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Mr.NO-GOOD´  作者: 慎之介
第七章:終末の旅人編
83/106

四話

「ねえ? お兄ちゃん?」


「なんだ? ガキ?」


「これは何してるの?」


「蔦を潰して薬をつくってるんだ」


「ねえ? お兄ちゃん? あれは?」


ガキは、直接薪を燃やす火で熱せられる大釜を指さす。


「あれは、薬の容器を煮沸してるんだ」


大釜の沸騰する湯の中には、ガラス瓶が大量に入っていた。


「ねえ? お兄ちゃん?」


「なんだよ?」


「じゃあ、これは?」


「この潰した蔦から、薬の成分を取り出してるんだよ」


こいつは……。


「あのさ~……。ガキよ」


「な~に?」


いや、な~にじゃなくて……。


「なんでお前は、仕事をしている俺のひざの上を占拠してるんだ?」


「えへへ~」


答えなさいよ~!


邪魔なんだよ! クソガキが!


【すっかり懐かれましたね】


大量の薬を作る為に、俺は町の端にある広い空き地で作業をしていた。


とっとと終わらせたいが、ガキに纏わりつかれて効率が上がらない。


どっか行ってくれないかなぁ……。


「今日は、チャッピーに会いに行かないのか?」


「行くよ! でも、チャッピーはお昼を過ぎてからの方が元気だから、お昼から行くの!」


そういう生態か……。


「あの……レイさん?」


あん?


フローレか……。


「何でしょうか?」


「三十人分しか作れないんですよね?」


「今はそうです」


「何とかもっと手に入らないでしょうか? ここには……」


「何人分です?」


「その……百人分なんですが」


う~ん。


『あの森の材料なら、不可能ではあるまい?』


いや、それだけ作るの面倒くさい……。


「やはり、無理でしょうか……」


「無理じゃないですよ~。明日の午後には用意できますね~」


「本当ですか! お願いします!」


「へい、毎度~」


「あの……。それでお金なんですが……」


つけか? 体でのお支払でも、受け付けますけど?


「私の屋敷まで帰れれば、支払いできますので……」


なんだ、つけか……。


【そんなにがっかりしなくても……】


体の方がいいなぁぁ。


「やはり、駄目でしょうか?」


「踏み倒そうとすれば、強制回収に行きますが~。いいですか?」


「そんなことしません! では、お願いしますね!」


怒りながら人に頼みごとかよ……。


頭おかしいのか?


「フローレ様、変なの~」


「何がだ?」


「あのね~、フローレ様が昨日ね~。お兄ちゃんと喋りたくないって言ってたの! なのに自分から話しかけてる! 変でしょう?」


おっふぅ……。


『精神にクリティカルヒットじゃな』


【すっかり嫌われましたね】


「どうしたの? お兄ちゃん?」


「何でもない……」


はぁ~……。


子供って残酷だよね~。


やってらんね~……。


『もう、潰すのはそれくらいで十分じゃ』


了解。


次はっと……。


あっ、そうだ。


「ガキ?」


「何?」


「昼から俺も樹海に行く。道案内頼めるか?」


「本当? やった!」


五月蝿い……。


「じゃあ、報酬の先払いだ」


俺は、カバンからパンと干し肉を出してガキに渡す。


もちろん、自分も腹が減ったから食うけどね。


「お兄ちゃんのタバコ変なの~」


ああ?


「お父さんが吸ってたタバコみたいに、臭くも煙たくもないね」


「これは、タバコじゃないんだよ」


「じゃあ、何?」


「ただの薬だ」


「ふ~ん……」


うん?


「あの子達も、お腹が減ってるんだよ……」


ちっ……。


自分用に作った干し肉なんだがな……。


うわっ!?


うざ!


干し肉を差し出した俺の周りには、ガキの群れが出来た。


餌付けかよ!


「お前等……」


【これは相当深刻ですね】


大人まで物欲しそうに見やがって!


うざいな!


「ガキ共……。向こう行け! もうやらんぞ!」


俺の声で、距離は出来たが……。


『一定距離で、取り囲まれとるな』


何の包囲網だよ!?


「食料まで……。本当にありがとうございます」


うん? 誰?


「ああ。初めまして、フローレ様の補佐をしているアルゴンと申します」


「こりゃどうも~」


「フローレ様はとても素晴らしい方です」


「はぁ……」


それから、そのアルゴンはまだ聞きもしていないのに、今までの事を語り始めた。


フローレは大貴族の娘さんらしい。


フローレのいた貴族領と隣接する国が、いきなり攻め込んで来た事で戦争が始まったそうだ。


その貴族領が戦争の最前線になったそうで、父親の伯爵は先陣に立ち今も戦っているらしい。


かなりの領民が犠牲になったが、フローレが先導してここに逃げ延びてきたのか……。


自分の身を挺した働きで、領民から女神さまと崇められているねぇ。


【彼女の人望があるからこそ、この環境でも何とかみんな我慢しているんでしょうねぇ】


だろうな……。


普通、多少の暴動が起きてもおかしくない環境だからね~。


「長々とすみません。あの方とうまく行ってないご様子だったので、悪く思わないでほしくて」


本当に話しが長いよ。


薬が出来ちまった。


「いいえ~。情報は助かりますよ~」


うん!?


魔力?


何処だ?


『なんじゃ!? 一瞬で消えた?』


どう言う事だ!?


今のは、Aランク以上だったぞ?


それが消えるなんて……。


****


感知した魔力がいきなり消失して、周囲を見渡していた俺の耳に、怒声が飛び込んできた。


「おら! どけ!」


なんだあれ?


