八話
「はぁっ!」
木剣で、木へ左右からの連撃を放つ。
両サイドを削り取られた木は、メキメキと音を立てて倒れた。
「ふぅ~……」
「見事のものだな」
「アドルフ様……」
「大木を木剣でなぎ倒すその威力。お前が私に気が付かなかった所を見ると、相当な集中が必要な技か?」
「はい。自分の力を百パーセントに近いくらい解放する技なんです」
今日も屋敷の裏山で、俺は教師からの虐めの鬱憤を、修練にぶつけていた。
「しかし、お前の剣術は本当に独特だな」
「そうですね。俺の師匠はどこの誰だかも分かりませんし、多分異国の剣術だと思います」
「うむ。その流れるような動き……全ての動作が次の技へとつながるようになっている。よほどの強敵か、一対多での戦闘を想定されたような剣術だな」
「そうですね。動きの基本は無駄をなくすように出来ています。自分の体が風や水になった用にイメージして動くようにと教えられました」
「出来れば、お前の師匠に会ってみたかったものだな」
「すみません。俺も会いたいんですが、俺の手ほどきをしてすぐにいなくなってしまったんです……」
「確か、名前も分からないんだったな」
「ええ……」
「まぁ、それはいい。それよりもお前に謝っておきたい事があるのと、渡しておきたい物があってな」
「なんですか?」
「すまん。パメラの説得は失敗した」
ああ、一応説得はしてくれたんだ。
「はい。知ってますが、もういいです」
「それとこれを渡しておく」
「これは……」
アドルフ様が差し出したのは、軍の特殊部隊が使用する魔法石だった。
中に法術が詰まっていて、相手に投げつけて割ることでその威力を発揮する。
「この事件で一番戦力になっているのはお前だ。お前の武装を少しでも強化できればと思ってな。この魔法石には爆発の法術が入っている。少ないがこの三つを持って行ってくれ」
「ありがとうございます」
アドルフ様は、俺を唯一心配してくれる人だ。素直にうれしい。
「確か明日は、学園の武道大会だったな?」
「はい。ただ、俺には関係ありませんけど……」
学園の武道大会とは、一学年約三百人十クラスいる学生の中から、武に一番秀でた者を選ぶ大会だ。
三学年集まると約千人近くになるので、各クラスからの代表者三人と十人のシード選手でトーナメントを行う。
去年優勝したセシルさんは、シード選手になっている。
俺のクラスは、リリーナお嬢様にファナさん。そして、アルスの三人が代表で出ることになっている。
でも、多分今年もセシルさんが優勝するだろう。
「そうか……。しかし、人が多く集まると……」
「はい。それは十分注意します」
「頼んだぞ」
「はいっ!」
俺はアドルフ様が屋敷に帰られてからも修練を続け、くたくたになったところで部屋に戻る。
****
翌日の武道大会。
もちろん俺の居場所はない。
クラス全員分の指定席があるはずだが、俺の席はなかった。
そこまでするか…………あのクソビッチ!
仕方なく、人目につかない場所で屋根の上に昇り、試合を鑑賞する事にした。
「へぇ……」
うちのクラスの三人は、中々レベルが高いらしい。
三人とも二回戦まで無難に勝ち進んだ。
ちなみに武道大会が行われる闘技場では、同時に五つのリングで試合が行われる。
上位二十人に一年生が三人も残るなんて、なかなかのものなんだろうなぁ。
この武道大会には、将軍であるアドルフ様や、他の重鎮も見学に来ている。
本来なら、国王陛下も来られるはずだが、あの事件せいだろうか? 今年は来ていない。
まぁ、そのほうがいいだろうな。
****
生徒会長やその他上級生の実力者達も、順当に勝ち進んでいる。
目を見張るほどの実力者は今年も見当たらない。
俺とまともに戦えるのは多分セシルさんくらいだ。
その俺が一人屋根で鑑賞か……。
やってらんね~……。
死刑よりはましだけど、でも悔しくないわけじゃない。
あのモテモテのアルスを、木刀でボコボコにしてやりたい。
そうすれば、彼女の一人や二人。
あ~あ……ここが聖王国でさえなければ、俺今ごろハーレム作れたんじゃないの?
もぉ~……。
孤児の俺を拾ってくれたアドルフ様へ文句はないが、俺の運の無さってどうなのよ?
