四話
「ねえ? お兄ちゃん?」
「なんだ? ガキ?」
「これは何してるの?」
「蔦を潰して薬をつくってるんだ」
「ねえ? お兄ちゃん? あれは?」
ガキは、直接薪を燃やす火で熱せられる大釜を指さす。
「あれは、薬の容器を煮沸してるんだ」
大釜の沸騰する湯の中には、ガラス瓶が大量に入っていた。
「ねえ? お兄ちゃん?」
「なんだよ?」
「じゃあ、これは?」
「この潰した蔦から、薬の成分を取り出してるんだよ」
こいつは……。
「あのさ~……。ガキよ」
「な~に?」
いや、な~にじゃなくて……。
「なんでお前は、仕事をしている俺のひざの上を占拠してるんだ?」
「えへへ~」
答えなさいよ~!
邪魔なんだよ! クソガキが!
【すっかり懐かれましたね】
大量の薬を作る為に、俺は町の端にある広い空き地で作業をしていた。
とっとと終わらせたいが、ガキに纏わりつかれて効率が上がらない。
どっか行ってくれないかなぁ……。
「今日は、チャッピーに会いに行かないのか?」
「行くよ! でも、チャッピーはお昼を過ぎてからの方が元気だから、お昼から行くの!」
そういう生態か……。
「あの……レイさん?」
あん?
フローレか……。
「何でしょうか?」
「三十人分しか作れないんですよね?」
「今はそうです」
「何とかもっと手に入らないでしょうか? ここには……」
「何人分です?」
「その……百人分なんですが」
う~ん。
『あの森の材料なら、不可能ではあるまい?』
いや、それだけ作るの面倒くさい……。
「やはり、無理でしょうか……」
「無理じゃないですよ~。明日の午後には用意できますね~」
「本当ですか! お願いします!」
「へい、毎度~」
「あの……。それでお金なんですが……」
つけか? 体でのお支払でも、受け付けますけど?
「私の屋敷まで帰れれば、支払いできますので……」
なんだ、つけか……。
【そんなにがっかりしなくても……】
体の方がいいなぁぁ。
「やはり、駄目でしょうか?」
「踏み倒そうとすれば、強制回収に行きますが~。いいですか?」
「そんなことしません! では、お願いしますね!」
怒りながら人に頼みごとかよ……。
頭おかしいのか?
「フローレ様、変なの~」
「何がだ?」
「あのね~、フローレ様が昨日ね~。お兄ちゃんと喋りたくないって言ってたの! なのに自分から話しかけてる! 変でしょう?」
おっふぅ……。
『精神にクリティカルヒットじゃな』
【すっかり嫌われましたね】
「どうしたの? お兄ちゃん?」
「何でもない……」
はぁ~……。
子供って残酷だよね~。
やってらんね~……。
『もう、潰すのはそれくらいで十分じゃ』
了解。
次はっと……。
あっ、そうだ。
「ガキ?」
「何?」
「昼から俺も樹海に行く。道案内頼めるか?」
「本当? やった!」
五月蝿い……。
「じゃあ、報酬の先払いだ」
俺は、カバンからパンと干し肉を出してガキに渡す。
もちろん、自分も腹が減ったから食うけどね。
「お兄ちゃんのタバコ変なの~」
ああ?
「お父さんが吸ってたタバコみたいに、臭くも煙たくもないね」
「これは、タバコじゃないんだよ」
「じゃあ、何?」
「ただの薬だ」
「ふ~ん……」
うん?
「あの子達も、お腹が減ってるんだよ……」
ちっ……。
自分用に作った干し肉なんだがな……。
うわっ!?
うざ!
干し肉を差し出した俺の周りには、ガキの群れが出来た。
餌付けかよ!
「お前等……」
【これは相当深刻ですね】
大人まで物欲しそうに見やがって!
うざいな!
「ガキ共……。向こう行け! もうやらんぞ!」
俺の声で、距離は出来たが……。
『一定距離で、取り囲まれとるな』
何の包囲網だよ!?
「食料まで……。本当にありがとうございます」
うん? 誰?
「ああ。初めまして、フローレ様の補佐をしているアルゴンと申します」
「こりゃどうも~」
「フローレ様はとても素晴らしい方です」
「はぁ……」
それから、そのアルゴンはまだ聞きもしていないのに、今までの事を語り始めた。
フローレは大貴族の娘さんらしい。
フローレのいた貴族領と隣接する国が、いきなり攻め込んで来た事で戦争が始まったそうだ。
その貴族領が戦争の最前線になったそうで、父親の伯爵は先陣に立ち今も戦っているらしい。
かなりの領民が犠牲になったが、フローレが先導してここに逃げ延びてきたのか……。
自分の身を挺した働きで、領民から女神さまと崇められているねぇ。
【彼女の人望があるからこそ、この環境でも何とかみんな我慢しているんでしょうねぇ】
だろうな……。
普通、多少の暴動が起きてもおかしくない環境だからね~。
「長々とすみません。あの方とうまく行ってないご様子だったので、悪く思わないでほしくて」
本当に話しが長いよ。
薬が出来ちまった。
「いいえ~。情報は助かりますよ~」
うん!?
魔力?
何処だ?
『なんじゃ!? 一瞬で消えた?』
どう言う事だ!?
今のは、Aランク以上だったぞ?
それが消えるなんて……。
****
感知した魔力がいきなり消失して、周囲を見渡していた俺の耳に、怒声が飛び込んできた。
「おら! どけ!」
なんだあれ?