村の奥の建物から、厳つい男が五人ほどこっちに向かってくる。


「あれは、ラング達です。関わらない方が……」


「何故ですか~?」


「あの真ん中の男がラング……。元は私と同じでフローレ様に仕えていたのですが、ここへ来てから荒くれ者達を束ねて、好き勝手にやっている憎むべき相手です」


片腕が無くて、眼帯に真っ黒いコート……。


チョイ悪ってやつか?


【いえいえ、完全に悪じゃないですか? 短い髪が全て逆立ってますよ?】


そうなのかな?


「勝手に女性達を使って商売を始める様な下衆です。さらに、自分達だけで食料を……」


何かどんどん近付いてくるな……。


「お前が、噂の行商人か?」


他にどう見えるんだよ?


「そうですよ~」


「ラングさんに向かって、なんだその口のきき方は!」


ああ?


虐めるぞ?


「まあ、待て。お前の薬で、病気が治るって聞いたが、本当か?」


「本当ですよ~」


「なら、俺達によこせ! タダでとは言わない。金は無いが、食料でも女でも現物交換でどうだ?」


マジで!?


女で!


『コラ! 勝手に決めるな!』


「駄目です! こいつ等の言う事に耳を貸さないでください!」


おおう!?


「おい! アルゴン!」


これって……。


「ラングさんに逆らって、タダで済むと思ってるのか?」


【この方も、コアが宿ってますね】


二匹目発見……。


見た感じ……。


『こ奴が、邪神の生まれ変わりかも知れんな』


ですよね~。


「おい、どうなんだ?」


「いいですよ~」


女の子と交換で!


【まだ言いますか……】


「くっ! やはり、フローレ様の言った通りの俗物ですね!」


おかっぱメガネが、怒りながら帰って行った。


さて……。


「で? 食料は何が用意できるんです?」


「俺達には、十分な小麦がある」


なるほど。


「で? いくつ御所望ですか~?」


「二ダースほど用意して貰おうか」


「へい、毎度~」


「何時までに準備できる?」


「明日の、午後までには出来ますよ~」


「そうか……。三つほど先に……」


なんだ?


ヤバいのがいるのか?


「患者の方を、見せて貰えますか~?」


「うん? かまわないが……」


「待ちなさい! ラング! 勝手は許しません!」


フローレ……。


面倒だから出てくるなよ。


「前にも言ったが! 俺は俺のやりたいようにさせて貰う!」


「ラング……」


あれ?


何か変な雰囲気だな……。


「それとも、俺達が村で暴れてもかまわないのか?」


「くう!」


剣に手をかけるな……。


「ガキ……。ちょっと退いてくれ」


「うん……」


「じゃあ、行きましょうか~?」


「なっ! 待ちなさい!」


「嫌ですよ~っと。さあ、行きましょうか?」


「お……おう」


「この下衆が!」


そう言う事は、せめて薬貰ってから言ってよねぇ。


俺だって、へこむ事もあるんだぞ。


****


罵声を浴びながら、俺はラングの根城へ入り、患者を見る。


【これは!】


ヤバいな!


『既に身体が変質し始めている!』


俺は、急いで三人に薬を飲ませた。


魔力を受けすぎると、こんなになるんだな。


皮膚が硬くなり、牙や爪がのびてる。


あれ?


もしかして、亜人種って……。


『元々は、普通の人間だったかも知れんな……』


【魔力を受けて変質した、人なんでしょうか?】


かも知れんな。


これって、元に戻るの?


『すぐに動けるようにはなるが……。変質は元に戻らんかもしれんな』


てか、こいつ等何してたんだ?


向こうの寝たきりの奴等より、症状が酷いのが多いぞ。


「これで大丈夫なのか?」


「変質はどうにもなりませんが、命に別条はなくなりました」


「そうか……」


あれ? 本当に仲間を心配してらっしゃる?


う~ん……。


「じゃあ、この分の食料を……」


仕方ないか……。


「この三つ分は、他の料金を頂けますか?」


「何? 女か?」


うん! それも欲しい!


「いえいえ、情報を下さい。少し二人で話せますか?」


「うん? それは構わんが……」


****


俺は、ラングと二人で奥の部屋に入った。


「何が聞きたいんだ?」


「あれは何をしていたんです? 半年であれはおかしいですよ?」


「あれは……、モンスターと戦っていたからだよ!」


ふ~……。


「代金をお支払いいただけないなら、残りの商品は納品しませんよ?」


「何だと!?」


「俺に嘘は通じない……」


それで誤魔化せるとでも思ってるのかねぇ?


「なっ! お前はいったい」


「あんたがそれを秘密にしたいなら、そうしてやる。だが、俺に嘘をつくなら取引はなしだ」


「くっ……」


怒りで立ち上がったラングが、俺の強い視線で再び椅子に座る。


「樹海を抜けようとしたんだ」


なるほどね。


「何故ですか?」


「お前も分かってると思うが、この山の谷間にある村は戦争中の平原に抜けるか、樹海を抜けないと他へ移動できない」


なんだ……。


『どうやら、悪人ではないようじゃな』


【必要悪でしょうかね?】


もう、大体の推測できたな……。


「あなたは、男達を束ねて村で暴動が起こらない様に、適度な食料と女性を与えているわけですね?」


「くっ! そうだよ!」


「多分、働いている女性達も、理解してくれているってところでしょうか?」


「ああ! その通りだよ!」


あらら~。


全力で、あのお嬢さんを守ろうってか?


危険を冒して、樹海のルートまで作ろうとしたか。


「もういいか?」


「最後にもう一つ。フローレさんには、何故黙っているんです? わざとそんなに悪ぶってまで……」


「あいつは! くっ……フローレはこういう事を嫌うんだ。だが! 誰かがやらないと……」


まぁ、あのお嬢さん世間知らずっぽいしねぇ。


【なかなかの苦労人ですね】


『誰かさんみたいじゃな』


えっ? 誰?


