二話
「それで?」
「いや……あの……もう」
「そ~れ~で~?」
「両軍の頭と戦力を潰せば、いいかな~……。なんて……」
「本当にそう思ったんですよね?」
「はぁ……」
「まぁいい……それから?」
「いや……あの……」
「続きだ……」
「アカネが死んだわけじゃなくて……。鬼蜘蛛を斬り殺して助けた……」
「その方法が、どれほどリスクが高いか、分かってたんですよね?」
「まぁ……」
え~と……。
もう、勘弁してくれにないかな~……。
ジパングを出てかれこれ三時間か。
さすがに少し足がしびれてきたんだけどな……。
「誰が足を崩していいと言った!」
ええぇぇ……。
お前はどこのスパルタ母さんだよ。
「他には?」
「えっ?」
「他には!」
「もうないです……」
俺は正座したまま、眼前で腕組みをしている女性三人に、ジパングでの事を説明していた。
この一週間毎日怒られてる……。
もう嫌だ……。
もうこいつらイヤァァァァァァァァァ!
しつこいし、陰湿だし、殺そうとしてくる!
絶対頭がおかしいよ! こいつら!
どんだけだよ!
ああ……もう……。
やってらんね~……。
「分かってたつもりだけど……」
「想像以上ですね。ここまでとは……」
「馬鹿も、ここまでいくと救いようがないな」
誰が馬鹿だ! なんて言うと……。
うん!
きっと殺される! なんか、すごい苦痛を与えられて殺される!
「で?」
「で? ……なに?」
「あの……あれよ!」
どれだよ?
分かんね~よ。
「だから……あの姫達で……誰か好みはいたの? って事よ! 分かりなさいよ!」
分かるか! 馬鹿!
アカネにカリン……コトネも好みだったけど……。
「そんなの関係ないと思うけど?」
「いいから言いなさいよ!」
怒らりた……。
「……何故関係ないんですか?」
「だって……最後全員に嫌われて殴られたんだよ」
ん?
んんんんん!?
なんでそんなに口をポカンと開けてるの?
なんか馬鹿っぽいぞ?
「もう、こいつは病気だな」
誰が病気だ!
「本当にどうしようもありませんね……」
どうしようもないって、どういう事!?
「どうしようもない馬鹿ね……」
馬鹿、馬鹿言うなぁぁぁぁぁ!
へこむぞ! こんちくしょぉぉぉぉ!
「で? 反省はしていますか?」
クソ食らえじゃい……。
「ほう、反省なしか?」
「イエ、海ヨリモ深ク反省シテオリマス」
嘘ですけどね!
「一応、教えてあげるわ。あんたが嘘つくと、分かりやすく棒読みになるのよ」
おおう!?
ナイフ抜きながらのそのセリフは……。
またか?
また体罰ですか!
お前ら、俺を殺すことしか考えてないだろ!
いや! ちょ!
近づいてこないで!
あああああああ!!
「さすがに、もうその辺で勘弁してやれ」
「ゴルバ! でも!」
「この一週間……普通の人間種どころか、人狼でさえ死にそうな拷問だったぞ」
「こいつが悪いのよ!」
「そうだ! こいつが悪い! 反省しないのだ!」
けっ……。
誰が反省なんかするか……。
「確かにこいつの無茶は俺もどうかと思うが、もう一週間だぞ」
そうだ! そうだ!
もっと言ってやれ! ワン公!
「でも……」
「この馬鹿が反省しないのは、どうしようもない」
馬鹿って言いやがった! このボケ!
お前の、何処をどう見れば従者なんだ!
後で嫌がらせすんぞ! コラッ!
「それよりも、宴の準備が出来た。再会を祝おう……」
「ふぅぅ……。分かりました」
「まあ、遊んでたわけじゃないか……」
「仕方ないか……」
おお?
ガチホモに初めて助けられた……。
なんだ、少しは役に立つじゃないか……。
さて……。
大きく鈍い音が、船室内に響く。
おふぅ!
「なにやってるんだ?」
君達のせいで足がしびれて、床とキスしたんだよ!
****
鼻を押さえた俺は、アッパーデッキ(上甲板)に向かった。
すげーな……。
アッパーデッキには豪勢な立食パーティ会場が出来上がり、音楽隊の生演奏が流れていた。
てか……。
「これは、やりすぎじゃないのか?」
「昨日も言ったが、この船はマルカ王国の正式外交用旅客船だ。外交の成功も祝っている」
「それは、聞いたよ。お前らの国からも援助する代わりに、乗船と入国を速めて貰ったんだろ? でも、豪華すぎるような……」
「新たな国との外交開始は、それだけ祝うべき事なんだろう」
「そうなのか?」
「ああ……」
「しかし、やっぱり国が違うと音楽も違うもんだな」
「……」
返事しなさいよ!
う~ん……。
でも、この音楽……なんだか母さん達が奏でててた曲に似てるな。
なんか、いい感じだ。
さて、謝るか……。
面倒だけどね~。
****
「あの、カーラ? ……リリス? ……あっ! メアリー……」
誰も目を合わせてくれないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!