村の奥の建物から、厳つい男が五人ほどこっちに向かってくる。
「あれは、ラング達です。関わらない方が……」
「何故ですか~?」
「あの真ん中の男がラング……。元は私と同じでフローレ様に仕えていたのですが、ここへ来てから荒くれ者達を束ねて、好き勝手にやっている憎むべき相手です」
片腕が無くて、眼帯に真っ黒いコート……。
チョイ悪ってやつか?
【いえいえ、完全に悪じゃないですか? 短い髪が全て逆立ってますよ?】
そうなのかな?
「勝手に女性達を使って商売を始める様な下衆です。さらに、自分達だけで食料を……」
何かどんどん近付いてくるな……。
「お前が、噂の行商人か?」
他にどう見えるんだよ?
「そうですよ~」
「ラングさんに向かって、なんだその口のきき方は!」
ああ?
虐めるぞ?
「まあ、待て。お前の薬で、病気が治るって聞いたが、本当か?」
「本当ですよ~」
「なら、俺達によこせ! タダでとは言わない。金は無いが、食料でも女でも現物交換でどうだ?」
マジで!?
女で!
『コラ! 勝手に決めるな!』
「駄目です! こいつ等の言う事に耳を貸さないでください!」
おおう!?
「おい! アルゴン!」
これって……。
「ラングさんに逆らって、タダで済むと思ってるのか?」
【この方も、コアが宿ってますね】
二匹目発見……。
見た感じ……。
『こ奴が、邪神の生まれ変わりかも知れんな』
ですよね~。
「おい、どうなんだ?」
「いいですよ~」
女の子と交換で!
【まだ言いますか……】
「くっ! やはり、フローレ様の言った通りの俗物ですね!」
おかっぱメガネが、怒りながら帰って行った。
さて……。
「で? 食料は何が用意できるんです?」
「俺達には、十分な小麦がある」
なるほど。
「で? いくつ御所望ですか~?」
「二ダースほど用意して貰おうか」
「へい、毎度~」
「何時までに準備できる?」
「明日の、午後までには出来ますよ~」
「そうか……。三つほど先に……」
なんだ?
ヤバいのがいるのか?
「患者の方を、見せて貰えますか~?」
「うん? かまわないが……」
「待ちなさい! ラング! 勝手は許しません!」
フローレ……。
面倒だから出てくるなよ。
「前にも言ったが! 俺は俺のやりたいようにさせて貰う!」
「ラング……」
あれ?
何か変な雰囲気だな……。
「それとも、俺達が村で暴れてもかまわないのか?」
「くう!」
剣に手をかけるな……。
「ガキ……。ちょっと退いてくれ」
「うん……」
「じゃあ、行きましょうか~?」
「なっ! 待ちなさい!」
「嫌ですよ~っと。さあ、行きましょうか?」
「お……おう」
「この下衆が!」
そう言う事は、せめて薬貰ってから言ってよねぇ。
俺だって、へこむ事もあるんだぞ。
****
罵声を浴びながら、俺はラングの根城へ入り、患者を見る。
【これは!】
ヤバいな!
『既に身体が変質し始めている!』
俺は、急いで三人に薬を飲ませた。
魔力を受けすぎると、こんなになるんだな。
皮膚が硬くなり、牙や爪がのびてる。
あれ?
もしかして、亜人種って……。
『元々は、普通の人間だったかも知れんな……』
【魔力を受けて変質した、人なんでしょうか?】
かも知れんな。
これって、元に戻るの?
『すぐに動けるようにはなるが……。変質は元に戻らんかもしれんな』
てか、こいつ等何してたんだ?
向こうの寝たきりの奴等より、症状が酷いのが多いぞ。
「これで大丈夫なのか?」
「変質はどうにもなりませんが、命に別条はなくなりました」
「そうか……」
あれ? 本当に仲間を心配してらっしゃる?
う~ん……。
「じゃあ、この分の食料を……」
仕方ないか……。
「この三つ分は、他の料金を頂けますか?」
「何? 女か?」
うん! それも欲しい!
「いえいえ、情報を下さい。少し二人で話せますか?」
「うん? それは構わんが……」
****
俺は、ラングと二人で奥の部屋に入った。
「何が聞きたいんだ?」
「あれは何をしていたんです? 半年であれはおかしいですよ?」
「あれは……、モンスターと戦っていたからだよ!」
ふ~……。
「代金をお支払いいただけないなら、残りの商品は納品しませんよ?」
「何だと!?」
「俺に嘘は通じない……」
それで誤魔化せるとでも思ってるのかねぇ?
「なっ! お前はいったい」
「あんたがそれを秘密にしたいなら、そうしてやる。だが、俺に嘘をつくなら取引はなしだ」
「くっ……」
怒りで立ち上がったラングが、俺の強い視線で再び椅子に座る。
「樹海を抜けようとしたんだ」
なるほどね。
「何故ですか?」
「お前も分かってると思うが、この山の谷間にある村は戦争中の平原に抜けるか、樹海を抜けないと他へ移動できない」
なんだ……。
『どうやら、悪人ではないようじゃな』
【必要悪でしょうかね?】
もう、大体の推測できたな……。
「あなたは、男達を束ねて村で暴動が起こらない様に、適度な食料と女性を与えているわけですね?」
「くっ! そうだよ!」
「多分、働いている女性達も、理解してくれているってところでしょうか?」
「ああ! その通りだよ!」
あらら~。
全力で、あのお嬢さんを守ろうってか?
危険を冒して、樹海のルートまで作ろうとしたか。
「もういいか?」
「最後にもう一つ。フローレさんには、何故黙っているんです? わざとそんなに悪ぶってまで……」
「あいつは! くっ……フローレはこういう事を嫌うんだ。だが! 誰かがやらないと……」
まぁ、あのお嬢さん世間知らずっぽいしねぇ。
【なかなかの苦労人ですね】
『誰かさんみたいじゃな』
えっ? 誰?