「それよりも! お前は何処から来たんだ? 最初に見かけたときには、既に樹海のこちら側にいたそうだが……」


う~ん……。


まさか、岩山を飛び越えたなんて言えないよね。


『信じんじゃろうな』


「転移の魔法を失敗したんですよ~」


「そうか……」


なんとかこの陸の孤島を、脱出したいらしいな。


「では、これは残りの二十一個です。食料を頂けますか?」


「えっ? お前! もう持ってたのか!?」


「本当は、先約で向こうに渡す予定でしたが、こちらの方の方が症状重いので」


「助かる……。今の話しは……」


「約束は守りますよ~っと」


****


ラングの案内で、俺は古びた倉庫に向かう。


小麦が五十袋か……。


まあ、三袋が限界だろうな。


『それぐらいが、妥当じゃろうな』


「じゃあ、三袋下さい」


「ふぅ……。何でもお見通しか」


「かなり切りつめてらしたんですねぇ。これだけ残っている事が奇跡的です」


多分、領民全員の最後の食料としてだろうな……。


頭が下がる。


『ならば、下げればいい』


嫌じゃい!


そう言えば……。


「あの、もう一ついいですか?」


「なんだ?」


「その腕と目って……」


「逃げるときに、俺が殿を務めた……」


はぁ~あ。


いい奴ってのは、どうしてこう苦労するのかねぇ?


【嫌な世の中ですね】


「では、後ほど受け取りに伺います」


「本当にこれだけでいいのか? もし、足りないなら……」


どうせ何も持ってないだろうが……。


「これで十分ですよ~」


「女を……そうか、すまないな」


あれ?


女性がいたんだったぁぁぁ!


また、選択肢、間違えたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


今のなしって言うのは……。


【止めましょうよ。格好の悪い】


ああああ!


しくじったぁぁぁぁぁぁ!


『ほれ、急いで森に行くぞ!』


あああ!


女の子~!


****


ガリガリと木を引き摺る音が、森の外まで届いている。


「お兄ちゃん! 凄いね!」


「そうでもない……」


俺は、森の木を使って即席のソリ風の何かを作り、仕留めた獣と蔦を乗せて運んだ。


村に戻ると、ガキ共が群がってくる。


うざい……。


「おい、ガキ……」


「な~に?」


「お前と、おふくろさんに手伝ってほしいんだが?」


「うん! 何すればいいの?」


「まずは、おふくろさんを呼んで来い」


俺は、三匹の鹿の頭を刎ねると、逆さに吊るし血を抜く。


その間に、約束の小麦粉を貰い受けた。


さあ、ここからが大忙しだ。


『うむ』


【みんな喜びますよ】


知らん。


「呼んできたよぉ! お兄ちゃん!」


「悪いが、短期バイトを頼まれてくれるか?」


ガキの母親に、比較的綺麗な家へと案内させ、俺は仕事を始めた。


その建屋へは、ガキに他のガキ共を近寄らせないようにさせ、母親に村中の食器を掻き集めさせる。


俺がいる建屋から漂う香りに誘われ、他の領民達も寄ってくる。


それでも中に入ってこないのは、ガキが頑張って警備をしてくれてるんだろう。


てかまあ、森の中であいつにだけ十分食わせたから、頑張ってもらわないとな。


「凄いですね……」


「そうか?」


「鹿一頭をこんな短時間で……。それも、折りたたみナイフだけでさばくなんて」


まぁ、料理以上に生き物を切り刻むのには慣れてるからな。


【口に出さない方がいいですよ】


『どう考えても殺人鬼の言葉じゃな……』


ですよね~。


「昔から、料理をよくしてたんだよ。よそ見してパンケーキを、焦がさないでくれよ?」


「ああ! はい!」


****


ふぃ~。


一時間で三百人分は、さすがに疲れるな……。


一人分の量は少ないが、これで何日かは餓死しなくなるだろう。


「凄い……。こんなに速く動く人初めて見ました」


さっきからガキの母親は、驚きっぱなしだな。


「じゃあ、客を捌くの手伝ってくれよ」


「それはもう」


俺は、机といすを整えたその建屋を食堂に見立てて、開店する。


「さあ! 今からこの食堂を開店します!」


ざわざわと、集まっていた領民が騒ぎ始めた。


「あの……。タダじゃないんですか?」


ははっ……。


人生を舐めてるのか! おばちゃんよ!


「もちろんお代は頂きます!」


「そんな……」


みんなが悲しそうな顔になってるなぁ……。


何故だろう?


もったいぶって、人をおちょくるのが楽しい。


特に、女の子の顔がいいね!


『性格が』【最悪です】


けけけけっ……。


おっと、これ以上は少し離れた場所にいるあのお嬢さんが、怒鳴りこんできそうだ。


「お代はお金ではありません! 情報です! 私に話しかけられたら、どんな事でも喋って頂きます。いいですね?」


みんなが口々に喜びを表現している。


「ただし! ルールが一つだけ! 全員分ありますが、満腹になるかは分かりません! その中で、奪い合い等マナーを守って頂けない場合、強制的に食堂から出て行っていただきます! いいですね? では、どうぞ!」


