四話
俺が部屋で修練をしていると、コンコンコンっと扉がノックされた。
今は誰とも会いたい気分じゃない。
そういう気分になれないんだ……。
俺は返事をしなかったが、ガチャリと音がする。
また、鍵をかけ忘れていた……。
カーラか……。
そう言えば、こいつには返事なく部屋に入る癖があったんだったな。
今は一人になりたいんだがな……。
「カーラ……悪いが……おふぅ!」
いきなり殴るなよ……。
「なにするんだ!」
「馬鹿……」
「ああ?」
「この大馬鹿!」
ぬぐうう!
カーラの拳がいい角度で俺のアゴを捉えた為、膝をつきそうになるが……負けるか!
「だから! なにする……何でだ?」
昔父さんに、女を泣かせる男は最低だって教わった。
そうしないように、俺は頑張ってるつもりなんだが……。
要領の悪い俺は、女をよく泣かせてしまう。
あの世で父さんに説教されそうだ……。
全く……。
やってらんね~……。
てか、泣きながら物凄く睨まれてる。
泣くほどキレたのか?
なんで?
「……うう……馬鹿……馬鹿~……レイの……馬鹿~」
おれの事を三回も馬鹿って言ったエルフのお姫様は、そのまま泣き崩れた。
なんだってんだ?
「あんた! あんたまた、何かを背負ったんでしょ……」
カーラ……。
そんな目で睨むなよ。
「レイは! ……私をそんなに信じられないの? 私はそんなに頼りない? ねぇ? ねぇったら!」
泣いたり、怒ったり……忙しい奴。
信じるも何もないんだがな~……。
「レイは自分で分かってるの? 自分が……自分がどれだけ悲しい目をしてるか」
悲しい目?
死んだ魚のような眼の間違いじゃないのか?
悲しくは無いんだが……。
「ほら! やっぱり分かってない! 何でもかんでも! 一人で背負いこんで! ……人の悲しみや苦労まで背負いこんで……」
俺は、自分の為だけに生きてるつもりなんだけどな……。
「レイは強いわよ! 肉体的にも精神的にも! それは、認める……認めるけど! ……それじゃあ、何時かレイが壊れちゃう……」
それは、俺の為の涙なのか?
頼むよ……泣かないでくれよ……。
「お願い……お願いだから私にも……私にも少しでいいから手伝わせてよ……。貴方の傍にいたいの……。せめて、貴方に後ろを振る向く余裕が出来るまででいいから……。お願いよ……」
俺は、いつもお前を泣かせてばかりだな……。
そんな自分勝手な俺の傍にいてくれるってのか?
物好きな奴だ……。
でも、俺はその物好きな……我がままで、乱暴で、事あるごとに俺を殺そうとして、俺の為に泣いてくれる……そのエルフのお姫様が……。
俺は、自分の汗を拭くつもりだったタオルを差し出した。
そして、近くのベッドへ座らせた。
あれ……?
「ぐすっ……ねえ? レイ?」
なんだ? この感情……。
「なんだ?」
「私は、あなたに一つだけ嘘をついてた……」
嘘?
それより、俺の鼓動が……。
「アルティアで初めて会った時の事なんだけど……。前に、レイに好意を持ったのは森で助けてくれたときって言ったでしょ? 覚えてる?」
どうしたんだ? 俺は?
「あの頃の私は、自分以外の人が嫌いだった……。でも、街中で妹から声をかけようって言われた、寂しそうな目をしたあんたを見てからだったのよ……。人が嫌いな私が変わり始めたのは……」
悲しそうって……。
あれは確か、商店に販売拒否された上に、ガキに石ぶつけられてキレそうになってたような……。
「私が、家族以外に心を許した相手は……運が悪くて、不器用で、人の心が分からない、とびきりの馬鹿だった!」
なんか、只の悪口じゃね?
「でもそいつは……誰よりも本当の優しさを知ってる、誰よりも強い英雄でもあるわ!」
貶した後に褒められても……。
うお!
隣に座るカーラに手を握られ、体温が一気に数度跳ねあがった……ように感じた。
「私はレイを何時も見てた……。だから、分かったの。嫌われてもいいから、これだけは言っておきたくて……」
はわわわわわ……。
いや……あの……。
「私の勇気は何時も貴方から貰ってたのよ。その相手に嫌われるかも知れない事を言おうとしているのに、その相手からそれを言う勇気をもらおうとしてる……。おかしいでしょ?」
よく見ると……。
カーラ寝間着!?