「あっ……」
ファナさんが三年に負けた。
仕方ないか、武道大会は五連戦しないといけないから、法術重視の戦術では魔力が底をつく。
いままでの優勝者は大体、剣術に長けている上に法術も使える万能タイプだ。
そのタイプじゃなければ、優勝は難しんだろう。
でも、俺なら剣術だけでも何とかなると思うんだけどなぁ~。
****
昼を挟んで、準決勝が開催される。
残ったのはセシルさんに、生徒会長、三年の剣術一位の人と……なんとアルスだった。
アルスとセシルさんに、女子からの黄色い声援が飛んでいる。
うう……死ぬほどうらやましい。
俺も出たかったぁ。
「はぁ、仕方ないんだよねぇ」
まずは、アルスと生徒会長か。
アルスも十分レベル高いけど、生徒会長は多分それ以上だろう。
俺は、二人の試合を真剣に見つめる。
やはりアルスは、一年の中でも別格だ。
例の事件のせいでマークは出場出来なかったが、もうマークでは相手にならないだろう。
今のアルスだと、俺でも少しまじめに相手しないとやられてしまうかも知れないな。
剣術だけなら、男で腕力があるアルスの方が、会長よりも上じゃないのか?
会長もアルスの剣を受け流しているが、ジリジリと後退している。
あのモテモテ野郎……レベルアップしてやがる。なんか、むかつく。
リングぎりぎりに会長を追い込んだアルスが、渾身の打ち下ろしを放った。
その瞬間、会長の前に二重の対物理法術障壁が展開された。
そして、剣速が落ちたアルスの剣をよけた会長が、剣を薙ぐように振るう。
反射的によけようとしたアルスの退路には、法術の障壁が待っていた。
アルスが避ける方向まで計算して、生徒会長が退路を塞ぐように、障壁を展開したんだ。
それで勝負は決まった。
障壁にぶつかって動けなくなったアルスは、生徒会長に胴を払われて倒れ込んだ。
アルスは木剣に法術で攻撃力と速度を上げるように仕掛けたようだけど、経験の差かな?
会長が一枚上手だった。
さて、次はセシルさんと三年の人の試合だけど……正直見るまでもない。
セシルさんに勝てる奴なんているはずがない。
生徒会長でも無理だろう。
今年もセシルさんの優勝で決まりだな。
そう考えるとつまらない。
もう見てても仕方ないか。
三年の剣術一位の人や生徒会長じゃあ、セシルさんは実力のほんの一部しか使わなくていいだろう。
セシルさんの応援なんて意味がない。
どうしよう……昼寝でもしようかな?
そういえばお腹空いたから、パンでも買って食べようかな?
因みに今日は全校生徒に弁当が支給されたが、もちろん俺の分はなかった。
あのクソアマとことんやってくれる……。
軍に入って正体出せるようになったら絶対仕返ししてやる。
それも! セクハラ的な仕返しを!
****
俺は学園を抜け出し、自動販売機でパンを買って一人で食べた。
そういえば、今日支給されてた弁当って豪華だったなぁ。
俺……あと二年以上もこの学園に通うの嫌だなぁ……。
でも、アドルフ様への義理もあるしなぁ……。
「はぁぁぁぁ……」
なんだか精神的に病んでくるよ、この状況は。
支えになってくれる彼女がほしいなぁ。
えっ? 何だ!?
闘技場のほうからか?
いきなり強い魔力が!
しまった! 気を抜きすぎた!
****
俺は急いで武道大会の行われている闘技場へ走った。
勿論、マスクに服を装備して、魔剣を呼び出しながら。
闘技場に近づくと、生徒の悲鳴が聞こえてきてきた。
出口から逃げ出した生徒達が、波のように押し寄せてくる。
その生徒達のせいで、出入り口から中へ入れない。
どうする?
俺は急いで、近くの木をよじ登り、二階の窓に飛びついて中へ侵入した。
そして、朝からの俺の居場所だった屋根に上り、状況を確認する。
取り残されたのは、大会の雑務をしていた教師と、出場していた選手達。
そして、王国の重鎮とそれを守る兵士達だ。
「あっ!」
セシルさんが、肩から血を流している。
そうか……多分、敵は闘技場のど真ん中に現れたんだ。
転移の魔法でも使ったのかもしれない。
決勝中だった二人は襲われて、多分生徒会長をセシルさんが庇ったって所だろうな。
軍の兵は……。
ヤバイ! かなりの人数がもうやられてる!
キマイラ三匹にヒュドラ二匹。そして、この間逃がした左腕のないリッチーが一匹か。
Bランク、六匹。
こんな数を相手に、魔剣を使ったとしても勝てるか?
正直、勝てる自信がない。
でも、アドルフ様にセシルさんが逃げられない状況にいる。
くっそ! 見捨てるわけにはいかない!