俺の声と共に、我先にと入口へと人々が押し寄せてくる。


ルール守れって言ったのに……。


「食わさないぞ!」


俺の少し大きな声で、人々の動きが抑制された。


うん! やっぱり、弱みにつけ込むと、人は話をよく聞いてくれるな。


さてと……。


俺は食堂開店を離れた位置から見つめていた者達の元へと、歩み寄っていく。


「申し訳ないんですが、ここの治安維持を頼めませんか?」


「えっ? 私達に?」


目を丸くしたフローレは、俺に問いかけてくる。


アルゴンに至っては、驚き過ぎて言葉を発せられていない。


「はい。私は他の事をしないといけないんで。報酬は、食事って事で如何でしょうか~?」


「……いいんですか?」


さすがに俺は嫌いでも、背に腹は代えられないよね~。


「一人前。それぞれ勝手に食べて下さい。じゃあ、お願いしますね~」


****


俺は、五十三人分の食事をバスケットに詰めて、ラング達の根城へ向かう。


「毎度~」


「お前……」


みんな腹を減らしてるようだな。


「商売に来ましたよ~っと」


「商売だと!?」


「私が欲しい情報を下さい。その代わり、この食事を渡します。全員分ありますから、一列に並んで下さい」


うわ~。


流石にガラが悪いのが集まってるだけあって、並ぼうともしないよ。


並べってば……。


「お前等! 並べ!」


へぇぇぇ。


ラングの言葉には、ちゃんと従うのか。


一列に並んだ厳つい男達と、色気たっぷりの女達に食事を配っていく。


因みに、メニューは焼いた鹿の肉とパンケーキに、例の蔦を混ぜた山菜の炒め物。


そのままでも食えるけど、パンケーキに挟めば食器なしで、ホットドッグ感覚的に食えるだろう。


しかし、俺のバッグ内にある調味料が、無くなりそうだ。


次の町で仕入れないとな……。


【本当にたくましいですね】


俺を舐めるな!


俺、最悪一人で生き抜ける自信がある!


『こいつは、人生自体がサバイバルじゃからな……』


最悪です。


「ねえ? お兄さん? 体で払うから、もう少しオマケしてくれない?」


マジで?


『いちいち反応するな、このエロガキが!』


「やめろ。多分、人数分しかないはずだ……」


「ラングさん……は~い!」


ああ……。


干し肉ならまだあるのに……。


『やめんか! 収拾がつかなくなるぞ!』


へいへい。


ん? ラング? 何?


「お前は何者だ?」


「只の行商人ですよ~」


さて、情報収集と行きますか……。


「おい! 待てよ!」


嫌ですよ~っと。


****


俺は、二時間ほどかけて情報を聞いて回る。


ラングとついでにアルゴンは、フローレの幼馴染らしい。


二人ともフローレの家に仕える、従者の家が出身だそうだ。


なんでも、こうなる前はラングとフローレはいい感じだったとか。


カップルとか、絶滅すればいいのに……。


【そうすると、貴方にも彼女が一生できませんよ?】


ぬう!


『話が逸れとるぞ』


おっと……。


しかし、ここの戦争は……。


なんか、変じゃないか?


古くからの友好関係にあった隣国が、いきなり攻めてくるものなのか?


予兆もなかったらしいし。


『裏があるかもしれんな……』


う~ん。


【確かめるしかありませんね】


面倒に面倒が重なってるよ……。


「で? 知ってるんだな? ばあさん?」


「はぁ……。子供の頃、私の祖母から聞いた昔話ですが……。本当にそれでいいんですか?」


「ああ。それが代金だ。喋れ」


「三人の神様がいたそうです。二人は姉弟の聖なる神様で、一人の邪悪な神様だったそうで。二人の姉弟が、邪悪な神様を封印したと聞きました」


う~ん……。


それがフローレとラングか?


「ただ、姉神様と邪悪な神様は夫婦だったとも聞いています」


はぁ?


「邪悪な神様を封印した姉弟神様達も、それからしばらくして戦い、相討ちになったとか」


訳が分からなくなってきた。


「その時の戦いに巻き込まれた多くの人間が、犠牲になったそうです」


ええ~。


どう言う事!?


「祖母は、最後に神様の心は、人間でははかれないと言っておりました」


どんなオチ!?


訳わかんねぇぇ。


『直訳してしまうと、神の夫婦喧嘩と姉弟喧嘩に巻き込まれた人間が、多く死んだと言う事かのぉ?』


最悪の神じゃん。


なんだよそれ。


【神とは、いつの時代も自分勝手なんでしょうかね?】


さて、もう一匹は何処にいるんだか……。


「じゃあ、これでお代って事で~」


「ありがとうございます」


拝むな! ババア!


これで、一通りは聞き込み終わりだな。


****


俺は情報を纏める為に、人が多く酸素が薄い食堂に変えた建物から出た。


うん?


あれはフローレ?


バリケードを越えて、何処に行く気だ?


なるほど、木に縄をかけて……。


人が見ていないところで……。


首をくくるつもりですね?


分かります。


わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

【早くぅぅぅぅぅぅ!!】

『急げ!!』


俺はナイフを投げ、縄を切る。


そして、落下してきたフローレを、スライディングで受け止めた。


何してんのこいつ!?


馬鹿か!?


「あら? レイさん……。何をするんですか?」


自殺阻止ですよ! 馬鹿か!


「お前、死ぬ、よくない」


「もう疲れたんです……。あっ……最後に……何かお礼を……」


えっ?


フローレは壊れた笑いを浮かべ、上着を脱いで胸を露わにする。


マジか!


【自暴自棄の女性に! 駄目ですよ!】


分かってるよ……。


ちっ……。


「ねっ? ほら……」


う~ん……。


F……。


いや! Gはあるのか?


なんだ? その中には何が入ってるんだ?


希望とかか?


『基本的には脂肪じゃ』


「ねっ? 最後に……」


はぁぁぁぁ……。


俺は、上着を拾いフローレにかける。


さすがに、ここまで壊れた相手とは出来ん。


「なんで!? 男って、みんな女の身体が目的なんでしょ! あなたおかしいの?」


誰がおかしいんだ!