距離も近い! これまた、いい匂い!
心臓が! 俺の心臓が!
「レイが不幸な境遇で、満足に愛情をもらえなかったのは知ってる。だから、あなたの優しさや優柔不断の根本が、人に嫌われたくないって事なのも分かる。でも、それは間違ってる!」
脈拍が!
俺の脈拍が!
血管が裂ける!
「本当の愛情って、見返りなしなのよ? 知らなかったでしょ?」
脳内出血に、大動脈破裂!
確実に死んでしまう……。
「レイはきっと何もしない善より、人を助ける偽善がいいって言うかもしれないけど……。その為に、自分を犠牲にしていいわけがない!」
ヤバいって……。
これヤバいって!
胃の次は心臓狙ってきやがった~!
「あなたは人から愛情をもらえる事を十分したわ! だから! あなたが死ねば誰かが悲しむの……」
急所を狙ってきやがったぁぁぁぁぁぁぁ!!
確実に殺しに来てる!
ヤバいって! これ!
「少なくともここに悲しむ人間が一人いるの……。それだけは覚えておいて……」
脈……脈がぁぁぁぁぁぁ!!
まだ上がってる!
体温も上がってる!
人間のタンパク質は、四十二度を超えたら固まって死ぬって!
「どう? 私のこと嫌いになった?」
うおおおおおお!
なんだこの破壊力!
涙をためて笑うカーラの笑顔を見た俺は……。
鼓動がさらに早くなり、体温が上昇した。
死にそうなんですけど~?
「……嫌いになる訳ないだろ……。すまない。俺は……」
あああああああ!!
それ以上、そんないい笑顔で笑わないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
死ぬ!
俺が死んでしまうって!
「いいの……。本当に話したくなったら言って……」
止めて! そんな無邪気な笑顔やめて!
あの……あれ!
心臓が……。
心臓がパァァァァァァァン! ってなる!
もしくは血管が……あの……。
なんかパァァァァァァァァァン!! ってなるから!
おおおおううううう!
目を瞑りました?
これが……。
これが、本で読んだいい雰囲気ってやつなのか!?
そうなのか?
どうなんだ?
キスをするんですか?
すればいいんですか?
てか、してもいいんですか?
口の中カラッカラなんですけど、いいんですか?
あの、これぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
キスしたら、そのままあの世に行きそうな感じなんですけど?
してもいいんですか?
キスしただけで死んだなんて話し、聞いた事ないけど……。
これ、キスしても死なないんですよね?
キスだけで死ぬなんて、洒落にならないんですけど!?
大丈夫なんですか?
どうなんですかぁぁぁぁぁぁぁ?
****
って……あれ?
この気配は……。
「カーラ! ヤバい!」
「へっ!?」
窓の外に翼の生えた人影……てか、リリスが……。
窓から入ってくる!
俺は、急いでつないでいた手を離した。
「あの……レイ少し、はな……。何をしている?」
さらにぃぃぃぃぃぃぃ!!
この気配は!
ノックの後、部屋の扉が開かれる。
「色々考えたのですが、やはり話を……。明りを点けずに何を?」
メアリー来た!
来ちゃったよ~!
落ち着け!
落ち着くんだ!
ここで殺されてなるものか!
やらせん! やらせんよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「カーラは……お前等と一緒で、俺の事を気遣ってくれたようだ。三人ともすまないな……」
たまに俺すんごぉぉぉぉぉい!!
頭の中と外で俺って別人じゃないの?
『戦闘の時もそうじゃが、命がかかるとよく頭がまわるのぉ?』
あれっぇぇぇぇぇぇぇ?
起きてたのかよ! ジジィ!
恥ずかしいわ!
てか、さっき死にそうな時助けろよ! バカァァァァァァ!
本当に、死ぬかと思ったんだぞぉぉぉぉぉぉ!!
『はいはい……』
軽っ!
ちょ! ジジィ!
『それより、この場をどうにかせんと死ぬぞ?』
そうでしたぁぁぁぁぁぁぁ!
メアリーもリリスも無言なんですが……。
「何故ベッドに二人で座っていた?」
「お前達がこんないい部屋取るから、このキングサイズのベッドが座りやすかったんだよ」
「では何故、レイは上半身裸なんですか?」
「修練中だったからだよ! それ以上の意味は無い!」
「何で、明りが点いて……」
「やましい事は無いって! だから……」
あれ? 二人が笑い始めた?