ええぇぇぇ……。
ちょ! 待てよ!
何か、逃げられるんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!
あれ?
何気にフラグ消滅してない?
ははっ……。
あぁぁぁぁぁはははっ……。
上を向くんだ!
下を向いたら、目から汁が出る!
よぉぉぉぉぉぉし!
酒を飲もう……。
もう成人してるし……。
はぁ~……。
俺は、若干やけで酒を飲んだ……。
いいんだ別に!
誰も喋る相手がいないくらい、慣れてるもん!
虐められっ子歴十年の、俺を舐めるなよ!
はは~ん!
みんなはマルカ王国の人と、外交の話が忙しいだけだ!
きっとそうだ!
嫌われてなんか……。
てか、この酒と料理うめぇぇぇぇぇ!
うん! 悲しい事なんか何もないさ!
料理を食わせてくれるだけで、幸せじゃないか!
美味しすぎて……目頭が……。
****
「レイ? お前船酔いは大丈夫なのか?」
ゴルバァァァァァァァ!
今はお前でもいい!
今日のお前いいよ!
「もう、慣れた」
「そうか……。ところで、顔が赤いが酒に酔ったのか?」
「いや。俺、なんか酔ってないのに、すぐ顔が赤くなるだけだ。体質らしい」
「そうか……。なら、頼みがあるんだが……」
うん!?
今日は役に立つから、ケツを貸せ以外なら聞いてやらんでもないな。
「なんだ?」
「少し、手合わせをしてほしい」
ゴルバは、練習用の木剣を差し出してきた。
音楽隊も片づけ始めてるし……。
「いいけど……。なんで?」
「この八か月で、自分の力がお前にどれだけ近づけたか……。もしくは離されたか知っておきたい」
「いいよ」
****
俺は、デッキの広い場所でゴルバと立合う事にした。
こいつの速さは俺より上だから、修練にもなるだろう。
「行くぞ!」
「おう!」
ん?
あれ~?
あの……。
あれ~?
「おや? あれは、ゴルバ殿と英雄殿……何をされているんですか?」
「あれは……ダンスですか?」
「それにしてはゴルバ殿だけが、ぐるぐると……」
「いえ……。多分、立合いです」
「メアリー様……。あれがですか?」
「あそこまでレベルの差が出るなんて……」
「カーラ……分かるか?」
「リリスも分かってるみたいね……。あんな事が人間に出来るなんて……」
「あの……御三方、よければ我々に解説を……」
「あ! そうですね~。レイはゴルバの攻撃を全て潰しているんです」
「潰す?」
「ええ……。ゴルバが剣を振るおうとする刹那、起点を止めてるのよ……」
「レイがゴルバの剣を、木剣の先で全て止めている」
「フェイントや高速移動も、全く問題になってないわね」
「ああ! なるほど! それで、英雄殿は剣を突き出すだけなんですか~。さすが英雄殿ですな~」
「ねえ? 確かゴルバって人の状態でも……」
「ああ……Aランク中位までレベルが上がっている」
「レイがSランクなのは以前からですが、ここまで……」
「片手で酒を飲みながら……よそ見までしているな」
「あいつには限界が無いの? それとも死神様の剣技のせい?」
「わからん……。我らのレベルも上がっているはずだが……。差が埋まるどころか広がったのか?」
あれ~?
ゴルバ……遅いんだけど……。
あれ~?
本気じゃないの?
まあ、手合わせだからかな?
でも、これじゃあ実力なんて分かんないと思うんだけどな~……。
いいのかな~?
「くっ! ここまでとは……」
「いや……。これでなんか分かるのか?」
もう少し本気出せよ……。
「十分だ……。これならどうだ?」
はっ?
ええ~?
本気も出してないのに、狼に変わりやがった……。
「いやいや。練習じゃないのか?」
「行くぞ……」
聞けよ!
うおおおおお……おっ?
これは……いいのか?
そおおい!
「ギャウ!」
ゆっくり飛び掛かってくるゴルバの、頭を叩いてみた。
軽く叩いただけだからすぐに立ち上がるけど、首を振っている。
大げさな……。
「ガウウッ!」
う~ん……。
そおおおおい!
「キャウ!」
あんまり同じところを叩くのもどうかと思うので、背中を叩いてみた。
これ~……なんだ?
本気じゃない立合いなんて、何になるんだろ?
てか、俺の修練にならん!
酒を飲みながらなのもよくないか……。
「ガルオオオ!」
俺はゴルバを避けて、コップを机に置いた。
さて!
だから、本気出せよぉぉぉ……。
もういい!
そっちがその気なら!
「あの状態のゴルバって……」
「そうです。Aランク上位……いえ、Sランクになっていると思います」
「ゴルバの動きを、目で追うのがやっとだ……」
「私には、あの馬鹿が十人くらいに見えるんだけど……」
「ええ……。ゴルバにも全く追い切れていないようです」
「さすがは英雄殿ですな……。しかし、これは……」
「まるで踊ってるみたい……」
「これが、極限まで無駄を削いだ動きなのか?」
「なんと優美な……」
はっは~!