こうなりゃ、根性だ!
俺は闘技場に居るキマイラめがけて、飛び込んだ。
〈トライデント〉
連続した三連撃で首をすべて斬り落とし、そのキマイラを戦闘不能にした。
〈ホークスラシュ〉
そのまま横に居たヒュドラの弱点を三日月状の斬撃波で、切り裂いて倒した。
奇襲は成功。でも、後四体……。
モンスター達は俺のほうに向きなおり、威嚇を始めた。
一体でも厄介なのに……。
くそ! 悩んでる暇はない!
跳びかかってくるキマイラの腹の下へスライディングで滑り込み、腹から切り裂いた。
続けざまに襲ってくるヒュドラの首を、真っ向から打ち下ろしで切り裂く。
一瞬だけ敵が怯んだ隙に、担ぐように剣を構え、全身の筋力を限界まで引き上げる。
〈ドラゴンバスター〉
斜めに走った剣線は、ヒュドラの首ごと弱点の胴体を切り裂いた。
後二体!
リッチーが放つ破壊の魔法と、キマイラの噛み付きを避けながら策を練る。
爆発的に力を解放する俺の技は、体力の消耗が激しい。
まだ修行不足の俺にとって、これだけの連発は正直きつい。
これ以上、長引けば動けなくなるだろう。
どうする? 出来るだけ、最小限の技だけで……。
そうだ! やってみるか!
俺は、キマイラ目掛けて真っ直ぐ突き進む。
分かり易い動きになった俺に向かって、キマイラは三つの口を大きく開き、リッチーは魔法を放つ。
全身を使って急ブレーキをかけた俺は、その反動を利用して横に飛び退いた。
俺にぶつかるはずだったリッチーの魔法は、キマイラの首二つを拭き飛ばした。
すかさず、最後の一本を俺が切り落とした。
ちゃんと射線くらい計算しないとねぇ!
これで、残りリッチー一匹だ!
あっ! また逃げようとしてる! くそっ!
体勢を崩して跳び上がれない俺は、眉を歪める。
その俺が見つめたリッチーは、ふいに空中で振り向いた。
俺も気付いていなかったが、リッチーの振り向いた先には人影が……。
リッチーは頭から真っ二つに切り裂かれ、塵になって消えていく。
セシルさん。敵の動きを読んで、観客席の上から飛び降りてきていたんだ。さすが……。
握っているのは、勇者の一族に伝わる聖剣だろうか?
俺の黒いオーラを放つ魔剣と違い、輝くようなオーラを放っている。
ふ~、何とかなった……。
んっ? おや?
いやいや……。今、お前ら助けたじゃん…………。
気がつくと俺は兵士や兵士が変装している教師達に、取り囲まれていた。
みんな戦闘態勢ですよ……。
「ご助力には感謝するが、ここは聖王国! 下法は処罰の対象です!」
クソビッ……パメラ先生が剣を構えてにじり寄ってくる。
もぉ~、ここは逃がそうよ! 助けたじゃん!
命の恩人だよ?
何だよぉぉ……。
「皆の者! 待て!」
そのときアドルフ様が皆を止めて、俺に歩み寄ってきた。
「この者は下法を使ったが、われらの恩人でもある。私が説得する! 皆! 下がれ!」
そう言うと、アドルフ様は俺の前まで歩み寄った。
周りの兵士達は、アドルフ様に俺が何かしないかと、必死で武器を構えて威嚇している。
普通に考えて、お前らがかなわなかった敵倒した相手を、掴まえられるわけないじゃないか。
馬鹿ですか? お前らは?
「すまん。この場を収めるために形だけでいい……。掴まってくれ」
アドルフ様が小声で依頼してきた。
あ~あ……。はいはい、わかりました。
俺は剣をしまい、大人しくアドルフ様が出した手錠の前に腕を差し出す。
俺が手錠で拘束された瞬間、歓声が上がった。
殺したろか!
マジ最悪……。
****
こうして、俺は形だけではあるが囚人になった。
この後の俺は、牢屋に移送され、しばらく閉じ込められた。
看守が寝静まる頃、アドルフ様が出してくれたが、正式な手続きは無理だったそうで、脱獄犯の汚名ももらうことになった。
完全な犯罪者じゃん! 俺本当に軍に入れるの? このまま国外へ逃げたほうがよくない?
もぉ~……。嫌だ! こんな生活!
神様よぉぉぉ。
ドSにも、ほどがあるだろうが!
それとも俺についてるのは、厄病神だけなのか?
お願いだから死んでよ、神様ぁぁぁぁ。
やってらんね~……。