俺~……助かった?
「くくっ……分かってる。どうやら、カーラのお手柄で元に戻ったようだな」
ん……へっ?
「ふふふっ……、そうですね~。でも! 抜け駆けは許しませんよ! カーラさん!」
「いや! その……私はその……ごめん」
え~……。
状況と言うか……何も分からん。
『まあ、これで今日死ぬ可能性は低くなったようじゃ』
あっ! なるほど!
「レイ~!」
うおおお!
リリムのタックルで、俺はベッドに背中から倒れ込んだ。
後ろがベッドでよかった~……。
「リリム心配だったんだよ?」
おおう?
リリムも寝間着ってか! 胸がもろに!
柔らかい感触が俺の胸に!
「その……私にも何でも言ってほしいのだが……」
リリス?
なんかさらに抱きついてきてない?
ヤバいって!
「ねえ? リリムは何時でもレイの味方だよ~?」
「そうだ! 私達はお前を裏切らん! いいな!」
てか……。
お前等、顔芸!?
髪の色と表情って、そんなにコロコロ変えられるのかよ!?
なんか……近い近い近いって!
そう言う事は二人っきりの時にって……。
あれ?
明りが点いた……。
カーラとメアリーが、確認するように二人でうなずいて……。
あ……リリスの胸……。
「おほぉ!」
計算されたように、リリスが退いた俺の腹に二人の女性からフライングボディィィィィィィアタック! をくらった……。
内臓が飛び出るって……。
『……まぁ、死にそうになれば回復をしてやろう』
俺死にそうになるの!?
これ……あの……。
一応、ハーレムイベントじゃないの~?
ああ……。
なるほど、そう言う事ですか……。
パッと見はハーレム状態ですね……。
「もう! 心配させやがって!」
「私達でも、少しはお力になれるかもしれませんよ? 相談して下さい!」
「うん! 相談しなさいよ! いいわね!」
三人の女性に、身体を三方向から抱きしめられてます。
それもとびきりの美人達……。
うらやましいですか?
じゃあ! 変わってやるよ!
こっち来いや! ゴラァ!
この三人の女せ……化け物はビックリするくらいの力なんだぞ!
結構前から既に呼吸できないんだぞ!
死にそうなん……。
「パキ……ゴリッ……」
なんか折れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
俺の身体の何かが、折れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
こぉぉぉぉぉぉぉぉぉろぉぉぉぉぉぉぉぉぉさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇぇるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!
****
俺が死を覚悟しようとしていたところで、再び扉が開かれる。
あっ……離してくれた。
よかった……。
死ぬかと思った……。
んっ?
「どうやら、問題解決のようだな」
ゴルバ……。
なんで狼の姿?
それも何か何時もより小さい様な……。
可愛いような……。
「なんだ? その姿?」
「これか? これは、服を洗濯したんでな」
「なんか小さくね?」
「お前も昔、俺が魔力を高めて大きくなるのを見ただろう? 魔力を抑えるとこんなものだ」
只の大型犬に見えるな……。
う~ん……。
撫でたいな……。
俺はベッドから起き上がり、ゴルバの前に座る。
ゴルバもお座りしている。
俺は、ゴルバの目をじっと見つめた……。
「お前……俺の従者だったよね?」
「そうだが?」
ならば!
「お手!」
「ガウッ!」
………………。
俺は、ゴルバの目を再びじっと見つめる……。
ゴルバも、俺を見つめる……。
俺の手に咬みついたまま……。
痛い……。
いだだっだだだだ!!
このバカ犬!
咬み付きやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「あ~あ……」
「ゴルバは、犬扱いされるとキレるんだったよな? メアリー?」
「見ての通りです……。だから、あんまりあの姿にならないんです……」
放しなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
手を食いちぎる気か! このバカ犬!
「グルルル……」
いだだだだだだ!
俺の手を噛み締めないで!
牙が貫通する!
手の甲を貫通するから!
やめてやめてやめてぇぇぇぇぇぇ!
めっさ痛いぃぃぃぃぃぃ!!
首を左右に激しく降るな!
いだだだだだだ!