お前が本気出すまで、後ろに回り込み続けてやる!
どうだ!?
目が回るだろう?
さっき、馬鹿って言った仕返しじゃい!
けけけっ……。
****
うん?
「ガウッ! ガアア!」
「ん~……んん~……ルンタッタ……ンタン……ん~~」
「ガ……グルル……」
気が付くと俺は、再び楽器を出した音楽隊が奏でる音に合わせて、身体を動かしていた。
ゴルバは、いつの間にか人の姿に戻っている。
もちろん、ダンスなんて高尚なものじゃない。
ただ、いつも修練している体術。
風に、大地に、魔力に合わせて身体を動かす。
流れる水のように……。
「すばらしい! なんと素晴らしい舞……」
「英雄殿は舞も嗜むのですな~……。うん! 見事!」
「あの……御三方? ……ふむ、確かに見とれるほど見事ですな……」
*****
ん?
せっかく、いい気分だったのに……。
「おぉぉい……音楽隊の人?」
俺の声で、音楽が止まる。
「なんでしょう? 英雄殿?」
英雄……なんかこそばゆいな。
「デッキの後ろの方に下がってくれ」
首をかしげながらも、俺の言葉に従ってくれる。
うん!
先生、素直な子は好きです。
ああ?
どうしたんだこいつら?
顔が赤いな……酒でも飲み過ぎたのか?
「おい? ……おいって! 三人とも! 乗客守ってくれよ! いいな!」
「へっ!? あの……レイ?」
さてと……。
『うん? どうするんじゃ?』
なんか、レベルが上がったぽいから試したいんだよ。
多分、うまくいくと思うんだけど……。
『なるほど……。まあ、問題ないじゃろう』
船首で魔剣を構えた俺は、向かってくる鳥型モンスターに向かい技を放つ。
<ホークスラッシュ>
「ああ! 敵です!」
「油断した! 客の誘導を……なんだ?」
「見当違いな方に衝撃波? 何してんのあいつ?」
「なっ! 衝撃波が……」
「曲がった? 何あれ? どうなってるの?」
うん!
狙い通り!
『これは、なかなか使えそうじゃな』
よし!
あの……空中の塊を目がけてっと!
連撃!
<ホークスラッシュ>
夜なので、敵の姿は目視できない。
だが、魔力は感知出来ている。
空中で軌道を変える俺の衝撃波は、モンスター七体を確実に塵へ変えていった。
『しかし、よく考えたのぉ。空気中の魔力溜まりに、わざとぶつけて軌道を変えるか……』
まぁ、魔力を前より感じられるからね。
空中や水中の魔力の流れに合わせれば、軌道をコントロールできる。
それでも、あらかじめ軌道計算をしないといけないって欠点はあるけどね~。
『十分じゃろう。しかし、よく思いついたな』
昔、師匠がやってたの思い出したんだよ。
その時は、全く原理が分かんなかったけど……。
『なるほど……。さすがにお前の頭では考え付かんか……』
へし折りますよ? クソジジィ!
人に煽るなとか言うくせに、自分で煽ってくるなよ! このエセ賢者が!
『五月蝿い! このエセ人間が!』
あれ?
いやいやいや……。
俺、人間! に! ん! げ! ん!
エセ人間って何だよ!
『Sランクと対等な人間など、いてたまるか』
いますから!
ここにいますから!
馬鹿だろ! ジジィ!
****
「あの……レイ?」
「なんだ? カーラ?」
「今のなに?」
「魔力の流れに合わせて軌道を変えたんだ。うまくいったよ」
「一段とレベルを上げたな……。レイよ」
「ん? まあ、それなりに」
「レイには限界がないんですか?」
「それはあるよ。でも、限界ってのは超えてこそじゃないのか?」
「それはそうですが……」
「あれ? お前ら酒飲んでたんじゃないのか? さっき顔が真っ赤だったのに、もう元に戻ってる……。あれ? え?」
怒って……。
「うっ……五月蝿い!」
うおおお!
見える! 見えるぞ!
真っ赤になったカーラの平手を避けた……。
先に……。
メアリーの平手!?
やらせるかぁぁぁぁぁぁぁ!
よし!
はっ?
お前! 頭おかしいのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
なんとぉぉぉぉぉぉぉ!
****
二つの平手を避けた先に待っていたのは、リリスの魔道砲……。
いやいや……。
死ぬから……。
普通に死ぬから……。
馬鹿か! お前!
何とか魔剣で直撃は防げたからいいようなものの……。
てか……。
待ってぇぇぇぇぇぇ!
ちょ! 待ってぇぇぇぇぇぇぇ!
停めてぇぇぇぇぇぇ!
置いてかないでぇぇぇぇぇぇぇ!
海へ吹っ飛ばされた俺は、船を追いかけて海面を全力疾走しました。
てか……。
本気で殺しにきやがった……。
最悪だよ、あの三人……。
やってらんね~……。




