十二話
「ガシャン……。ガキン……。ガキ! ゴキン……」
なんだ?
金属音?
目を覚ますと、俺は薄暗くカビ臭いジメジメした場所にいた。
ここは?
ジジィ?
痛っ!
俺の右腕……。
そうか、もう魔剣は無いんだった……。
「ガシャン……ガシャン……。ゴキン……」
足首に……鎖の付いた足かせ?
えっ!?
「何を!?」
ゴルバが狼の姿のまま、必死にその鎖を切ろうと咬みついていた。
さっきから聞こえていた音は、それだったらしい。
腹を簡単な止血をしただけの応急処置がされていた。
ゴルバも、実験材料として生かされたのか?
「やめろ!」
歯が折れ、口から血が流れ出している。
これ以上血を流したら!
「ガウウ……お前だけは……逃げるんだ……ぐう!」
ガキョンと一際大きな音と共に、俺を動けなくしていた鎖が切れた。
俺が気絶して間も、こいつは咬み続けたんだろう。
床には血が飛び散っている。
なんで?
なんで俺なんかの為に、そこまで……。
「お前……」
「俺はもうもたん……。頼む! 逃げてくれ!」
何だよそれ?
「俺は見ての通り、鎖も付いていないが上半身以外動かん。お願いだ! お前だけは……」
くっそ……。
今の俺じゃあ、ゴルバを担ぎ出す力もない……。
「お前の為に、この命を使いたい! 俺の……俺達の総意だ! 頼む……逃げてくれ……」
「あ……ああ……」
「早く行け! 早く……」
静かに目を閉じたゴルバは、苦しそうな呼吸を続けている……。
でも、俺は……。
その場から、フラフラと逃げ出した。
もう、自分で思考する事が出来なくなっていた。
ただ、ゴルバに言われたように……。
逃げ出した……。
最低だよな?
やってらんね~……。
****
地下を彷徨うように歩いた。
壁に寄りかかり、重い体を引き摺って。
ただ、光を求めた……。
何だ?
大勢の人間の歓声?
何が?
思考能力の低下していた俺は、ただその声に向かって歩いた。
たどり着いたのは、光に満ち溢れた講堂だった。
数万人は居るだろうか?
信者達が、講堂の壇上にいるメシアに歓声を上げている。
本当に狂ったように声を出している。
「そんな……」
壇上には磔になった仲間三人と、封印されたジジィが……。
「さあ! 闇のメシアの脅威は去った! そして、今! 皆は新たな聖剣の誕生を目にするのだ!」
止めてくれ……。
お願いだ……。
何でもするから……。
「さあ! 三人とも覚悟はいいね? 聖剣の糧となる事を光栄に思うんだ!」
「誰が!」
「ふざけた事を! 今すぐ我らを解放しろ!」
「おや? 君達には、僕のチャームが効いてないのかい? ああ! そうか! あの、彼のせいだね?」
「何を言ってるの? いいから! これ外しなさいよ!」
「僕達信徒には、自然に人を魅了する能力があるんだ。今までの女性は、自分からすすんで糧になってくれたんだよ」
「それで、ヒルダを! この卑怯者!」
「本当に効果がないんだねぇ。彼の魅了を受け続けたせいかな?」
そんな……。
じゃあ、あいつらは俺の魅了の力で今まで……。
本当は好きでもない俺の為に犠牲に!?
そんな事……。
「可愛そうだね~。聖剣の種は自分から受け入れないと、地獄の苦しみを味わうんだよ?僕の母さんもかなり苦しんだもん。受け入れた方が楽だよ~?」
「この下衆が! 私は何があっても屈しません!」
「私もだ! この気持ちは……貴様のようなふざけた能力ではない! 心からの愛だ!」
「そう思うのが能力なんだけどな~……。まあいいや! どうせ、聖剣になれば強制的に僕の見方だしね」
「どんな姿になっても……。私はレイの敵にならない!」
「そうです! 必ず、貴方に一矢報いて見せます!」
止めろ……。
そいつの言ったとおりだ……。
俺なんかの為に……。
「さあ! 今こそ聖剣誕生だ!」
メシアは小さな金属の破片を、三人の胸に刺し込んだ。
「ああ……ぐがああああああ!」
「ひぎぃいいいいい! あ……ああああああぁぁぁ!」
「ぎゃああああああ!」
****
数分後、三人が見た事もない顔で苦しみ始めた。
白目をむき、体中が痙攣している。
固定されていない足を力いっぱいバタつかせ、拳を血が出るほど強く握っている。
「おおおおごはあああああ!」
「がああああ!!」
「ひいいいいいいいい!」
目から血涙?