「それよりも! お前は何処から来たんだ? 最初に見かけたときには、既に樹海のこちら側にいたそうだが……」
う~ん……。
まさか、岩山を飛び越えたなんて言えないよね。
『信じんじゃろうな』
「転移の魔法を失敗したんですよ~」
「そうか……」
なんとかこの陸の孤島を、脱出したいらしいな。
「では、これは残りの二十一個です。食料を頂けますか?」
「えっ? お前! もう持ってたのか!?」
「本当は、先約で向こうに渡す予定でしたが、こちらの方の方が症状重いので」
「助かる……。今の話しは……」
「約束は守りますよ~っと」
****
ラングの案内で、俺は古びた倉庫に向かう。
小麦が五十袋か……。
まあ、三袋が限界だろうな。
『それぐらいが、妥当じゃろうな』
「じゃあ、三袋下さい」
「ふぅ……。何でもお見通しか」
「かなり切りつめてらしたんですねぇ。これだけ残っている事が奇跡的です」
多分、領民全員の最後の食料としてだろうな……。
頭が下がる。
『ならば、下げればいい』
嫌じゃい!
そう言えば……。
「あの、もう一ついいですか?」
「なんだ?」
「その腕と目って……」
「逃げるときに、俺が殿を務めた……」
はぁ~あ。
いい奴ってのは、どうしてこう苦労するのかねぇ?
【嫌な世の中ですね】
「では、後ほど受け取りに伺います」
「本当にこれだけでいいのか? もし、足りないなら……」
どうせ何も持ってないだろうが……。
「これで十分ですよ~」
「女を……そうか、すまないな」
あれ?
女性がいたんだったぁぁぁ!
また、選択肢、間違えたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
今のなしって言うのは……。
【止めましょうよ。格好の悪い】
ああああ!
しくじったぁぁぁぁぁぁ!
『ほれ、急いで森に行くぞ!』
あああ!
女の子~!
****
ガリガリと木を引き摺る音が、森の外まで届いている。
「お兄ちゃん! 凄いね!」
「そうでもない……」
俺は、森の木を使って即席のソリ風の何かを作り、仕留めた獣と蔦を乗せて運んだ。
村に戻ると、ガキ共が群がってくる。
うざい……。
「おい、ガキ……」
「な~に?」
「お前と、おふくろさんに手伝ってほしいんだが?」
「うん! 何すればいいの?」
「まずは、おふくろさんを呼んで来い」
俺は、三匹の鹿の頭を刎ねると、逆さに吊るし血を抜く。
その間に、約束の小麦粉を貰い受けた。
さあ、ここからが大忙しだ。
『うむ』
【みんな喜びますよ】
知らん。
「呼んできたよぉ! お兄ちゃん!」
「悪いが、短期バイトを頼まれてくれるか?」
ガキの母親に、比較的綺麗な家へと案内させ、俺は仕事を始めた。
その建屋へは、ガキに他のガキ共を近寄らせないようにさせ、母親に村中の食器を掻き集めさせる。
俺がいる建屋から漂う香りに誘われ、他の領民達も寄ってくる。
それでも中に入ってこないのは、ガキが頑張って警備をしてくれてるんだろう。
てかまあ、森の中であいつにだけ十分食わせたから、頑張ってもらわないとな。
「凄いですね……」
「そうか?」
「鹿一頭をこんな短時間で……。それも、折りたたみナイフだけでさばくなんて」
まぁ、料理以上に生き物を切り刻むのには慣れてるからな。
【口に出さない方がいいですよ】
『どう考えても殺人鬼の言葉じゃな……』
ですよね~。
「昔から、料理をよくしてたんだよ。よそ見してパンケーキを、焦がさないでくれよ?」
「ああ! はい!」
****
ふぃ~。
一時間で三百人分は、さすがに疲れるな……。
一人分の量は少ないが、これで何日かは餓死しなくなるだろう。
「凄い……。こんなに速く動く人初めて見ました」
さっきからガキの母親は、驚きっぱなしだな。
「じゃあ、客を捌くの手伝ってくれよ」
「それはもう」
俺は、机といすを整えたその建屋を食堂に見立てて、開店する。
「さあ! 今からこの食堂を開店します!」
ざわざわと、集まっていた領民が騒ぎ始めた。
「あの……。タダじゃないんですか?」
ははっ……。
人生を舐めてるのか! おばちゃんよ!
「もちろんお代は頂きます!」
「そんな……」
みんなが悲しそうな顔になってるなぁ……。
何故だろう?
もったいぶって、人をおちょくるのが楽しい。
特に、女の子の顔がいいね!