「悪かった! 俺が悪かったって! 放せ! 馬鹿!」
「ガウウウウウ!」
おふぅ……。
俺は、大きく首を振ったゴルバに、ベッドの奥の壁に吹っ飛ばされた……。
手は……。
ははっ……穴だらけです。
なにすんじゃ! このバカ犬!
「今だ~!」
「やめっ……」
「きゃぁぁぁぁ!」
ベッドに戻った俺は、三人の女せ……怪物に何故か、もみくちゃにされてます。
骨が……。
内臓が……。
筋肉と言わず、全身が悲鳴を上げてます……。
ちょ!
やめてくださぁぁぁぁぁぁいぃぃ!
ゴルバァァァァァァァァ!
何、尻尾振りながら、ベッドの周りをかけずり回ってるのぉぉぉぉぉぉ!!
何が嬉しいんだぁぁぁぁぁぁ!
死にます!
あの! これ! 死にますからぁぁぁぁぁぁ!
「プチッ……」
なんか!
あの! なんか潰れたぁぁぁぁぁぁ!
俺の内臓の何かが潰れたぁぁぁぁぁぁ!!
ジジィィィィィィィィィィ!
『…………』
ジジィってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
回復ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
『……明日も晴れそうじゃな~』
お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
またか! また見殺しかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「ボキッ……」
ああああああ!!
またどっか折れたぁぁぁぁぁぁぁ!
****
ん……あ?
これは?
俺は気がつくと、何かの布を握っていた……。
おおう?
目の前に乳首?
綺麗な……。
胸が……。
もしかして、この布って……。
恐る恐る俺はその布を広げた……。
オォォウ! ブラジャー!
「きゃああああ! 返して下さい!」
メアリーのブラジャーを取ってしまった俺は、鼻血をブバッっと…………。
一応補足しておくと、普通の人間は興奮したくらいでは、中々鼻血は出ません。
出る方は、粘膜が弱いか病気の可能性があるので、一度医者に診て貰う事をお勧めします。
ああ……俺?
よく見て下さい。
タラ……ではなく、ブバッ……です。
大量に鼻血が噴き出しています。
凄い速さで俺からブラジャーを取ったメアリーの肘が、鼻に当たりました。
ははっ……。
鼻の軟骨がグチャグチャですよ……。
いだだだだだだ!
ちょ! これ!
洒落にならん!
血が止まらん!
ちょ! ジジィィィィィィィィィィィィィィィって!
『……くく』
おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!
あれ?
ちょ! 待って!
事故!
今の事故ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
三人の化け物からボディブローを食らった俺は、血の海となったベッドに前のめりに倒れ込んだ。
はいはい、そうですよ。
本気のメアリーの拳は、腹を貫通しましたけど何か?
ええ! そうです!
他の二人の拳も、確実に肋骨を粉砕しましたけど何か?
ああ、そうです。
その肋骨が肺に刺さりましたよ……それが何か~?
死んでしまうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
重症じゃねぇぇよ! これは致命傷って言うんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!
馬鹿かお前らぁぁぁぁぁぁぁ!
****
それから多分、一時間後位に目が覚めました。
自分の血の海の中で……。
怪我は治っていました。
ジジィも、さすがに約束は守ってくれたようです。
死にそうになれば回復する……。
馬鹿かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
軽く一回死んでるじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
なんだよ、これ!
惨殺事件現場みたいになってるじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
は~……。
既に部屋には誰もいません……。
やるだけやって逃げやがった……。
最悪だあいつらぁぁぁぁぁぁぁぁl!
****
その日、俺はベッドが使えないのでソファで寝ることにした。
本当にあの四人といると退屈しない。
死にそうにはなってしまうが、とても心が軽くなる。
いや、暖かくなるのかな?
俺はもしかしたら、自分の居場所を探しているのかもしれない。
自分が居ても許される場所を……。
もしかすると、あの四人はそれが分かってくれているのだろうか?
そして、こんな俺の居場所を作ってくれているのだろうか?
俺は既に目的を達成していたのかも知れない……。
俺は、既に自分の安住の地にいるのかもしれない。
だから……。
忘れてしまう。
俺は一人でなければいけない……。
だって、世界はこんなにも残酷で、厳しいのだから……。
俺は、生きている事が罪のような存在なんだ……。
俺は馬鹿で、弱いから……。
人と言う暖かいぬくもりに近づいてしまう……。
俺は……。
本当に馬鹿だから……。
本当に……。
やってらんね~……。