お前の方がおかしいわ! 引きつった顔しやがって!


「そこまで落ちたつもりはないですよ~」


まぁ、強がりですけどね!


『グッジョブじゃな』


ジジィ……。


その覚えた言葉を、無理に使おうとするのよくないぞ?


【賢者様……。さすがに私も……】


『ぬうう……』


「あ……ああああぁぁぁぁ!」


うおう!


いきなり号泣すんなよ! ビビるから!


後、俺が父さんに怒られる!


「何で? 何で死なせてくれないの? もう疲れたのよ!」


俺は、取り敢えずハンカチを差し出した。


「私は、何にも出来ないの! みんなの期待にこたえられない!」


相当溜まってたんだな……。


「男なんて嫌い! みんな私を裏切るもの!」


ふ~……。


仕方なく、泣きやむまで待つ事にした。


****


「あっ……あの、ごめんなさい」


泣く事で、多少は冷静になったようだな。


「話……聞きましょうか。秘密は守りますよ~」


「あの……」


「部外者の方が、話しやすいんじゃないですか~?」


そこで、ポツリポツリと話し始めた、フローレ。


まずは、自分では無理なモンスター退治をラング達が行い、日々弱って行く領民を助けられない無力感。


にも関わらず、女神と言ってくる領民からの期待による、重圧と焦燥感。


食料と薬を俺が供給した事での安心感。


ラングとアルゴンとの人間関係による、男女関係による絶望感。


で、キレちゃったのね?


「私はラングが好きだったの……。でも、彼は私を妹としてしか見えないって……」


まあ! もったいない!


こんなたわわに実ったのが、自由にできるチャンスなのに。


「あっ! その事はもう吹っ切れてるんだけど……」


あ~あ、アホが! チャンス逃がしてるよ。


「アルゴンからは逆に告白されたんだけど……。その気になれなくて……」


はっ! おかっぱメガネざまぁぁ!


「今日、少しうたた寝をしてると……。その……彼が私に……」


えっ? 襲われた?


「あっ……。私が拒否したら止めてはくれたの……。彼も疲れているんだと思うの……」


そこで庇うか? 普通?


「庇うのは構いませんが、それで全部が嫌になったんじゃないんですか?」


「そうだけど……。彼も嫌いと言うわけじゃなくて、只恋愛対象じゃないだけで」


それ、最悪じゃね?


あのメガネ、ちょっとかわいそうだな……。


まあ、それは置いといて……。


お前ら、どう思う?


俺は、ここで死なせるには惜しい美人だと思うんだが。


【そうですね】


『美人とは関係なく、止められるものは止めるべきじゃな』


だよねぇ。


「では、貴方にいい情報を!」


「えっ?」


「ラングの事ですが、何も変わってませんよ~」


【約束はどうしたんですか?】


俺~、基本的に嘘付きなの。


こういう場合、約束は破るためにあるんだよ!


『最悪じゃ』


聞こえんなぁ!


****


俺から、ラングの事を聞いたフローレはしばらく呆けた後、笑い始めた。


「はぁ~あ。なんだ、全部私のせいか……」


「常識に囚われ過ぎては、いけない時ってあると思いますよ。格好をつけてもどうにもならない事も、ありますしね~」


「そうね。正しい事が必ずしも正解とは言えないのかもね」


「まあ、そういう事ですかね~。あっ! ラングさんにはこの事秘密って言われたんで、俺が喋った事黙ってて下さいね~」


何?


睨まれてる?


「あなたは本当に変わった方ですね」


変て言うな! 胸を揉みしだくぞ!?


「あなたと話してると、色々馬鹿らしくなるわ」


なんだ!?


馬鹿にされたのか?


胸揉んでいいのか?


「本当に不思議な人……。あなたは、本当は何者なんですか?」


「只の行商人ですよ。只のね……」


うおう!


美人に直視されると、さすがに照れるな。


しかし、凄い美人だな。


『お前……。最悪そのお嬢ちゃんが、邪神の可能性も……』


じゃあ! 邪神と子供を作ります!


凄くチートなガキが出来るかもよ。


【貴方は……。雰囲気という言葉を知っていますか?】


知ってるよ! 馬鹿にするな!


あれだろ……あの……。


【えっ? 本当に知らないんですか!?】


うん?


ちっ……。


「もしよければ、これからも私達と……」


あっ! そおい!


俺は、フローレの首筋に魔力をぶつけて、気を失わせた。


『まったく、また勘違いされるぞ?』


もう慣れてます!


それよりも、こいつを安全な場所に運ぶ事の方が重要だ。


【それに、敵に気取られますしね】


そういう事だ。


俺は、フローレを担ぎ村の中へ戻る。


そして、再び村の外に出ると付近で一番大きな木に飛び乗った。


****


モンスターの群れ……。


『何かに、追い立てられておるようじゃな』


みたいだな。


おかしいと思ったんだ。


フローレやラングがいて、何でモンスターが襲ってくるのか……。


【私達がいても襲ってくると言う事は……】


多分三人目の小細工だな。


『三人目が、邪神と考えて問題ないじゃろうな』


なら、あぶり出すか……。


<ホークスラッシュ>


木の陰から姿を隠した状態で、衝撃波を放つ。


もちろん、モンスター達はその超高速の衝撃波避ける事が出来ず、全て塵に変わる。


さ~て……。


大急ぎでやるか!


『うむ!』


【時間もないですしね】


俺は、夜の間に蔦を秘薬に作りかえ、樹海とは逆の方向へ走りだした。


早くしないと後手に回る。


いっそげぇぇぇぇぇぇぇ!