『性格が』【最悪です】
けけけけっ……。
おっと、これ以上は少し離れた場所にいるあのお嬢さんが、怒鳴りこんできそうだ。
「お代はお金ではありません! 情報です! 私に話しかけられたら、どんな事でも喋って頂きます。いいですね?」
みんなが口々に喜びを表現している。
「ただし! ルールが一つだけ! 全員分ありますが、満腹になるかは分かりません! その中で、奪い合い等マナーを守って頂けない場合、強制的に食堂から出て行っていただきます! いいですね? では、どうぞ!」
俺の声と共に、我先にと入口へと人々が押し寄せてくる。
ルール守れって言ったのに……。
「食わさないぞ!」
俺の少し大きな声で、人々の動きが抑制された。
うん! やっぱり、弱みにつけ込むと、人は話をよく聞いてくれるな。
さてと……。
俺は食堂開店を離れた位置から見つめていた者達の元へと、歩み寄っていく。
「申し訳ないんですが、ここの治安維持を頼めませんか?」
「えっ? 私達に?」
目を丸くしたフローレは、俺に問いかけてくる。
アルゴンに至っては、驚き過ぎて言葉を発せられていない。
「はい。私は他の事をしないといけないんで。報酬は、食事って事で如何でしょうか~?」
「……いいんですか?」
さすがに俺は嫌いでも、背に腹は代えられないよね~。
「一人前。それぞれ勝手に食べて下さい。じゃあ、お願いしますね~」
****
俺は、五十三人分の食事をバスケットに詰めて、ラング達の根城へ向かう。
「毎度~」
「お前……」
みんな腹を減らしてるようだな。
「商売に来ましたよ~っと」
「商売だと!?」
「私が欲しい情報を下さい。その代わり、この食事を渡します。全員分ありますから、一列に並んで下さい」
うわ~。
流石にガラが悪いのが集まってるだけあって、並ぼうともしないよ。
並べってば……。
「お前等! 並べ!」
へぇぇぇ。
ラングの言葉には、ちゃんと従うのか。
一列に並んだ厳つい男達と、色気たっぷりの女達に食事を配っていく。
因みに、メニューは焼いた鹿の肉とパンケーキに、例の蔦を混ぜた山菜の炒め物。
そのままでも食えるけど、パンケーキに挟めば食器なしで、ホットドッグ感覚的に食えるだろう。
しかし、俺のバッグ内にある調味料が、無くなりそうだ。
次の町で仕入れないとな……。
【本当にたくましいですね】
俺を舐めるな!
俺、最悪一人で生き抜ける自信がある!
『こいつは、人生自体がサバイバルじゃからな……』
最悪です。
「ねえ? お兄さん? 体で払うから、もう少しオマケしてくれない?」
マジで?
『いちいち反応するな、このエロガキが!』
「やめろ。多分、人数分しかないはずだ……」
「ラングさん……は~い!」
ああ……。
干し肉ならまだあるのに……。
『やめんか! 収拾がつかなくなるぞ!』
へいへい。
ん? ラング? 何?
「お前は何者だ?」
「只の行商人ですよ~」
さて、情報収集と行きますか……。
「おい! 待てよ!」
嫌ですよ~っと。
****
俺は、二時間ほどかけて情報を聞いて回る。
ラングとついでにアルゴンは、フローレの幼馴染らしい。
二人ともフローレの家に仕える、従者の家が出身だそうだ。
なんでも、こうなる前はラングとフローレはいい感じだったとか。
カップルとか、絶滅すればいいのに……。
【そうすると、貴方にも彼女が一生できませんよ?】
ぬう!
『話が逸れとるぞ』
おっと……。
しかし、ここの戦争は……。
なんか、変じゃないか?
古くからの友好関係にあった隣国が、いきなり攻めてくるものなのか?
予兆もなかったらしいし。
『裏があるかもしれんな……』
う~ん。
【確かめるしかありませんね】
面倒に面倒が重なってるよ……。
「で? 知ってるんだな? ばあさん?」
「はぁ……。子供の頃、私の祖母から聞いた昔話ですが……。本当にそれでいいんですか?」
「ああ。それが代金だ。喋れ」
「三人の神様がいたそうです。二人は姉弟の聖なる神様で、一人の邪悪な神様だったそうで。二人の姉弟が、邪悪な神様を封印したと聞きました」
う~ん……。
それがフローレとラングか?
「ただ、姉神様と邪悪な神様は夫婦だったとも聞いています」
はぁ?
「邪悪な神様を封印した姉弟神様達も、それからしばらくして戦い、相討ちになったとか」
訳が分からなくなってきた。
「その時の戦いに巻き込まれた多くの人間が、犠牲になったそうです」
ええ~。
どう言う事!?
「祖母は、最後に神様の心は、人間でははかれないと言っておりました」
どんなオチ!?
訳わかんねぇぇ。
『直訳してしまうと、神の夫婦喧嘩と姉弟喧嘩に巻き込まれた人間が、多く死んだと言う事かのぉ?』
最悪の神じゃん。
なんだよそれ。
【神とは、いつの時代も自分勝手なんでしょうかね?】
さて、もう一匹は何処にいるんだか……。
「じゃあ、これでお代って事で~」
「ありがとうございます」
拝むな! ババア!
これで、一通りは聞き込み終わりだな。
****
俺は情報を纏める為に、人が多く酸素が薄い食堂に変えた建物から出た。
うん?
あれはフローレ?
バリケードを越えて、何処に行く気だ?
なるほど、木に縄をかけて……。
人が見ていないところで……。
首をくくるつもりですね?
分かります。
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
【早くぅぅぅぅぅぅ!!】
『急げ!!』
俺はナイフを投げ、縄を切る。
そして、落下してきたフローレを、スライディングで受け止めた。
何してんのこいつ!?
馬鹿か!?
「あら? レイさん……。何をするんですか?」
自殺阻止ですよ! 馬鹿か!
「お前、死ぬ、よくない」
「もう疲れたんです……。あっ……最後に……何かお礼を……」
えっ?
フローレは壊れた笑いを浮かべ、上着を脱いで胸を露わにする。
マジか!
【自暴自棄の女性に! 駄目ですよ!】
分かってるよ……。
ちっ……。
「ねっ? ほら……」
う~ん……。
F……。
いや! Gはあるのか?
なんだ? その中には何が入ってるんだ?
希望とかか?
『基本的には脂肪じゃ』
「ねっ? 最後に……」
はぁぁぁぁ……。
俺は、上着を拾いフローレにかける。
さすがに、ここまで壊れた相手とは出来ん。
「なんで!? 男って、みんな女の身体が目的なんでしょ! あなたおかしいの?」
誰がおかしいんだ!