それだけじゃない、口から出ている泡が血で真っ赤だ……。
止めてくれ……。
「あああああああああ!!」
「レェェェェェェェェェ!! イヒィィィィィィィィ!!」
「いやあああああああ!」
「ぷっ……あははは! だから、受け入れないと苦しむんだって!」
血尿まで垂れ流し始めた三人を見て、メシアが笑っている。
「そんなにあいつが好きなの!? あははははっ! ウケる!」
笑い転げるメシアを見ても、魅了の力に支配された信者達は、メシアへ熱心に奴が喜ぶであろう言葉を叫び続けている。
ああ……。
駄目だ……。
駄目なんだ……。
今の俺には……。
はっ?
俺は何をしてるんだ!?
ちょ! なんで?
三人が、今も苦しんで稼いでくれた時間を潰すのか?
逃げないと!
逃げて、態勢を立て直して……。
駄目だ……。
止まらない……。
「レイィィィィィィィィ!!」
三人が必死に俺の名を呼んでいる……。
もう、俺が叫び返しても聞こえないだろうな……。
止められない……。
いや!
止まりたくない!
ここで、逃げれば俺が俺でなくなる!
俺はクソ馬鹿だ!
何故怖がった?
何故?
恐怖……恐怖なんて握りつぶせ!
そんなもん俺には必要ない!
命を惜しむ?
何を考えていたんだ……。
俺の命なんて、この世に必要ないじゃないか!
期待なんて、クソの役にも立たないじゃないか!
明日を望むな!
後ろを振り向くな!
前を向け! あいつを……。
あのクソ野郎をぶんなぐるんだ!
****
「あははは……はぁ、うわ!?」
信者をかき分け、壇上に跳び上がった俺の拳は空を切る。
「あれ~? 逃げ出して来たの? 何処までも、面倒な出来損ないだね~?」
「うおおおお!」
「おいおい! そんなの、能力を使わなくても僕に当たるわけないじゃん。少しは頭使えよ、クズ」
「ああああ!」
「さっき、あれだけボロ負けしたじゃん。それでも理解出来ないの? 出来損ないってのは、兄さんもそうだったけど馬鹿なんだねぇぇ」
俺の拳は、難なくかわされ続ける。
それでも……。
それでも!
この身体が動く限り殴りかかってやる!
俺の魂が燃え尽きるまで!
絶対だ! 絶対に一発殴りつけてやるんだ!
「おおおおおお!」
「五月蝿いよ! このクズ!」
俺の攻撃を難なく躱すメシアは、壇上を後ろ向きに下がっていく。
今の俺は、それにすら追いつけない。
待て! 待てよ!
ちくしょぉぉ! 殴らせろぉぉぉぉぉぉ!
「ああ、もうウザい。いいや、死ねよ」
後ろに回り込まれた俺が振り向いた瞬間、メシアの聖剣が俺の心臓を貫いた。
メシアの持つ聖剣の先が、俺の背中から突き出す。
聖剣の刃から滴る赤い液体を見て、メシアが口角を上げた。
動きが止まったぁぁぁぁぁぁ!!
「とっとと、逝っちまえ……ぐお!」
射程に入ったメシアの顔を、俺は渾身の力で殴りつけた。
メシアは、俺に殴りつけられた勢いで吹っ飛び、聖剣は床に落ちる。
今だ!
「うおおおおおおおお!!」
「このクズが!」
「ぐはぁ!」
俺の拳にカウンターで入ったメシアの蹴りで、転んでしまった。
まだだ!
今しかないんだ!
「おおおおおお!」
「この! 死ねよクズ!」
「がはっ……」
俺の拳は、空振りに終わる。
逆にメシアの拳と膝の連撃が、俺にクリーンヒットした。
くそっ! くそっ! くそっ!
俺は、再び壇上で倒れ込んでしまった。
まだだ!
まだ……。
えっ?
起き上がろうとした俺は、糸の切れた人形のように、その場で崩れ落ちた。
くっそ……。
ここまでなのか?
もう、魂も燃え尽きちまったのか?
視界が真っ黒になって行く……。
俺は……。
三人を助けられずに……。
嫌だ!
死ぬのなんかどうでもいい!
三人を助けるんだ!
俺の事はどうなってもいいんだ!
このまま死ねるか!
あのクソ野郎を殺すんだ!
殺す力をくれよ!
殺せるなら、そのあと死んでもいい!
死んでから、永遠の地獄で苦しんでもいい!
どんなことでもする!
お願いだ!
時間をくれ!
誰でも良い力をくれ!
頼むよ……。
頼むからぁぁぁぁぁぁ!
俺に力を……。
師匠……。
ジジィ……。
父さん……。
母さん……。
セシルさん……。
オーナー……。
アレン……。
お願いだ……。
オリビ……。
【それが地獄だとしても?】
えっ?