****


「大変です! フローレ様! フローレ様!」


「えっ? あれ? 私の部屋!? あれ?」


フローレが自室のベッドで目を覚ましたのは、自殺未遂からかなり時間がたってからだった。


「フローレ様!」


明らかに焦った様子のアルゴンは、フローレを急かすように大きな声をかける。


「あっ……。どうしたの? アルゴン?」


状況が分からず呆けていたフローレも、アルゴンの声で正気に戻った。


「敵が! 敵の軍がこちらに向かってきます!」


「なっ!? すぐに行きます!」


「はい! お急ぎください! フローレ様だけでも……」


「それはあり得ません!」


急いで戦う為の準備をしているフローレだが、敵軍に勝てる見込みがない事は自身でも認識している。


アルゴンはフローレだけでも、逃がそうと考えているようだ。


だが、フローレは自身を盾にしてでも、領民を一人でも救う為に行動しようとしている。


「あ……あのレイさんは?」


「あの行商人は朝から見かけません! 逃げたんですよ!」


「…………」


フローレ達のいた領地へと繋がる、谷間になっている一本道には、土煙が上がっていた。


敵軍の部隊が、進行してきている証拠だ。


村へと繋がるその道の出口付近に、片腕の男性が仁王立ちしていた。


ラングは皆が逃げる時間を、少しでも稼ごうと考えているのだろう。


そこへ、フローレとアルゴンも走りながら到着した。


「遅いじゃないか、フローレ」


「ラング……。一緒に戦ってくれるのね。ありがとう」


「なっ!?」


ラングは、フローレから皮肉が返ってくると思っていた。


しかし、笑顔での感謝の言葉を受け、目を丸くする。


「フローレ様?」


「ふふふっ……。ごめんね。もう、貴方を疑ったりしないわ」


「まさか! あの行商人!」


フローレが笑っている理由がすぐに思いつけたラングは、気恥ずかしさから顔をしかめた。


「その話は後にしましょう。今は……」


「くっ! 必ず生き残って話をつけるぞ!」


「ええ!」


二人の関係が改善された事が、アルゴンにはあまり嬉しくないらしく、それが顔色に出てしまっている。


「フローレ様……」


三人の前で、馬に乗った敵軍が止まる。


先頭にいた、一際豪華な鎧を身に纏う将が、止まる様に部下へ手信号を送ったからだ。


「お久しぶりですな、フローレ嬢」


「リック将軍……」


「幼少のころより親交のある貴方とこのような事になって、本当に申し訳ない」


「何故ですか!? 何故、我が国に!?」


敵将と旧知の中であるフローレは、悲痛な叫びを向けた。


「王の命令なのです。私達は逆らう事が出来ません」


顔を伏せた敵将は、眉間に深いしわを作っていた。


「そんな……」


「貴方を捕縛すれば、我が軍最大の難関であるお父上の隊も……」


「私を人質にするおつもりですか!? 卑怯な!」


「分かってくれとは言いません。ただ、これは戦争なのです」


「私が大人しく掴まれば、領民の命は保証して頂けますか?」


「フローレ! 駄目だ!」


「それは……駄目なのです。あなた以外全員の処刑が、命令なのです……」


リック将軍の苦虫を噛み潰したような顔から、その命令を実行するのが本意ではないと、フローレ達にも分かったらしい。


だからこそ、説得は不可能だとフローレ達は理解した。


「なら、俺達が抵抗しようがすまいが同じ事だな!」


「ラング……二十人を相手に、殿を務めたそうだな」


「ああ! あんたから教わったこの剣術! 役に立ったぜ!」


「皮肉なものだ……」


「ラング! 私も!」


「断っても……無駄だよな」


「当然よ!」


覚悟を決めたラング達が剣に手をかけた所で、軍の隊列を裂いて進む一頭の馬がいた。


軍全体が停止している状態であった為、その馬の蹄の音は、リック将軍の耳にも届く。


ぎりぎりセーフ。


急いだかいがあったってもんだ。


「うん!? あれは伝令の早馬!?」


「リック将軍! お待ち下さい!」


「どうした!?」


「この戦いお待ち下さい!」


「どうしたというのだ!?」


「はぁはぁ……。停戦です!」


「何だと!?」


「(そんな馬鹿な!?)」


伝令を聞いたリック将軍や兵士達は、動揺を表情に出した。


フローレ達も、ぽかんと口を開けて顔を見合わせている。


一人だけ、険しい表情をしている馬鹿もいるが……。


「もうすぐ、新しい国王様の勅命書が届きます! それまで、しばしお待ち下さい!」


「えっ? 助かったの?」


「まだ分からんが……。可能性が出てきたな……」


「リック将軍も帰ってはくれないみたいですが、待ってはくれるようですね」


「ああ……」


その場から動く事も出来ない軍とフローレ達は、勅命書を待ち続けた。


「くそ……」


「アルゴン? 大丈夫よ。落ち着いて……」


困惑と苛立ちが頂点に向かおうとしていた時、フローレ達がいる位置から土煙が目に入る。


「将軍! あれを!」


「あれは……」


味方の兵ではなく、敵の軍が着た事で、リック将軍の隊内の緊張感が高まる。


「お父様の隊だわ! ラング! アルゴン!」


土煙の中に、自分の家の使う旗を見たフローレが、目を輝かせた。


「ああ……ああ! そうだ!」


敵国の王の物だと分かる印が入った勅命書をかざしたフローレの父親は、無駄な争いを避ける為に部下達をその場で待たせ、敵軍の中を一人で突っ切る。


「リックよ。待たせたな」


「お前が自ら来るとは……」


「これが王子……。いや、新国王様の勅命書だ」


「ふむ……。確かに……」