お前の方がおかしいわ! 引きつった顔しやがって!
「そこまで落ちたつもりはないですよ~」
まぁ、強がりですけどね!
『グッジョブじゃな』
ジジィ……。
その覚えた言葉を、無理に使おうとするのよくないぞ?
【賢者様……。さすがに私も……】
『ぬうう……』
「あ……ああああぁぁぁぁ!」
うおう!
いきなり号泣すんなよ! ビビるから!
後、俺が父さんに怒られる!
「何で? 何で死なせてくれないの? もう疲れたのよ!」
俺は、取り敢えずハンカチを差し出した。
「私は、何にも出来ないの! みんなの期待にこたえられない!」
相当溜まってたんだな……。
「男なんて嫌い! みんな私を裏切るもの!」
ふ~……。
仕方なく、泣きやむまで待つ事にした。
****
「あっ……あの、ごめんなさい」
泣く事で、多少は冷静になったようだな。
「話……聞きましょうか。秘密は守りますよ~」
「あの……」
「部外者の方が、話しやすいんじゃないですか~?」
そこで、ポツリポツリと話し始めた、フローレ。
まずは、自分では無理なモンスター退治をラング達が行い、日々弱って行く領民を助けられない無力感。
にも関わらず、女神と言ってくる領民からの期待による、重圧と焦燥感。
食料と薬を俺が供給した事での安心感。
ラングとアルゴンとの人間関係による、男女関係による絶望感。
で、キレちゃったのね?
「私はラングが好きだったの……。でも、彼は私を妹としてしか見えないって……」
まあ! もったいない!
こんなたわわに実ったのが、自由にできるチャンスなのに。
「あっ! その事はもう吹っ切れてるんだけど……」
あ~あ、アホが! チャンス逃がしてるよ。
「アルゴンからは逆に告白されたんだけど……。その気になれなくて……」
はっ! おかっぱメガネざまぁぁ!
「今日、少しうたた寝をしてると……。その……彼が私に……」
えっ? 襲われた?
「あっ……。私が拒否したら止めてはくれたの……。彼も疲れているんだと思うの……」
そこで庇うか? 普通?
「庇うのは構いませんが、それで全部が嫌になったんじゃないんですか?」
「そうだけど……。彼も嫌いと言うわけじゃなくて、只恋愛対象じゃないだけで」
それ、最悪じゃね?
あのメガネ、ちょっとかわいそうだな……。
まあ、それは置いといて……。
お前ら、どう思う?
俺は、ここで死なせるには惜しい美人だと思うんだが。
【そうですね】
『美人とは関係なく、止められるものは止めるべきじゃな』
だよねぇ。
「では、貴方にいい情報を!」
「えっ?」
「ラングの事ですが、何も変わってませんよ~」
【約束はどうしたんですか?】
俺~、基本的に嘘付きなの。
こういう場合、約束は破るためにあるんだよ!
『最悪じゃ』
聞こえんなぁ!
****
俺から、ラングの事を聞いたフローレはしばらく呆けた後、笑い始めた。
「はぁ~あ。なんだ、全部私のせいか……」
「常識に囚われ過ぎては、いけない時ってあると思いますよ。格好をつけてもどうにもならない事も、ありますしね~」
「そうね。正しい事が必ずしも正解とは言えないのかもね」
「まあ、そういう事ですかね~。あっ! ラングさんにはこの事秘密って言われたんで、俺が喋った事黙ってて下さいね~」
何?
睨まれてる?
「あなたは本当に変わった方ですね」
変て言うな! 胸を揉みしだくぞ!?
「あなたと話してると、色々馬鹿らしくなるわ」
なんだ!?
馬鹿にされたのか?
胸揉んでいいのか?
「本当に不思議な人……。あなたは、本当は何者なんですか?」
「只の行商人ですよ。只のね……」
うおう!
美人に直視されると、さすがに照れるな。
しかし、凄い美人だな。
『お前……。最悪そのお嬢ちゃんが、邪神の可能性も……』
じゃあ! 邪神と子供を作ります!
凄くチートなガキが出来るかもよ。
【貴方は……。雰囲気という言葉を知っていますか?】
知ってるよ! 馬鹿にするな!
あれだろ……あの……。
【えっ? 本当に知らないんですか!?】
うん?
ちっ……。
「もしよければ、これからも私達と……」
あっ! そおい!
俺は、フローレの首筋に魔力をぶつけて、気を失わせた。
『まったく、また勘違いされるぞ?』
もう慣れてます!
それよりも、こいつを安全な場所に運ぶ事の方が重要だ。
【それに、敵に気取られますしね】
そういう事だ。
俺は、フローレを担ぎ村の中へ戻る。
そして、再び村の外に出ると付近で一番大きな木に飛び乗った。
****
モンスターの群れ……。
『何かに、追い立てられておるようじゃな』
みたいだな。
おかしいと思ったんだ。
フローレやラングがいて、何でモンスターが襲ってくるのか……。
【私達がいても襲ってくると言う事は……】
多分三人目の小細工だな。
『三人目が、邪神と考えて問題ないじゃろうな』
なら、あぶり出すか……。
<ホークスラッシュ>
木の陰から姿を隠した状態で、衝撃波を放つ。
もちろん、モンスター達はその超高速の衝撃波避ける事が出来ず、全て塵に変わる。
さ~て……。
大急ぎでやるか!
『うむ!』
【時間もないですしね】
俺は、夜の間に蔦を秘薬に作りかえ、樹海とは逆の方向へ走りだした。
早くしないと後手に回る。
いっそげぇぇぇぇぇぇぇ!
