよ!」
何で怒られてるの?
「何がそんなに悲しいのか、私にはわからないわよ! それがいけないの? 分かるわけないじゃない! だって! 何も喋ってくれないんだもん!」
喋れないだって……。
「もういいわよ! レイなんて知らない!」
未練はないと思ってたんだがな……。
少しだけズキッとするな……。
「クリスが……クリスが付き合ってくれって言ってくれてるの!」
そうか……。
未来の総統夫人……いいじゃないか。
「クリスは、優しくて! 強くて! 頭もいいし、見た目だって十分なのよ! 分かった?」
知ってるよ……。
「だから! あんたの事なんか忘れてやる!」
そうしてくれ……。
「何で? 何でそんな顔で笑えるの? 何でそんなに悲しそうな目で笑うの?」
笑うくらいしか出来ないからだよ……。
「もういい!」
おっと……。
「ジュリア!」
部屋を出て行こうとするジュリアを呼びとめる。
「戦場ってのは、どうやっても死人が出るんだ……。お前は悪くない。だから、あまり気に病むなよ」
戦場で、死にそうな兵士に涙をこらえて歌を歌うジュリアを見た。
最低、これだけは伝えないとな……。
「……バイバイ」
そう言うと、ジュリアは振り返らずに部屋を出て行った。
『その事で、お前に慰めて欲しかったのではないか?』
俺には無理だ。
【それと、貴方の気持ちを確認したかったのでしょう。もちろん、自分の気持ちも……】
言っただろう?
俺には、何も資格がないんだよ……。
『不憫な奴じゃ……』
五月蝿いよ……。
でも、なんだろう?
何かが引っかかるな……。
嫌な予感が……。
なんて考えたのが悪いのかな?
俺の予感や考えってのは、最悪のさらに上を行きやがる。
本当に嫌になってくるぜ。
あ~あ……。
やってらんね~……。