フローレの父から勅命書を受け取ったリック将軍は、中身をその場で確認し始めた。


「お父様!」


「おお! フローレ! 苦労をかけたな!」


フローレはリック将軍が勅命書に目を通している間に、父親の元へと駆け寄った。


「いえ! 戦争は?」


「うん! 停戦だ! これから、戦後の処理という大仕事が待っているぞ!」


「はい!」


「ラングも……。また、私のもとで働いてくれるか?」


「喜んで!」


もう戦わなくていいのだと大きく息を吐いたリック将軍だが、しっくりこない気持ちをフローレの父親へと問いかける。


「しかし、いったい何があったのだ? 王はどうした?」


「それは、ゆっくり話をしようリック……。長くなる」


元々友人関係にあった二人は、意味ありげに笑い合った。


っと、まあ、ここまで俺の予想通り。


ただ、ここからは……。


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!」


安堵の空気を破ったのは、一人の男の大きな叫び声だった。


その声には、怒りや憎しみがこれでもかってぐらい練り込まれている。


「えっ!?」


「ふざけるな! ふざけるな! こんな事認めるか!」


「アルゴン?」


「どれだけ俺が苦労したと思ってるんだ!」


怒りに我を忘れた馬鹿は、本性をむき出しにし始めた。


「ひっ!」


「なんだ!? 化けも……化け物だ!」


口が裂け、牙がむき出しになったアルゴンの身体は、二周りほど大きくなって行く。


そして、皮膚が黒く変わり、全身から角が飛び出した。


「フローレは! 姉さんは俺の物だ! もう誰にも邪魔はさせん!」


怒りにまかせてアルゴンの口から放たれた、強力な魔力砲が村に向かう……。


その魔力砲は、村がある方向へと着弾すると同時に、爆音、熱風、衝撃を、周囲へと広げた。


あまりにも突然な出来事に、フローレや軍の兵士達が、しばらく固まってしまう。


「みんなが!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ふ~……ギリギリセーフ。


【流石は神ですね】


『魔力の三割を持って行かれわ』


「なに? あれは?」


フローレ達は粉塵がはれたところで、真っ白い魔法障壁を目にした。


そして、村の無事も。


「怪我はないな? ガキ?」


「お兄ちゃん!」


「悪いが、この荷物とコートを預かっててくれ」


「うん!」


ガキに荷物を預けた俺は、首と肩を回しながら、本性を出した馬鹿へと近づいていく。


「レイさん?」


「あの男は……」


まさか、俺が岩山を飛び越えて来たとは思ってもいないフローレ達は、まだ驚いてるな。


ぷっ! 変な顔。


****


「なんだ!? 貴様は!」


「へっ……男の嫉妬なんて見て手気分が悪いぜ?」


「貴様の仕業かぁぁぁぁぁぁぁ!」


さあ! 連戦だが、行くぞ!


『うむ!』

【はい!】


俺に向かって走ってくるアルゴンを、真っ向から二本の剣で迎え撃つ。


「ぐおおおおおお!」


「おおおおおお!」


くっ!


やっぱり俺の速度についてくるか!


【魔法障壁を展開して、やっと相殺ですね】


くそっ! 拳だけでこの威力かよ!


俺は、アルゴンの拳を真正面から打ち落とす。


その衝撃波で、俺達の周りの地面がどんどん抉れていく。


長くはもちそうにないな! くそ!


『魔力量の管理は、わしに任せておけ! それよりも……』


この馬鹿の頭に血が上ってる間に、しかけないと……なっ!


仕方ない。


もう少し煽るか!


「そんなに姉を自分の物にしたいのか? この変態野郎が」


「俺の気持ちが分かってたまるか! 五千年だぞ! 五千年苦しんだんだ!」


「姉を騙して、旦那を殺させただけじゃ足りないってか?」


「当り前だ! 俺は、姉さんの全てが欲しいんだ!」


「まあ、その姉さんにばれて、殺されてるもんね~。人間巻き込んだ姉弟喧嘩とは、お前本当に神様か? ただの馬鹿じゃねぇの?」


「人間など知るか! 折角……折角転生してうまくいくはずだったのに!」


「へっ……。知るか! このボケ神が!」


激しい戦闘の中で交わした言葉に、元々頭に血が昇っていた馬鹿は、完全に冷静さを失った。


それが見ているだけで分かる。


一撃の威力は増したが、攻撃が大振りで単調になったからだ。


「がああああ!」


『魔力残量が半分を切った! 限界じゃ!』


了解!


俺は一度後方へ飛び退き、距離をとる。


そして、魔剣を頭上に掲げた。


「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ! 我の元に集い我が刃となれ!」


いくぞ!


『うむ!』


「力を示せ! スピリットオブデス(死神の魂)!」


ガシャンっと音を立てて、魔剣を光の大剣へと変え、残った魔力を聖剣に流し込む。


「馬鹿が!」


アルゴンは自分の上空へ飛び上がった俺の影に、口から渾身の魔力砲を放つ。


「誰が馬鹿だ!」


<ミラージュ>


冷静さを欠いたら、負けなんだよ。


アルゴンは足元から聞こえた俺の声に、反射的に胸の前で両腕をクロスした。


〈バーストインパクト(未完成バージョン)〉!


右下段から左上段へ振りあげた光の大剣が、アルゴンの両腕を切り落とし、元の魔剣へと戻る。


そして、ガラ空きのコアである心臓に、全魔力を込めた聖剣をまっすぐ突き刺した。


「姉さん……」


アルゴンは涙を流し、無くなった腕をフローレへ向けて、精一杯伸ばしている。


ふん!


同情なんてできるか! 馬鹿が!


【早く!】


分かってる!