****
「大変です! フローレ様! フローレ様!」
「えっ? あれ? 私の部屋!? あれ?」
フローレが自室のベッドで目を覚ましたのは、自殺未遂からかなり時間がたってからだった。
「フローレ様!」
明らかに焦った様子のアルゴンは、フローレを急かすように大きな声をかける。
「あっ……。どうしたの? アルゴン?」
状況が分からず呆けていたフローレも、アルゴンの声で正気に戻った。
「敵が! 敵の軍がこちらに向かってきます!」
「なっ!? すぐに行きます!」
「はい! お急ぎください! フローレ様だけでも……」
「それはあり得ません!」
急いで戦う為の準備をしているフローレだが、敵軍に勝てる見込みがない事は自身でも認識している。
アルゴンはフローレだけでも、逃がそうと考えているようだ。
だが、フローレは自身を盾にしてでも、領民を一人でも救う為に行動しようとしている。
「あ……あのレイさんは?」
「あの行商人は朝から見かけません! 逃げたんですよ!」
「…………」
フローレ達のいた領地へと繋がる、谷間になっている一本道には、土煙が上がっていた。
敵軍の部隊が、進行してきている証拠だ。
村へと繋がるその道の出口付近に、片腕の男性が仁王立ちしていた。
ラングは皆が逃げる時間を、少しでも稼ごうと考えているのだろう。
そこへ、フローレとアルゴンも走りながら到着した。
「遅いじゃないか、フローレ」
「ラング……。一緒に戦ってくれるのね。ありがとう」
「なっ!?」
ラングは、フローレから皮肉が返ってくると思っていた。
しかし、笑顔での感謝の言葉を受け、目を丸くする。
「フローレ様?」
「ふふふっ……。ごめんね。もう、貴方を疑ったりしないわ」
「まさか! あの行商人!」
フローレが笑っている理由がすぐに思いつけたラングは、気恥ずかしさから顔をしかめた。
「その話は後にしましょう。今は……」
「くっ! 必ず生き残って話をつけるぞ!」
「ええ!」
二人の関係が改善された事が、アルゴンにはあまり嬉しくないらしく、それが顔色に出てしまっている。
「フローレ様……」
三人の前で、馬に乗った敵軍が止まる。
先頭にいた、一際豪華な鎧を身に纏う将が、止まる様に部下へ手信号を送ったからだ。
「お久しぶりですな、フローレ嬢」
「リック将軍……」
「幼少のころより親交のある貴方とこのような事になって、本当に申し訳ない」
「何故ですか!? 何故、我が国に!?」
敵将と旧知の中であるフローレは、悲痛な叫びを向けた。
「王の命令なのです。私達は逆らう事が出来ません」
顔を伏せた敵将は、眉間に深いしわを作っていた。
「そんな……」
「貴方を捕縛すれば、我が軍最大の難関であるお父上の隊も……」
「私を人質にするおつもりですか!? 卑怯な!」
「分かってくれとは言いません。ただ、これは戦争なのです」
「私が大人しく掴まれば、領民の命は保証して頂けますか?」
「フローレ! 駄目だ!」
「それは……駄目なのです。あなた以外全員の処刑が、命令なのです……」
リック将軍の苦虫を噛み潰したような顔から、その命令を実行するのが本意ではないと、フローレ達にも分かったらしい。
だからこそ、説得は不可能だとフローレ達は理解した。
「なら、俺達が抵抗しようがすまいが同じ事だな!」
「ラング……二十人を相手に、殿を務めたそうだな」
「ああ! あんたから教わったこの剣術! 役に立ったぜ!」
「皮肉なものだ……」
「ラング! 私も!」
「断っても……無駄だよな」
「当然よ!」
覚悟を決めたラング達が剣に手をかけた所で、軍の隊列を裂いて進む一頭の馬がいた。
軍全体が停止している状態であった為、その馬の蹄の音は、リック将軍の耳にも届く。
ぎりぎりセーフ。
急いだかいがあったってもんだ。
「うん!? あれは伝令の早馬!?」
「リック将軍! お待ち下さい!」
「どうした!?」
「この戦いお待ち下さい!」
「どうしたというのだ!?」
「はぁはぁ……。停戦です!」
「何だと!?」
「(そんな馬鹿な!?)」
伝令を聞いたリック将軍や兵士達は、動揺を表情に出した。
フローレ達も、ぽかんと口を開けて顔を見合わせている。
一人だけ、険しい表情をしている馬鹿もいるが……。
「もうすぐ、新しい国王様の勅命書が届きます! それまで、しばしお待ち下さい!」
「えっ? 助かったの?」
「まだ分からんが……。可能性が出てきたな……」
「リック将軍も帰ってはくれないみたいですが、待ってはくれるようですね」
「ああ……」
その場から動く事も出来ない軍とフローレ達は、勅命書を待ち続けた。
「くそ……」
「アルゴン? 大丈夫よ。落ち着いて……」
困惑と苛立ちが頂点に向かおうとしていた時、フローレ達がいる位置から土煙が目に入る。
「将軍! あれを!」
「あれは……」
味方の兵ではなく、敵の軍が着た事で、リック将軍の隊内の緊張感が高まる。
「お父様の隊だわ! ラング! アルゴン!」
土煙の中に、自分の家の使う旗を見たフローレが、目を輝かせた。
「ああ……ああ! そうだ!」
敵国の王の物だと分かる印が入った勅命書をかざしたフローレの父親は、無駄な争いを避ける為に部下達をその場で待たせ、敵軍の中を一人で突っ切る。
「リックよ。待たせたな」
「お前が自ら来るとは……」
「これが王子……。いや、新国王様の勅命書だ」
「ふむ……。確かに……」
フローレの父から勅命書を受け取ったリック将軍は、中身をその場で確認し始めた。