【己の進む道が地獄だとしても、力を求めますか?】
ああ……。
力を……。
力をよこしやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
****
「ふん! ようやくくたばったか! いや……」
メシアは、前のめりに倒れこんでいる俺に向かい、剣を振り上げる。
「このクズは、首でも刎ねないと生き返りそうだ! これで!」
メシアの剣が振り下ろされると同時に、講堂にパキィィィンっと大きな音が轟く。
「なっ!? 障壁!? 何が?」
俺が反射的に振りあげた左手には、真っ白い障壁が発生していた。
【一分で復元します!】
了解だ!
【右腕はいいんですね?】
ああ!
そこはジジィの特等席なんでな!
「そんな……。兄さん?」
衝撃の余波で座り込んだメシアは、目を見開いていた。
その眼前では、俺が立ち上がる。
俺の左手には、あの剣とは呼べない失敗作が握られていた。
だが、今なら分かる。
これは失敗作なんかじゃない。
まぎれもなく完成品だ。
魔力を流す事で、光の大剣に近い攻撃力を持った魔力の刃が作られる。
だから、普通の刃が付いていないだけ……。
敵を生かす事も、殺す事も出来る……完璧な聖剣だ!
「この死に損ないが!」
一瞬で目の前に現れた、メシアの剣を障壁で受けとめる。
よし!
【そうです! 気は抜けませんが、防ぐ事は可能です!】
時間の止まった物体を切る事は、聖剣でも不可能らしい。
【聖剣の作るフィールドで、水や空気は問題なく摂取できますが、攻撃は出来ません!】
なら、時間が動きだした瞬間さえ見逃さなければ、攻撃を防げる!
第一段階クリアだ!
さっき言ってたのは?
【さすがに魔力消費が激しいので……】
なら次は……。
「くっそぉぉぉ! なんで防げるんだ!」
時間が止まりさえしなければ、俺の方が速いんだよ!
まぁ、お前の方が攻撃力は上だけどな……。
「死ねよぉぉぉぉぉ!!」
来た! 衝撃波だ!
受けるぞ!
【はい!】
メシアが放った渾身の衝撃波を、正面から障壁で受けとめた俺の身体は、十メートル近く吹き飛ばされた。
壇上にあった柱や床を俺の体は突き破り、粉塵を巻き上げる。
第二段階クリア!
これで!
「はぁはぁ! 俺は信徒で一番なんだ! 舐めるなよ! この出来損ないが!」
弱点を教えるべきか?
『その必要はあるまい』
【さあ、まだ気は抜けませんよ】
分かってるよ!
「な……そんな……」
粉塵がはれると同時に、二本の剣を持った俺を見たメシアが、狼狽し始めた。
このクソ野郎は、攻撃後に隙を作る。
残心が全くできていない……。
まさか、俺がジジィ目掛けてわざと飛ばされたとは、考えもしなかったようだな。
「くっそぉぉぉぉぉ!! だが、まだ俺が負けるわけじゃない!」
来るな……。
行くぞ!
『うむ!』
【はい!】
全神経を集中し、メシアが時を止めた瞬間を見逃さない為に、身構える。
消えた!
今だ!
右手の魔剣から流入する魔力を、一気に左手の聖剣へ流し込む!
後ろを振り向くと、メシアがゆっくりと剣を振り下ろしてきていた。
いいんだな?
【はい……。神に狂わされたラースを……弟を解放して下さい】
<サザンクロス>
スローモーションで動くメシアを、十字に切り裂いた。
それと同時に、周りが普通の速度へと戻って行く。
****
【ありがとうございました。……本当に馬鹿な弟です】
メシアの魅了の力が消えた信者達が、騒ぎ始めた。
それよりも!
可能なのか!?
【絶対ではありません。しかし、不可能ではないはずです!】
急ごう!
既に動かなくなっている、カーラ達三人を床に寝かせる。
【貴方の全魔力を消費します! いいですね?】
かまわん! 早くしてくれ!
『力を回すぞ!』
よし!
俺と三人は真っ白い光に包まれた……。
そして、ここから俺の本当の旅が始まる。
俺の贖罪の旅が……。
物凄く面倒だよ……。
あ~あ……。
やってらんね~……。
本当にどうなってるんだよ。
俺が、少しでも心を開こうとすればこれだよ。
俺の半径五メートルに近づくと、人は不幸になるのか?
運命は残酷だ……。
いや、違うな。
俺が馬鹿なのが原因だな。
選択肢を間違える?
そうじゃない。
分かっていた事じゃないか。
嫌ってほど分かっていたのに……。
弱い俺は……。
俺は、幸せなんて望んじゃいけないんだ。
そうだ……。
俺は一人でなくちゃ駄目なんだ。
だから強くないといけない。
誰よりも、何よりも……。
そして、自分の我がままで歪めた事の、責任を取るんだ。
死ぬ事は簡単だ。
でも、この肉体が……。
魂が燃え尽きるまで、足掻くんだ。
そして…………。
そして……。
ふん!
誰が負けてやるか!
俺は負けず嫌いなんだよ!
まっすぐ進んで!
絶対に笑いながら死んでやる!
絶対だ!