周りの人間が巻き込まれないように、アルゴンから吸収した魔力を使い障壁を展開し。爆発を押さえ込む。


ぐううううう!


『耐えるんじゃぁぁ!』


爆発は障壁により、空に向かって力が逃げていく。


爆発は一か所に力の行き場を集中させてやれば、他の被害が少なくて済む。


周囲が大きな爆発音と閃光に包まれた。


筒状の白い障壁の上空に、大量の粉じんが舞い上がっていく。


****


ふ~……。


痛い……。


『体表面の四割が裂傷と火傷……。左目は一から回復じゃな。完全に潰れておる』


超痛い……。


【これなら、私の復元の方が……】


『それが、早いじゃろう……』


物凄く痛い……。


「あれは、いったい……」


「レイさん……」


「あの行商人は何者なんだ!?」


粉塵の中からふらふらと歩み出てきた俺を、皆が凝視する。


「あっ!」


耐えがたい痛みを早くなくす為、俺は皆の視線も気にせず、ブチブチと音を出して体の一部を引きちぎった。


「うわっ……」


「おえ……」


潰れた左目を引きちぎりながら歩み寄ってくる俺に、兵士達は引いているようだ。


もちろん、すぐに左目は白いオーラで包まれ、復元される。


痛いんだけんどもね。


こうした方が、復元早いんだよ。


さて、ミッションクリアだ!


なんか、皆まだ固まってるな。


まあ、いいや。


さて、次に行きますか。


『そうじゃな。あまりノンビリもできん』


「お兄ちゃん……」


「これ、やるよ。売れ残りだ。好きに使え」


作った全ての秘薬を、荷物を持って駆け寄ってきたガキに渡す。


そして、ローブを纏うとガキの頭を撫でた。


「じゃあな」


「行っちゃうの?」


「俺は忙しいんだ」


「待って! レイさん! 私は……」


「ああ、さんはいりませんよ~」


「えっ!?」


「レイだけでいいですよ~」


「あ……レイ! まだ代金も!」


「お代はお父様から頂きました~。毎度~」


「えっ!? あなたいったい……」


「只の行商人ですよ~っと。また、どこかで見かけたら御贔屓に~」


兵隊までどんどん俺に近づいて来るので……。


離脱!


上空に飛び上がり、空中を蹴って岩山を飛び越える。


「レイィィィィィィィ!」


えと……叫ぶな! なんか恥ずかしい。


「あの者はいったい……」


「お父様……。お代を払っていただいたのですか?」


「泣くな娘よ……。払った……とは言えんかも知れない」


「えっ? 払ってないのですか?」


「お前に借金があると言ってきた奴の要求は、我が軍の出陣権を買いたいと言う事だった」


「まさか!」


「うむ……。ここへお前達を助けに来る事が、奴から提示された支払い方法だった」


「それじゃあ……」


父親から話を聞いたフローレが、驚き過ぎて涙を止める。


その会話が止んだ隙を見計らい、リック将軍が喋りかけた。


「少し聞かせてくれ。何故戦争が、こんな急に停戦になったのだ?」


「リック……。それも奴だ」


「どう言う事だ!?」


「お前の国の王は、人に化けるネズミ型のモンスターに入れ替わられていたのだ」


「なっ!? 馬鹿な!?」


「私に……お前の国の大臣そして、新国王様が目撃している。その化け物を、あの行商人が光の大剣で退治したのだ」


「では、この戦争も!?」


「うむ。我らは化け物に踊らされたらしい」


「何と言う事だ……。それで! フローレ殿あの行商人はいったい!?」


相手の目を見て、聞いたことが事実なのだろうとすぐに理解したリック将軍は、まだ固まっていたフローレに問いかける。


しかし、まあ、無駄でしょ。


だって、俺、なんにも言って無いもの。


「分かりません……。自分の事は何も語りませんでした」


首を傾げるリック将軍達の前に、一人の兵士が歩み出た。


「あの、将軍。宜しいですか?」


「なんだ?」


「実は、最近、間者から二つの報告が……」


「言ってみろ」


「各地で伝説となっている怪物が復活した、と言う報告はしたと思うのですが……。その怪物達を、謎の剣士が倒していると言う噂が……」


「それは、奴なのか!?」


「わかりません。未確定情報です。ただ……」


「ただ? ただ、なんですか?」


その情報に興味津々なフローレは、報告をする兵士へ掴みかかりそうな勢いで、問いかけていた。


困ってるじゃん。止めなってぇ。


「その全ての現場で、謎の行商人を見たという噂が……。噂では怪物を復活させているのが、そいつの仕業じゃないかと」


「どう聞いてもあいつの事だな」


「似た噂だけでも、既に十件を超えています……」


「まさか……。奴は、たった一人で化け物達と戦っているのか!?」


「レイ……。あなたは……」


皆が見上げたそこには、もう高い岩山しかない。


だって! 俺! 逃げ足には自信があるからね!


****


うほほ~いぃ!


【ずいぶん上機嫌ですね?】


だって! 今まで最低二週間はかかってたのに、今回はあのネズ公をいれて二匹だぜ!


それもたったの三日で!


そりゃあ、空も走るさぁぁ!


気持ちいいぃぃぃ!


『お前は単純でいいのぉ』


なんとでも言え!


【しかし、あの二人……。そのままにしてよかったんでしょうか?】


どうせ神の力なんて、あの馬鹿みたいに記憶でもない限り使えないだろ?


【しかし……】


まあ、悪さするようなら退治するまでだ。


【はぁ……】


あああああ!


【どうしました!?】


最悪だ……。


薬を作る道具や、容器を回収し忘れた……。


『まだ引っかかるのか? 若造』


【忘れてました】


あ~あ。


もったいない。


最悪だよ。


やってらんね~……。

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