「お父様!」
「おお! フローレ! 苦労をかけたな!」
フローレはリック将軍が勅命書に目を通している間に、父親の元へと駆け寄った。
「いえ! 戦争は?」
「うん! 停戦だ! これから、戦後の処理という大仕事が待っているぞ!」
「はい!」
「ラングも……。また、私のもとで働いてくれるか?」
「喜んで!」
もう戦わなくていいのだと大きく息を吐いたリック将軍だが、しっくりこない気持ちをフローレの父親へと問いかける。
「しかし、いったい何があったのだ? 王はどうした?」
「それは、ゆっくり話をしようリック……。長くなる」
元々友人関係にあった二人は、意味ありげに笑い合った。
っと、まあ、ここまで俺の予想通り。
ただ、ここからは……。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!」
安堵の空気を破ったのは、一人の男の大きな叫び声だった。
その声には、怒りや憎しみがこれでもかってぐらい練り込まれている。
「えっ!?」
「ふざけるな! ふざけるな! こんな事認めるか!」
「アルゴン?」
「どれだけ俺が苦労したと思ってるんだ!」
怒りに我を忘れた馬鹿は、本性をむき出しにし始めた。
「ひっ!」
「なんだ!? 化けも……化け物だ!」
口が裂け、牙がむき出しになったアルゴンの身体は、二周りほど大きくなって行く。
そして、皮膚が黒く変わり、全身から角が飛び出した。
「フローレは! 姉さんは俺の物だ! もう誰にも邪魔はさせん!」
怒りにまかせてアルゴンの口から放たれた、強力な魔力砲が村に向かう……。
その魔力砲は、村がある方向へと着弾すると同時に、爆音、熱風、衝撃を、周囲へと広げた。
あまりにも突然な出来事に、フローレや軍の兵士達が、しばらく固まってしまう。
「みんなが!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ふ~……ギリギリセーフ。
【流石は神ですね】
『魔力の三割を持って行かれわ』
「なに? あれは?」
フローレ達は粉塵がはれたところで、真っ白い魔法障壁を目にした。
そして、村の無事も。
「怪我はないな? ガキ?」
「お兄ちゃん!」
「悪いが、この荷物とコートを預かっててくれ」
「うん!」
ガキに荷物を預けた俺は、首と肩を回しながら、本性を出した馬鹿へと近づいていく。
「レイさん?」
「あの男は……」
まさか、俺が岩山を飛び越えて来たとは思ってもいないフローレ達は、まだ驚いてるな。
ぷっ! 変な顔。
****
「なんだ!? 貴様は!」
「へっ……男の嫉妬なんて見て手気分が悪いぜ?」
「貴様の仕業かぁぁぁぁぁぁぁ!」
さあ! 連戦だが、行くぞ!
『うむ!』
【はい!】
俺に向かって走ってくるアルゴンを、真っ向から二本の剣で迎え撃つ。
「ぐおおおおおお!」
「おおおおおお!」
くっ!
やっぱり俺の速度についてくるか!
【魔法障壁を展開して、やっと相殺ですね】
くそっ! 拳だけでこの威力かよ!
俺は、アルゴンの拳を真正面から打ち落とす。
その衝撃波で、俺達の周りの地面がどんどん抉れていく。
長くはもちそうにないな! くそ!
『魔力量の管理は、わしに任せておけ! それよりも……』
この馬鹿の頭に血が上ってる間に、しかけないと……なっ!
仕方ない。
もう少し煽るか!
「そんなに姉を自分の物にしたいのか? この変態野郎が」
「俺の気持ちが分かってたまるか! 五千年だぞ! 五千年苦しんだんだ!」
「姉を騙して、旦那を殺させただけじゃ足りないってか?」
「当り前だ! 俺は、姉さんの全てが欲しいんだ!」
「まあ、その姉さんにばれて、殺されてるもんね~。人間巻き込んだ姉弟喧嘩とは、お前本当に神様か? ただの馬鹿じゃねぇの?」
「人間など知るか! 折角……折角転生してうまくいくはずだったのに!」
「へっ……。知るか! このボケ神が!」
激しい戦闘の中で交わした言葉に、元々頭に血が昇っていた馬鹿は、完全に冷静さを失った。
それが見ているだけで分かる。
一撃の威力は増したが、攻撃が大振りで単調になったからだ。
「がああああ!」
『魔力残量が半分を切った! 限界じゃ!』
了解!
俺は一度後方へ飛び退き、距離をとる。
そして、魔剣を頭上に掲げた。
「この世に漂いし、迷える戦士の魂よ! 我の元に集い我が刃となれ!」
いくぞ!
『うむ!』
「力を示せ! スピリットオブデス(死神の魂)!」
ガシャンっと音を立てて、魔剣を光の大剣へと変え、残った魔力を聖剣に流し込む。
「馬鹿が!」
アルゴンは自分の上空へ飛び上がった俺の影に、口から渾身の魔力砲を放つ。
「誰が馬鹿だ!」
<ミラージュ>
冷静さを欠いたら、負けなんだよ。
アルゴンは足元から聞こえた俺の声に、反射的に胸の前で両腕をクロスした。
〈バーストインパクト(未完成バージョン)〉!
右下段から左上段へ振りあげた光の大剣が、アルゴンの両腕を切り落とし、元の魔剣へと戻る。
そして、ガラ空きのコアである心臓に、全魔力を込めた聖剣をまっすぐ突き刺した。
「姉さん……」
アルゴンは涙を流し、無くなった腕をフローレへ向けて、精一杯伸ばしている。
ふん!
同情なんてできるか! 馬鹿が!
【早く!】
分かってる!
周りの人間が巻き込まれないように、アルゴンから吸収した魔力を使い障壁を展開し。爆発を押さえ込む。
ぐううううう!
『耐えるんじゃぁぁ!』
爆発は障壁により、空に向かって力が逃げていく。
爆発は一か所に力の行き場を集中させてやれば、他の被害が少なくて済む。
周囲が大きな爆発音と閃光に包まれた。
筒状の白い障壁の上空に、大量の粉じんが舞い上がっていく。
****
ふ~……。
痛い……。
『体表面の四割が裂傷と火傷……。左目は一から回復じゃな。完全に潰れておる』
超痛い……。
【これなら、私の復元の方が……】
『それが、早いじゃろう……』
物凄く痛い……。
「あれは、いったい……」
「レイさん……」
「あの行商人は何者なんだ!?」
粉塵の中からふらふらと歩み出てきた俺を、皆が凝視する。
「あっ!」
耐えがたい痛みを早くなくす為、俺は皆の視線も気にせず、ブチブチと音を出して体の一部を引きちぎった。
「うわっ……」
「おえ……」
潰れた左目を引きちぎりながら歩み寄ってくる俺に、兵士達は引いているようだ。
もちろん、すぐに左目は白いオーラで包まれ、復元される。
痛いんだけんどもね。
こうした方が、復元早いんだよ。
さて、ミッションクリアだ!
なんか、皆まだ固まってるな。
まあ、いいや。
さて、次に行きますか。
『そうじゃな。あまりノンビリもできん』
「お兄ちゃん……」
「これ、やるよ。売れ残りだ。好きに使え」
作った全ての秘薬を、荷物を持って駆け寄ってきたガキに渡す。
そして、ローブを纏うとガキの頭を撫でた。
「じゃあな」
「行っちゃうの?」
「俺は忙しいんだ」
「待って! レイさん! 私は……」
「ああ、さんはいりませんよ~」
「えっ!?」
「レイだけでいいですよ~」
「あ……レイ! まだ代金も!」
「お代はお父様から頂きました~。毎度~」
「えっ!? あなたいったい……」
「只の行商人ですよ~っと。また、どこかで見かけたら御贔屓に~」
兵隊までどんどん俺に近づいて来るので……。
離脱!
上空に飛び上がり、空中を蹴って岩山を飛び越える。
「レイィィィィィィィ!」
えと……叫ぶな! なんか恥ずかしい。
「あの者はいったい……」
「お父様……。お代を払っていただいたのですか?」
「泣くな娘よ……。払った……とは言えんかも知れない」
「えっ? 払ってないのですか?」
「お前に借金があると言ってきた奴の要求は、我が軍の出陣権を買いたいと言う事だった」
「まさか!」
「うむ……。ここへお前達を助けに来る事が、奴から提示された支払い方法だった」
「それじゃあ……」
父親から話を聞いたフローレが、驚き過ぎて涙を止める。
その会話が止んだ隙を見計らい、リック将軍が喋りかけた。
「少し聞かせてくれ。何故戦争が、こんな急に停戦になったのだ?」
「リック……。それも奴だ」
「どう言う事だ!?」
「お前の国の王は、人に化けるネズミ型のモンスターに入れ替わられていたのだ」
「なっ!? 馬鹿な!?」
「私に……お前の国の大臣そして、新国王様が目撃している。その化け物を、あの行商人が光の大剣で退治したのだ」
「では、この戦争も!?」
「うむ。我らは化け物に踊らされたらしい」
「何と言う事だ……。それで! フローレ殿あの行商人はいったい!?」
相手の目を見て、聞いたことが事実なのだろうとすぐに理解したリック将軍は、まだ固まっていたフローレに問いかける。
しかし、まあ、無駄でしょ。
だって、俺、なんにも言って無いもの。
「分かりません……。自分の事は何も語りませんでした」
首を傾げるリック将軍達の前に、一人の兵士が歩み出た。
「あの、将軍。宜しいですか?」
「なんだ?」
「実は、最近、間者から二つの報告が……」
「言ってみろ」
「各地で伝説となっている怪物が復活した、と言う報告はしたと思うのですが……。その怪物達を、謎の剣士が倒していると言う噂が……」
「それは、奴なのか!?」
「わかりません。未確定情報です。ただ……」
「ただ? ただ、なんですか?」
その情報に興味津々なフローレは、報告をする兵士へ掴みかかりそうな勢いで、問いかけていた。
困ってるじゃん。止めなってぇ。
「その全ての現場で、謎の行商人を見たという噂が……。噂では怪物を復活させているのが、そいつの仕業じゃないかと」
「どう聞いてもあいつの事だな」
「似た噂だけでも、既に十件を超えています……」
「まさか……。奴は、たった一人で化け物達と戦っているのか!?」
「レイ……。あなたは……」
皆が見上げたそこには、もう高い岩山しかない。
だって! 俺! 逃げ足には自信があるからね!
****
うほほ~いぃ!
【ずいぶん上機嫌ですね?】
だって! 今まで最低二週間はかかってたのに、今回はあのネズ公をいれて二匹だぜ!
それもたったの三日で!
そりゃあ、空も走るさぁぁ!
気持ちいいぃぃぃ!
『お前は単純でいいのぉ』
なんとでも言え!
【しかし、あの二人……。そのままにしてよかったんでしょうか?】
どうせ神の力なんて、あの馬鹿みたいに記憶でもない限り使えないだろ?
【しかし……】
まあ、悪さするようなら退治するまでだ。
【はぁ……】
あああああ!
【どうしました!?】
最悪だ……。
薬を作る道具や、容器を回収し忘れた……。
『まだ引っかかるのか? 若造』
【忘れてました】
あ~あ。
もったいない。
最悪だよ。
やってらんね~……。




